第七百八十一話 『人工の心でも』
『俺達の糧は、強者の全てだ……強い奴を喰らい取り込み、全てを超えて俺達を形成するのさ』
『俺達はそうやって生きてきた、好き勝手に強者を踏み躙って、今日この日までな』
初めて出会った時、災岳は言った。他を喰らい、欲のままに自己を主張していた。出会った時と変わらず、災岳は楽しそうに笑顔を浮かべ襲い掛かってくる。心から殺し合いを楽しみ、戦う事を楽しみ、形成された器はただただ壊れていた。
「楽しそうだな」
「強者との死合いが、つまらないわけないだろうっ!!」
「同格の四精霊使い同士の死合いならっ! 至上も当然! ぶつかり合い、響き合い、強さの音がお前にもわかるだろうっ!!」
「そうだな、分からなくもない」
「お前との最初の戦いから、俺は自慢じゃないけど強くなってる…………だから分かる」
クロノの蹴りと災岳の振るう錫杖がぶつかり合い、四属性が周囲に波動を生んだ。
「心に響いてくるんだ、お前の言う強さの音……前にも言ったけど数が足りねぇんだよ」
「はははははっ!!! お前は強いなクロノ・シェバルツ!! 楽しい、楽しいなァ!!!」
風の刃が、大地の震動が、水の波紋が、炎の渦が、周囲を埋め尽くし際限なく湧き出してくる。精霊の力は心の力、契約者と精霊の繋がりが相乗効果で限界を超えていく。目の前の力は、とてもじゃないが作り物には見えなかった。作り物だと、思いたくなかった。歪んでいる、暴力的で間違った方向を向いている、悪い奴だし悪魔だし、敵なのは間違いない。だけど、精霊使いとしては理想的なくらい真っ直ぐで、悪だけどその信頼関係は間違いなく羨ましいものだった。
「お前達の欲は、他者を傷つけるものだ……だけど芯はある」
「真っ当に戦いたかった、こんな事になるなんて思ってなかったよ! 決着を先延ばしにしたのは確かだけど、俺は正々堂々、ちゃんとぶつかるつもりだったんだっ!!」
「打ち合う度、虚しさを感じる事になるとは思わなかったよ!!」
攻撃がぶつかり合う度、そこにある筈の物が足りない。長引けば長引くほど、目の前の男が居ない事が分かってしまう。形成されたモノが解け、歪さが浮き彫りになる。
「…………ウツロ、前に言ってたよ」
「!? ティアラ?」
急にティアラが表に現れ、クロノの背中に引っ付いて来た。今は戦闘中、万が一ティアラが砕かれるとリンクが途切れ暫く水の自然体の精度が落ちてしまう。
「バカお前……リスキーが過ぎるだろっ!」
「前に、ゲルトでバラバラに喧嘩売られた時、言ってたよ」
「欲が、本物なのか、渇きの答えを……探してるって……」
「…………答え……ね」
「作り物……っ……! お前達、人工精霊なんだってなぁ!! その割には、色々考えてるみたいじゃないかっ!」
「植え付けられた欲、その器はその果てに作ったってわけかぁっ!?」
「はぁ? はぁ?? はぁ!!? 僕等の何が作り物だってぇっ!?」
「都合が良いように、命令通りに動くように!! そうやって組まれた人工精霊はみーんな破棄されたけどっ!?」
「おい、ラン……!」
災岳の身体が歪み、ランが表に飛び出してきた。ウツロの制止を振り切り、ランは叫びながら風を操り此方を狙って来る。
「結局自我無くして精霊は成り立たないのさ、だから僕達は自我を持たされた、成長するために、進化するために、伸びしろがなきゃ失敗作だからねぇ」
「繋がりがなきゃ精霊も精霊使いも劣化にしかならない、人工の精霊使いを生み出す課題だった! どれだけ強く、且つ制御できるかっ!!」
「僕達は生まれながらに、鎖に繋がれてたわけだっ!!」
