第七百八十六話 『精霊語りて、登山道』
桃源神楽の賑わいも落ち着きを取り戻し、桃源郷には日常が戻りつつあった。クロノ達はせっかくだからと流魔水渦のアジトには戻らず、桃源郷に宿泊し身体を休めていた。
「はぁ…………」
結構奮発してお値段が張る宿に泊まったのだが、お布団ふかふかご飯も美味しい最高のお宿様に大罪達もとても満足している。
「はぁ…………」
数日続いた馬鹿でかいお祭りも余すことなく楽しんだし、桃源郷では祭りの後も贅沢な時間を過ごした。身も心もリフレッシュした気分である。
「はぁ~~~~~~~………………」
「溜息うっさいよ、馬鹿セツナ」
「水風船ッ!!?」
凹みレベルがマックスになっているセツナの顔面に、レヴィが祭りで吊りまくったヨーヨーが炸裂した。
「ちょっとレヴィ、床が汚れちゃうでしょ」
「先に私の心配してくんないかな!?」
「凹むのは勝手にして良いけど、辛気臭いから外でやってよせっかくの良い部屋がセツナのせいでカビが生える」
「あんまりにもあんまりだな!!? ヨーヨーは人の顔に向けるものじゃなぶべら!」
二発、三発と追撃のヨーヨーがセツナの顔面にぶち込まれる。飛び散った水が床を汚し、ミライがそれをせっせと拭いていた。
「レヴィー、セツナちゃんを励ますのはいいけどちょっと暴れ過ぎだぞー」
「だってさ、謝りなよセツナ」
「理不尽って知ってる?」
「セツナがはぁはぁはぁはぁ気持ち悪いから怒られてるんだよ」
「人を変態みたいに言わないでくれないか!?」
「…………わかってるよ、私は切り札だから……でも、失敗は堪えるんだ」
「レヴィは失敗じゃないと思うけどね、最後の最後であの姉弟は満足そうだったし」
「それ以上は、個人のエゴでしかないよ」
「ぐぅ……」
「レヴィ達は失敗しまくった失敗のエキスパートだからね、割り切る事が一番大事だって言い切れるよ」
「あはは……気にし過ぎるのは良くないってのは本当だけど……気持ちはわかるかな」
「私達も最初の頃は凹んだし、迷ったし、うじうじだったからね」
「一番前向きでみんなを引っ張ってたミライがうじうじだったって言うくらいなんだ、世の中大変なんだよ」
「だから凹んでないで、前を向くか部屋から出ていってよ」
「お前は素直に励ませないのか……毎回毎回一言余計なんだ」
「…………わかってる、二度と後悔しないように……もっともっと切り札をするんだ」
「その意気だよ!」
「その意気で山登りも頑張るんだよ」
「…………山登り?」
そう、今日は観光目的で仙山を目指す予定だ。雲より高い山に登る予定だ。
「とある勇者が修行をしたって話が残る、雲を突く山……それが仙山だ」
「ジパングの有名な勇者伝説と言えば東西南北を守護する四神の加護と、ここ……龍の住処とも呼ばれる仙山なんだ」
朝食を終え、クロノ達は仙山と呼ばれる山を訪れていた。見上げる程高い山がその頂を雲の中に突っ込んでいる。辺りを見渡すと、同じような形状の山が幾つも雲の中に山頂を隠していた。
「あのーてっぺんが見えないんですが……」
「なんでもここには龍種が住んでいるらしくてね、雲の中に影が見えたりするそうだ」
「ここで修行した勇者は龍の加護を受けたとかなんとか……震えてくるよな」
「私は登山への不安で震えているぞ」
「空気がうめェなァ」
「勇者が修行した場所ね……登山で良い汗かいて心も身体も清めようってわけだ」
「いいね、全部取りって感じで大変おれ好みだ」
「お前は汗かかないだろうが……とりあえず誰か背負ってくれる奴募集ー」
「自分で飛べ、ド阿呆が」
山の高さにビビっているセツナだったが、意外にも大罪達は割と乗り気だった。
「山の上だろうが森の奥だろうが海の底だろうが……果ては地獄の底みたいな戦場を渡り歩いたレヴィ達を舐めてもらっちゃ困るよ」
「この程度の登山、朝飯前だね」
「まぁ朝ご飯は美味しく食べちゃった後だけどねー」
「頼もしいね」
「クロノは山登りした事あるのか?」
「胸張って語れる経験はないけど、子供の頃はとあるバカに裏山に引っ張り込まれて過ごしたよ」
「熊に追い回されたのも、今ではいい思い出だってね」
「そっかぁ」
「セツナは山登り大丈夫そう?」
「ロクに外に出た事の無い私が大丈夫に見えるか?」
「それはレヴィ的に大変楽しみだね。わくわく」
「目を輝かせるのやめてもらっていいか?」
こうして大変不安な感じで、クロノ達は仙山に踏み込むのだった。
「いやぁ、道が急だなこれは……」
「マルスの器、セツナがさっそく斜面を転がっていくよ」
「嘘だろ!? うわマジで転がってる!!」
登山開始から五分、いきなりセツナが背後から消えてしまう。振り返るとコロコロと道を転がるセツナが見えた。急いで追いかけ、何とか切り札を捕まえる。
「もう少しでホロビに会えそうだったぞ……」
「洒落になってないから……」
「これは中々ハードな道のりになりそうだね、油断するとセツナを余裕でロストだよ」
「会ったばかりの頃を思い出すな、数秒目を離すと死ねる切り札って紹介された気がするぜ」
