第八百話 『変態討伐戦』
緊急クエスト・温泉国の防衛が発生。お遊びモードだったクロノ達は水着姿のままプールから飛び出す羽目になった。
「訳が分からないよ、なんでレヴィ達は走ってんのさ」
「一刻を争うんだよ! ベルさんが言うにはマイラさんは既に振り切られちまってる!」
「マイラが倒れるなんてよっぽどだぞ、マイラは完璧で完全なメイドなんだ……ルトの近くで働いてる時のマイラが倒れるなんて有り得ないぞ」
「そのルトさんが暴走してんだよ! このままルトさんがあんなことやこんなことをしでかしてみろ! 関係者の俺達もこの国に居場所がなくなるどころか最悪人と魔物の間に取り返しの付かない溝がっ!」
「考えすぎじゃない? 確かにたまに変な視線感じるけど……あれは一応人と魔物の共存に関しては最前線で頑張る立場の奴じゃん」
「うんうん、私達はまだ知り合って間もないけど……変な人だけど頑張ってる人だって認識だよ、愛も感じるし」
「ルトさんは可愛い子に対する欲で簡単に狂える奴だ、温泉国との相性は最悪と言ってもいい……」
「そんな大袈裟な」
呆れたように笑うレヴィだったが、その隣でセツナは無表情をゆっくりと青くさせていく。それに気づいたレヴィは数秒黙り込み、そして釣られるように表情を硬くした。
「…………セツナ、レヴィが知る限り過去一複雑な無表情なんだけど、どしたのさ」
「…………ルトは変な奴だけど優しいし、いつも頑張ってる、良い奴だ」
「でも可愛い奴には甘すぎるし、鼻血出すし、裸にすぐ釣られるし、多分凄い変態だ」
「何度も忘れて、全ては覚えてない切り札でも断言できるぞ…………このままじゃルトは犯罪者だ! 逮捕される! そしたら流魔水渦はおしまいだ! そしたら私は切り札じゃないただのセツナ! 大変だ!」
「レヴィ達ってそんな変態が頭の組織に属してんの?」
「むぅー……覗きとかは愛のある行為とはいえないなぁ」
「っていうか欲望のままに暴走する人を放置するのは、立場上よろしくもないねぇ……経験者としては堕落するのを見ているだけってのはねぇ」
「ベルさん曰く仕事のストレスでルトさんは限界寸前……そこに温泉、法を一つ跨いだ先にある美女の裸体バーゲンセール……ルトさんが耐えきれる訳もなく……もう一刻の猶予もない最悪の状況っ!」
「レヴィ達は何と戦わされるのさ、本気で関わりたくなくなってきたよ」
「今この国の年齢制限は俺達に左右されると言っても過言じゃない! 多少強引な手を使ってでもルトさんを止めなきゃ!」
「でもどうするんだ? ルトがどこに居るかも分からないし、一度正気を失ったルトは言っちゃなんだがかなりアホだぞ」
「正気を失っているなら本能で動いてる筈、それを利用すれば……声、声さえ届ける事が出来れば……」
「それなら私がお役に立とう!」
排水溝らしき穴から、アプが飛び出してきた。
「うわあ!? アプさんついてきてたの!?」
「いやいや、私はまた別の個体です」
「私はこの国の全域に存在しておりますし、意識も共有出来ますので! 何かを伝えたいのなら私をスピーカー代わりにするとよろしいかと!」
「ちなみに変態の目撃情報は?」
「丁度、粘液風呂の女湯に何か黒い変なモノが這い寄っていますねぇ」
いけない、それはこの世に存在してはいけないモノだ。
「今すぐそれに! セツナが水着姿でルトさんと遊びたがってるって伝えて! 左右に可愛い大罪二人も添えてあるって!!」
「え、私ルトと遊びたがってたか?」
「おいこら何しれっとレヴィ達まで囮にしてんのさっ!」
背に腹は代えられない、とにかく今はルトをこちらに誘き寄せるのが最優先だ。あんな這い寄る18禁を一般客に近づけるわけにはいかない。
「んー」
「どうしたアプさん! ルトさんはどうなった!?」
「なんか苦しんでるね、頭を抱えてどっちに行くか悩んでるみたい……」
「なんか髪の毛が触手みたいになって……色んな方向にうぞうぞ伸ばして……うわ……これは野放しにしてはいけない類の何かだね……」
「お、俺は今からそんな化け物を誘き寄せなきゃいけないのか……」
あまりに気は進まないが、このボス戦は避けられるものじゃない。ここで止めなきゃ、最悪共存の未来までもが失われるのだ。
「しかし困った……セツナに加えてレヴィちゃんとミライさんまで添えたのに迷うだと……? 今のルトさんはまさに煩悩の化身……即座に反応するレベルの餌となると他には……」
「今なら女装したクロノの水着姿も見れますよって伝えてくれるかな」
一瞬目を離した隙に、アルディがこの世の終わりみたいな発言をしていた。止める間もなく、困惑したアプは分身体を使い呪言を混沌に伝えてしまう。
「お前なにを口走ってんの!?」
「僕は今一番可能性のある餌を撒いたに過ぎないよ」
