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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第五十三章 『混沌の温泉国』
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第八百七話 『本当の狂気』

「お姉ちゃん、周辺の安全は確保しました」



「流石あたいの妹で最高のメイド、仕事が早くて助かるぜい」



「この辺りの生命反応全てを安全圏に移すなど、パーフェクトメイドの私にかかればお茶を入れるよりも容易い事……しかもお姉ちゃ……お嬢様が直に見ているとなればいつもの億倍やる気が漲るというものです」



「後でたんまり可愛がってあげるから、もうちょっとパーフェクトでいてくれよな」

「しかし素晴らしい素晴らしいとこの国を高く評価していたにも関わらず、やる事成す事悪辣だねぇ」



 ルトとマイラは温泉宿の屋根から眼前を睨みつける。既に幾つもの宿が粘液の波に飲まれ、今も目の前から噴水のように粘液が空に吹き上がっていた。温泉内での戦闘になったが、ヴァークが絶叫すると同時にアプの分身体が大量に湧き出し、その全てがドロドロになって周囲一帯を飲み込んだのだ。見上げると、粘液の波の上にヴァークの姿があった。



「素晴らしいと思うからこそ、私は悲しいのです……この素晴らしい国が魔物の影響で穢れ、汚れ、正義と真逆に進もうとしている、その事実が罪なのです、だから迷いません、私は迷わず裁きを下すのですっ! だってほら! 今も魔物が国を汚染している!」



「……マイラ、どう見る?」



「感情の上塗りでしょうか、あの女性の感情がアプさんを塗り潰しているようですね」

「……奇しくも、外の種に似ている能力かと……一定の汚染度を超えると分身体の抵抗力では抗えず、操り人形のようにも出来るのかなって」



「流石パーフェクトメイドだ、エッチな洞察眼だぜ、よく見てる」



「また、汚染の影響を分身が受ければ受けるほど、アプさん本体にもそれだけ影響が重なると思われます」

「あの粘液洪水がアプさんの分身体の集合なら、本体にかかる負荷はさっきまでとは比にならないと思われます」



「なるほどね、この期に及んであの妄信女はあたい一推しエッチ粘液のアプちゃんを苦しめやがったと、しかも本体を抑えてるセツナが大ピンチとなるほどなるほどなぁるほどねぇ……」

「ふざけるんじゃねぇぞメンヘラ女、誰に断ってかぁいい子を虐めてんだぁ?」



「私は悪くない! 貴女達が私を追い詰めるから! 罪を重ねるからっ!! 苦しみたくないなら正義を受け入れるべきなの! 罪を認めて償う姿勢を見せるべきなのよ!!」

「素晴らしいこの国を覆う汚染をっ! みんなで払おうと努力するべきなのっ! 目の前の正義に身を任せて。裁かれて、綺麗な身体になろうとみんなが努力すれば、未来は明る……」



「うっせぇなぁ、綺麗な身体になりたいなら目の前の温泉を楽しめよ、その格好だけのローブとか脱ぎ捨ててさ」



 虚空から伸びた触手が、粘液の山を削りヴァークの態勢を崩した。ルトの一撃を見たマイラは、何かを感じ取ったのか一瞬で姿を消した。



「かぁいい子を虐めるし、楽しもうと思ってた温泉はボロボロにしてくれるし、周りはとにかく傷つけるし壊すし、目的一つの為になんでもかんでも巻き込み過ぎだバッカ野郎」

「大義を成す気があんなら、自分たちの行動で起きる全てに責任を持て、それが出来なきゃただの暴徒だ、クソガキめ」



「正義の為なの! 正義を知ればみんなは……」



「外に理由を探すな、受け入れられない理由は内にある」

「お前等の努力は独りよがりなんだよね、努力ってのは自分で定義するもんじゃない……いつだってそれは他の誰かが評価するもんさ、誰かに見て、知って、繋がって初めて努力は形になるんだ、押し付けて定まるもんじゃない」

「見てられないね、お前等のやり方は……一から教えてやるから服を脱げ」



「悪が正義を語るなっ! 恥を知……服を?」



「その無垢なる白いローブも、取って付けたかのような正義論も、何もかもまるっと全部引っぺがして丸裸にしてやろう……流魔水渦のボスとしてお前に物事の進め方ってのを叩き込んでやる……まずは下地作りとして、やらかした事に対しての謝罪の方法百選といこうじゃないか」



「何を訳の分からない事を……一人でこの粘液の洪水をどうにかしようと? 悪しき魔物の暴走をたった一人で止めようと?」



「一人じゃねーんだこれが、うちの切り札の可愛さ舐めるなよ?」

「それとさ、自分の狂気を無理やり感染させて狂わせるーみたいな戦術らしいけどあたいからみりゃ児戯みてぇなもんさね」

「お前は今日、本当の狂気を知るんだ」



 ルトの姿が消え、ヴァークの視界が黒く塗り潰された。異変に反応するよりも早く、巨大な眼がこちらを睨む。周囲が黒い、空間自体が何かに呑まれた。本能が警報を鳴らす、あの眼を見てはいけない。



「な……っ……?」



 『眼』は、全てにあった。全てがこちらを見ている、目を瞑っても暗闇の中にそれはあった、それはこちらを睨んでいた。自分の中にも、『眼』が湧き出してきている。ヴァークの身体が跳ね、汚染する心に重なるように狂気が寄生した。粘液が周囲一帯を飲み込む前に、ルトの触手が周囲を覆う。



「マイラ、あたいのかぁいい妹……範囲が範囲だちょいとかかりそうだよ」



「何が起ころうとも、このメイドが全て治めてみせましょう」

「だからお姉ちゃんは、安心してやっちまってね」



「頼りにしてるぜ、マイシスター」

(ちょっと時間がかかりそうだ、ちょっとだけ、耐えてねセツナ……)



