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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第五十一章 『ジパング三幕! 四飾る果てに、呪いは芽吹く』
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第七百七十六話 『価値観』

 能力を何も持たず、僅かな毒耐性だけの自分を疫芭は失望の目で見た。何か無いのか、それを探し出す日々だった。毒の影響で変色した血を吐き出し、痛みと苦しみに悶える毎日。辛い日々を経て、自分には何もない事が分かった。無能の落ちこぼれと理解する日々だったが、そんな毎日の中一つの変化があった。妹が生まれたんだ、小さくて可愛い妹が。この子も自分のように苦しむのだろうか、辛い目に遇うのだろうか。それは嫌だった、出来損ないな自分だけど、生意気にも守りたいなんて思ってしまった。



 今でも狂っていると思うが、妹が生まれて一週間で一族は妹を毒に漬けた。自分が両親に飛び掛かったのはこれが最初で最後だ。守らなきゃ、その一心で立ち向かった。だけど叩きのめされたし、妹は自ら毒から這い出しピンピンしていた。この時点で、生まれたばかりの妹が自分より毒に耐性がある事が分かってしまう。守ろうとすればするほど、妹との差が浮き彫りになる。一族から、家族からの扱いに差が出来てくる。



 それでも、妹は自分の近くにいた。出来損ないとしてではなく、姉として扱ってくれていた。だから、凄いねって頭を撫でた事もある。



『濃ちゃんは凄いね、私なんかよりずっと強いよ』

『濃ちゃんは、自慢の妹だよ』



 本心だ、凄いって思ってた。自分とは似ても似つかない、自慢の妹だ。嬉しそうに笑ってくれた妹の顔を、今でも覚えてる。いつからだろう、触れる事すら拒絶されるようになったのは。兄と妹が、他の人達同様自分を見下すようになったのは。見下すのはいい、自分が役立たずなのは自分が一番分かってたから、ある意味で当然の事だと受け入れていた。けど今思い返せば、両親とは違い兄も妹も最初からそうじゃなかった。兄は、毒に狂い他を傷つけるようになった。なら妹はどうだった? 自ら蓋をした記憶を、必死に思い返す。



(都合よく思い出を美化するなんて、私が出来損ないだからかな…………なんて、美化しても酷い記憶ばっかりだよ)

(これは改変した記憶じゃない、妄想でもない……確かな記憶だ、濃ちゃんが初めて『仕事』をこなした日だ)



 仕事、つまりは殺し屋の依頼……人殺しを綺麗に言っているだけだ。厳しい修行の毎日から更にワンランク絶望のレベルが上がり、自分の手を殺しに染める事になる。狂は数回仕事に出向き、失敗を繰り返した為手を染めた事がない。だが、優秀な妹は最初の仕事を完璧にこなした。帰ってきた妹を、両親は凄く褒めていた気がする。そうだ、それなのに妹は両親を無視して自分の傍に寄ってきた。確かあの時、自分は毒を沢山飲んでフラフラしていた筈だ。ぼんやりしていたけど、自慢の妹が立派にお仕事をしてきたのは理解してた。だからいつも通り、自分は出来る限りの言葉で褒めてあげた。




『凄いね濃ちゃん、頑張ったね』




 あぁ、そうだ。自分は大馬鹿だ。なんで忘れてた、ギリギリだったから、自分の事で精一杯だったから、そんな余裕なんて無かったからか? 確かに自分にそんな余裕はなかった、壊れる寸前だったから、どん底だったから。だけど、その気持ちは自分が一番わかってやれた筈なのに。毎日思ってた、誰でも良いから助けてくれって、ここから連れ出してくれって、逃げたい想いは毎日毎日叫んでた。自分の言葉を聞いて、妹は明らかに動揺していた。妹は助けを求めてた、自分に手を伸ばしてた。あの時自分は妹を褒めてしまった、自らの能力で人を殺めた妹を褒めてしまった。ギリギリだった筈なのに、一族の中で唯一殺しをしたことがない、毒に侵されてない、『普通』だった自分に縋った妹を、自分は突き放した。妹を壊したのは、自分だった。