「クロノ……おぶってくれたりは……」
「それじゃ修行にならないから」
「いつから修行になったの!?」
「勇者伝説に出てくる場所なんだぞ!? 作中の勇者と同じ体験が出来るってのがポイントじゃないか!」
「知らないよ勇者オタク! こっちは一歩一歩が命懸けだよ!」
「なら山を降りる頃には、お前は凄く成長しているだろうな」
「命懸けの修行!?」
「せめて雲に到達する高さくらいまでは自力で登ってもらわないとお話にならないよ」
「お話しようよ! 切り札の安全の為にも!」
結局、セツナはレヴィと手を繋いで山登りに挑むことになった。
「どうしてレヴィが子守りしなきゃなんないのさ」
「死ぬ時は一緒だからな……」
「道連れにしようとしないでよ、本気で疫病神だよこの切り札」
「大丈夫! なにかあっても私が二人を守るからね!」
「じゃあミライもこの疫病神の手を握りなよ、片方空いてるよ」
「何かあった時、私の手が使えないと危ないからね!」
「やんわり逃げんなこの野郎、ミライの能力ならそんなの関係ないでしょ」
「いやぁ距離が近すぎると愛おしすぎていざって時にすぐ動けるかどうかわからなくって……」
「大概変な方向に振り切ったアホしか居ないよ、この登山不安しかない」
「マルス達がさっさと登って行っちまう、急がないと置いていかれるぞ」
「最悪この切り札は置いていこう」
「見捨てるなぁ!」
こんな感じで騒がしく始まった登山だったが、割と洒落にならないくらい道が険しい。徐々に口数も減り、自然と登山に集中していった。霧が辺りを覆い始めた頃、セツナが口を開く。
「……レヴィ達は勿論だけど、クロノも失敗した事あるのか?」
「あるよ、救いたかった奴が目の前で死んだ事もある」
「…………どうやって割り切ったんだ?」
「割り切ってない、俺は今でも背負ってる」
「ずっとずっと背負っていく、誰が何と言っても忘れないし置いていかない……二度と繰り返したくないから」
「…………そっか」
「クロノもそうだけど、失敗ならルーンだって沢山したよぉ」
「それこそ、僕等もね」
「ん……忘れた、こと……一度も無い」
「失敗を生かす事を、経験や成長と呼ぶんだぜ」
「そっか、クロノの性格悪い精霊達も失敗した事あったのか……」
「人聞きの悪い呼び名だねぇ、今間違いなくセツナちゃんは失敗を犯したねぇ」
「蹴り落とすのが楽しそうな高さになってきたから、この辺で一回ドジ回収しておこうか?」
「洒落になってないぞ!!!」
「そうだよ、レヴィが迷惑するからやめてよ」
「私の心配をしろ!」
「…………でも意外だな、クロノの精霊はみんな底が知れないのに失敗した事あるんだな」
「おいおい、俺達だって最初から凄かったわけじゃねぇぞ? むしろ普通の精霊だったさ」
「…………ルーンの、せい……経験が、今の……私達を、育てた」
そう語る精霊達だが、実際クロノにも想像が出来ない。なんせ出会った時から頼りになり過ぎる怪物のような強さと知識を持つ精霊達だったのだ。彼等が普通の精霊だったなんて、正直全然想像が付かないのだ。
「お前等は頼りになり過ぎるからなぁ……何か光るものがあってルーンはお前達を選んだのかな?」
「ねぇな、あれにそんな知力はねぇ」
「強いて言うなら……僕等が他の精霊と比べると浮いてたからかな?」
「ルーンの、周りは……変なの、ばっかり……集まった」
「いやぁ……エティルちゃんは最初とても未熟でご迷惑をおかけしまして……」
「はっ……未熟と言えばアルなんて最初俺と仲が悪すぎて今思い出しても笑えてくるぜ」
「確かに、君とこうやって笑い合えてるのが不思議なくらいにね」
「……意外だな、理性で俺を叱りつける筆頭のお前等が?」
「まぁあの時は俺もまだまだ青かったって事だな」
「お恥ずかしい話だけど、そういえば昔話を聞かせてあげるって約束してたっけ」
「まだまだ先も長そうだ、登山のお供に僕等の話でも少し聞かせてあげようか」
「へぇ、興味あるな」
「私も興味あるぞ!」
「レヴィは別に興味ないけど、セツナがそっちに集中してくれそうだから賛成するよ」
「じゃあエティルが最初どれだけ無様だったかだけど」
「なーーーーーんでアルディ君がエティルちゃんの恥ずかしい話すんのさ!! 自分の話しなよ!!」
珍しく本気で慌てた様子のエティルがアルディの頭に張り付いてポカポカ乱打の雨を降らせている。どうも、エティルは初期の自分に相当なモノを抱えているように見える。
「そんな酷かったのか? 前にも少し言ってたけど……」
「…………無様…………良い思い出、だけどね」
「ムキ―!」
「まぁ冗談はさておき……ルーンと俺達の出会いは綺麗にクロノと逆でな」
「最初が俺、次にティアラ、そしてアル、エティルの順番だ」
「そして俺とアルの仲はエティル加入までずっと悪かった、なんならその後も暫くは険悪だった」
「えぇ!?」
「まぁ性格の違いだよね」
「本当に、懐かしい話だぜ」
遡る事数百年、それはまだ精霊達が未熟だった頃の話。今に続く、道中の物語。




