第七百九十九話 『風雲急を告げるラブリーエンジェル』
「私は切り札、レヴィに勝った切り札だ、崇めるといいぞ」
「はいはい勝者をスポットライトで照らしてあげるよ」
文句なしの勝利故、セツナは過去一キラキラな無表情でポーズを決める。指を一本天高く掲げるセツナ目掛け、レヴィは祝福の熱線を叩きつけた。焼きセツナ寸前だったが、流石にここまでの経験値があるのだろう、セツナはポーズを放棄し顔から着地する事も構わず真横に飛び込んで熱線を回避した。
「流石勝者のセツナだね、これも避けるなんて凄いじゃない、特別な嫉妬をプレゼントしてあげるよ」
「負けたんだから暫く謙虚にするって考えはないのかバーカ! バーカ!!」
「セツナの中のレヴィはどういう立ち位置なの? そろそろ付き合いも長いんだから考えて発言して欲しいね……」
「私が悪いのか……?」
すでに言い負かされかけている以上、セツナが本当にレヴィに勝てる日はまだ遠い気がする。ともあれ、アクアレイドの結果はセツナの死に物狂いな頑張りのおかげなのは確かだ。
「目一杯遊んだってのは、間違いないわな」
「水着がぽろり、なんてお約束なシーンが無かったのが残念? ミライちゃん的には愛のある考えとは思えないけどなぁ」
「色欲のミライさんが言うと色んな意味合いを感じるんだけど、今まさにお遊びで命がぽろりしそうになった俺から言えば笑えないっての……プールの原型が残ってる事に驚いてるよ」
「まぁそこはミライちゃんの愛とレヴィの加減具合がマッチしてたって事でね☆ いやぁハラハラしたけど楽しかったねぇ」
「この後はどうしよっか、温泉国とは聞いてるけど……アプちゃんが言うにはプール施設も沢山あるって話だし、そっち方面から楽しむのも手じゃない?」
「そうだな、危険度を下げる方向で遊ぼうか……とりあえず俺は精霊達を回収してくるから、レヴィとセツナを任せていいかな」
「オッケーです、いってらっしゃーい」
セツナ達をミライに任せ、クロノは観客席にジャンプする。契約者が必死に戦ってる様を高みから観戦決め込んだ精霊達から、精々賛辞の言葉でも貰い受けようじゃないか。
「おいお前等! 見事勝利を掴んだ契約者になんかないのかなぁ!?」
「なんもねぇかな」
「良い見世物だったよ」
「紙コップ数個空にするくらいには楽しんで頂けたようで何よりですねぇ!! 特にフェルド!! お前酒飲んだろ!」
「娯楽施設で楽しんで文句言われる筋合いはねぇなぁ……あぁいい試合だったぜおめでとさん」
「この野郎……心からの賛辞には聞こえないけどその心に直に流れ込んでくる感情は清らかでそれが逆に腹立つ……!」
「エティルちゃんは年長だからちゃんと止めたんだけどねぇ、お酒は夜に取っておこうって」
「安心しろ、度数低めのセーブした飲酒だ、こんなん水みたいなもんだって」
「俺は酒飲んでる事を怒ってんじゃなくて、契約者の勇姿を酒のつまみにしたことに憤慨してんの!」
「まぁまぁ、僕等が心配せずにこうしてリラックス出来るくらいには君の戦いっぷりは安心できるものだったんだってば」
「やめろアルディに口を開かせるな! 丸め込まれる!」
「君も大概失礼だなぁ……」
「大体クロノは両極端なんだよな、でかい戦いの後は寝込むか、今みたいに騒ぐ元気が有り余ってるかのどっちかだ」
「その余裕っぷりを見せられて俺達にどんな反応期待してんだ? 心配して欲しいのか?」
「フェルド君意地悪言っちゃ可哀想だよぉ、クロノは私達に褒めて欲しいんだってば」
「言葉にされると俺が哀れなんだが!? 恥ずかしいんだけど!」
「…………ふわり」
何故か言葉攻めにされるクロノだが、その背にずっと黙っていたティアラがへばりついて来た。
「……頑張りました賞……なでなで……」
そして頭を撫でられる、凄まじい辱めである。
「ぐぬぬ……」
「心からの賛辞だよ、僕達なしでよくあそこまで動けたね」
「フェルド君のも照れ隠しだからさぁ」
「割と素なんだが……まぁ好きに受け取れよ」
「心配すんな、お前はお前でちゃんと成長してっから」