 この日を境に、妹が自分を頼る事は無くなった。力に固執し、その力をもって成果を上げる事を全てとした。全てに価値を求め、価値のない存在を見下し軽蔑するようになった。……自分を、嫌うようになった。身も心もズタズタにされ、自分は捨てられた。地獄のような家から、出られたんだ。あの時、間違えなかったら、あの手を取れたなら。勇気を出して、あの手を引いて、一緒に家を出ていれば、こんな事にはなってなかったのだろうか。無理だ、不可能だ、あの時の自分にそんな事出来るわけがない。自分すら守れなかった出来損ないが、一族全て敵に回して最高傑作を連れだすなんて不可能だ。殺されておしまいだ。思い返して後悔しても、結果は何も変わらない。自分は何も守れなかったどころか、傷つけ壊した。文字通り、出来損ないに相応しいエピソードじゃないか。妹の怒りはもっともだし、ここで殺されるのが相応しいじゃないか。狂った家、狂った家族、失敗だらけの出来損ないストーリー、その〆に相応しい救いも希望も無い終わりじゃないか。だからこそ、ここで死んだらそれこそ何一つ変わらない屑の物語だ。




「…………ッ!!?」




 濃が纏う毒の霧、それは吸い込めばやばいとかそんな次元の毒ではない。肌に触れた瞬間汚染され、肉体が腐り落ちる即死エリアだ。その即死エリアを突き抜け、狂は手を伸ばしてきた。毒に侵されながら、迷いのない目で手を伸ばしてきた。濃はギリギリでその手を避け、後方に飛び退いた。



(…………なんで私が後ろに……! 私が姉さまに威圧された……!?)

(引く必要なんて何処にもない……私の近くに居れば毒で死ぬ……いや、それどころか避ける必要だってなかった……今の私に触れば毒霧の比じゃない毒が襲う、手は一瞬で崩れてた……それが分からない程馬鹿じゃないでしょ……!)

(…………じゃあなんで、迷わず手を伸ばしてきた……?)



 既に全身毒に侵されている、毒耐性の有無なんて関係ない、放っておいてもその内死ぬ。その筈なのに、もう息もまともに出来てない筈なのに、狂はこちらから目を離さない。一切迷わず、こちらに突っ込んでくる。



「……ッ……昔よりは毒耐性が上がってるみたいだけど……無駄だよ! 姉さま如きの毒耐性なんてあってないような物だからっ!」

「姉さまに出来る事なんて何にもないんだよ! 嫌って程思い知ったはずでしょ!? 自分に出来る事なんて何もないってさぁ!!」



「そうだね、お手本みたいな出来損ないだったと自分でも思うよ」

「生まれながらの能力だけじゃなくて、性格とか、自分の生き方とか含めて……」

「狂ってるって、間違ってるって思ってた、なのに変えようとしかなった、立ち向かわなかった、何もしなかった自分に何かを言う権利なんてないのに!」

「これは私の罪だ、私の責任だ! だからもう逃げない、ここで逃げたら本当に救いようがないクソ野郎だ!!」

「もう二度と、貴女の姉を名乗れないっ!!」



「気持ち悪いな……!! さっさと毒で死ねよ……!! こっちはお前を姉と思った事はないんだよっ!!」

「何が罪だ……何が責任だ……美化して理解した気になって……気分で生きて、気まぐれの行動一つで何か変わると思ったか……?」

「思い上がるなっ!!! 都合の良い解釈、自分基準の展開っ!! それで救われるのはお前の気持ちだけだろうっ!! 押し付けるな出来損ないっ!! 私とお前の価値観はもう違うっ!!」



「もう?」



「…………ッ!!」



「じゃあ、同じだった時もあったんだね」



「減らず口を…………!! 何も出来ない出来損ないの癖に…………私を苛立たせるなっ!!」



 濃の纏った毒が勢いを増し、竜巻のように巨大化する。四つに分かれた毒の竜巻が周囲を薙ぎ払い、激しい怒りを体現するように破壊の限りを尽くした。もはや毒の効果とか関係なく、物理的に周囲が消し飛んでいるが、それでも狂は倒れなかった。



(……ふざけるな……避けられる筈がない……防御だって出来るわけない……なんで立ってる……!?)



