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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第五十三章 『混沌の温泉国』
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第七百九十六話 『水天の一歩』

「そしてこちらが娯楽施設の数々でございます!」



 クロノ達の眼前に広がる様々な見た事も無い機械、その全てが楽しさを提供する物らしい。どうやらこの温泉国は温泉だけが全てではないらしい。ありとあらゆる方向から楽しいをぶつけてくる。身体を癒すだけじゃなく動かしたりほぐしたり本当に多種多様の娯楽が思考を溶かしてくる。



「知っての通りこの国は何処の宿で宿泊しても全ての温泉施設を利用できます、心も身体も思う存分浸かり尽くしてくださいませ」

「国を囲うように作られた通称・『和みサークル』は特に自慢の温泉達で作り上げられた最強の布陣……国を一周する頃にはもうなんか大変な事になっているでしょうね」



「そんだけ言うならよォ、飯の方も期待していいんだろうなァ」



「当然です! 和食洋食なんでもござれ! 美食風呂です!」



 もはや逃れる事は叶わない、この国はどう足掻いても楽しいのだ。もう、楽しむ以外の選択肢は……。



「いや待て待て待てーーーーーーーーーーーっ!!」



 クロノのツッコミが全てを切り裂き、この場の全員の視線を集めた。施設案内はとても助かるが、何故自分達はぷるぷるの水体種スライムに案内されているのだ。



「魔物に偏見はないけど! 馴染んでるのは俺個人としては嬉しいけど!! なんで堂々と人の国の娯楽施設に水体種スライムが居るんだ!? 手慣れた感じで案内してくれてるし! 視界の端でお仕事してるのが映ってるんだけどさ!」



「ご心配なさらずとも、温泉は水体種スライムじゃありませんよ」

「…………ご所望でしたらそういったサービスは裏側に」



「ぼそっと何言ってんの!?」



「あらあらクロノ君、楽しんでるみたいで嬉しいわぁ」



「説明!! マルスが疑ってるように俺も今混乱の最中!」



「気付きもしていなかった分際でよく言う……」



「説明? アプちゃんもしかして説明端折ったん?」



「端折ったわけ違うよー、ただ優先順位がこの国の素晴らしさを伝えたいだっただけでー」



 案内してくれていた水体種スライムがユラの隣に滑っていく。周囲で掃除や片付けをしていた水体種スライムが集まってきて、一つになっていく。ユラの腰くらいの大きさしかなかった水体種スライムがどんどん巨大化し、ユラの身長を抜いた。



「自己紹介は、優先順位が低かっただけだよ」



「相手の知りたがってる事が最優先や、何度も言った筈やで」



「うぅ、ごめんなさい…………改めて自己の紹介をしておこう! 私は水天種アプサラスのアプだ! どうぞよろしく!」



水天種アプサラスって……かなりの上位種じゃ……」



水体種スライムの中でも最上位だね、水群体種ヒュージスライムの更に上だ」

「力だけなら天水体種ディムスライムにも匹敵するし、ウンディーネに勝るとも劣らない水の使い手だね」



「いやぁそれほどでも、小生はただの水マニアでして……」



(水マニアってなんだ……)



「水を愛し、水に恋し、水と共に生きて死ぬ……それが私という存在……そんな私は実は前々からこの国に興味がありましてね……グツグツ煮込まれた水に浸かって恍惚の表情になる人々……煮込まれるだけじゃなく、色々とおかしな様子の水の数々……未知の世界でした」



「魔物から見ればそう映るんだな、温泉……」



「水に縁のある水体種スライム系なら尚更なんじゃないかなぁ、ティアラちゃんも最初の頃そんなだったよねぇ」



「暑苦しい……水、くらいの、認識」



「興味は在れど私は魔物……それも水への想いから進化に進化を重ねた上位種……人と関わるリスクの高さは重々承知……この国に近づきは離れるを繰り返すそんな毎日でした……時には退治屋を呼ばれる始末……」



「覗き騒動で退治屋さんを呼んだのも、今となっては懐かしい話やねぇ」



「そんな私に転機が! そうあれは討魔紅蓮の蛮行が世界を脅かしたあの時!!」



「え、討魔紅蓮がこの国に?」



「この国に直接ではなかったんよ、フローちゃんの通信機はこの国にも設置されててね、大体の情報は伝わってたわけ」

「クロノ君の事も、世界中が大変だった事も、魔物に関する戦いも、私達は見とった……覗き見してたアプちゃんもね」



「魔物と人の距離感の変化! 私は感銘を受けたのです! 恐れずに踏み出そうと!!」

「そしてこの国に突撃し! 捕まって危うく退治されるところでした……」



「アホだね、嫉妬も出来ないや」



「けどアプちゃんの必死の訴えに考えるって選択を取れたのは、きっとクロノ君達を見てたからやねぇ」

「色々あったけど、私も、他の従業員も、そしてお客さん達も、ちゃんとアプちゃんを認めて受け入れた……『共存』の選択肢は、クロノ君の頑張りが示してくれたんかなぁって」

