第八百一話 『羽目を外して』
「さっぱりさっぱり、怠惰の悪魔は満足です」
「暴食の舌も満足したぜェ」
暴走した混沌を大人しくさせたクロノ達が白蘭亭に戻ると、マルス達が戻ってきていた。枕を抱いてふよふよ浮かんでいるプラチナがいつも以上にとろけているのを見るに、多分温泉を楽しんで来たのだろう。ディッシュも色々喰いまくってきたようでご満悦だ。そしてそんな二人を見てドゥムディが腕組みしながら頷いている。
「仲間達が幸せそうでおれも嬉しいぞ」
「悪魔の台詞じゃない……」
「まったく、散々連れ回されて不愉快極まったぞ」
そうは言うが、ツェンも身体から湯気を出している。隣のマルスも表情が柔らかいし、向こうは相当に楽しんできたようだ。
「何よりだよ、うん」
「で、お前達はどうして水着のままそんなにくたびれているんだ?」
「つうかなに引きずって来てんだァ?」
ニコニコ笑顔のユラが片手でルトを引きずってきていた、当然説教は終わっていない。
「おいたしたお客様にはた~っぷりとお説教のサービスや」
「セツナ達のおかげで冷静さを取り戻したあたいは今猛烈に反省しています」
「ルトさんって自分を鑑みること出来たんだ」
「あっはっはっは、これはクロノ君の信頼度が激烈に下がった感じするなぁ?」
「正直マジですまんかった……お仕事のストレスが想像以上にあたいのメンタルを追い詰めていたのだよ……」
「まぁルトさんが頑張ってたの知ってるし、息抜きは誰にでも必要だけどさ……一応俺達は共存の未来の為に一緒に頑張ろうって協力してんだ、代表の一人のルトさんがやらかすと大変な事になるってのもわかるだろうに……」
「年下からの真っ当な説教が耳に痛すぎる……」
「そうだぞルト! 誰かに迷惑かけるのはダメだぞ!」
「成長が著しいセツナからの説教が心に痛すぎる……」
「ルトのせいでマイラがボロボロなんだぞ! お休みに来たならちゃんと休めるようにしないと駄目だ! ルトの方が偉いんだからちゃんとしないとだろ!」
「ごめん……ごめんよ……想像以上にセツナに怒られてマジ凹む……」
「しかし姉馬鹿メイドのマイラさんでも全力で止めようとするくらい暴走してたんだな……」
アプの協力で倒れていたマイラを見つけたのだが、地面に姉の文字を残して気絶していた。ルト命のマイラがそのルトを前にして意識を失うなんて相当なものだ。
「お姉ちゃん命だからこそ、今回は本気でやばいなとわかったものでして」
「まったくもう……マイラはマイラで駄メイドだし、ルトはルトでしょうがないし、切り札レベルが少しだけ上がった私からみても凄くみっともないぞ!」
「やばい、本気で凹む……」
「待ってくださいセツナ様! 今回の私に駄目な部分はあまりないと思うのですが!」
「ユリの時の駄目な印象がまだ消えてないんだ」
「わ、忘れられていない!? 未だにメイド評価がマイナスのまま!?」
思ったよりセツナがご立腹のようだ、身内のやらかしに対し切り札らしく説教している。その姿に成長を感じ、少し嬉しくなった。
「変わったなぁ、あいつも」
「それはいいけど、これ以上変態に構って貴重なお休みの時間を使うのは嫉妬しちゃうよ」
「レヴィはもっとセツナちゃんと遊びたいんだってさ、時間がもったいないって」
「色欲変換でレヴィの発言を都合よく解釈しないで欲しいよ」
「え~? これは長い付き合いからの推測なんだけどなぁ」
「てんで的外れだよ、っていうかこんな格好で走り回されてレヴィの身体は冷え冷えだよ、温泉行きたい」
確かに急遽対応に追われたせいでクロノ達は水着のまま国の中を駆け回った、レヴィの言う通り身体は結構冷えてしまっている。レヴィの言葉が聞こえていたのだろう、ユラが両手を合わせ、その音でセツナの切り札説教に割って入った。
「まだまだ言いたい事もあるけれど、お客様に楽しんで頂けへんのはこの国としては一大事や」
「幸い他のお客様におっきな迷惑はなかったみたいやし、今回はこれくらいにしといたる、そっちの子が沢山叱ってくれたしね」
「ぷんすか切り札だぞ」
