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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第五十三章 『混沌の温泉国』
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第八百八話 『大好き』

 なんて事はない、他愛のない理由だ。種族故か、それとも単にそうだったのか、考える程深い理由ですらない。私は、水が好きだった。



 私は生まれた時からそれなりに強かった、1から積み重ねてきたわけじゃない、生まれた時から上位種、水天種アプサラスだった。意識がはっきりしたのは、何処かの洞窟の中だった。天井から滴る水滴が目の前を通り過ぎ、その煌めきに私は恋をした。自分を語る上で水の話は欠かせない。湧き出す水に、降り注ぐ水に、流れる水に、満たす水に、私の心はその都度弾んだ。ハッキリ言えば私は変わっていたのだ。同じ水天種アプサラスには二回しか会った事がないが、私程水に狂っていたわけじゃない。水体種スライムも綺麗な水を好むけど、水を愛してるわけじゃない。私は綺麗な水が好きなんじゃない、水が好きなんだ。泥水にも泥水の良さがあると思っているし、雨上がりには水たまりに気を取られて日が暮れた事もある。知能が無さそうな下級の水体種スライムにドン引きされたこともある、わかってる、私は少し変なのだ。



 粘液大河ネバーリバーに居た事もあった、今も残る数少ない水体種スライム達の住処だ。粘液と水のバランスが素晴らしい楽園の名に恥じない場所だった。けど漏れなく私は変態、いや変水扱いで、まぁ他の子と合わなくて住処を変えた。そもそも性格上一か所に留まるのが向いていない、世界には水が溢れている、私は流れに身を任せ、自由な恋に生きるのだ。海水を嫌う水体種スライムも多いけど、私にとっては少し刺激的な恋でしかない。生まれ持った力と性癖を持ってすれば、海を渡る事なんて簡単だった。四大陸を巡り、私は沢山の水と恋をした。水と間違えて毒沼に落ちた時は種族が変わるかと思った、結婚詐欺にあった気分だ。



 わかってる、自分は変だって、理解される事は無かったけどそれでいいのだ。自分が始まったその瞬間から、この恋は始まっていたんだ。これが私だ、決してブレない、譲らない。恋は盲目、私は水だけ見ていればいいのだ。自由に恋する私だったが、運命はそんな私を困惑と言う名の金棒で殴りつけてきた。私は、温泉国・フィンレーンと出会ってしまったのだ。温泉というものは、数年の旅路の中で何回か見た事があった。熱い水で、浸かるとほっこりする優しい恋の水だ。実は旅の途中にこの国の噂は聞いていた、旅人がたまにこの国の話をしていたのだ。『あの国の温泉は最高だ』、みんながそう言うものだから、興味自体はあったのだ。



 盗み聞いた噂と、単純な興味、軽い気持ちで訪れてみれば、目の前には湯気昇る謎の国、愛する水が蒸気となり、まるでこちらを誘っているかのようだった己の持つ全ての力を駆使し、分身したり排水溝に潜り込んだり、屋根を這ったり隙間に忍び込んだり、ありとあらゆる手を尽くし私はフィンレーンへ侵入を試みた。そこにあったのは未知、知らない水、いや、温泉の数々だ。見渡す限りに温泉とやらが存在したが、パッと見ただけで全てが違う。そして全てが人間に喜びを与えている奇跡の水だ。堪らず飛び込み、全身が歓喜した。歓喜しすぎて分身体が全部弾け飛ぶ程だった。当然その場にいた人間に見つかり、退治屋を呼ばれてえらい騒ぎになった。だがダメだ、恋は盲目でノンストップ、私はこの国に魅了されてしまったのだ。一か所に留まるのが向いていないって? 知った事じゃない、私はここに住むと決めた。この日から、命を懸けた戦いが始まった。