「せやから、私達とアプちゃんの事は知っておいて欲しかったんよね」



「受け入れ、雇ってくれたユラさんには頭が上がりません! 一生ついていく所存です!」



「上位種に懐かれるなんて人生わからんもんやわ、人一倍……いや百倍くらい働いてくれとるから助かってはいるけどねぇ」



 そういえばさっきから水体種スライムがせかせか走り回り働いているが、全員顔が同じだ。さっきアプは数体の水体種スライムを取り込み、合体して今の身体を形成していた。



「まさかとは思うんだけど、その辺の水体種スライムって」



「全員、私でございます! この国の全域に配備されているんですよ! 何か分からない事があれば申し付けください!」



 文字通り、百倍働いているらしい。上位種の力は凄まじい。



「とはいえ、本体はユラさんのお傍を離れるつもりはありませんがね!」



「へぇ?」



「私、ユラさん大好きなので!」



「真っ直ぐすぎて疑う気も削がれるってもんや、困った子やで」



 ユラに飛びつくアプからは、悪意の欠片も感じない。なるほど、この国はどうやらとても素晴らしい国のようだ。



「見てて嬉しくなる関係性ってのは、良いもんだなマルス?」



「そこで何故僕に話を振る」



「別に? 警戒するだけアホらしいなって」

「俺もお前ら見てて、そう思った経験があるからさ」



「ふん……」



 マルスも警戒を解いたらしい、この国は上位種が経営を手伝うとんでも温泉国だ。



「さてさて、私等の話はこの辺でおしまいにしよか」

「クロノ君達はお客様なんや、この国に来ておいて疲れを残すなんて私は許さんよ」

「我が自慢の温泉国を、心ゆくまでご堪能あれ!」



「あれ! です!」



 クロノ達は笑顔でその提案を受け入れる、心ゆくまで温泉を楽しもう。



「お言葉に甘えて、沢山遊ぼうか」



「俺は部屋で寝るー、思う存分ダラダラするー」



「楽しむなど下らん、お前等で好きにすればいい」



 早速話の腰をへし折るように離脱しようとする者が二人、しかし強欲な悪魔はそれを許さなかった。抜けようとするプラチナとツェンを、首に腕を回し捕獲した。



「何を寂しい事を言っているんだ、せっかく楽しそうな国なんだぞ」

「おれ達も存分に楽しむとしよう! まずは色々回ってみようじゃないか!」



「バカ放せ! せっかくだらけるチャンスが……! 俺は俺のタイミングで動くから……!」



「勝手に楽しめばよかろう! 我を巻き込むな!!」



「おれは、お前達と楽しみたいんだ! さぁ仲間同士楽しくやろうじゃあないかっ!!」



「めんどくせぇ!! だから俺はお前が嫌いなんだよ!!」



「このバグ塗れの欠陥ロボめがあああああああああっ!」



 あの癖が強い悪魔達を無理やり引きずって行けるのは、シンプルに凄いと思う。感心するクロノだったが、その隣を抜けるようにマルスとディッシュが前に出た。



「あれを放置すると騒がしい事になりそうだ、僕はドゥムディ達と一緒に居る」



「同じくだ、他者なんざどうでもいいが……国の空気を壊すのは避けた方がいいからなァ」

「美食でも漁りながら、適当に見張っておいてやるよォ」



「お前等本当に悪魔なのかたまにわかんなくなるよ……」



「七人もいれば、誰かがその時々でブレーキ役になるものだ」



「こっちはこっちで勝手に楽しんでるから、そっちは気にせず好きにやりなァ」



「お夕食は豪華に行くから、セーブして楽しんできてくださいねー」



「バァカ、僕は暴食だぜェ? 上限なんてねェんだよォ」



 ユラの言葉に軽く返事をし、ディッシュ達はドゥムディ達を追って宿を後にする。残されたクロノ達も、夕食まで遊ぶことにした。



「さて、じゃあ俺も……」



 セツナは女の子側として、レヴィとミライに預けるお決まりのパターンだ。少なくてもクロノはそう考えていたので、自分はどう過ごすか頭を軽く動かす。だがそんなクロノの背後で、既にイベントのフラグは立っていた。