「割と真面目にこの世に生まれ落ちて一番反省してるかもしれない……」
「ほな凹むのはここまでや、ここは温泉国……心も身体もリフレッシュせなあかん」
「節度を保って、しっかりこの国を楽しんでいってくださいね」
「あああああああああああああああああああ……女神ぃいいいいいいいいいっ!!」
「ルト、また変な事したら流石の私もすっごい怒るからな」
「あ、はい、本当にすいませんでした……以後、気を付けます……」
セツナの前で正座するルトが小さく見える、なるほどセツナはルト特攻の効果を持つらしい。今度困ったらセツナを頼ろう。
「切り札ってそういうことだったのか……」
「いや、どういうことだよ」
背後から突っ込んでくる声、いつの間にか姿を消していたフェルドが合流してきた。なんか炭みたいなモノを担いでいる。
「お前こそどういう状況だよ、勝手にどっか行ってた上になんだその炭は」
「あぁ気にするな、俺達は勝手にお前を守るからよ」
「そりゃ、どうも?」
よくわかっていないクロノを他所に、精霊達は理解しあった様子でその炭を粉々に砕いていた。多分気にすると面倒な事になる為、クロノはそっと背を向け謎の炭から意識を外す。
「セツナ温泉、温泉入ろうよ」
「ん、そうだな! ここは温泉国だもんな!」
向こうではレヴィがセツナを温泉に誘っていた、身体も冷えたしそろそろ温泉国の真髄を味わう時だろう。
「ふふふ、俺も楽しみだったんだよね……何処から回ろうか……」
パンフレットを笑顔で開くクロノだったが、その背後でセツナは不思議な感覚を得ていた。ルトに説教する事で、いつも下の位置にいたセツナは思いがけず上からの立場に位置していた。高揚感と興奮と怒りと新鮮さ、そして切り札パワーがセツナの脳内で超融合を果たし、セツナの過去の経験と合わさり不思議でマジカルな危機感知能力が奇跡の超進化、未来予知に近い何かをセツナに見せた。
このまま温泉に行く場合、メンバーは自分の他にレヴィ、ミライ、ルトにマイラだ。恐らくレヴィはいつものように自分を弄ってくる、いや、テンションが高いのでいつも以上に弄ってくる。そしてミライは簡単に敵になる、レヴィによって簡単に使われる。ルトは変態だ、凹んでいても一緒に温泉に入れば復活してろくでもない事になるのは簡単に予想できる。レヴィに弄られながら暴走の危険があるルトを抑える自信は、正直ない。マイラは駄メイドだから何の頼りにもならない。つまりこのまま温泉に行けば自分がまったりできる可能性は限りなく0に近い、っていうかもう0と断言してもいい。だから、これは必然、自分にとって絶対に必要な最善の手。
「この辺から回るか……そうだこの際だからエティルとティアラはセツナに預けて……」
呑気な思考をするクロノの右手が、セツナに捕まった。
「ん?」
「クロノ、一緒に温泉入ろう」
思考が凍る、この切り札は遂におかしくなったのだろうか。
「お前は何を言っているんだ?」
「このまま温泉に行けば、レヴィの弄りとミライの愛とルトの変態とマイラのメイドで私は終わりだ」
「だから、助けてくれ」
凄く真剣な無表情で助けを求めてくる切り札だが、そこに自分は居ちゃいけない存在だ。
「俺は男、お前は女、オッケー?」
「そんなのどうでもいい、大体お前は私を任された立場だ、助けなきゃいけない筈だ」
「どうでもよくは……」
「肝心な時にいっつも傍にいない、たまにはちゃんと助けるべきだ」
痛いところを突いてくるが、セツナに正論攻めされて言い負かされるわけにはいかない。こちらにはアルディ仕込みの口の上手さがあるのだ。ここで負けると本当に不味い。
「いやね、お前の言いたい事はわかるけど……」
「見捨てるのか……」
「いや……」
「寝込んでしまったお前を頑張って、そりゃもう頑張って起こしたのに……お前はまた私を一人にするんだな……」
嘘だろこいつ、いつからこんな悪魔になったんだ。
「お前が良くても他のみんながなっ!?」
「レヴィは別に、マルス達と一緒に入るのも珍しくなかったし」
