第七百九十一話 『山頂、先を見据えて』
「山登りも佳境と言ったところかね、気持ち酸素が薄くなってきた気がする」
「切り札的に言えばとっくの昔に息苦しいぞ……」
「下を見ると雲が海みたいだね、セツナあれでふわふわしておいでよ」
「さっき白虎のせいで突き抜けてきたばっかりだぞ……」
「どうだった? ふわふわしてたか?」
「浮遊感と落ちていく感覚、そしてシンプルな絶望だけが全身を包んだぞ」
「そりゃなによりだ、お?」
どうやら、山頂に辿り着いたようだ。マルス達の姿が見える。
「随分遅かったな、ピクニック気分か?」
「観光気分だよ、お前等が早いんだ」
「途中プラチナを見なかったか? おれ達が気づいたときにはいつの間にか消えていたんだ」
「見たよ、入り口に戻ってるって身を投げてた」
「予想通りだが、予想通り過ぎて腹立たしいわ……奴はいつもいつも……」
「観光地だか名所だか知らねェがよォ、流石にこの高さだと他の人間は居ねェなァ」
「下の方にはちらほら居たけどよォ、ここまで来る奴ってのはそれこそガチの加護狙いとかばっかなのかねェ」
「道中精霊達から聞いたけど、四神から加護を貰うのは大変そうだ、色んな意味で……」
「主に白虎のせいだけど、まぁ他の四神にも気に入られる必要があるからね」
「一応黄龍をイメージさせる為に……おぉあったあった」
山頂の開けた場所に集まるクロノ達だったが、フェルドがある一点を指し示す。広場の端っこに龍の石像が設置してあった。
「玄武が作ったんだ、背景を知らねぇ奴はありがたがってこれに拝んでたもんだぜ」
「へぇ……滅茶苦茶精巧だ……」
「懐かしいねぇ、ルーンが一回ぶっ壊して作り直したんだったよねぇ」
「息をするように罪が増えていく……」
「今じゃここまで拝みに来る人も希少だろうね、昔はそれなりに来ていたけど……」
「…………ん……傷、あるよ」
「そりゃロクに手入れされてねぇなら……と思ったが妙だな、まるで斬撃の痕じゃねぇか」
フェルドが石像の中ほどを撫でる、そこには確かに斬撃のような痕が残っていた。
「誰かが力任せに叩き切ったみてぇだ」
「……僕達から見ても、その石像は普通の石像じゃないが」
「切り札から見ると普通の石像にしか見えない!」
「魔力を感じるよ、数百年物なのに劣化もしてないし特別な加工がされてるんでしょ」
「ちょっとやそっとじゃ傷も付かなそうだけど、だからこそ傷付いてるのが不自然だよ」
「白虎さんのきな臭い話が現実味を帯びてきたな……」
「白虎……妙な力を感じたがなにやら大物とすれ違ったみたいだな」
「まぁ色々あって……ついでに退治屋の存在を仄めかされたよ」
「四神の神社も漏れなく全部被害を負ってるらしい、確証は今のところないんだけどさ」
「僕はお前が首を突っ込む確信がある」
「それか巻き込まれるか、だなァ」
「気になるけど……積極的に関わるつもりはないよ……今は観光中だから」
「……じゃあ魔物関係で酷い事してたら? それを目撃しちゃったら?」
「そりゃまぁ……止めるよ、話くらいはしたいさ」
「嫉妬しちゃうね、どうしようもない馬鹿野郎だよ」
「残念だったねセツナ、次の面倒が予約済みになったよ」
「クーローノー」
「聞いちゃったしさ……知ってしまった時点で気になるからさ……」
「退治屋ね……いつの世も傲慢極まる奴等は絶えぬ物だ」
「魔物の気配がするところ、奴等は目を光らせているだろう」
そして、退治屋によっては手段を選ばない。特に話に聞く神聖討魔隊は過激なやり方が目立つ。
「……今ってクロノ君の活躍でさ、魔物が割と世の中に混じりつつあるよね」
「それこそ、お祭りに参加したりさ」
「ん?」
「退治屋的には、きっと面白くないんだよね」
「んー……愛じゃない、ドキドキする愛を脅かす気配をビンビンに感じちゃうなぁ」
「やめろミライ、お前が言うと冗談に聞こえない」
「あーあ、もうだめだねこれは、セツナの休暇は退治屋とのバトルで上書きだよ」
「なんてことだ……私の休暇が……」
