第七百七十一話 『滅びを超えて』
「貴様等……」
「下衆な顔してたから蹴っちまったけどさ、これで敵じゃなかったら失礼極まるよな……」
「気にするなクロノ! 私達は部外者だ! 今更だから何も問題ないぞ!」
問題しかない気がするが、既に色々動き始めている以上黙っている方が不都合だ。ヨノハテから解放された呪いのせいで空は不気味な色に染まっているし、さっきから周囲が敵意で埋め尽くされている。事態が悪い方向に傾いている以上、やる気になっているセツナの勢いを落としたくはない。
「しゃーないか……俺も人の事言えない感じでここまで来てるしな……」
(それは本当にそうだね)
(無茶ばかりしてきたしな)
「思うままに無茶しろよ、尻拭いは任せとけ」
「どりゃーーー!」
こちらを警戒しつつ、数人の男達がこちらを囲んでくる。クロノはそちらに向き合い、セツナは背中をクロノに任せホロビに剣の背を叩き込む。真っ黒になっていたホロビが、その一撃で正気を取り戻した。
(……馬鹿な、器から呪いが抜けた……?)
「うぅ……切り札さん……?」
「そうだ切り札だ! 助けに来たぞ!」
「チィ……どいつもこいつも好き勝手に……」
「ホロビの弟!! 何をすればお前達を助けられるんだ!」
「……! 沙華! 良かった無事で……いや無事じゃない、また家の屑共が……でも大丈夫、この人達と一緒にお前を助けてあげるから!」
詰め寄ってくる姉と部外者、そのどちらも助けるだの救うだの綺麗ごとを吐き散らかす。既に呪いは周囲を染め上げているし、他の家はこの機に乗じて漁夫の利を狙っている。どん底の状況でも、人の事ばかりだ。
「いい加減にしろよ姉さん、自分を殺した相手をいつまで弟扱いする気だ」
「内も外も腐り切ってる世界で、なんで甘い事しか言わないんだよ、死んでも馬鹿は治らないのか」
「お前が全部呪ってしまえば、当主である僕ごと全部呪ってしまえば、少なくてもお前だけは気が晴れたんじゃないのかよ!!」
「弟を呪って気が晴れる姉がどこにいるのさっ!!」
「腐り切った世界で生まれたくせに! ぬるい事言ってんじゃねぇよ!!」
「殺しで埋め尽くされた生だった! せめて一つくらい、汚れた方法でも拾い上げたかった! 魂だけでも自由にしたかった! 呪いを経由しても、ここが消えれば姉さんは自由だ! 全てを呪って未練を晴らせば、魂だけでもここを出ていける!」
「どうせそんな事だろうと思ってた、今まで私達の家が苦しめてきた犠牲者の魂、何より大切な弟を放って一人自由になれって言うならそれは救いじゃなくて拷問だよ」
「他人に構ってここから抜け出せるわけねぇだろうが!」
「昔から理想ばかり、夢ばかり! だから嫌なんだ、死んで尚何も変わってない!」
「終わらせようと思えば全部終わらせられるのに、甘えばかりで引き延ばして、いつまで僕に姉さんを器として使わせる気だ!? 姉さんを呪いの道具として、ずっと殺しを続けてる! これが地獄じゃなくてなんだよっ!!」
「っ!」
「いつまで経っても子供のように……これが我等の当主とは嘆かわしい」
姉弟の話に割って入ってきたのは、仮面で顔を隠した男だった。恐らく彼岸家でも上の立場の者だろう。
「殺しで心揺れ動くのは幼子で卒業すべきだろうに」
「人間を辞める気にはなれなかったんでね」
「幼少期から殺しの洗脳を受け続けた僕達……理性を保った僕等は逆に賢いのでは?」
「他の家の同期を見習ってほしいものだ、受け入れ順応した天才達をな」
「あれも犠牲者だろう、次の世代の可能性を塗り潰す貴様等異常者にはわからないか」
「殺しの、誰かの犠牲の上に城を築いたお前達にはわからないか」
「世に順応した結果だ、暗黙の中殺し屋は世界に望まれ大きくなった」
「誰かが望んだから今がある、我等の繁栄はある種の答えだ」
「結果で答えを語るのなら……この溢れ暴走した呪いもまた結果の一つだろう」
「狭まった視野のまま、目の前の成果だけに固執し、手段を選ばず非道な手段で力を育てた……その結果の破滅だ」
「お前達が積み上げた、破滅の未来だ! 大人しく受け入れ滅べ、殺し屋の教示も、四任橋の地位も、自業自得の果てに潰えろ!」
「仮にも当主が破滅を受け入れるとは……お飾りとはいえ出来損ないも極まったな」
「姉共々器となるがいい、彼岸家は呪いを手中にこれからも最強であり続ける」
「貴様等姉弟を器とし、ヨノハテはこれからも呪いを廻し続けるのだ」
男の前に黒い人型が現れ、沙華の身体が黒い靄に覆われる。男が懐から釘を取り出し、黒い人型に突き刺した。
「ッ!!」
(呪術……今の身体で抵抗は……)
「生まれながらの道具が逆らうな! お前達は彼岸家の土台でしか……!」
「もう良いか?」
「げふんっ!!?」
右手で金槌を構え、大きく振りかぶった男を横からクロノが蹴り飛ばす。見れば周りの男達は全員倒されていた。
「クロノ! 流石居ると頼りになるな!」
「毎回遅れてきてるみたいな言い方やめい! 寝込んでたのは悪かったよ!」
「いや結構前から後ろに居たんだけど放っておいたらなんか色々喋ってくれたからさ……今の話からするに、弟くんは彼岸家とか四任橋に未練とかないんだな?」
「結局ホロビさんも弟くんも、お互い以外は割とどうでもいいと」