「ユラ様! また例の水体種スライムです!」



「また!? なんの恨みがあんねんあのぷるぷる!」



「また勝手に温泉に……見つかるや否や排水溝に飛び込み逃走を! 同時に壁に粘液で文字を残しています!」



「……文字?」



「ビリビリ刺激的な恋でした、89点と……」



「喧嘩売ってる? あぁもうわけわからんあのぷるぷるほんまに!!」

「今お父さん帰ってるんだっけ……もう一回相談して……いや、店を任されてる以上私がなんとか……やっぱり専門の人に……」



「この前も呼んだ退治屋が粘液塗れにされて追い返されましたし……どうでしょうね」



「何が目的なん? 何が狙いなん? 異様に強いところをみると水体種スライムでも上位種……? なんでそんな化け物がこの国に……水体種スライムは良い水を好むって話やけど……狙いは温泉か……?」

「はぁ……世界が大変なこのタイミングで騒ぎの種が舞い込むなんて……難儀やねぇ……例のド阿呆はこの国に来たことないらしいから、討魔紅蓮の襲来はないっぽいけど……いっそ魔物退治に来てくれてた方が良かったかもねぇ……」



「ユラ様御冗談を、討魔紅蓮が来てたら魔物退治だけじゃ済みませんよ、最悪この国ごと滅ぼされちまいます」



「物騒やわ、どっちが化け物かわかったもんやない」

「そんなら、今のところ誰にも怪我させてないあのぷるぷるが一番マシやんね」

(…………自分で言って気づいたけど、怪我人出てないなぁ……あのぷるぷる、ほんま何しに来てるんやろ)



 その夜、ユラの家のお風呂に例のぷるぷるが出現した。ちなみに温泉宿の一室などは使わず、自分用の小さな家を居住区に持っている。



「あ、お邪魔して、ます、ました」



「逃がさん!!」



「ふおわ!? 排水溝と窓が封鎖された!」



「居住区にまで現れるとは……いよいよもって野放しには出来んなぁ水ようかんめが……」

(あかん、一応逃がさんように備えておいたけど、逃げ道塞いでそれで私に何が出来るっての……上位種相手に何が……最悪殺され……)



「見逃してくださいいいいい! 私はただの水マニアなんですううううう!」



「はぁ?」



「この国が素晴らしすぎて、この国の温泉が素晴らしすぎてぇ! でも私は変水の魔物だからぁ、お忍びで恋するしかないんですよぉ、禁じられた恋なんですよぉ! 人間だって恋をするでしょう! 愛があるでしょう! それは本能、止められないでしょう!」



「…………とりあえず通報するわ、不法侵入やで」



「みゃーー! 人の法で魔物を取り締まる気ですかー!!?」



「郷に入っては郷に従えって言葉があんねん! 人の領域に入って迷惑かけたんなら、人の法に従って罰を受けなさい! 恋だの愛だの本能だの根本的な話出すなら、筋通しなさい!」



「うぐ……でも、でもだって……そうは言っても、筋を通そうとしても怖がるし、殺そうとするし……私は同族にも変水扱いの変わり者……私が何をしたって……」



「へ……」



「受け入れられるはずないんだから、こうするしかないじゃないですかあああああああ!」



「うわあああああ!?」



 膨張したぷるぷるが窓枠を粉砕し、そこから飛び出して行った。膨れ上がった粘液に吹っ飛ばされたユラだったが、壁と自分の間に粘液がクッションとして挟まり、怪我はしなかった。



「…………なんやねん、あの子……」



 次の日も、国のあちこちでぷるぷるは目撃された。あれを放っておけば、今起きている騒ぎが収まった時、次に討魔紅蓮が目を付けるのはこの国になるかもしれない。魔物を始末しに来るか、魔物が居たこの国ごと滅ぼしに来るか、どちらにしてもあの魔物はおしまいだ。