「そうと決まったわけじゃないからっ! えっと……あれだ! 魔物関係ならきっとルトさん達だって調べてる筈だし……不安なら後で聞いておこうぜ!」
「そして情報を調べた結果、数日後の未来が確定すると……」
「退治屋は魔物が嫌いなんだろ……流魔水渦は魔物だらけだぞ……そこの切り札の私はどうなってしまうんだ……」
「終わったねセツナ、後の休暇は地獄で過ごすといいよ」
「もうだめだ……一回牢獄にまで放り込まれたのにまた裁かれるのか……」
(冷静に考えると休暇中に牢獄に放り込まれたの大分笑えるなァ)
「大丈夫だってセツナ! ほらこの後は温泉とかお祭りとか待ってるから! コールさん達にもまた会えるぞ! 楽しいぞ!」
「楽しいお祭りは退治屋に潰され……温泉はレヴィ達の血に染まるんだね……哀れセツナの休暇は地獄絵図に……」
「じ、地獄絵図に……あばばばば……」
「潰させねぇし! レヴィちゃん達がそんな簡単に血の海に沈むかよ!」
「ちゃん付けやめて、まぁそう簡単には好きにさせないよ」
「全くだ、我がそう簡単にやられるか」
「うーむ、ツェンの意味合いは少し違って聞こえるが……目に余るようならおれも好きにやらせるつもりはないな」
「そだね! 酷い事するなら私も抵抗させてもらいます!」
「結局……交わるなら厄介なことになりそうだな……プラチナが気絶しそうだ」
「今のところなんか活発に動いてて怪しいよって聞いただけだから分かんないけどさ……とにかく……」
クロノの言葉は、不意に吹き荒れた風に攫われた。雲海を突き破り、巨大な龍が山頂の脇を抜ける。声を上げる暇も無く、龍は空を駆け、雄大な景色に彩りを与えた。ちらりとこちらを見たが、興味がないのかすぐに視線を前に戻した。そのまま龍は泳ぐように雲の中に潜っていってしまう。
「うひゃあ……」
「随分大型な……流石にあのクラスは初めて見たぞ」
「ジパング固有の龍種か、実際見ると圧巻だな」
「ドレイク種からの派生だの、蛇種からの進化だの、他の種との混血だの進化種だの……龍種と言ってもその種類は今や多様だからなァ……龍と言えば龍王種みたいな風潮もあるが、原種とされるのは今みたいなジパング固有の『龍』らしいからなァ」
「流石に嫉妬だよ、凄かったね」
「あんなのに喧嘩売られたら流石にやばそう、セツナだったら漏らしちゃうんじゃないの?」
「ほあぁ」
「呆けてるよ……なんてマヌケな無表情でしょう」
「あはは、まぁなんにせよ最後に凄いのが見れたな」
「目が合ったよな、流石に会話は出来なかったかぁ」
「ルーンだったら無理にでも話しかけようとして、最悪怒りを買ってバトルスタートだったかもね」
「……君は、どうしたかった?」
「話してみたかった気持ちはあるけどさ、なんか凄すぎて動けなかったよ」
「クロノらしいねぇ、適度に残念でさ」
「……ん、けど……それで、いいよ」
「ん?」
「お前は、お前の歩幅で良いって事だ」
「踏みしめて進め、一歩一歩確実にな」
「お前がどう成長して何処に至るのか、俺達は全部見てっから」
「そっか、じゃあ見ててくれ」
「どっかの未来で、今みたいなでっかい龍と話してる俺が居るはずだからさ」
「まぁ君はある意味で今の龍より大物と気楽に喋ってたんだけどね……」
そういえば知り合いに四天王で幻龍種の八戒神器所持者が居た気がする。毎日ご飯を作ってやった仲である。
「……そう言えば、まだ約束は有効なのかな……」
「約束って?」
「セシルに勝てたら、背中に乗せて飛んでくれるって約束」
「へぇ、いいじゃねぇか」
「次に会ったら負かしてやれよ、んでセシルに乗って龍と並走だ」
「とんでもない未来の話だな、想像も出来ないや」
「ははは、想像も出来ねぇ未来の為に頑張るとするか!」
未来の可能性は無限だ、どんな可能性だって存在するはずだ。何が阻もうと諦めないし、誰にも邪魔はさせない。だから、未来の可能性を奪おうとする奴等が居るのなら、黙っているわけにはいかない。
互いの考えがぶつかるのなら、やるしかない。




