第七百七十二話 『殺しは巡る、呪いは迫る』
「お前達は……狂ってるよ」
「いいや、私は正常だぞ」
「私はこれの影響でこうなったんだ、だから狂ってるのはクロノだけだ」
「日に日に辛辣になっていってるなお前? 誰の影響だアルディ達か?」
(なんで精霊達じゃなくてわざわざ僕の名前で纏めたんだい? 場合によってはこの後お話があるんだけど)
(よくもまぁ地雷原突き抜けるような発言出来るよなぁ、我等が契約者様は)
呪いが渦巻くジパングよりもよっぽど危険な気配が自分の内側から感じられる。クロノは身の危険を察しなんとか話題を逸らそうとするが、瞬間右足が強張った。
(……動かな……)
右足、それも膝の辺りに針が刺さっている。音も無く、クロノの感知力を抜けていつの間にか刺さっている。これが動きを縛っている、脳がそれを理解すると同時にクロノは周囲を風で巻き上げた。追撃で飛んできた針が、風で吹き飛ばされる。
「ぶわああああ! クロノ何をするんだ砂が目に入ったぞ!」
「敵っ!」
風と水で周囲を感知し、クロノは即座に反撃に出る。足に刺さった針を抜き、気配のする方へ竜巻を放った。木の上に潜んでいた男が、身軽な動きで目の前に降りてくる。
「普通動かなくなった足無視して仲間全員庇う行動取れる? お兄さん相当な善人だねぇ」
「俺自身も防御したし、別に変じゃないだろ」
「いやいや、ここは殺し屋さんの本拠地ですよ? いつ首と胴体がお別れしても不思議じゃないの、危ないの」
「そんな中動きを制限されてすぐ誰かを優先して動けるとか、ちょっとおかしいんじゃないかなって」
「変なのは自覚してるけど、躊躇いなく人を殺せるお前等に言われたくないね」
「しょうがないじゃんね、そう育てられたんだからさ」
「生まれた時からそれだけを教え込まれてきたし、呪いを育てる場所を見ながら団子喰って生きてきた」
「それがうちらの日常で当たり前、そうだったよなぁ沙華っちー?」
「……波……やはり琴葉家はそう動くか」
「これに関してはそっちがしくじったのが悪いんじゃないっすかね? 世無家は止める間もなく動き出したし、疫芭家もなんだかんだ乗り気だし……ここでうちらも乗っておかないと逆に立場が危ういでしょう」
「これでもうちは最後まで迷った方なんだよ? けどもう止められない辞められない……ちっこい頃からの仲だし境遇には割と同情もしてたけどそれはそれこれはこれさ」
「彼岸家はトカゲのしっぽ切りだよ、呪い災厄全部を受け止め消えておくれ」
「彼岸の呪いに頼り切っていた他の家が……追い詰められたらしっぽ切りね……どの道先に待つのは評判下落の滅びだろうに」
「はっはっは、そうだね救いがないね」
「動きを封じて息の根止めてきたうちらもさ、時代の流れは縛れねぇ……嫌になるねぇ」
「先代が殺してきた人々を未来永劫閉じ込め苦しめ弄んできた、そんな地獄を肴にうちらは蹴鞠をしたりメンコをしたり団子喰ったり昼寝をしたり……狂った時間を過ごしてきたねぇ」
「うちのボスは穏便に済ませたかったみたいだけど、もう状況はそうは言ってらんねぇんだ」
「腐った環境で生きてきた僕達はさ、結局己の身が一番大事なんだ、そんな生き方しか選べないんだ」
「幼馴染でも、踏み台にして利用して、そうやって生きていくしか出来ねぇんだよ」
「惨めだな、家の選択にも従えず……己を優先するか」
「家も立場もかなぐり捨ててお姉ちゃん優先のお前に言われたかぁないね」
「似た者同士だな、屑に違いはないって事か」
「ははっ、違いねぇや」
波と呼ばれた男が乾いた笑みを浮かべ飛び掛かってくる。クロノは即座に割って入るが、波は急停止して後ろに飛んだ。
(こいつ、後ろに飛びながら針を……)
「邪魔すんな、止まってろ」
風で弾こうとするクロノだったが、別方向から飛んできた針が波の放った針を撃ち落とした。
「ん?」
「…………今のは」
「クロノ、状況は!?」
