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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第五十三章 『混沌の温泉国』
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第八百二話 『業の襲来』

「アホ程疲れた……お布団ふかふかで寝心地最高だったのだけが救いだ……」



 昨晩の宴会の席でベルにしてやられた精霊達は、普段では有り得ないレベルで酔っ払ってしまった。そして全員がクロノにウザ絡みし、結果クロノは普段の数倍の疲労を抱える羽目になった。旅館の一室で目覚めたクロノは未だに残る疲労感を引きずりながら、朝日でも拝もうと窓辺に近づく。



「なんか言い残す事はあるか? あぁッ!?」



「ストップストップ! お茶目な天使の悪戯じゃあないかぁ! フェルフェル達もクロノンに絡めて楽しかったでしょ? ね? ね? ぬぇええ?」



「それじゃあさようならベル、今回ばかりは決して逃がさないよ」



「地獄に行ったら……みんなに……よろしくね……」



「欠片も残さず消え失せちゃえー」



「四属性をふんだんに使った無慈悲な処刑が僕ちゃんを襲う……ぎょえあああああああああああっ!!」



 旅館の外で、ベルの処刑が行われていた。部屋に居ないから変だと思ったが、正気に戻った精霊達は既に動き出していたらしい。今あれに関わると被害がこちらにも来そうだし、精霊達に近寄るのは止めておこう。そもそも、止める気が微塵も湧いてこなかった。



「まぁ反省とかしないんだろうけど……ベルさんにも困ったもんだよ……」

「昨日は宴会の席で大騒ぎしちゃったよな……他のお客さんとかも居たのに……ユラさんに謝りに行こうかな……」



 身支度を整え部屋を出ると、たまたまミライと鉢合わせた。



「ありゃクロノ君、昨日は大変だったねぇ」



「おはようございます、大変でした」



「まぁ……私は愛を感じて大変満足でございましたが」



「何をつやつやしてんだよ、こっちは混浴からの酔っぱらい介護でボロッボロだよ」



「ごめんごめん、仲のいい子を見るとついね、つい」



 悪気がないのは分かっている為、クロノは会話を適当に流す。ついでにミライの左右に視線を向けるが、いつも傍にいる二人の姿は見当たらない。



「レヴィとセツナちゃんはまだ夢の中だよ、クロノ君には負けるけどはしゃぎ疲れたみたい」

「ルトさんとマイラちゃんは……朝早くに何処かに行っちゃった」



「あれで仕事はちゃんとする人だし、昨日の騒ぎの件とかで動き回ってるのかもね……他の奴等は?」



「ディッシュとドゥムディがさっき外に出てったくらいかなぁ、他はまだ寝てるんじゃないかな?」

「朝ご飯の前に軽く腹ごなし……もう開いてるお店を物色してくるって……ドゥムディはそれについてったみたい」



「俺の想像以上に楽しんでるようで何よりだよ、マジで底無しなのな」



 酔っぱらい精霊に振り回されあまり見てなかったが、宴会の席でもディッシュは恐ろしいくらい食ってた筈だ。



「仲間視点からでも楽しんでいますね、あれは……ふふふ」



「そりゃよかったよ」



「…………優しいねぇクロノ君は、本当に夢みたいだよ」

「こうして私達がまた会えて、一日一日を楽しんでるなんてさ」



「…………大袈裟、って言うわけにはいかないんだろうな」



「人生一回終わっちゃった奴の言葉なんでね、自分でも重みが増してやんなるよ」

「私達にとっちゃ、今は奇跡以外のなんでもないからさ」

「大事にしてたいんだ、一分一秒をね」



 そう語るミライの目は、とても優しい目をしていた。とても悪魔とは思えない、慈愛の目だった。



「マルスの奴も、ミライさんくらい素直だったらなぁ」



「あはは、小さい頃は誰より真っ直ぐだったのにねぇ」

「相当堪えたんだろうね、そりゃそうか……マルスの為にも、今を大事にして……繰り返さないようにしたいなぁ……」



「ミライさん……」



 少しだけ暗い表情になるミライに、クロノはかける言葉を見失う。それに気づいたミライはすぐに顔を上げ、明るい調子を取り戻し気にしないでと伝えようとした。





「素晴らしい、素晴らしい、素晴らしいです」





 だが、不意に聞き覚えの無い声が割って入ってきた。クロノとミライが同時に振り返ると、白いローブに身を包む女が立っていた。



「……いつの間に……えっと、道を塞いでてごめんなさい……?」



「…………クロノ君、どうもそんな感じじゃないよ」



 明らかに、ミライが警戒している。大罪の悪魔にそうさせる程、目の前の女は異質だった。今まで感じた事の無い、気持ちの悪い気配が一気に周囲を包み込んで来た。粘るような、貼り付くような、とにかく気持ちの悪い気配だ。



(なんだ……さっきまで感じなかったのに……なんだこいつは……)



「失礼しました、なんせとても素晴らしいもので、思わず興奮してしまいました」

「木漏れ日のような温かさを、母ような慈愛を、青春のような誠実さを、肌で、心で、見て感じて触れてしまったモノですから、素晴らしく、素晴らしい、感動してしまったのです」



「…………は、はぁ?」



「何をそんなに感動してくれたのか分からないけど。それ以上に分からないのは貴女の振る舞いかな」

「とてもじゃないけど、感動した人の在り方じゃあないよ? 今にも襲ってきそうな、敵意のある圧力だ」



「あぁ、あぁああああ、違う、違うんです」

「私は、何日かここに滞在してまして、そう、見ていたんですよ、この国を、この国に住まう人を、この国の在り方を、みんな楽しそうで、幸せそうで、この国は良い、凄く良い国です、君達は旅の人だよね? 昨日来てた見てた、昨日の宴会も見てたんです、楽しんでたよね? 楽しかったよね? 素晴らしかったよね? 素晴らしかったんですよ!」

