第七百八十八話 『四方巡り』
「フェルドとアルディが仲悪かったのはわかったけどさ、二人はエティルやティアラとはどうだったんだ?」
「まぁ最初の頃は壁があったね」
「俺とアルが特に酷かったが、例外なく距離感はあったな」
「今ではべったりなその根暗ウンディーネは最初なんてルーン以外と話そうともしねぇしさぁ」
「……クールな、もので……」
「あはは嘘だー? ティアラちゃん話しかけてもそっぽ向くしお喋りもろくにしてくれなかったよぉ」
「挙動不審になって逃げてた君よりかはマシだったと思うけどね」
「忘れてってば……あの頃のエティルちゃんはシャイだったんだよぉ」
「エティルが一番想像つかないな……前にも言ってたけど本当に今と真逆だ」
「初めての契約者に三体も他の精霊が居て、しかも色んな種族を引き連れてる化け物じみた強さの異生物だった事を踏まえてエティルちゃんを弄ってね~?」
「なんて圧力だ……小さなエティルが大きく見えやがる……」
「まぁ思い返すと劣悪な環境だったよね、同情するよ」
「本当だよ、アルディ君はもうちょっと反省してよね! フェルド君と同じ空間にいるだけで空気を悪くするし口うるさいし理屈っぽいし意外とすぐ怒るし八つ当たりもするし時々誰よりも子供っぽいしやれやれって感じで」
「おっと手が滑った」
ふよふよとアルディの周りを飛び回るエティルをアルディが凄まじい速さで鷲掴みにした。クロノには分かる、あの右手には大地の力たっぷりだ。顔を青くしたエティルが口を開くより早く、アルディがエティルを遠くにぶん投げる。
「流れ星ーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「うはぁ容赦ねぇなぁ」
「エティルーーーーッ!?」
エティルは星になった、結構シャレにならない感じで飛んでいった。
「なにすんのさアルディ君!! 図星だからって酷いよぉ!!」
「こんな遠慮のないスキンシップが出来るのも成長って事だね」
「なに纏めてんのさ! 大体みんなエティルちゃんがちんまいからって扱いがたまに雑なんだよ! 埋めたり投げたり吹っ飛ばしたりっ!」
星になったエティルはクロノの中から飛び出してきた。精霊は契約者の元にすぐ戻れるため心配はしていなかったが、それにしてもよく飛んだ。
「こんなエティルだが最初の頃は俺達の後ろをおどおどしながらついてきてたんだぜ」
「君の頭の上に我が物顔で座ってたりするけど、最初の頃は5歩くらい後ろに居たね」
「だーからなんでエティルちゃんの昔話はみんなして口合わせんのさ!」
「きっと……クロノとは、最初だったから……気が楽……なんだと思う」
「だから、距離感が近い……先輩面が、心地いい……」
「誤解を招くからやめてよ!? だ、大体クロノはエティルちゃんが居なかったら最初の方で旅が終わってたんだからね!」
「まぁ否定はしない……エティル無しじゃ余裕で死んでたと思う」
「割とすぐに僕が加入したんだけどね、邪魔しちゃって悪かったよエティル、もう少しいい気分を味わいたかったろうに」
「くっそぉここぞとばかりに弄られる! いいよ別に! みんなと早く会いたかったのも本当だもん!」
「聞いた……? クロノ……良い気分の辺りを……否定しなかったよ……ふふふ……」
「エーティルちゃん一番年上なんだけどなああああああ!! 弄りまくるの良くないと思うなあああ怒るぞおおおおおおおお!!」
「いたたた、頭の上で暴れんなって」
顔を真っ赤にして暴れるエティルだったが、そのせいでクロノの髪はグチャグチャである。人の頭の上で遠慮なく暴れるこのシルフにも、そんな初々しい頃があったのだ。
「俺にとってはいつだって頼りになる精霊だというのに……精霊にも歴史ありだなぁ」
「そうだよクロノはもっとエティルちゃんに感謝した方がいいよ! 鬼ごっこで胸触ってくるようなエッチな子でもエティルちゃんはしっかりサポートしてきたって言うのに」
「おや、それは初めて聞く話だね」
「…………殺そう、この、契約者」
「バカお前弄られたストレスを俺で解消するんじゃあないっ!!」
「なんだ、クロノってエッチだったのか? 意外だな」
「ほらみろ純粋無垢な切り札が誤解したじゃないか! 違うぞセツナ、あれは事故でごぼぼぼ」
背中に張り付いていたティアラが両手を液状にして顔を覆ってきた、このままでは地上で溺れ死ぬ。そして弁明を封じられたので誤解も解けない。
「実際どうなんだ? 場合によっちゃ教育が必要だが」
「鬼ごっこに夢中になって最後に鷲掴みにされたよぉ、恥ずかしかったけどまぁそれより捕まった事に驚いたねぇ……今思うと懐かしいや」
「僕も押し相撲で負けたっけ……ルーンの時と比べると新鮮だったなぁ……負けるわけないって勝負したのは同じなのに感じ方は真逆だったし」
「鬼ごっこだの押し相撲だの、精霊の契約者選びってそんな遊びみたいなもんなのか?」
「俺は真っ向勝負だったがな、まぁ例外なく俺達全員のゲームでクロノは死にかけてたと思うぜ?」
「ごぼぼぼぼ(今も死にかけてます)」
引っぺがそうにも今のティアラは全身液体、触れようにも触れられない。そして無理やり吹っ飛ばしたりして引っぺがすと余計に不機嫌になる。結局クロノは五分ほどティアラの不機嫌攻撃に耐える羽目になったのだった。
「げほ……もうちょっとでネーレウスに会えそうだったぜ……」