ホロビ達の背後からマルス達が飛び出してくる、ようやく追いついてきたようだ。
「遅いよ! なにやってたんだよ!」
「他の家の奴等が群がってきたから倒しながら追いかけてきたんだ! ガン無視で突っ走ったお前達の尻拭いだぞ!?」
「だってセツナが急げって言うから!」
「自然な流れで私のせいにした! 信じられない奴だ!」
「でもここは敵が一人だね、ようやく一息付けそうだよ」
「いやそれが状況はあまりよろしくないんだよ、今からセツナは呪いの集合体をぶっ倒さなきゃならないし……俺達はそれを邪魔されないように他の家の奴等をぶっ飛ばさなきゃいけない」
「勿論、ホロビさんやそこの弟くんも守りながらだ」
「面倒ごと抱え込む天才なのかテメェはよォ」
「ツェンやプラチナが相手してたのも他の家の精鋭か、雑魚だけじゃなくて強いのも集まってきているわけだな」
「そこの男もそれなりに強そうだぞ、なんならおれが貰ってしまおうか?」
大罪の悪魔がこれだけ揃っているのだ、相手が手練れでもそう苦戦はしないだろう。そう思っていたクロノの視界が、半分欠けた。
「!?」
黒い穴が周囲に無数に現れ、突然現れた人影がクロノ達の身体を後ろに突き飛ばす。声を上げる暇も無く、クロノ達は全員黒い穴に飲み込まれてしまった。
「…………さっきの針もお前の仕業だよな、鈴」
「…………交わす言葉は、持ち合わせていない」
「おぉ怖い怖い、殺しから逃げ出したお前が何の用だ?」
「琴葉でも才のある方だったお前が、恵まれた固有技能を持っていたお前が、出来損ないの極みみたいな行動を取り続けて……身内を失望させ続けたお前が……今更どの面を下げて帰ってきたんだ?」
「…………ヨノハテは、彼岸だけの罪じゃない」
「…………今、あそこが壊れて四任橋が責任を問われているのなら……目を背けるわけにはいかない」
「…………特に、大嫌いなお前達がそのせいで困った事になるなら、心の底からざまぁみろだ」
「お前だって吐きながら何人か殺してる癖に、ヨノハテにはお前が殺した奴もいるんだぜ?」
「今日までずっとお前に殺される瞬間を繰り返して、呪いをグツグツ煮えたぎらせてた子がいるんだぜ? ざまぁみろなんてよく言えるよなぁ」
「…………だから、帰ってきた」
「…………ここでお前を、琴葉を縛って罪と向き合わせるのが…………逃げた私の出来る罰」
「…………私と共に、罪に焼かれろ」
「そういう正義面出来る境遇かっての、逃げた先でも結局負けた負け犬のくせにさ」
「お前に誰かを裁く権利があるわけないだろ、昔から綺麗ごとばかり……いい加減その口閉じろよ出来損ない」
「お前が縛ったから死んだ命がある事実、そこから逃げたお前は一生日陰者だよ」
「…………だから逃げずに、今ここでお前達との縁を確実に断つ」
「切れねぇよ、お前には人殺しの血が流れてんだ」
「僕と同じ、琴葉の血がさ……一生逃げられねぇんだよっ!!」
残された二つの影が、激突する。
「おわあああああっ!?」
説明もなく戦いの場から離脱させられたクロノ達、彼等は全員同じ場所に転移させられていた。顔を上げると、見慣れぬ屋敷の玄関が目に入る。
「おっきなお屋敷だね、嫉妬しちゃうよ」
「いいから退いてくれ……切り札が下敷きだぞ……」
「セツナちゃん能力効かないのに今みたいな移動系は使えるんだねぇ」
ミライがレヴィの下敷きになっているセツナを引っ張り出している。セツナは能力が効かなかったり効いたりで法則がよく分からない。
「ホロビさんの影響の呪いも効いてたしな、なんなんだろうなセツナの力は」
「考えても無駄だよ、セツナだもん」
「お前は私を何だと思ってるんだ!」
「漫才は後にしろ、ここは何処で今どういう状況だ」
「ここは……彼岸家の真ん前だ」
「全員能力で彼岸家の前に飛ばされたんだな」
「多分今の力は俺の知ってる人の能力だ、討魔紅蓮にいた鈴って人のだ」
「今は魁人の仲間の筈だから……魁人が流魔水渦の手伝いをしている以上俺達の仲間で良い筈だぞ」