「……お父さんの耳にも届いてる、事態が動く前に手を打つだろうな」

「…………さて、どうしようか、な?」



 ふらふらと散歩がてら対応を考えていたユラは、人だかりに足を止めた。フローが設置した通信機を、人々が囲んでいる。世界中に響いた、人と魔物の在り方への問いかけ、それはこの時のユラの心境に変化を与えた。そして後日、討魔紅蓮の敗北が知らされ、同時に裏で何をしていたかが全て明るみに出た。何が間違っていて、何が正しいのか、その中心点が大きく動くのを感じた。答えが出る前に、魔物が警備に捕まったと連絡が来た。あの強さで捕まるなんて、普通は有り得ない。自分から捕まりに来たと、ほぼ確信していた。答えは出てなかったけど、足は勝手に動いてた。



「どういう状況! 何があったか教えて!」



「いやそれが……」



「悪いぷるぷるじゃないんですー! この国の温泉との恋愛にご許可をー!」



「訳の分からないぷるぷるめ、ようやく捕まえたぞ、このこの……」



「みゃー! 檻なんかに詰めても簡単に出られますよー! 押し込まないでー!」

「私は悪い事しませんよー! ただちょっと水を愛する許可さえくれれば……」



「意味が分からない! このまま炙って蒸発させてやる!」



「いや、退治屋に引き渡して……」



「いやー! お助けー!! やっぱり全然だめじゃないですかー!!」



「…………何してんねん、受け入れられるはずないって逃げ出したくせに、なんで自分から捕まってるん?」



「あの時の全裸さん!」



「お風呂入ろうとしてたんだから全裸に決まっとるやんか常時全裸粘液っ!! このまま火炙りにされたいんか!?」



「ひいいいいいっ!」



「何がひいいいや! 逃げようと思えば逃げられる、私達なんてやろうと思えばすぐ倒せるくらい強いやろ! ふざけてるんか? 強者の余裕か? 何が目的で……」



「私は水が好きなだけですーー!! 力でねじ伏せたら、そこに居られなくなるってことくらいわかってますよぉ! だってここの水は貴女達がここにいるから素晴らしいんです、追い出したり奪ったりしても意味がない!」



「はぁ……?」



「だから、一緒に居させてもらおうと……精一杯の誠意……無駄だって、わかってますけど……それでも……」



「……受け入れてもらえない、そうわかってるのに、無駄なのに、誠意を見せに来たん?」



「郷に入っては、郷に従えって……言ってたもん……」



「無駄だって頭でわかってるのに、『あの』通信で期待したんか?」



「うにゅにゅ……」



 相手は上位種だ、人間なんて簡単に殺せる危険な存在。責任者として、安易に答えは出せない。そもそも、この場で分かってる事が少なすぎる。分かっている事といえば、このぷるぷるが郷に従ってきた事と、この国の水が好きだって事くらいだ。



「はぁ……なんか洗脳効果とかあるんとちゃうか? あの通信……後でフローちゃんに文句言ったろ」

「…………責任は私が取る、その水ようかんは私が預かります」



「いや姫様それはちょっと……」



「二度は言わん、父と母には私から説明します、解放してあげて」



「はぁ……」



 小さな織を引っ繰り返し、中からぷるぷるが滑り出してきた。



「にゅわー!」



「今から面接を始めます」



「え?」



「この国の水が好きって言ってましたが、一言で言うのは簡単です…………我が国の温泉の魅力、語ってもらいましょうか」



「え、っと……まず水の透明さが違いますそもそも水の質自体が他の追随を許さないくらいで飲み水の鮮度が他では見られないくらいだし湧き出す水がまずレベルが高くて地表にも水の為になる魔法が幾層にも張り巡らされていて水の為に尽くしてる愛をまず感じるしそこから国中に行き渡るまでに何度も浄化を繰り返して各地の温泉に適したそうまさに生まれたての赤子の肌くらいにピュアな水がそこから温泉と言う名の生態にその姿を変え更に各温泉の効能は元の効能に一味も二味も強化され理解と愛が無ければ実現不可能なくらい考え尽くされたまさに水の正統最高進化体のようでしかもまだまだ成長性まで残し端から端まで水の楽園と言うに相応しいこの国は私の命の行きつく先として一切の疑問も」



