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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第五十一章 『ジパング三幕! 四飾る果てに、呪いは芽吹く』
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第七百七十八話 『悪意も善意も抱きしめて』

『有能な固有技能スキルメント、そして恵まれた身体能力……他の家の子も力に恵まれた』

『今期は特に期待が出来るな、世代を変える度に力は世界に適応していく……この子達は命を摘む為に生まれてきた精鋭だ』

『立派な殺し屋・・・になるんだぞ、期待を裏切るなよ?』



 親を見上げながら、何回思っただろうか。いや、そもそも最初は疑問にすら思ってなかった筈だ。毎日毎日力を磨く事だけ考えて、泥塗れになって血を流し、日が暮れてもまだ修行は続く。隠密の修行で桃源郷を訪れ、無邪気に遊ぶ子供達を見た時決定的な違いを感じた。自分は普通じゃない、いや、環境が普通じゃないのだと。気づいたところでどうにもならない、自分に定められた道は正道には決して交わらない。身体も心も成熟し、普通とズレた価値観と分かっていながらそのまま生きてきた。既に殺しにも手を染め、他の家の同期も才覚を発揮し始めている。



(うちもボケっとしてらんないけど、鈴の才能だって確かなもんだ)

(……安泰って言っていいのか知らんけど、封殺は……琴葉の力は依然変わらず伸びていく)

(僕がサポートすれば、殺しをミスることはまずないだろう……)



 妹は能力に恵まれた、才能は間違いなく自分以上だ。依頼をしくじる事なんてないだろう、殺しを失敗なんて有り得ないだろう。期待を裏切る事なんて、ないだろう。



『逃げられた!? 今回の依頼は役人からの依頼! 失敗なんて許されないと……!』



 鈴が殺しの手を緩め、対象に逃げられた。咄嗟に自分が強引に仕留めたが、痕跡を残してしまった。琴葉への依頼は正しく暗殺の依頼、痕跡を残すなんて以ての外だ。



(……明らかにわざと外した、鈴があの距離で針を外すなんて有り得ない)



 自分の妹の能力は良く知ってる、手を抜いていたのは明らかだった。普段から大人しい子だが、あの日は特に無口だった。父から責め立てられ、鈴は逃げるように家を飛び出した。失望した様子の両親は、様子のおかしい娘を追いかけなかった。だから、自分が追いかけた。いる場所は分かってた、同期で良く集まって遊んでいた空き地があるのだ。何かあれば、そこで色々吐き出した。



『鈴』



『…………血が嫌いだ』

『…………殺しが嫌いだ、もう嫌だよ』



 妹が小さかった頃、同じように殺しを拒絶した事があった。その時もこの空き地に逃げていたし、その時宥めたのも自分だ。あの時は何て言って説得したか、よく思い出せない。自分より才能に恵まれている癖に、子供の時から何も変わっていない。溜息を吐き出しながら顔を上げると、空き地の隅に生えている木から一枚葉っぱが落ちてきた。それを目で追いながら、仕方なく言葉を紡ぐ。



『いい加減大人になれよ、このままじゃ出来損ない扱いだぞ』

『……疫芭でも長女を捨てるみたいな話が出て来てんだ、期待を裏切ればどうなるかお前ならわかるだろう』



『…………狂った家の期待に応えて、行きつく先が殺しのエリート?』

『…………嫌だ、私は堕ちたくない…………殺せないから出来損ない? 失敗作?』

『…………私、出来損ないで良いよ』



『…………お前の才能が、それを許すかよ』



 琴葉の殺しは基本的に二人一組、片方が動きを封じもう片方が仕留める刹那の殺し。この日から鈴に与えられたのは動きを封じる役だった。鈴は才能がある、針を外したことはないし、動きを縛る精度も素晴らしかった。鈴が封じた相手の命を、容赦なく奪っていく。その度に、妹の目から光が消えていった。壊れてる、受け入れてる、理解している、納得してる、自分は完全に出来上がってる。それでも、基盤の完成前から妹の事は知っている。情なんてありはしない、存在しない必要ない。だけど、嫌でも目に映る。自分のようになれない、妹はこのままじゃ決定的に壊れてしまう。




『…………ほんと、くだらねぇ』




 一人、空き地で言葉を零す。そんな資格はない、今更そんなつもりもない。顔を上げ、波は一本の針を放つ。木に残っていた最後の葉を、自らの意思で打ち落とす。この日、波は親に進言する。出来損ないが目障りだから消してくれと。鈴が家から追い出されたのは、それから二日後の事だ。








 踏み込みの音すら残さず、二つの影が消える。数度交わり、針と針がぶつかる音が連続して響く。跳ね返った針が空中に現れた穴に吸い込まれ、手元に戻る。再度放たれた針を手元の針で全て弾き、一息で全て回収し投げ返す。姿を残さぬ高速移動の中、数百数千の針が飛び交い、ただの一本も地面に落ちる事無く金属音だけを響かせる。