「私も小さい頃からマルスとツェンと一緒だったし、気にしないかなぁ」
「クロノ君の裸体と聞いて」
「メイドは些細な事は気にしないモノですよ」
これは本当に不味い、何処かに道、逃げ道は……。
「今更だなぁ、クロノはいっつもエティルちゃん達と一緒じゃない」
「……いい加減……耐性、つけて……」
こいつ等は頼りにならない、むしろ敵である。こうなったら国の秩序を守る存在に頼るしかない。
「ユラさん!!!」
「言いたい事は勿論、分かっとるよ」
「ユラさん……!!!」
「ちゃんと、混浴にも種類があるからね、ご堪能あれ!」
詰みである、一切休まらない入浴になった。天国の名を冠した地獄だ。だけどちゃんとセツナは守った、守り切った、セツナが楽しければいい、それでいいのだ……。
――――さっぱりタイムを経て、クロノ達は夕食に至る。
「さっぱりしたぞー!」
「ふぅ、眼福眼福……」
楽しそうなセツナとつやつやしたルト、その横でクロノが倒れていた。
「お前、大丈夫か?」
「大丈夫に見える?」
「温泉で疲弊してどうするのさ、まったくもう……」
アルディの手を借り、クロノはなんとか席につく。宴会場での食事はもう豪華とか言うレベルじゃなかった。ディッシュなんて悪魔とは思えないくらい目をキラキラさせている。
「すっげぇ疲れたけど……なんやかんやみんな楽しんでて良かったよ……」
「滞在期間はまだまだあるんだし、君も早く慣れた方がいいよ」
「なにそれ、俺ってもしかしてずっとセツナと温泉巡るの!?」
「クロノ! なんかすごいぞご飯がすごい!」
人の気も知らずにご飯にはしゃぐセツナ、もうなんか色々とどうでもいいや。
「考えるだけ無駄だな……いや、絶対慣れはしないんだけど」
「まぁまぁクロノンってば難しく考えちゃ駄目だよぉ? ほら見てこのお刺身の煌めきをさ」
いつの間にか隣に座っているベルの気軽さが、逆に清々しかった。
「本当にゴキブリ並の生命力だなぁ……誰の許可を得て俺達の契約者に近寄ってやがる……」
「やだもぉフェルフェルったら過保護なんだからぁ! そんな簡単にこのラブリーエンジェルを排除出来ると思ったのかにゃあ!? ベルちゃんは一回見つけたら百回は出てきますが!?」
「やっぱりここで白黒はっきりさせておいた方が良いね、僕達の契約者に近づけちゃいけない」
「お食事の席で騒がないでくださーい! マナーが悪い子はクロノンに叱ってもらうぞぉー!」
「シンプルにうざいね」
「……殺……」
「俺は過去一シンプルな殺意を向けてるお前等が怖いよ……」
クロノの膝の上に収まるティアラと、頭の上のエティルから凄まじい殺気を感じる。本当にこいつ等はベルに対し容赦も遠慮も無い。
「まぁまぁまぁまぁまぁまぁ……精霊諸君落ち着いて……豪華なお食事、キラキラなお酒……今宵はパーッと行きましょうパーッと! さぁさぁお注ぎしますよフェルの旦那ァ……」
「テメェに注がれた酒なんざ怪しくて飲めるかよ」
「えっさ、ほいさ、どんどん運ぶのでじゃんじゃん食べてくださいねー!」
「配膳もアプさんなの!?」
「私、数だけは自信あるので!」
働き者が過ぎる、本当に凄い子だ。
「感心してないで、さぁさぁクロノンもきゅーっと」
「俺、酒飲めないよ……」
「なーに良い子ぶってんの! 君が良い子なのは知ってるけどこういう時は羽目をバーンと外すもんだぜ!? さぁ……イケナイ夜にレッツごっはぁ!?」
「だから隙あらばクロノを堕落させようとするなクソ天使!!」
フェルドの回し蹴りがベルを蹴り飛ばす。油断も隙もないが、フェルド達が居ればベルは問題にならないだろう。問題児筆頭のルトも、セツナにあーんしたりして案外大人しい。セツナ溺愛モードに入っている以上、変な事はしないだろう。
「まぁお前等も気を張らないで楽しめよな、俺達は休みに来てるんだし」
「じゃあエティルちゃんが仕切るよー! 乾杯しよう!!」
「お前自分よりでかいジョッキなんだけど!?」
エティルが風を使って自分よりでかいジョッキを掲げる、とりあえずエティルに従い、クロノ達は乾杯を済ませた。