 そして、触手は全てを包み込み、飲み込んだ。混沌が汚染を飲み込む様を、マイラは黙って見つめていた。結果だけ見れば、戦闘とも言えない一方的な終わり方だ。だが、処理が終わるまでタイムラグがある。そして狂気を狂気で上書きするような戦いだ、とても綺麗なモノとは言えない。当然だが、全てが片付くまで一度起きた影響は消えない。結論を言えば、ルトがヴァークを完全に沈黙させるまでまだ数分かかり、それまでアプの暴走は止まらない。数百数千の分身体を汚染されたアプ本体に、その分の精神汚染が津波のように押し寄せているのだ。結果本体は荒れ狂い、身体から粘液を吹き出し暴れているわけだ。そして状況を完全に理解出来ていない切り札が、そんな暴走粘液に立ち向かっているというわけだ。



「あああああああああああああああああああああああああっ!」



「叫びたいのも、泣きたいのもこっちだぞ! 弱音だけなら誰にも負けないからな!!」



 床に剣を突き刺し、セツナは己の全てで踏ん張る。そして粘液の直撃で呆気なく吹き飛んだ。



「ぐぎゃああああああああああああっ!」



「口ほどにもないとはこの事だな……」



 離れたところで壁に張り付いていたプラチナも、これにはガッカリである。



「お前な! これだけはハッキリしておきたいんだけどな!! あの勢いで粘液ぶち込まれるとクッソ痛いからな!?」



「おう、頑張ってね」



「怠惰あああああああああああああああああっ!!」



 実際、後数分凌げばルトがヴァークを鎮圧出来る。そうすれば汚染の効果も消え、アプも元に戻る。だがセツナがそれを知る術はないし、何より目の前の暴走粘液相手にセツナが数分耐えるのは至難の業だ。



「本体からマジ洪水顔負けの勢いで粘液吹き出してやがるなぁ、このままじゃこの宿がぶっ壊れるぞ」



「あ、足元が粘液で……それにこれに剣を刺しても私の力がアプに届かないぞ!」



「分身体と同じ要領なんじゃない? 見た目全部一緒だけど、この粘液の波が複数の分身体で出来てるんだ、だからお前の能力が本体まで届かない」



「プラチナ! 私を増やしてくれ! 人海戦術でアプ本体に一発入れて……」



「仮にセツナが憶居ても揃って秒殺だよ、俺の魔力無駄使いやめてね」



「評価があんまりだけど言い返せない!! 現在進行形で流されそうだ!」



 ちなみにセツナの力では踏ん張れず、今まさにプラチナに首根っこ掴んで貰ってないと戦闘から強制離脱させられているだろう。



「格好つけてたけど実際どうすんの、このままじゃ宿が壊れるか、壊れなくても数秒後には俺達みーんな粘液に呑まれてさよならバイバイだぜ」



「待って切り札の脳がショートしそうだから……とにかく近寄って切り札ブレードをアプ本体になんとか当てないと……」



「なんとかねぇ……俺は今も分身を作って宿の中の奴等、及び周辺の奴等を避難させてんだ」

「手助けは期待すんなよ、そもそも粘液が二階まできたら部屋に作っておいた魔法陣も壊れて分身生成まで止まっちまうんだ、怠惰の勤務時間は残り数分、数秒かも知れないぜ」



「お前抜きでどうしろってんだ!!」



「知るか頑張れよ! さっき大丈夫って言ってたろ!」



「大丈夫じゃないけど大丈夫って精一杯の強がりだ!」



「クソめんどくさいなお前っ!?」



 もはやヤケクソなセツナだったが、不意に誰かの足音が耳に響いた。今やどこもかしこも粘液塗れ、足音がする場所なんて殆ど無い筈だ。音の方に目をやると、二階にユラが居た。



「ユラ!? なんで……」



「あの馬鹿、一回外に逃がした筈……」



「…………ッ!!」



 そして、ユラはそのまま二階からアプ目掛け飛び降りた。



「アプッ! いい加減に目を覚ましなさいっ!」



「あ、あああああああああああああああああっ!!」



 暴走するアプに、声は届かない。アプの本体が爆発し、飛び散った粘液がユラを飲み込んだ。蠢く粘液が球状になり、飲み込まれたユラの姿は完全に取り込まれ見えなくなった。



「プラチナッ!! 私を蹴り飛ばせっ!!」



「~~~っ! どうなっても文句言うなよ!!」



 両手で壁を掴み、プラチナは一切の容赦なく全力の蹴りでセツナの背を打つ。激痛に耐え、セツナは剣を構えてアプに突っ込んでいく。



「止まれアプッ! 目を覚ませええええええええええええええええええええええっ!!」



「…………逃げ、て…………」



 粘液が蠢き、牙のように鋭利な形を取る。突っ込んでくるセツナを狙い、複数の粘液が襲い掛かってきた。セツナの剣とアプの粘液がぶつかり、衝撃が周囲を包み込む。



 一瞬汚染が剥がれ落ち、暗くなっていたアプの脳裏に何かが浮かぶ。それは、自分の記憶。この国に、受け入れてもらった時の記憶。自分の中で、一番大切な記憶だ。



「…………私…………私は……」



 あの時も暗くて、一人だった。あの時も、手を握ってもらった。粘液の身体が、ポカポカになったんだ。一筋の光のように、記憶が闇を照らす。これは、他愛のない出会いの話。クロノのしでかした騒動のせいで、『他愛のない』と認識されるようになった、この先の未来でありふれるようになる話だ。



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