「ナチュラルに地獄に落ちるね、もう少し普段の行いを見直した方がいいよ?」
「そうだな、お前等の手綱をしっかり握れるように頑張るよ……」
「ところで雲の高さくらいまで登ってきたわけだけどさ、マルス達どんだけ先に行ったんだ!?」
辺りが霧に包まれたかのようになったが、登山道が雲に突っ込んだせいだ。昔話に花を咲かせている内にこんな高さまで登ってきたのだが、まだまだ先は長そうである。
「んー、マルス達もお喋りしながら進んでるのかな? この程度じゃ私達は息も切れないしするする登れちゃってるのかも」
「一方セツナは息も絶え絶え、情けなさは増すばかりだよ」
「さ、酸素が薄いぞ……」
「頑張れセツナ、昔の勇者様もこの山で修行して強くなったんだ」
「名も知らない勇者を例に出されても……」
「いつだって偉人の道は光り輝いているものさ、さぁ行こう!」
「勇者が絡むとクロノがいつも以上にわからなくなるぞ……」
「そういえばクロノは四神伝説の話もしてたけど、四方巡りはするのかい?」
「仙山を跨ぐ龍種の話は、四方の中央に位置する黄龍の話に基づく説があるけど……」
「アルディは博識だなぁ、なんならお前等四神にあった事ありそうだもんなぁ」
「あるよ」
「伝説が一気に距離詰めてきたー」
「俺達はルーンの精霊だぜ? ルーンがそんな面白そうな存在に突っ込まねぇわけがねぇ」
「最初に言っておくけど、エティルちゃん達はそのせいであんまり良い印象持たれてないから会いに行くなら気を付けてね?」
「…………多分、襲われる…………」
「君達地獄の時もそんな事言ってたよね?」
「俺達は悪くねぇ、ルーンのせいだルーンの」
憧れの勇者様のせいで会う前から嫌われてる存在が増えている気がする。
「四方巡りってなんだー?」
「ジパングには神と崇められてるそりゃあお強い子が四体居てね、それぞれ東西南北を守護してるって言われてるんだ」
「ちなみに会った事のある僕等からネタバレさせてもらうと、99%くらいの確率で西はもぬけの殻だよ」
「え、なんで?」
「西の白虎は放浪癖があるんだ、好き勝手にジパングを歩き回ってる筈さ」
「なんならジパングにいねぇまである」
「守護とは……?」
「伝説は伝説ってことだよぉ……」
「四方巡りは東西南北を巡って、四神の加護を受けましょうって事だよ」
「そして最後にこの仙山に登って、ジパング巡りの修行を〆るって感じだ」
「最初にここに来たって事は、四方巡りはしないのかなーって思ってさ」
「興味はあるんだけどな、そこまですると色々予定が建て込んじゃうから……いつでも出来そうな四方巡りはまたの機会にしようかなって」
(襲われる危険が出てきたし……無かったら行ってみたかったけど……)
「神様かぁ、四神様ってどんな奴等なんだ? レヴィ達くらい凄いのか?」
「ナチュラルに凄い扱いされるのは悪い気しないね」
「放浪癖のある白虎以外は……そうだな……酒癖悪いのと喧嘩っ早いのと引きこもりかな」
「ロクな奴がいないぞ」
会う前から伝説が錆び付いた気がする。
「どいつもこいつも癖が強い奴等だぜ、実力は確かだがな」
「加護ってのも実際あるんだ、まぁ気に入られなきゃ得られないが」
「ふーん、私は無理そうだな」
「切り札の台詞じゃないよ」
「それにクロノにも要らなくないか? クロノには精霊が居るだろ?」
「そうだな、癖の強いのは間に合ってるかな」
「それに神頼みするくらい困ってないしな、今時伝説を信じて四方巡りする人も居ないのかも……?」
「白虎のせいでまず達成困難だからね、伝説は時と共に寂れていくものだ……悲しい話だけどさ」
「わかんねぇぞ? 神頼みするくらい困った奴が死に物狂いで巡ってるかもしれねぇ」
「伝説は寂れていくが、歴史は繰り返すもんだ、今の世にも四神に縋る奴が出てきても不思議じゃねぇよ」
「人間は勝手だね、他を迫害するくせに困ったら縋るなんてさ」
「追い詰められりゃ魔物に縋るし、悪魔と契約を結ぶ……人に限った話じゃないがな」
「四神も蓋を開ければ強力な力を持った魔物に過ぎねぇ、神扱いも人の匙加減だ」
「違いは何だ、なんて答えは誰にも出せねぇ……少なくても数百年程度じゃ誰にもな」
「…………俺の旅は、その答えを探す旅なのかな」
「もしかしたら、答えなんてないのかも」
「…………じゃあ、もし、なかったら……クロノ、どうするの?」
「うーん…………歩き続けるかなぁ」
「ずーっと、探し続けるか……止まらない事が、答えなのかも?」
「その時その時に動けるように、ずっと歩き続けてる気がする」
「そりゃまた気の長い話だねぇ、エティルちゃん達は可能だけどさ」
「じじいになっても、お前等と旅出来てるといいなぁ」
「人の一生なんざ、俺達にとっちゃ一瞬だ」
「だから、可能な限りは付き合ってやらぁ」
山を登りながら、クロノ達は他愛無い話を続けていく。まだまだ続く道の先に思いを馳せながら、今はこの穏やかな時間を楽しもう。この先に何が待っているかなんて、分かりはしないのだから。そう、この先友達が死に物狂いで四方巡りをするなんて、クロノ達は知りもしないのだから。四方巡りを経て、四神の加護を授かり、その果てで再び道が交差する事になるなんて、クロノ達が知る術はないのだ。狐の巫女と四天王のお話は、とんでもない角度で曲がりながらクロノの道と交差する。足を止めない限り、絶対に。