「ですから私達は、衝動を、欲を、制御する術を欲したのです」
「互いをフォローし、尚且つ響き合えるように……私達を生んだ世無家の強さこそ全てを統べるという想いのままに、闘争に、殺しに、弱者を食い潰す事に快感を得るように……!!」
「ワタシ達の自我を元に、理想の精霊使いを、器を形成する……人工精霊使いを生み出す世無家の企みすら利用して……っ!! ワタシ達は私達のマスターを創造したっ!」
「うちらのマスターならこうだろう、こうするだろうって理想を元にマスターは生まれたんだ」
「最初は上手くいかなかったけど、長く戦う中でようやく形になってきた」
「欲の果てに悪魔に染まり、戦いに喜びと快感を得るように、うちらと一緒に楽しんでさ、心滾る時間を過ごせるようになったんだ」
「作り物? 好きに言えよ……うちらはこれを偽物とは呼ばせない、だってうちらは幸せだからっ!」
「創造主の制御だって、欲で超えたっ!! うちらは自由だ、強さを求めるのも、戦いに身を置くのも、うちらが望んでやってんだっ!!」
「マスターと欲のままに戦うのが、うちらの幸せなのさっ!!」
荒ぶる精霊の力が、空を覆いクロノを襲う。クロノは水の刃を両手に構え、熱波を割き災岳へ肉薄する。災岳の振るう錫杖とクロノの水の刃がぶつかり、飛沫が舞った。
「…………心は嘘をつかない」
「ウンディーネのお前は、特になんだろ」
「…………俺は……この欲が、本物なのか知りたいだけだ」
「俺の物なのか、植え付けられたものなのか…………乾く理由を、知りたいだけだ」
「俺を求める契約者は、本物なのか……保ち続けるのは……誰の欲なのか……」
「……消えたくないと、諦めたくないと叫ぶのは……契約者か、こいつ等か、それとも俺なのか」
「ウツロォッ!! ぬるい事言ってんじゃないよ! うちらは一緒に自由になんだろぉ!?」
「同じ方を見ねぇと、歪んでいくだろうがぁ!!」
「……だから乾くと言っている」
「歪む時点で、俺達は最初から……!」
「お前達の欲は、戦いに、死合いに溺れる事じゃない」
「うるさい、うるさいよ」
「自由を欲した、それがお前等の欲だ」
「災岳が、契約者こそが、お前等の求めた自由の象徴……戦う為じゃない、お前等は自分達を救い出す契約者が欲しかったんだ」
「…………欲したモノすら、お前達は作り手に歪められた、戦いから、殺しから逃げられない」
「だからお前等は、支配の中に喜びを見出した」
「勝手な事を……ワタシ達は壊す事が大好きなんです! ワタシタチのマスターは、必ず一緒に楽しんでくれるんですよ!!」
「…………世無家の呼び出しで、お前等は戻ってきた……何が自由だ、管理から逃れられてないだろう……」
「何が理想の契約者だ……お前達のズレで歪み、お前達の感情次第でブレブレだ……今だって人の形を保ってるだけ、言葉一つ発しないっ!!」
「俺の挑発一つで激昂し、揺れ動いてる時点でお前等もうグッチャグチャだろうがっ!!」
「作り物だろうがなんだろうが、心があるなら分かるだろっ!! お前等の在り方全部っ!! 心を傷つける要素しかねぇだろっ!!!」
「仕方ないだろっ!!! 傷つき続けても、欲は無くならないっ!!」
「そう、生み出されたんだから……苦しくても求め続けるしかないんだ、ヒビだらけでも、理想を形にしなきゃ……」
「誰がうちらと、一緒に居てくれんだよ」
「うちらは、破棄されたくねぇんだよ」
