第七百九十四話 『湯けむりに潜む闇』
お昼休憩を終え、挨拶も済ませ、遂にクロノ一行は温泉国へ舵を切った。
「目指すは温泉だ! ギガストローク全速前進!」
「馬鹿クロノ! この船で全速を出すな色々と終わる! 特に切り札が終わる!」
「食べた物全部吐きそう、レヴィは距離を取らせてもらうよ」
「洒落になってないんだよ! 切り札のお腹は一杯なんだ安全運転を心がけてくれ!」
「オートな運転に安全を求めないで頂きたい」
「船長を出せ! 訴えてやる!!」
「騒がしい奴等だぜェ……」
セツナが吐くのが先か、目的地に着くのが先か、渡る世間は死闘ばかりである。とりあえずさっきみたいに跳ねセツナになられては困る、ゲロ爆弾になりかねない。
「って事でミライさん、レヴィちゃん、よろしくな」
「ちゃん付けやめて」
「は~い、しっかり愛を持って保護しますよ~」
彼女達の能力を使えば、セツナの一人や二人この速度の中でも安全安心である。
「待って、なんで最初から切り札を保護しなかったんだ?」
「愛だよ、愛」
「面白いからだよ」
「知らないのかセツナ、修行だよ」
「私は絶対納得しないからなっ!!!」
「俺だって納得しなかったよ、でも実際成長したんだよ」
「百歩譲ってクロノの言い分は良いけどさ!! 愛じゃないよ! っていうかレヴィお前はさぁっ!!」
「愛も奥深いんだよ……うん!」
「文句があるなら能力解除するけど、構わないんだね?」
「シンプルに脅してくる! うがあああああああっ!」
「うるさいなぁ……ただでさえ短い移動時間に昼寝も出来やしない……」
「打ち解けたもんだぜェ……緊張感の欠片もねェ……一応はボク達の見張りって話だろうに……」
「これじゃァどっちが見張ってんのかわかりゃしねェ……いや見張りってか子守りかァ?」
クッションに埋もれて昼寝をしていたプラチナと、アクトミルで買い漁った弁当に埋もれるディッシュは小言を漏らすが、申し訳ないが彼等からも緊張感は欠片も感じない。
「懐かしいな……大食い枠が補完されている……」
「この弁当は……前回より評価を上げておくかァ……」
「あー、また個人的評価付けてるー! 昔もやってたねぇそれ、愛だねぇ」
「せっかく今の世を生きてんだ、新たなる味を求めて活動しなきゃ損だろうがよォ」
(手帳片手に喰ってたのはその為か……どっかの大食いトカゲと比べると知的だなぁ)
意外にもディッシュの趣味は割と興味深い。機会があれば、自分の料理も評価してもらおう。
「くだらん……どうせ百あれば百美味いとしか書いていないだろう」
「はっ……ボクを満足させる食い物が百あるならこの世は極楽だろうなァ」
「脳を動かすにはよりよい飯がいるんだ、ボクの舌は今も昔もうるせェぞォ」
「暴食が喰う度講釈を垂れるのなら、さぞやかましいだろうな」
「意味なく踏ん反り返ってる傲慢と比べりゃ、こっちの方がさぞ利があるだろうよォ」
「その口、黙らせてやろうか?」
「この牙を遮れるのかァ?」
なんか険悪になってきた、船内で喧嘩は止めて欲しいのだが……。
「あのー、なんかヒートアップしてるけどそういうのはちょっと……」
「気にするな、昔から大抵誰かが間に入って有耶無耶になる」
「じゃあ今回はレヴィが間にセツナを差し込んで有耶無耶にするよ」
「切り札を何だと思ってんだ!! こっちは自分の意思で動けないんだやめろー!!」
「だから都合が良いんだよ、うりうりうり」
「えぇいやめよ! 煩わしい!!」
「食い散らかされたくねェなら引っ込んでろ雑魚切り札ァ!!」
「私悪くないよぉ!!」
「怒りの避雷針にもなるなんて、セツナは立派な切り札だなぁ」
「助けろアホクロノ!!」
切り札のおかげで平和な道中となった。切り札に感謝しつつ、クロノは操縦席の画面に目を移す。
「この調子じゃ、日が暮れる前どころか後数分で着きそうだな」
「何か気になる事でも出来たか」
「やだねぇ察しの良い先輩は」
顔はこちらに向いていないが、マルスが声をかけてきた。
「アクトミルでもさ、神聖討魔隊の話を聞けたんだ」
「マジで最近目立ってるらしい、十人組の内デフェールで三人目撃されてるんだってさ」
「ほぅ」
「多分ジパングで四神の社を襲ったのもそいつらで間違いない、ジパングでも目撃情報結構あるらしいから」
「アクトミルにも少しちょっかいかけたらしいよ、なんでも魔物を受け入れていること自体が罪だとかなんとか言いがかりを付けてきたって」
「サクマさんが追い払ったらしいけど……本気で喧嘩売ってくるならそれこそ被害が大きくなりそうだと」
「この調子じゃ……流魔水渦が各地で復興の手伝いしてるのも良く思われてないのかもな」
「悪魔絡みの被害は大罪組を抑えて以降減っているのだろう、なのに流魔水渦が各地で引っ掻き回されているのは……」