 直撃だったはずだ、跡形もなく消し飛んだはずだ。なのに狂は立っていた。仮に直撃を避けていたとしても、毒の影響でもうまともに動けるはずがないのだ。



「捨てられて……外を知って、今日まで生きて……色々知って……今の私があるんだ」



「!?」



「過去を振り返る余裕が出来て、ようやく自分の罪を自覚した……遅すぎるよね」

「こうなるまで気づけなかった、間違いなく私は出来損ないだよ……理解した」

「濃ちゃんに嫌われて当然だし、怒りももっともだと思う……けどごめん、殺されてあげられない」

「私は出来損ないだったけど、疫芭が駄目だったのは事実だから、最低な家だったのは事実だから」

「疫芭の毒なんかで、濃ちゃんを駄目にはしたくない」



「それは、お前の…………お前の勝手な都合だろうっ!!!」

「私は何も困ってない、後悔してない、私は疫芭の毒だっ!! 落ちこぼれの癖に私から何を奪おうって!?」



「…………濃ちゃんは強さこそ価値だって言ってたよね」

「じゃあ、その価値を奪う」



「………………あぁ、そう」

「姉さま、ラインを超えたね…………それはダメだよ、出来損ないがそれはダメだ」

「その口の利き方は、殺されたって文句言えないよ」



 音が、消えた。殺意が限界を超え、濃の纏う毒の濃度が極限まで高まる。空気中の全ての要素が破壊され、振動を伝える全てが消え去り無音の空間が生まれる。万物を犯し破壊し尽くす極みの毒、それが濃の右手に圧縮されていく。次の瞬間、濃は一つの線となり狂に襲い掛かった。




「”命滅めいめつ”」




 その毒の軌跡は、軌道上の全ての命を滅する一撃必殺だ。濃が鍛え上げた最強の毒、今までの人生の集大成、その全てを一点集中させた即死の突き。常人の目に映るはずもない超速からの一撃、出来損ないに避けられるはずがない。極みの一撃、濃の最強技、それが今、狂の顔のすぐ横を突き抜ける。



(…………? 顔の、横…………?)

(胴体を狙った、心臓を狙った、どうして顔の横、横……? 当たってない、外した、避けられた……?)



 有り得ない、出来損ないに避けられるわけがない。どれだけ身体能力を毒で上げても、反応出来るわけがない。何も出来ないゴミ以下の姉に、自分の最強技が避けられるはずがない。



(……屈辱だけど、意味はない……! 私は超濃度の毒を纏ってる……近距離に寄った時点で姉さまは毒の影響下……傍に居るだけで姉さまの身体は汚染される……!!)



 顔を上げ、姉の顔を睨みつける。狂はこっちを見ていた。一切目を逸らさず、妹だけを見ていた。その目に、一瞬意識を奪われた。その隙を突き、狂は濃の身体を抱き留める。



「!? 馬鹿か!!? 私の身体に触れるなんて自殺行為……」



「もう逸らさない、もう逃げない」

「今日まで鍛え上げた濃ちゃんの毒、濃ちゃんの強さ……強さの象徴!」

「強さこそが価値だって濃ちゃんは言った、だから! 出来損ないの私がそれを否定する!」



 首筋に、狂が噛み付いて来た。その瞬間、毒の濃度が急激に下がり始める。



「はっ……! ばっ……馬鹿なの!? お前如きが私の毒を中和する気……!?」

「自殺行為どころじゃない……出来るわけない!! 出来損ないのお前に、私の毒……毒を……!」

(!!!!? 嘘、嘘だ、嘘嘘嘘嘘……下がってる、濃度……毒が薄くなってる……!!)

