第七百七十三話 『作り物』
迫る呪いの対処をセツナに任せ、クロノ達はとりあえず防衛の陣を組むことにした。立てこもるのに丁度いい屋敷が目の前にあるので、さっさと制圧してしまおう。
「沙華、貴様狂ったかぐぼああああああああ!」
「昔から狂ってるのはお前等だろうが、そもそも僕は一応当主なんだけどね」
「当主が帰ってきたら拘束しようとするのが、お前等の当たり前なのか? 反撃くらいは覚悟しておけ」
「家の中も敵だらけか、本当に酷い立場だな」
襲い掛かってくるのは彼岸家の者、もしかしたら身内も混ざっているのかもしれない。この期に及んでまだ姉弟を利用し何とかしようとしている以上、手加減は無用だろう。呪いの力を上手く扱えないこの状況では、正直何の脅威にもならなかった。
「格好の的になりそうだが、本当にここで迎え撃つのか?」
「死角からの縛り、変幻自在の毒、そして手段を選ばぬ殺しの乱打、それら全てを凌ぎながら逃げ回るのは至難だ」
「僕が言うのもなんだけど、呪いを失った彼岸家は出来損ない……こうやって制圧して他を迎え撃つのが一番リスクが無いと思う」
「確かに予想以上にクソ雑魚だったなァ」
気絶させた彼岸家の人達を拘束し、クロノ達は屋敷の中で一息ついた。屋根の上にはドゥムディが陣取り、周囲を警戒してくれている。
「ドゥムディさんだけで良いのか? 俺も周囲を見張って……」
「あいつは僕達以上に休息が要らない身体だし、集めた能力で出来る幅も多い」
「切り札次第だが長期戦も考えられるんだ、無駄な消耗は抑える事だな」
「この間にボク達は敵の情報を漁らねェとなァ、他の家の情報……特に危険人物くらいリストアップ出来るだろうよォ」
「危険人物……ですか」
「何の因果か、僕達姉弟と同期、またはそれに近い子達が家々の主力になっていますね」
「先ほどの波も、今の琴葉では実力者だ」
「けど口癖みたいに鈴ちゃんの方がって言ってたよね」
「思うモノがあったんだろう、兄妹なんてそんなものだ」
「後は、疫芭の次期当主候補である濃……他を超越した毒使いだ」
「疫芭の現当主は比較的理性があるほうなんだが……あの気狂い毒使いがこの機に乗じる可能性は無いとは言い切れないな」
(毒使い……そういえば狂さんって兄妹がいるんだっけ……)
「後は世無家の終牙……世無家はうちを除けば一番人の理から外れている、なんでもありの殺しの家」
「力の増強、効率よく、代償なく、自らを……それどころかリスクなく敵を屠れる殺戮マシーンを……代々追い求めた家だ」
「終牙は生まれた時から肉体改造を施されたプロトタイプ、式神を肉体に埋め込み身体能力を増大させた男だ、右腕が三本あるからすぐわかる」
「さっきツェンさんとプラチナさんが戦ってた奴だ」
「なら平気だな、相手に同情するぜェ」
「傲慢に終わらない事を祈るよ……」
「奴は傲慢故に、負けはしないよ」
「じゃあこれで各家の実力者は割れたかな?」
「えっと、世無家にはもう一つ禁忌よりの隠し玉が……」
「姉さん、あれは放流して帰ってきてないはずだろう」
「けど、いつでも引き戻せるって話だったはずじゃない? 私は戻すなら今だと思ってる、警戒するに越したことは……」
姉弟が言い淀む、この期に及んでまだ何かあるのだろうか。
「隠し玉って?」
「…………人工精霊、式神の派生として世無家は人工精霊を作ろうとしたんだ」
「契約の手間を省いた、人に忠実な人工の力……あいつらは反抗する事のない絶対の力を求めた……彼岸の呪いのようなリスクのある力じゃなく、忠実な殺しの力を」
「その結果、人工精霊だけじゃなく……その力を振るう存在すら作り出した……精霊使いを」
「…………精霊使いを作る?」
「極めて稀な四精霊全てを操る精霊使い、その人格、存在を人工的に作り出したんだ」
「そんな人間は存在しない、作り出した四つの人工精霊が空っぽの人型に虚構を編みこみ作り上げた偽りの存在……」
「戦闘経験を積ませる為に、少し前に外の世界に放流したって……作り物の戦闘狂……」
「風の噂で、悪魔の力にまで染まったとか……聞きました」
「…………そっか」
聞くまでもなく、理解してしまった。因縁と呼ぶ事すら虚しいが、それでも自分は関わった。決着の地は、ここだったんだ。
「そいつの名前は?」