「もうええ、もうええ、あんたが変な奴ってのは十分に分かったわ」



「聞いたのそっちなのに酷い!!」



「変な奴だけど、良い目をしとる……この国の温泉は世界一や」

「まだ、あんたのことは分からん……何が正しいか間違ってるのか……魔物に対する色々は今まさに世界が考えてる只中……私はお前をどうするのが正しいか、わからない」

「けど世界が揺れてる、考えてる、なら私も思考放棄はせん、私はお前を見て、考えてみようと思う」



 そう言って、ユラはぷるぷるした魔物の手を取った。



「本気でこの国に居たいなら、この国に受け入れて欲しいなら、私の傍で努力を見せろ」

「働く気があるなら雇ったる、あとは誠意の見せ方次第や」



 あぁそうだ、この時取ってもらった手が熱くて、全身に熱が広がって、何度も何度も首を縦に振った。失敗は何度もした、床を汚した、壁を汚した、温泉も汚した、転んだ、泣いた、怒られた。書類をビシャビシャにした時は本気で怒られた、国の人の目だって最初は冷たかったし、辛い事は結構あった。けど、努力は裏切らないって励ましても貰った。魔物の自分を、ユラは決して見捨てなかった。この国は、魔物の自分を受け入れてくれた。自分自身の努力は勿論だけど、努力や誠意を見せる為の場所を用意してくれたのはユラだった。今だって、見捨てなかった。



「死んでも、おかしくないのに……私は危ない魔物なのに……ユラさんは馬鹿ですよ」



「アホ、見捨てる方が死ぬより怖いわ、あんたがどんだけアホなんか私は良く知ってるんよ」

「危ない魔物じゃない事、もう知ってるんよ」

「私だけじゃない、この国のみんなが良く知ってる……気をしっかり持って、歪められた言葉に惑わされないで、私達の今日までの努力は、この程度で揺るがない」



 握ってもらった手が、温かい。あの日と変わらず、温かい。やっと分かった、これは芽生えだ。今までの全部を超越した、自分の中で一番の力。



「ユラさん、私は水が好きです」



「そんなもん、嫌ってほど知ってるわ」



「そして、水よりユラさんが大好きです」



「なら、さっさと正気になり」

「国の皆に、迷惑かけてごめんなさいって言いに行くよ」



 汚染されていた粘液が弾け、ユラを抱えたアプが姿を見せた。一瞬安堵しかけたセツナだが、周囲に弾けた粘液はまだ黒いままだ。



「まだなのか……!?」



 粘液が蠢き、ユラとアプに牙を剝く。窓を突き破り、クロノが逆さまの状態で宿の中に飛び込んで来た。手の指全てから精霊球エレメントスフィアを放ち、蠢く粘液を一気に弾き飛ばす。



「一人倒してきたぞ! 無事かセツナ!」



「グロノオオオオオオオオオオ! ギリギリだったああああああああああっ!」



「よし、アプさんは……」



「もう大丈夫です、今……終わりました」



 アプのその言葉と同時に、周囲の粘液が溶けるように消えていく。汚染の本元が、落ちたのだ。



「ルトさんがやってくれたのかな」



「やっぱりルトは凄いな! もっと早く何とかしてほしかったけどな!」



「敵はあと一人……マルス達なら負けねぇだろう」

「一先ず俺達はここでアプさんを守ろう、もう少し頑張れセツナ」



「そりゃ私は滅茶苦茶頑張ったけどな、私よりユラが凄かったぞ」



 そうセツナは語るが、アプとユラの姿を見ればそう思うのも仕方ないかもしれない。笑顔で抱き合う二人からは、相応の力を感じられた。



「つまんねぇ汚染如きじゃ、絆の力は破れなかったってわけね」



「うん、大勝利だ!」



 残る敵はあと一人、歪んだ正義を打ち破れ。



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