「…………なんか言えよ」



「…………そっちこそ」



 別に特別な想いはない、こんな戦いは子供の頃訓練で何度もやった。兄妹の思い出なんてロクなモノがない、一緒にやった事なんて殺しの訓練ばかりだ。



「何で戻ってきた」



「…………さっき答えた、罪と罰の清算」



「それこそさっき言ったが、向き合えば向き合うほどお前も無関係じゃねぇんだぞ」

「お前はどんだけ逃げようが、殺しに加担してんだよ」



「…………それも含めて、清算だ」

「…………裁かれる覚悟なんて、とっくに出来てる」

「…………帰ってきた以上、目は背けないし背けさせない」



「そういう厚かましさだよ、出来損ない」

「逃げた時点で正当性はない、口出す資格も投げ捨てた筈だ、耳が遠いならもう一度言おうか? どの面下げて帰ってきた」

「逃げたなら逃げたでさ、一貫しろよスタンスをさぁ」

「何があっても、もう関わらないって選択もあっただろうが」



「…………汚れた身でも、私は正しくありたい」

「…………これまでを理解してるからこそ、これからに悔いは残さない」

「…………私はここで得た強さとは、違う強さを知った、それをもって帰ってきた……だから否定する」

「…………私は殺しを否定する、そのスタンスは変わらない、変わってないっ!」



 確かに変わった、別人と思えるほど強い目をしている。きっと色々あったんだろう、それは普通は成長と呼べるものなんだろう。だけど残念、ここは普通じゃないんだ。



「正しくありたい? 悔いは残さない? そりゃテメェの都合だろうが出来損ないがぁっ!!」

「いい加減理解しろよ、普通なんて人の数だけある、食い違いなんてあるのが普通、当たり前だ違うか!?」

「いい加減わかれよっ!! ここはお前の普通じゃねぇんだ、変えようとか否定するとかおこがましいんだっ!!」

「逃げたなら、逃げ続けろ関わるな!! ここはお前の居場所じゃなかった、それで終わりだ違うのか!!」



「…………違うに決まってる!! 追い出しただけで済むならこんなに引きずってない!」

「…………今だってそうだ、お前だって、一貫してる!」

「…………家は嫌いだ、殺しは嫌いだ、お前達の事は大嫌いだ、否定の気持ちに嘘はない、けど……」

「…………小さい頃からずっと…………兄さんは私を助けてくれた……」



 あぁそうだ、子供の頃逃げ出した鈴を宥めた時の言葉を思い出した。『何があっても、自分が守るから』だった。



「…………家から逃がしてくれた事も、有耶無耶にして生きていくなんて出来ない」

「…………受けた恩を、私は忘れたくな」



「くだらねぇ」

「こっちはそんなのとっくの昔に忘れてんだ、お前……俺が気を使って家から逃がしてやったとでも思ってんの? それに恩を感じてたって?」

「能力的に天才なのは疑いようもねぇが、頭の方はマジで出来損ないだったのな」

「都合の良いように物事を変換するなよ馬鹿、俺は甘えた事ばかりほざくお前が心の底から嫌いで、目障りだっただけだ」

「それとも善意で逃がしてくれたと思わないと、心が持たなかったか? 全否定で追い出されたお前のちっぽけな心が壊れちまうか?」

「蚤の心臓の癖に、恩がどうだの正しさだの……しまいにゃそれを押し付ける……」

「綺麗ごとばかり吐き出す割に、お前の理屈は腐敗臭がして堪らねぇなっ!! どの口で兄さん呼ばわりしてんだ!? 追い出された時に家族の縁なんざ切れてんだよ!!」

「出来損ないは家族じゃない、そういう家だってお前が一番わかってんだろ!!! 嫌いなら関わるな、見たくないもんから逃げ続けてろ敗北者っ!!」



「…………ッ! 私はっ!!」



「聞くに堪えねぇなぁ! お前の言葉は、ずっと枯れてんだっ!!!」



 態勢を低くし、波は一瞬で鈴の懐に飛び込んだ。反応が遅れた鈴はガードが間に合わず、腹部に強烈な蹴りをもらってしまう。



「わかってんだろ、もう残った時間は殆どねぇ」

「恨みや憎まれ口くらい最後に受け止めてやろうと思ったのに、まさか最後の最後まで甘えた事並べるとはな」

「お前と僕達じゃ心の構成が違う、お前の理屈と僕達の生き方は交わらない」

「寄り添うな拒絶しろ、甘えるな否定しろ、それが出来ないなら言の葉を刈れ」

「お前が何をしようとも、四任橋の罪は清算される…………何をしてもお前の自己満足だ」

「都合よく改変した思い出に縋るな、いい加減大人になれよ鈴」



「…………一貫してるって、言った」



「あ?」



「…………うちは言の葉残さず狩る殺しの家、普段から口数の少ない陰気な家」

「…………会話なんて殆どない、あっても一言二言交わすだけ、だから沈黙を読み取るの」

「…………兄さんは人と話す時目を見ない、その場の空気にあった会話で上手くやり過ごす」

「…………私と話す時だけ、ちゃんと目を見るの…………守るって言ったあの時の目で話すんだ」

「…………私は一貫してる、殺しを否定する……今も昔も変わらない…………同じように、兄さんだって変わってない」

「…………やっぱり、兄妹だね、似てるんだ……頑固だね」

「…………そっちこそ都合よく改変しないで、悪意も善意も消せやしない」

「…………自分の行動で残した軌跡は消えない、だから私の罪も、兄さんの優しさも、等しく平等だ」

「…………全部ひっくるめて、私だし、兄さんだ」

「…………最後なら、無理にでも交わるよ……全部抱えて、ぶつけるよ」



 両手で針を構え、鈴が態勢を低くした。同じ構え、同じ技、違うのは才能。ここ以外でもやっていける筈の、恵まれた力。



「本当に、出来の悪い妹だなぁ……!」

「言っても分からねぇのかよ、お前の妄言は聞くに堪えないって言ってんだろうがぁっ!!」



「…………口にしないと、伝わらないことだってある」

「そんな事も分からないのか、分からず屋ぁっ!!」



 積もり積もった全てを、最後の時にぶつけ合う。これは、最後の兄妹喧嘩。



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