「もしかしたら、神聖討魔隊絡みも幾つかあるのかなぁ」
「俺も詳しくは知らないけど、宗教みたいな集まりなんだよなこの退治屋」
「神のお告げがどうたらとか言って、無茶苦茶な理由でとんでもない裁きを下すんだ、正直嫌い」
「ほぉ、悪魔とどっちが嫌いだ?」
「いい勝負」
「それは相当だな……しかし神の名を語るとは豪気な……」
「ボスの騎士様の話を特別聞くよ、神に選ばれし導き手だの、勇者以上の存在だの、随分持ち上げられてるご様子だ」
「嘘か本当か……魔物が街中にいたってだけで街に火を放ったとか……さっき聞いた」
アクトミルで勇者達が中心となって情報をくれた、みんなドン引きしている様子だった。魔物が嫌いな筈のサクマですら、やり方に疑問を抱くレベルの過激さらしい。
「理解を得られぬ強引なやり方は、必ず破滅するぞ」
「言い切るね」
「経験論だ」
「……理解、か……俺もそう思う」
「だから、俺は対話って大事だと思うんだ」
「…………会話が通じない奴もいる、種が同じだとしてもだ」
「その時は、想いをぶつけ合うほかないんだ」
「想いか……」
「好きに言い換えるといい、想いでも、夢でも、覚悟でも」
「…………欲でも、な」
「…………捨てられない物?」
「あぁ、どうしても捨てられない物」
「それがある限り、争いは無くならない」
「どれだけ理想を語っても、綺麗ごとを願っても、衝突は必ず引き起こされる……誘われるようにな」
「過程だけ、結果だけ、俺は一つで決めたくないな」
「全部踏まえて考えて、先を信じたい」
「悪魔のせいで大事なモノを失った、だからって俺は悪魔だからって理由でお前等を見ないフリしたくなかった、だから今こうしてる」
「全部抱えて、次に生かしたいよ」
「衝突する事になっても、理想を手放す理由にはならない」
「…………理解を得られると良いな、お前は」
「努力しますとも」
「…………まぁまずは、温泉でまったりしようじゃないか」
目的地が見えてきた、難しい話はここまでだ。
「まったり出来ると良いのだがな」
「またそうやってフラグみたいな事を言う」
「勘だ」
「え?」
「一悶着ある、気を引き締めろ」
温泉国・フィンレーン、国から立ち昇る湯けむりが、まるで天女が纏う羽衣のようだ。その煙の中に、目を光らせる三つの影。神の名を語り、過剰な正義を振るう者達。温泉国の平和を脅かす、暴力の気配。
そして、虚空に開く黒い扉。這い出てくるのは煩悩に塗れた混沌そのもの。美女の裸体を狙い、温泉国の平和を脅かす変態の化身。もはや、こいつは味方ではない。
「ぐへへへ……久しき外界よ……愛すべきあたいのかぁいい子よ……一時仕事から解き放たれ、遂にこの地に降り立ったぞ……!」
「命名してやる、今日よりここがあたいの極楽浄土だっ!! さぁ始めようじゃないか、楽園謳歌編っ!! 待っててセツナッ! あたいが来たよおおおおおおおぐへぇっ!!」
同伴者はマイラとベル、つまりブレーキ役が足りていない。既にベルは翼を広げ空に舞い上がっている。マイラは暴走寸前のルトへ一撃を入れた為、ベルを取り逃がしてしまう。
「くっ!」
「甘い……甘いよマイラちゃん……そんな甘さじゃ三時のおやつには力不足だよ……」
「解き放たれたベルちゃんは楽しそうな空気に敏感☆ 久々の登場に胸のベルがリンリンさ♪」
「あばよシスコンメイドッ!! ベルちゃんは早速クロノ君やみんなをおちょくってくるからねーーーっ! ブレーキなんざいらねぇんだよっ!! はっはああああああああああああ!」
「ま、待ちなさいっ!! せめて節度を持って……私達は一応流魔水渦の名を……問題を起こせば色々と不味い立場で……!」
「はっ…………お姉ちゃん……? う、嘘……さっきまで確かに踏みつけて……」
踏みつけて地面にめり込んでいた筈の上司兼姉の姿が、何処にもない。いや、向かう先なんて決まっている。
「くっ……! 手が、手が足りない……!! 増援が来るまでは頼れるのはメイドの私ただ一人か……!」
「普段ならお姉ちゃん全肯定メイドの私ですが……! 今回のお姉ちゃんは仕事のストレスから解き放たれた怪物……やはり限界だった……! 煩悩暴走最凶混沌兵器といったところです……!」
「セツナ様が留守にされて結構経ちますし……表には出さないけど寂しそうでした……つまりお姉ちゃんの狙いは概ねセツナ様! このままでは三時のおやつならぬ惨事のセツナ様に!」
「ここは心を鬼にして……お姉ちゃんのブレーキ役として全力を出させてもらいます、エリートメイドモード、起動っ!!」
駆け出すメイドの肩には、温泉国の安心安全がかかっている。一悶着どころではない大パニックが、温泉国を舞台に巻き起こる。