「……お前等はずるいと思う」
「ずるいよ? 僕等は君よりずっと長く生きてるんだからね」
「だから君は、こうして丸め込まれていればいいのさ」
「ルーンには振り回されっぱなしだったからねぇ、エティルちゃん達は今偉そうにするターンなのです」
「くそぉ、余裕を感じる……」
まるで子を見守る親の目だ、色々な要素で敵わない。謎の敗北感に圧倒されるクロノだったが、そんなクロノにだけ聞こえる声で、背中のティアラが呟いた。
「……いつか……」
「ん?」
「……いつか、クロノのターンに、なるよ」
「そう、信じてる、期待……してる」
ぎゅっと、ティアラが首に回した両手に力を込めた。その期待に応える為、クロノは顔を上げる。手を引いてもらった分、いつか手を引けるように。
「いやぁ契約者と精霊の確かな絆を感じる素晴らしいシーンでしたね! 試合内容も文句なし、提供されたドリンクも旨味たっぷりヘルシーメルシー僕天使っ! ってことで客席からドーンッ! ラブリープリティースーパーエンジェル…………ベルちゃんのぉ…………(凄く溜める、すごっく……)…………ご登場、っっっ…………だああああああああああああああああああああッ!!」
「うわっ!? なんかスゲェうざいっ!?」
「はいカーーーーーーーーーットッ!!! 開口一番天使に向かってうざいってなに!? クロノンってばお口悪くなっちゃってもぉ! ベルちゃんそんな子に育てた覚えはありまぶほぁあッ!」
誰よりも素早くフェルドが飛び出し、鉄をも溶かすレベルの熱を拳に纏わせベルの顔面を殴り飛ばした。毎度の事ながら、一切の加減や躊躇いが無い。
「首捥げるわっ!! 顔面が焼けて首が飛んでく勢いだったよ!!? フェルフェルってば毎回毎回同じような事してマンネリって知ってる!? 今時の子は流行に乗らないと冷たい目しか向けてこないぞぉ!?」
「炎の精霊にここまで冷たい目をさせるお前はスゲェよ、それと俺達の契約者をお前に育てて貰った覚えはねぇ」
「というか悪影響そのものだし、迅速に処理する必要があるよね」
「厄介な事に色々エティルちゃん達に不都合な事も沢山知ってるしねぇ」
「…………二度と、復活できないよう……粉々にして、封印してしまおう……」
「ザ・殺意っ! 皆さん信じられます? これが元仲間に向ける目と言葉っすよ?」
「天使さんー、ご注文のメロンソーダですよー」
「ナイスタイミング! ベルちゃん必殺、無関係シールド!」
飲み物を持ってきたアプの背後に滑り込むベル、こんな卑劣な天使見た事がない。
「ひゃあ!?」
「ふはははは! 善良なアプちゃんごと天使なベルちゃんをやれるってんならやってもらおうじゃないの精霊諸君!」
「こいつ……堕天した経験は伊達じゃねぇなぁクソ野郎が!!」
「フェルフェルのおこ顔を見ながら飲むメロンソーダは美味いっすねー!! この世は頭のいい奴が勝つんだよーーッ!! ぐへへのへーっ!」
「じゃあエティルちゃんは横から風でぶん殴るね」
室内に不自然すぎる突風が吹き荒れ、卑劣な天使の横っ面が風にぶん殴られ吹っ飛んだ。経験上エティルは怒る時静かに怒る、そしてそれが凄く怖い。
「待て! 待った! ストップ! メロンソーダが泣いている! せめて飲み終わるまでは見逃すのがマナーじゃないかな!」
「罪のねぇ奴を巻き込んだお前にかける慈悲はこの世の何処にもねぇんだよ、袋叩きにされる条件は満たしてる筈だぜ」
「そんな実績は解除していない! やめろー僕に手を出すと案件だぞ! 天国が黙ってないんだぞ! 誰でもいい、誰か僕を助けろーっ!! うおわあああああああああああああっ!!」
精霊四体による無慈悲なリンチが行われ、天使がぼろ雑巾にされていく。状況を把握しきれないアプがオロオロしているが、クロノは既に思考を放棄していた。とりあえず下で待たせているセツナ達に心の中で謝っておこう。
(出来るだけ長引かせないようにして、合流したいなぁ……)
そして三分後、出来上がったベルは無傷だった。
「みんな無駄だってわかってるくせにじゃれてくるんだもんなぁ……ベルちゃん人気者で困っちゃう☆」