「災岳、作り出された虚像の力だ……世無家の最高戦力だろう」
「終牙は生まれた時から、災岳を目標に身体を改造されている……人工精霊を埋め込まれるのも時間の問題だろう」
「…………大丈夫、そうはならないから」
「なに?」
「…………心は作るものじゃないけどさ、だけどさ、人工のそれも傷つくんだ」
「少なくても、作り物でも、あいつらは悲しんで、傷つきながら、苦しみながら、それを繋ぎ止めていた」
「…………心は道具じゃない、繰り返させはしない、あんた達を助けるのは当然だけど、これは別問題だ」
「世無家は、俺が潰す」
これは、自分の戦いだ。決着を付けると、約束した。理由が増えても関係ない、ケリを付ける時だ。誘われたのか、それとも生みの親に呼ばれたのか。作り物の精霊達は偽りの契約者を象り、呪いが満ちるジパングへ舞い戻る。本能のままに、闘争を求め舞い戻る。
一方その頃、セツナは大罪の悪魔二体に呪い渦巻く中心地へ運搬されていた。
「凄いね、流石に肌がピリピリしちゃう」
「こんなやばいところに向かわせるなんて、後でセツナはお仕置きだよ」
「既にこの状況がお仕置きだろうが! なんだこのラスボスがいそうな場所は!!!」
もはや呪いが竜巻のように空に舞い上がり、周りの景色なんて一切見えない。恐らく核は竜巻の中なのだろうが、近づくだけで消し飛ばされそうだ。
「ゆっくりだけど四任橋の家を目指して動いてるね、ヨノハテのあった場所から離れて渦を作ったのはなんでだろう?」
「……力を圧縮して、纏めて消し飛ばしたいからじゃないかな」
「ヨノハテは4つの家の中心だったから、あの場所からじゃ一方にしか行けない」
「……中央で巨大化すれば全部巻き込めるんじゃないの」
「…………呪いだから、恨みの結晶だから……きっと自分達の意思で、確実に踏み潰したいんだよ」
「一思いに、一瞬で吹き飛ばすなんて……あの呪いは納得できないんだ」
「…………復讐って、すぐに終わるものじゃないから」
「理解出来ちゃうのが、悲しいね……嫉妬しちゃうよ」
「お喋りしてる時間が惜しい、レヴィとミライで渦に穴を開けて突入するよ」
「一度入れば、多分勝つまで出られない……負ければ呪いに飲まれて一巻の終わりだよ、覚悟はいいねはい行くよ」
「ちょ待っ……なんで聞いた!? 私の意思を反映しろーーー!!」
レヴィが理を曲げ、渦に穴を開ける。失敗は有り得ない、ミライの都合が良いように事は動くからだ。渦の中は、何も無かった。外界から隔絶された、呪いの世界。永遠のような長い時間、死を繰り返し恨みを育てた、肥大化した幾つもの呪いが一つに固まり、圧縮され形を作った。数千数万の呪いが生み出した呪いの世界はまっさらで何もなく、そこに鎮座していた黒い人型は驚くほど静かだった。そして対峙して分かる、呼吸すら許されない程の殺意の圧。何もない、ここには殺意以外何もない、言葉も何もないのに、殺してやるって全方位から叫ばれている。
「セツナの言う通りだね、居たよ、ラスボス」
「うーん、流石に怖いねぇ」
「…………私があれに勝てるのか……?」
「勝ってもらわないと困るよ、例えどんな手を使ってもね」
「…………前みたいになる可能性もあるんだよ、それでもいいんだね」
「ミライの能力もあるからな……前よりマシだと願いたい」
「それに、私は私が忘れてる私にならないと、この状況はどうにもなんないよ……」
「まぁ、レヴィも今回は同感だね」
「じゃあミライ、打ち合わせ通りに」
「オッケー、何が起きても大丈夫、私達にとっての最高まで一直線だよ!」
「最高、ね……レヴィもそう願うよ」
「流れる魔々に、嫉妬はグルグル渦巻いて、強さは弱さに、弱さは強さに」
「レヴィは弱く、セツナは強く…………さぁ行け切り札、忘れた強さで呪いを断ち切れ」
忘却の果て、己の内に眠る強さを無理やり引き出す。暴走のリスクはある、何が起きるか自分も分からない、ミライの力で防ぎ切れるかも分からない。それでも、自分は剣を握る。仲間を信じて、自分を信じて、皆で笑える未来の為に。
「今の私は切り札だ、皆が信じる最強無敵の切り札だ」
「行くぞ、呪いの結晶体…………おやすみの時間だ」
呪いの結晶は言葉を持たない、ただ殺意を持って呼応する。永劫続く死の螺旋、ここで断ちきってみせる。