「俺が一番怒る可能性かそれは!?」
「ナチュラルにレヴィ達まで囮にした奴が何を被害者ぶってるのさ、自業自得だよ」
「俺だって断腸の想いだってんだよっ!! 悪いとは思ったさ!」
「そう思うなら少しくらい身を削りなよ」
「性別を超えてまで身を削るのはおかしいだろうがよっ!」
「まぁまぁ……今は喧嘩してる場合じゃないよ」
「えっと……アプちゃん、ルトさんはどんな感じかな?」
「凄い勢いでどっかに駆け出していきましたね……各地の分身の視野を今共有してるんですが……こっちに向かってきているようで……」
その言葉を遮るように、黒い触手の塊が建物の脇という脇を抜け噴き出してきた。まさにこの世の終わりみたいな光景だ。
「なんの悪夢っ!?」
「大丈夫だクロノ! お店の人や通行人はちゃんと避けてるぞ!」
「私のへなちょこな目でも分かる! あれの狙いは私達だ!!」
「ミライさん! 色欲の力で……レヴィちゃんでもいい! ガード! 防衛! お巡りさん!!」
「いやぁ……これはちょっと……」
「理を捻じ曲げるレヴィ達でも、外の種はそもそも真っ当な理に生きてる者じゃないからね」
「あっちと波長を合わせる手間があるんで、まぁ簡潔に言うと即座に対応は出来ないんだよ」
「つまり!?」
「数秒はレヴィ達の能力でも対応できないんだよね、調整する時間が欲しいかな」
「数秒……!? 数秒あったら呑まれるって!!」
クロノも割と全力で迎え撃ったが、圧倒的物量に速度もパワーも意味を成さなかった。一瞬で触手に飲み込まれ、全員が手足を縛られ捕獲される。
「ルトさん!? 正気に戻ってくれ! このままじゃ何もかも終わりに……」
「かぁーいいクロノ君を好きにしていいと聞いて」
「目が終わってる!! 誰かーーーっ!!」
「ユラさんの愛するこの温泉国で…………勝手な事は許しませんっ!!」
触手の物量攻撃を排水溝に潜って回避したアプが、数十体の分体と共に飛び出してきた。四方八方から放たれる水の刃が、欲望全開の触手を滅多切りにする。
「粘液……ヌルヌル……温泉……裸ァ……!」
「くっ……なんて犯罪臭……お客様の身内じゃなかったらお縄ですよこれは!」
「お縄でいいよこんなのっ! 一切の情けもいらねぇよ!」
「これを庇える法律は、何処を探してもないかもね」
「欲望に呑まれちゃ世の中おしまいだよ、余裕をもって自分の中で飼い慣らせてこそ原動力になるんだもん」
レヴィとミライが同時に能力を発動し、周囲を取り囲む触手を吹き飛ばす。今なら、どんな理も捻じ曲げ此方に有利に動く筈だ。
「必中必殺! 今ならドジも起こらねぇ! いけ切り札ぁ!!」
地面を殴りつけ、土の階段をルトの眼前まで迫り上げる。一気に駆け上がった切り札の剣が、ルトの顔面に迫り……。
「あぁセツナ、あたいの胸に飛び込んでおいでーーーっ!!」
「ごめんルト! まずは一回怒られてくれ!!」
「ごはぁっ!!」
一切の躊躇いを持たず、セツナは己の全力パワーで剣を叩きつける。鞘に収まったままとはいえ、ルトの顔面をへこませるほどの一撃は常人なら悶絶ものだったろう。実際セツナの能力が発動し、ルトの暴走気味だった触手が一気に消え去った。だが、顔面で剣を受け止めながらもルトは両手でセツナを抱き留めた。
「むぎゅ」
「かぁーいいセツナァ……転ばなかったね早かったね偉かったね成長したね頑張ったねぇ……会いたかったよ撫で心地がレベルアップしてるよあああああああああああ癒されるなぁああああああああ」
「これは反省していないぞ……」
落下しながらもセツナを撫でまくっている。背中から無防備に地面に叩きつけられてもセツナを離そうとしないところは凄まじい愛を感じるが、流石に暴走を見過ごす事は出来ない。
「まったく……代表の責任とかあるでしょうに……なにやってんすかバカルトさん」
「はっ……あたいは今まで何を…………あ、クロノ君相変わらずかぁーいい顔っすね」
「ぎええええええええええええレヴィちゃんとミライちゃんの水着だとおおおおおっ!? っていうかセツナも水着っ! 目が、目が焼ける……焼けちまえ眼球なんざ幸せで焼けるなら本望ああああああああああああああああああっ!」
「これは反省してないね」
「愛に狂う…………大変良きだね!」
「良くねぇんだこれが、少なからず他の人にも迷惑かけてんだから……」
「そこはアプちゃんの分身がごまかしたり説明したりしてるから一先ず安心だよー、おっきな事件は起きてないから大丈夫」
「噂には聞いていたけど水天種! なんてエッチなお姿! 温泉国で働き始めたとは聞いていたけどこれは直接来たかいがあったってもんよ!」
「それはそれは、遠路はるばるおおきになぁ」
はしゃぐルトの背後、そこにはいつの間にかユラが笑顔で立っていた。