「素晴らしいのに、素晴らしかったのにっ! なのに、なのに、なのに、ダメなんですよ」

「たった一つの過ちで、何もかもがダメになる、素晴らしいは反転して、認めちゃいけなくなる、私達はそれを認めてはならない、ならない、ならないの、こんなにも素晴らしいのに、素晴らしいのにっ!!」



 女は勢いよく顔を上げ、親指で自分の首をかっ切るような動作を取る。それは挑発であり、警告であり、悪意の発露だ。





「だから、滅ぼすの」





 衝撃が、温泉国を振るわせた。爆発音だ、相当にでかい。旅館の窓全てから閃光が差し込んだ、国の何処かで爆発が起きた。



「なっ……!」



「チャンスはあげた、私は何日も前から見ていたのだから、なのに改善しない、改めない、だからダメなの、この国は、滅ぶべきなの」

「正義の名の元に、この国は消えるべきなの」



「何言ってんだお前は! 今何が……この国に何をしたぁっ!!!」



「クロノ君下がって、私がこいつに喋らせる!」



「駄目、だめ、ダメですよ、ダメなんです、君達もダメなんだ、だってそうでしょう? 悪魔が人の世に関わっちゃあダメですよ、ダメ、ダ・メ」



 女が首を傾げた、いや、首が落ちた。驚愕で硬直するクロノとミライだったが、落ちた女の顔が笑みを浮かべた。白いローブが赤く染まり、全身が液状化して崩れ落ちる。それと同時、階下から絶叫が響いた。



「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!」



「今の声……アプさんかっ!?」



「クロノ君! 急ごうっ!!」



 何が起きているのか分からないが、絶対に良くない事が起きている。ミライと共に大急ぎで一階に降りるクロノだったが、そこには動揺する何人かの客と、苦しむアプの姿があった。



「何があった!!?」



「わ、分からない! アプちゃんが急に苦しみ出して……」



「アプ! どないしたん!?」



 騒ぎを聞きつけ、ユラが奥から走ってきた。だが、苦しむアプは片手を液状化し、駆けつけてきたユラに向けて放つ。粘液は壁のように形を変え、ユラの行く手を阻んだ。



「アプ!」



「近寄っちゃ、駄目ぇっ!! みんな、はな、離れて……っ!!!」



「アプさん! 何があった、何が起きてる!!」



「何かが……入ってきてる……私が、私じゃなく……なってる……」

「他の、私が……もう、私じゃなく……なって……」



『本体は流石にまだですか、上位種なだけはありますねぇ』



 天井から垂れ下がるアプから、先ほどの女の声がした。アプに何かされた、そして分身体に異常が起きている、そしてそれは悪意を持って起きた事だと、クロノは理解した。



「…………お前が敵だってことは分かった、流石にここまでやって穏便に済むと思うなよ」



『敵? 敵? 敵??? 敵は、君達ですよ?』

『だって君達は間違えた、過ちを正さなかった、だから滅ぶの、ダメな事はちゃんと正さないと』



「意味が分からん……アプに何をしたん!? 急に出てきて、あんたは何が目的なん!? 過ちってなんの話を……!」



『この国は素晴らしい国でした……みんなが幸せそうで……だけど、一つだけ間違えた……』

『だって、この国には魔物が居た…………みんながそれを受け入れた、異常と認識しなかった……だからみんなが罪人なんです、罪を受け入れる、間違いを受け入れる、見ないフリをして放置する、腐敗、不浄、道を踏み外す、だからっ!! 私達は君達を滅ぼさなきゃいけないっ!! 正義の名の元にっ!!』



「…………魔物ってだけで……それだけで、アプに何かしたんか? この子がどんな思いで……どんな気持ちで…………この子がどんだけ頑張ったのか知らないでっ!! この子を知らないお前が、何の権利があって……っ!!」



『魔物ってだけで罪なんですよ、それに気づけない君も悪なんです』

『この国は間違ってる、だから、滅ぶんです、私達は正義なので』



 互いの考えがある、理解されない事もある。衝突だって勿論あって、話し合いだけじゃ収まらない事もある。だが、物事には順序がある。その全てを投げ出し、片方の考えだけを押し付け、それだけで全て終わらせるなら、それはただの暴挙だ。



「そんなの、正義じゃない」



「…………私、愛がない行いって大嫌いなの」



「あ……く……あぁ……!!」



「アプ! しっかりして、私を見て!」



「ユラさん……私が私じゃ、なくなっていく……私の分身体が……私の意思と関係なく、勝手に動いてる…………温泉、水が……変わっていく……国の水から、別の意思が……汚染してくる……」



「水から……?」



 アプの声を遮るように、先ほどと同じような爆音が響いた。恐らく、敵は一人じゃない。




「……お前等、何者だよ」




『私達は神聖討魔隊サンクチュアリナイトの切り込み隊・三業さんごう

『罪を広めて、罪を知って、罪を理解して、そうして裁きに感謝を、救いを、愛を感じて欲しい』

『自らの過ちを理解し、正しい道を、正義を知って欲しい、罪を受け入れ、正義を知って欲しい』

『私は口業くごう)のヴァーク、正義を広める為、言葉をもって意思を伝える者』

『伝え、広め、教え、説く者…………思考の、感染者……』



 ――――悪意が、感染する。



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