荒れ狂う力が空を覆い尽くし、吐き出した感情のままに渦を生み、災岳の身体が砕けた。理想を詰め込み、欲を詰め込み、共に笑い合った器は遂に崩壊した。人工精霊が生み出した器は、彼等を繋ぎ止め、限界を迎え砕け散った。当然の末路であり、恐らく全員が理解していた筈だ。破滅しか待ってないとしても、それしかなかった。共に笑い合い、共に歩んだ理想の契約者は、自分の精霊に振り返る事も無く砕け散る。粉々になった器を、人工精霊達は黙って見つめていた。
「…………結局さ、僕達は作り物で、使い捨てなんだよ」
「この愉悦も、幸福感も、植え付けられた作り物、残酷な話です」
「もっとも、ワタシ達が奪った命からすればそんな事関係ないですが」
「……渇きも必然、答えなんてとうに分かっていた」
「あーあ、ごっこ遊びじゃんね」
「せめて、本物の契約者が欲しかったよ」
諦めたような表情をしている人工精霊達、クロノは彼等にかける言葉を探す。だが、それより早く人工精霊達の身体が砕けた。
「は?」
「判断の早い事だ」
ウツロはそう言うと、錫杖をクロノに向けて投げ渡してきた。災岳の使っていた、精霊の力で形成された錫杖だ。
「っと!?」
「妙な縁だが、他に託す相手も居ないのでな」
「俺達の敗北を世無家が悟ったのだろう、俺達の核を回収するようだ」
「どうせ次も用意してんだろうねー、僕が言うのもなんだけど腐ってるよほんと」
「破壊を欲するのなら、私達はまず世無家をぶっ壊すべきだったのでしょうね」
「それが出来なかった時点で、私達は結局支配下にあったのでしょうが」
「どうせなら、あんたらに負ける形で終わりたかったなぁ」
「作り物が何言ってんだって話だし、結局どうにもならないんだけどさ」
「せめてマスターには、あんたらとの戦いで終わらせてあげたかった」
「うちらの理想の、大好きなマスターだったから、きっとマスターはそう望むはずだから」
「それは間違いないね! マスターなら勝っても負けても満足してたさ!」
「消化不良でうがーって僕等がなってんだから、間違いない!!」
「消える前に言っておきますが、ワタシ達は後悔はしておりません」
「殺し、壊し、食い荒らした、ワタシタチは欲に生きて、欲に生きたのです」
「植え付けられたものではなく、私達は自らの欲のままに生きたのです」
「渇き、迷い、その果てがこれだとしても……俺達は俺達の生を貫いた」
「世無家が俺達をどう扱い、どう思おうとも……これだけは譲らない」
「だからせめて……お前達の記憶に留めておいてくれ」
「災岳という、悪い四精霊使いが居た事……お前達の敵に、そんな男が居た事を……覚えていてくれ」
「作り物の兵器じゃなく、欲のままに悪魔に身を堕とし、暴れていた精霊使いが居たと……」
「失敗作として消されるくらいなら、お前達の敵として記憶に残してほしいんだ」
「くだらない作り物の、くだらない願いだ」
そう言い残し、人工精霊達の身体が崩れてしまう。四色に輝く核が、吸い寄せられるように飛んでいく。核が飛んでいった方向から、妙な気配が噴き出してきた。
「また、ロクでもねぇなんかが出てきやがったな」
「さて、どうするんだいクロノ?」
「決まってるよ」
錫杖を握り締め、クロノは顔を上げた。精霊使いとして、やらなきゃいけない事がある。
「妙な縁の、ケリを付けに行く」
作り物でも、心があった。そして、その心を弄び、踏み躙った。求めたモノすら、利用し嘲笑った。四任橋の果ては、もう決まっている。そこに手を出すつもりはないし、覚悟も出来ている。だからこれは、同じ精霊使いとしての責務だ。生み出された悲劇を繰り返さない為、人工精霊に関する全てをぶち壊す。彼等の分も、世無家にぶつけてやる。クロノは核が飛んでいった方を睨みつけ、宙を蹴り一気に加速した。