「……ん、クロノは、ジュース……間違い、ないよ……」
「過保護だな……」
ティアラチェックも済んだ、ベルの悪戯の可能性は摘んでおく。
「そもそもベルさんは今隣でダウンしてんだから、何かするチャンスなんてないだろうに」
「ま、何かしようとしてたが事前に俺が炭にしてやったからな」
「あの炭やっぱり……まぁそれはいいや……あんまり飲み過ぎるなよ? お前等が酒に酔う姿想像できないけど」
「この程度の酒で酔うわけねぇだろうが、アクアレイドの時飲んでた奴よりは上物だがな」
「まぁ嗜む程度にね」
「……付き合い、だから……次から、ジュース」
「これも大人の味なのだよ……エティルちゃん一番年上だからねっ!」
たまに飲むところは見るが、誰一人悪酔いした姿は見た事がない。多分、耐性があるのだろう。だから気にも留めなかったが、視界の端に映るベルがニヤニヤしている。
「…………ベルさん?」
「なにかねクロノ君、ラブリーエンジェルに何か御用かね?」
「何かした?」
「まさか! 今の僕はこうしてフェルフェルの蹴りでノックダウンされていますのよ!?」
「さっきだって面白おかしい仕込みをしようとして、先回りしていたフェルフェルに焦げ焦げにされたというのに!」
「…………そっすか」
「まぁ……仕込みは既に済んだ後だったんだけどぬぇ~……」
その言葉と同時、顎をジョッキで跳ね上げられた。
「いったぁっ!?」
「クロノー……エティルちゃんの酒がぁ……飲めないのかぁー!」
「ちょ……」
「まったく……クロノは本当にしょうがないね、けど大丈夫僕が守るまもも……」
「アルディさん!? 呂律が回ってな……」
「情けねぇな……この程度の酒でよぉ……」
「フェルドッ!! 四肢が燃え上がって、あっちぃ!!」
「みゅぅ……クロノ、クロノクロノクロノ……きゅー」
「うわ、普段の千倍くらい甘えてくる……ってティアラが溶けてきてる!」
「ぬはははははっ!!! 流石のフェルフェル達でも天界一の激烈強烈苛烈なお酒、ベルちゃん印の堕天酒・『昇天』には敵うまい!! あのルーンですら『うわっ、なんかちょっとピリッとするね』と苦手意識があったやっべぇ酒だぐわっはははははっ! 仕込みは完璧よぉ! 良い子ぶってねぇで羽目外して威厳崩壊させちまいなぁあああああああああっ!」
「何してくれてんだクソ天使ーーーーーーーーーっ!!」
思わずベルに殴り掛かるクロノだが、両足をティアラに拘束されずっこけてしまう。
「クロノクロノクロノクロノクロノ……」
「既に喋る液体になってる!! ちょっとティアラ放し……」
「情けねぇなぁ……この程度でよぉ……」
「クッソ火力が上がる一方だ……!! 消化ぁ!!」
両足を振り回し、液状になったティアラをフェルドにぶつけ消化する。フェルドはずぶ濡れのまま気にする様子も見せずに酒を飲み続け、全身を少し赤く染めたティアラはじりじりとこちらに這い寄ってきている。
「安心して良いよクロノ、君は僕がちゃんと守るから……すやぁ……」
「守れよっ!! 寝てんじゃねぇよっ!!」
「そっちこそぉ……無視すんなーっ!」
またジョッキが飛んでくる、今度は避けたが頭にエティルがとりついてきた。
「エティルちゃんを無視するなー、構えー、このー、契約者ー……クロノ―」
「ウザ絡みってレベルじゃないんだけど!! クソこれどうすんだよ……ベルさんっ!!」
「いやぁ精霊達もリラックス出来てるようでなーによりだねぇ、そう思うだろうクロノンぶわっははははははっ!」
「この野郎……精霊に変わって今回は俺がベルさんを叱ってやるっ!!!」
「デバフ精霊四体も背負ってこのラブリーエンジェルを捕まえられるかしらーん? 捕まえてごらんなさーいっ!」
逃げるベルを追い回すクロノ、忘れちゃいけないが今は宴会の場だ。バカ騒ぎするクロノ達を、大罪の悪魔達は温かい目で見守っていた。
「クロノ楽しそうだなぁ」
「アホの極みだ」
クロノを目で追うセツナに、マルスは一言だけ返す。結局、クロノはこの日良い見世物になるのだった。