「暴食の森で一緒に戦ってくれた人だな!」
「うん、琴葉家の人らしい」
「鈴……琴葉でも恵まれた才能を持って生まれた子だ」
「ホロビの弟は知ってるのか?」
「鈴ちゃんなら私も知ってますよ、優しい子でしたから」
「染まる前にここから居なくなった子……逃げたのか、捨てられたのか……そこまでは私は聞いてないけど」
「琴葉は、波の奴は追い出したって言ってたけどな」
「四任橋の家々は子に殺しの術を叩き込む、そうして子は染まり狂うか、拒み消されるか、捨てられるかだ」
忌々しげに語る沙華だが、それが普通として続いていたのだろう。この場所は、歪みを肥大化させて今日まで続いて来たのだ。
「殺しが日常化した家ね、吐き気がするなァ」
「まァ、ボク等の時代とそう大差はねェか……いつの世も汚れ仕事を押し付けられる奴等はいるもんだしなァ」
「今は思い出にふける時じゃない、やるべき事をさっさと済ませて状況を解決するんだ」
「そうだな、呪いはセツナにしかどうにも出来ないし、モタモタしてると取り返しが付かなくなりそうだ」
「レヴィちゃんとミライさんはセツナを援護してもらえるかな、強制系のチート能力二人なら大抵どうにか出来そうだ」
「任せて! 愛し愛され万事解決しちゃうから!」
「なんでミライがさん付けでレヴィがちゃん付けなのさ、レヴィの方が大人だよ」
「これって私が呪いをどうにか出来ないとどうなるんだ?」
「詰むんじゃないかな」
「嘘だろ……」
「嘘だよ、その時はなんとかするから見せ場を奪われたくないなら頑張れ」
「俺達はホロビさん達を守りながら他の家をなんとかしよう」
「四任橋の奴等は呪いをどうにかしようとホロビさんを狙って来る、ホロビさん一人じゃ止められないって彼岸家の奴等は分かってるから追加の器として弟くんも狙って来る」
「そして呪いの矛先、呪いの集合体が最優先で狙って来るのは四任橋の奴等だ」
「つまりここに居れば全ての家がここを狙って集まってくるし、呪いの集合体も最終的にここを狙って来るわけだ、ここは欲の集合地点だな」
「そう、だから俺達はここで防衛ラインを引こう」
「セツナ達は向かって来る呪いを断つ、呪いが晴れれば現状を焦って解決しようとしてる奴等も落ち着いてくれるだろう」
「落ち着いても話が通じないなら、その時は最後まで力尽くだ……けどまだ話して止まってくれる可能性は残ってる」
「だから、出来るだけ命は取りたくない、勿論呪いの犠牲にもしたくない」
「漁夫の利を狙って彼岸家を消そうとしてる奴等だぞ? そんな奴等ですら呪いで死なせたくないって?」
「甘いとは思うけど、どっちかって言うと俺が助けたいのは被害者の方だ」
「自業自得なところもある四任橋の奴等は、ついでだよ」
「苦しんで苦しんで、悪霊極まった被害者達にこれ以上暗い記憶を増やしたくないだけだ」
「復讐は何も生まないなんて綺麗ごとの極みだぞ、少なくても気は晴れるからな」
「外道を殺して地獄行きなんてあんまりだろうが」
「綺麗ごとなら極めていくよ、どうせ救うなら俺は背負う罪を減らしたい」
「後ろより、前を向いて欲しいんだ」
「綺麗ごとでは救えないモノもあるんだよ」
「…………まぁいい、こんな議論に意味はない……少なくても今はな」
空が蠢き、得体の知れない気配が一点に集まっている。呪いが圧縮され、気味の悪い何かが顕現しようとしている。
「頼んだぜセツナ、ハッピーエンドはお前次第だ」
「ふふふ、普段なら荷が重いと言うところだが……任せておけクロノ」
「私はな、強がりを覚えたんだ」
「無い胸張るくらいならもうちょっとマシな虚勢考えておいてよ、嫉妬も出来やしない」
「愛と正義は勝つってところを見せたげよう!!」
殺しの家々がそれぞれの思惑を巡らせる中、呪いは確実に迫ってくる。果たしてセツナは呪いを断てるのか、そもそも無事に呪いの元へ辿り着けるのか。ジパングの命運は強がりの切り札に託されてしまった。