(毒を吸って……解析して……身体の中で免疫を……有り得ないっ!! 出来損ないが私を、私の毒を……!)



 敗北は許されない、強さこそが自分の価値を証明するから。敗北は、自分を否定する事に他ならない。しかもその敗北が出来損ないによってもたらされたら、自分の価値が出来損ない以下ということになる。



「やだ……やだやだやだやだっ!! 負けるのは嫌だ、奪うな、私の価値を奪うなっ!!!」

「強くなきゃいけないの、強くなきゃ認められないの、最強じゃなきゃ、褒めてもらえない、生きてちゃだめなの……殺さなきゃ、殺せなきゃ価値がないっ!!! 奪うな、奪うなあああああああああっ!!!」



「ごめんね…………褒めて、ごめんね……」



「…………っ!」



「強さを褒めてごめん、私、褒められたことが無かったから……自分に無い強さを持ってる濃ちゃんが誇らしくて、何も考えずに褒めて、凄いねって……言っちゃった」

「歪めてごめん、馬鹿なお姉ちゃんでごめん……人を殺して、それを褒められて……普通の子が嬉しい筈がないのに……貴女の普通を壊して、ごめん……!」



 大好きだった普通の姉は、自分の普通を否定した。この家が普通じゃないのか、自分が普通じゃないのか、良く分からなくなった。誰が壊れて、誰が普通か分からない。だから自分は自分を守る事にした、誰も守ってくれないから、順応するしか保つ術がなかったから。



 姉は普通じゃなく、出来損ないなだけだった。弱さは普通じゃない、強さが正義、強い事が普通であり価値の基準。強いと褒められる、弱いと虐げられる。だから自分は間違ってない、否定されるのは嫌だ。初めて人を殺した時、心臓が痛んだ。けど周りはみんな褒めてくれた、だから間違いじゃない。むしろ出来損ないに縋った自分が間違ってた、振り返るな、弱者の方に傾くな。自らの価値を、疑うな。



「出来損ないの姉さまに負けたら……私の強さが、価値が無くなる……」

「お前にだけは、負けちゃ駄目なんだ……弱さの象徴、無価値の極み……お前に寄る事は何よりの失敗……」

「なのに……なんで昔から……嫌いなのに、私より下の筈なのに……なんで壊せない……なんで……っ!!」



「…………濃ちゃんが、優しいからだよ」

「…………壊せないんじゃなくて、濃ちゃんが壊してないだけ」

「…………濃ちゃんの毒は最強で、完璧な毒だ、だけど……一点だけ必ず穴がある」

「毒を飲み続けて、解析し続けてきた私には分かる……濃ちゃんの毒はどの毒も隙が残されてる……だから分解出来る……」

「これは私が気づけなかったサイン……今私が死んでないのがその証拠だ」



(…………抜けていく…………私の強さ、私の価値……全部、消えていく…………私の毒が、全部…………)

「負けちゃった…………私の価値が、無くなっちゃった…………」



「弱くても、生きていていいんだよ」

「世の中、色んな価値で溢れてる……世の中は広いんだ」

「それに……貴女は昔から私の大事な妹だよ……私にとっては何よりも価値がある存在だよ」

「遅れてごめんね、もう二度と離さない」



「…………今更、遅いんだよ……」

「もう、私の手は汚れてる…………遅すぎるよ…………」



「それでも、もう手は離さない」

「濃ちゃんの価値は、私が証明し続ける」



 茨の道だとしても、もう逃げたりしない。自分はこの子の、姉だから。あの日取れなかった手を、もう離したりしない。



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