「完全に天使を滅する方法ってねぇかな」
「クロノ、咆哮りたい気分とかじゃないかな」
「ないかなー」
「物騒な会話やめて? 別にベルちゃんふざけにきたわけ違うんだよ?」
「ただクロノンの頑張りをおめめキラキラで観戦する精霊諸君が新鮮で……そしてそれを隠そうとツンデレデレデレしてる姿が面白くて……面白くてついね、ついおちょくりたくなって……いや、マジ可愛い……ぶはは……」
「もうベルちゃんぶっ殺してもいいかなぁー?」
「…………二度と、再登場出来なく、しよう……」
「あーこれマジな奴っすねー、明日の自分の為に控えるっすねー、命大事にっすねー」
「まーってまって、超待って、せめてあと一回会話のチャンス頂戴、それでベルちゃん命を拾ってみせるから」
殺意が漏れ出す精霊達をなんとか下がらせ、とりあえずクロノが最前に立つ。だがベルの次の言葉次第では、抑え込むのも限度がある。
「ベルさん相手だとこいつら加減しないから、次の言葉次第では俺でも庇い切れないよ?」
「その時はクロノンを盾にするから、さ……」
(ここで仕留めておいた方が良い気がしてきた)
「さて、どこから話すべきか…………今日の朝ご飯からかな?」
「フェルドが噴火しそうだから真面目な話なら早くした方が良いよ」
「アドバイスが的確だねクロノン、ベルちゃんもそろそろ命の危機を感じてきたところサ♪」
「ってことで要点だけ伝えよう! ベルちゃんは一人で遊びに来たわけではないのです! マイラちゃんと、な・な・な……なんとルトちゃんと遊びに来ましたー!」
なんか変な効果音と共に告げられた衝撃的な事実、あの変態が世に解き放たれたのは普通に危険だ。凄い人だし真面目な部分もあるが、それらが霞むほどの変態なのも事実なのだ。
「ルトさんが……? 俺達に休暇をくれた分色々忙しいのでは……」
「それはそうだけど、まぁ誰よりも頑張ってる人が楽しくないのは普通に間違ってると僕ちゃん思うわけで、天使としても、個人としても」
考え方自体は良く分かる、頑張ってる人が損するのは確かにおかしい。
「四天王の子がね、数日仕事を請け負ってくれたわけなのよ、だからルトちゃんにも数日の猶予が生まれたわけっす」
確かにディムラならそれが可能だ、なんせ四天王の仕事すら一人でこなしてた奴だ。
「だからこそ貴重なお休みを存分に楽しむ為、ルトちゃんはこの温泉国を目指したわけ! 丁度クロノン達もこの国にいるってんでね!」
「なるほどね、そりゃ嬉しさ半分トラブルな予感半分だ」
「嬉しさが半分もあるなんて、僕ちゃんほんとクロノン好き~」
「本当はフェルフェル達を目一杯おちょくる為に来たんだけど、純粋で可愛いクロノンに免じてサービスしちゃおうかなぁ」
ニコニコとクロノを撫でまくるベルだが、背後の精霊達の殺意がワンランク上がるのを感じる。あれに巻き添えにされたら堪ったものじゃないので、場合によっては素早くベルを差し出そう。
「サービスってなんですか、ベルさんの行動の9割は酷い事に繋がるイメージなんですけど」
「僕のイメージ酷すぎて草、いやねルトちゃんなんだけどさ? その欲望はあまりにもドロドロで18禁寸前だったんだけど、当初はセツナちゃんとイチャラブする方向性に暴走してたんだよね」
「でもここ温泉国じゃん? ルトちゃんの暴走は留まる事を知らずあっちらこっちらなのだよ」
「はい?」
「哀れマイラちゃんだけでは止めきれず…………このままでは温泉国は這い寄る混沌の触手で全年齢版は廃止サービス終了待ったなし! 流石にこりゃやべぇと思った僕は悪戯っ子キャラを放棄してまでクロノン達に救援信号を届けに来た謙虚でナイスなラブリー支援エンジェルになったわけなの……!」
「って事で緊急任務☆ ルトちゃん撃退難易度フルマックス、始まり始まり~♪」
「囮……じゃなくてセツナーーーーーーーーーーーッ!! 緊急事態だああああああああああっ!!」
「いますっごく不穏な言い間違いで切り札を呼ばなかったかっ!?」
温泉国の平和を守る為、負けられないクエストが今始まる。