「美人の予感! …………あ、あはは~…………ユラ姫様ではありませんかぁ……」
「私をご存じなん? それはそれは話が早くて助かるわぁ」
「聡明なお人なら、これから何が起きるのか、何をするべきなのか、お分かりですね?」
「あ、はい……すいませんでした……」
「…………ルト、ちゃんとごめんなさいしてくるんだぞ」
「あ、はい……反省してます……」
ユラの前で迫真の土下座を披露するルト、100%の非はあのアホにある為、精々反省するがいい。
「困ったもんだよ、全力で謝ってさっさと合流してくるがいいや」
「あんな変態でも合流を望むんだね」
「まぁチラッと見えたから分かってると思うけど、セツナを筆頭に仲間への想いとかは本物な人だからさ」
「行動からは想像もできないくらい真っ直ぐで清らかな愛を感じたよ!」
「言動、行動、思考回路が真っ黒すぎたよ」
「ちゃんと反省して、しっかり休めるといいな」
「さて……忘れそうになってるけどマイラさんも探さないと……ルトさんを止めきれずどっかでやられてるって話だし……」
「何かお探しですか!」
足元からアプが飛び出してくる、さっきからこの粘液が活躍しかしていない。
「アプさん凄いな、有能さしかないじゃん」
「これでも最上位種なので! 今ではこの国一番の稼ぎ頭なので! 働き者で賞も貰ったので!」
「温泉国に水天の目有り! この国で悪事は見逃しませんし、困ってる人も見逃しません! お困りの際は是非頼ってくださいませ!」
「…………本当に、この国が好きなんだな」
「この国が好きですし、この国で私を受け入れてくれた人が好きです」
「だから、今凄く幸せなんです」
笑顔がそれを物語っていて、凄く嬉しくなった。アプの助けを借り、クロノ達は力尽きていたマイラを無事回収。見事、緊急クエストを成功させることが出来たのだった。
そしてその裏側、主要人物の視線を上手く誘導したラブリーエンジェルはひっそりにっこりと舞台裏で悪巧みをしていた。
「ふへへへ……ルトちゃんの☆変態大騒動☆によってみんなの注意は僕ちゃんから上手い事外れましたなぁ、しめしめ……ユラ姫もお叱りイベントに駆り出されたし……全ては僕の想定通り……まったくみんな成長しないなぁ、いーけないんだいけないんだ、しょうがないからここはインテリエンジェルの僕がみんなの脳みそぷるぷる成長促進イベントを起こすしかないじゃないかぁ、しょうがないったらしょうがない……」
「へぇ、そりゃあ面倒をかけて申し訳ねぇなぁ」
舞台裏に居るはずのない、もう一人の登場人物にベルの背筋が凍り付く。完全に裏をかいた筈なのに、何故――――。
「何故……とか悲しい事言うなよな、長い付き合いじゃねぇか……お前が良く使う言い回しだぜ?」
「フェ、フェルフェル……精霊が契約者から離れるなんて薄情だなぁ……」
「俺には後を託せる仲間が居るんでな、ギャグ混じりのボス戦なんざあいつらだけで十分なんだよ」
「むしろ俺が任されたくらいだ、俺達精霊全員の意見が一致したのさ…………テメェから目を離すなって」
「わーい、僕ちゃん最高に愛されてるぅー…………」
「理解が早くて助かるぜ、んじゃお望み通り受け止めて貰おうか? 俺からの灼熱の愛って奴を」
「待つんだフェルフェル、僕達の仲じゃないか、話し合えばきっと分かり合える……フェルフェルだって今回のお話は息抜きのお休み回だってわかってる筈だよ? だから肩の力を抜けるお間抜けなお馬鹿イベントは必須じゃないか、僕はそのイベントフラグの仕込みに来たわけで決して悪意を持って何かをしようってんじゃないのだよ、フェルフェルならきっとわかるはずだ、落ち着いて今後について二人でにこやかな話し合いを……」
「燃えろ、何かを残すことなく」
フェルドの指先から火の粉が放たれ、それは爆炎と化し天使を包み込んだ。
「馬鹿なあああああああああああああああああああああああああああこれは実は生き残っていた敵主戦力が誰にも知られずに消される流れじゃないかああああああああああああああああああ僕は味方だぞ天使だぞみんなに愛されるべき存在だぞっていうか熱いあっざぁ洒落になってねぇフル火力だ炭、天使の炭が出来る、フェ、フェル……おのれフェルフェルッ!! 畜生、覚えてろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「せっかくの息抜きなんだ、テメェの好きには絶対させねぇ」
「俺達の契約者に、悪影響は絶対近づけねぇ」
「この過保護精霊があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
(…………故に、君達は僕に勝てないの、SA)
炭にされながら、天使は笑みを浮かべる。仕込みは既に、済んでいた。