「じゃあ早速、セツナを温泉に沈めるとしようかね」



「そうはいかないぞ……! そう毎回毎回遊ばれて堪るか……!」



「あれ? セツナはまだこの期に及んでレヴィに勝てると思ってるのかな?」



 また毎度の事ながらセツナとレヴィの漫才が始まっている。本当に仲良くなったとクロノは内心ほっこりしていたのだが、服の端をセツナに捕まれた。



「今回はクロノが居るからな! そう簡単にこの切り札を倒せると思うなよ!?」



「…………?」



「ふぅん、組むって言うなら、レヴィもミライと組んで全力で潰しに行くけど?」



「ミライちゃんは暴力は嫌いだなぁ」



「ミライはレヴィの事、愛してないの?」



「愛は大事だよねぇ! 何して遊ぼうか!」



「くっ……なんて狡猾な……」



「お前の眼前に居るのは悪魔なんだよ……切り札なら全身全霊でかかってくるがいいよ……!」



「上等だ! いつもいつもお前に弄られる悲しき切り札と思うなよ! 私はお前を倒して立派な切り札になる!」



「勝手に熱くなってるところ悪いけどさ、俺は別行動を……」



「またお前は切り札を放っておく気か! お前は私を任されている自覚が足りないぞ!!」

「毎回毎回レヴィや精霊に私を押し付けて! たまには構え!」



 確かに言い返せない部分はあるのだが、この国は温泉国だ。温泉以外で構ってやるのは良いのだが、初っ端からそれは温泉に失礼であろう。だからと言って一緒に温泉に入るのは不味い、かなり不味い、相当に不味い。



「エティルとティアラを貸すから……」



「精霊に押し付けるなって言ってんだ! 一緒に遊べ! 構え!!」



「いや、遊ぶのは構わないけど……」



「ほらほら~、クロノってばセツナちゃんがご立腹だよぉ」



「……寝坊助、起こしてくれた……借りも、あるよ……」



「大事な妹分が言ってるんだ、対応次第じゃ株が下がるってもんだね」



「まさか我等が契約者様は、断ったりしねぇだろうなぁ」



 面白そうな事に対する反応が早すぎる、既に味方が一人も居ない。



「あー……」



「売店で面白そうなものを見つけたよ」



 レヴィが手にしたのは、ゴム製のボールだ。何故、温泉国にそんなものが。



「粉々にしてやるよ、頭が高い切り札の額を水底に叩きつけてあげる」



「ふ、ふん……こっちにはクロノがいるんだ……レヴィこそ今の内に謝った方がいいぞ……」



 駄目だ、なんかヒートアップして話を聞いてくれない。こうなったら外野に助けを求めるしかない。



「ユラさん……!」



「勿論、我が国には温水プールだって完備されとるよ」

「水着もあるし、お望みなら混浴もね☆」



 何一つこちらの意図は理解されていなかった、外野すら敵だ。



「…………あっ」



 アプが何かに気が付いたようだ、最後の希望である。



「審判いります? 人手だけなら自信ありますよ!」



 どうやら逃げ場はないらしい、クロノは何故か女性陣に取り込まれる羽目になったのだった。



「マルスの器とセツナ、そしてレヴィとミライのチーム戦だよ」

「アクアレイドで勝負、負けた方が勝った方の奴隷だよ」



「レヴィを負かしてアイスを奢ってもらう!」



 ちなみにアクアレイドとは、水の中でやるドッジボールのようなものだ。ルール上どれだけ自分が危ない目に遇うか、セツナはまだ分かっていないらしい。大罪の悪魔二人を相手取る危険性を理解していない。



「数的にズルになるから、マルスの器の精霊共は観戦しててもらうよ」



「ちょっと待った!? 俺は精霊使いなんだけど!?」



「勝負の世界は時に非道なんだよ」



 しかも巧みな話術で不利を押し付けられた、精霊を封じられ、間違いなく役に立たない切り札を抱え、大罪の悪魔二人を相手にしなければならない。混浴だとか水着だとか色々危ない情報が出てきたが、正直それどころじゃない。



「楽しみだな、合法的にセツナを叩き潰せるね」



「愛は全てに勝る! 証明しちゃうよ!」



 場合によっては、死にかねない。大罪の悪魔二人の全力は、既に遊びの領域を超えている。どんどん顔が青ざめるクロノを他所に、セツナのテンションは謎に上がり続けていた。



「よぉしクロノ! 目に物を見せてやれ!」

「お前以外は頼りにならない! 目指せ勝利! レヴィにぎゃふんと言わせてやるんだ!」



「楽しそうだね……」



「? あぁ! 楽しいぞ! 楽しむために来たんだからな!」



 無表情だけど、セツナは確かに楽しそうだった。色々と苦労をかけたし、楽しませるとか言って疲れたり苦しんだり辛かったり、セツナは振り回され続けていた。そうだ、休暇なんだ。そもそもセツナを楽しませたいから計画したプランだ。ここで引いたら、曇らせたら、意味がない。クロノは一歩前に出て、覚悟を決めた。



「悪いなレヴィちゃん、ここは譲ってもらうぜ」



「この期に及んでちゃん付けなんて、命知らずだね」



「セツナ弄りはお休みだ、今回は俺が居る」

「負けて嫉妬しな、存分にな」



「…………へぇ、面白いね」

「勝っても負けてもレヴィ好みなら、その挑発には乗るしかないね」



 思う存分、遊ぼうじゃないか。



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