「……僕達も無実じゃない、殺しの上に在る以上罪を償うべき存在だ」
「姉さんだけは、救いたかった……それ以外はどうなってもいい、この身と共に滅ぶべきだ」
「それは姉の役目だよ、どうせもう死んでるし」
「全て抱えて消えるから、沙華は生きて」
「姉の台詞じゃない、後悔と喪失感を抱えて生きていたくはない」
「それに僕は当主だ、家の責任は僕が払うべきだ」
「馬鹿が姉を殺させて無理やり継がせた責任なんか投げ捨てなよ、弟の未来くらい姉に切り開かせろっての」
「いつもいつもそうやって……最後くらい自分の事を考えろ!」
「考えてるから一番自分の為になる事言ってんの!!」
「えっとさ……二人の気持ちは分かるけど……犠牲の上に何かを語るのはやめないか?」
「犠牲だとか、死だとか、呪いだとか、そういうモノの上に成り立った未来は好ましくないんだろ?」
「……当たり前だ」
「吐き気がする」
「だったら自分の犠牲の上に、大切な人の道を築くのは虚しいよ」
「罪や責任を語るなら、お前達は尚更生きないと」
「……私はもう死んでるんだけどね」
「幽霊でも自我があるなら幾らでも居場所はあるさ、罪を償う意味でも都合がいい場所がね」
「だから姉弟喧嘩は後にして、今は俺達の手を取ってくれ」
「そうだぞ! 都合なんて幾らでも飾り付けてやる!」
「ご都合主義でも甘い未来でも、幾らだって願って良いんだ! 私は切り札で、クロノは切り札より凄いから!」
「どん底から引き上げるから、一番いい終わりにするからっ!!」
クロノとセツナは同時に手を差し出すが、ホロビと沙華は戸惑い固まってしまう。
「ヨノハテは壊れた、今日まで巡り濃くなった呪いは解き放たれ暴走状態だ……どうする事も……」
「私がなんとかする!!」
「彼岸家のほつれを狙って他の家も動いてます……漁夫の利を狙う者が大半で周りは敵だらけですよ」
「呪い全てを抱えて、私が全部道連れにするつもりだったんです……その全てを押し付ける事に……」
「押し付ければいいよ」
「俺達は諦めが悪いから、ハッピーエンドを諦めない」
まだ戸惑う二人の手を、強引に取った。ホロビ達が口を開く前に、地面を転がっていた仮面の男が声を上げる。
「馬鹿な奴等だ……理想だけを並べ立てて現実を見ていない……」
「クロノに蹴られてまだ喋れるのか……さっきまでの奴等と同じく呪いの力で強化されてるのか……?」
「いやそれが戦ってる最中はそれっぽかったんだけどさ、急に全員弱化して脆くなったんだ」
「さっきまでは気絶しても起き上がってきたんだけど、糸が切れたように動かなくなって……だからすぐ薙ぎ倒してあの仮面のおっさんの後ろに陣取れたんだけど……」
「……解放された呪いの力が、一点に集束しつつあるんだ」
「僕達彼岸家はヨノハテで育った呪いの力を手元に集め行使する、姉さんを、器を経由すれば力の精度は上がる」
「今ヨノハテは壊れ、呪いが好き勝手舞っている状態だから彼岸家の者は力が行使しにくい状態なんだが、呪いが一点に集まり始めてる」
「手元に集める事すら困難になって、そもそも呪いを使えなくなっているんだ」
「呪いが集まってる?」
「そもそもヨノハテで育った呪いは、四任橋の犠牲者達の怨念だ」
「解き放たれた犠牲者達の想いはやがて一つに還り、恨みを晴らそうと動き出す」
「僕等への復讐、それだけが彼等の望みだろうからな」
「極大化した呪いの集合体、それが一つの塊となって顕現する……四任橋を滅ぼす為に」
「それを止める術は、器である姉さんを使う事なんだろうが……恐らくもう姉さんでも止められない」
そう語る沙華は遠くの空を見つめていた、黒く染まった空が渦巻き、どす黒い力が一点に集まっている。間違いなく、何かが空に出現していた。
「あれはもう姉さんでも受け止められない、四任橋を滅ぼしても止まることはない」
「呪いの集合体は憎悪を撒き散らし、世界を滅ぼすだろう」
「もっとも他の家は理屈で止まることはない、無駄だと言っても一縷の望みに賭けて姉さんを狙って来る」
「今日まで他者を利用して生きてきたんだ、奴等もまた自分達の為に足掻くことはやめないだろう」
「自業自得の果てに待つ滅びを受け入れず、醜く足掻くんだ」
「じゃあ他の家の奴等をボコりつつ、あの呪いの集合体を止めないとね」
「セツナは呪いね、俺とマルス達でホロビさん達守りながら他の家の人達ぶっ飛ばすから」
「一番危険そうなところに投げ込むな!?」
「仕方ないだろお前しかあれどうにか出来そうにないし……」
「一番の見せ場なんだから喜ぶべきだぞ、切り札さんよ」
「クロノは毎回私の扱いが雑だぞ」
「信じてるんだよ、頑張ろうぜ」
セツナの頭を撫で繰り回すクロノだったが、その表情に焦りはない。この状況で、何一つ不安を抱えていない。
「なに考えてる……まだどうにかなると思ってるのか?」
「解き放たれた呪いは、絶対に僕等を逃がしはしない……この先に待つのは……!」
「お祭りだな」
「!?」
「俺達桃源郷のお祭り目当てでジパングに来たんだよ」
「だから呪い云々に構ってる暇はないし、四任橋だの殺し屋だのこれ以上はダメだ、これ以上ウダウダしてるとまた俺のお休みプランに文句付けられちゃう」
「だから解決して、お祭りエンドでフィナーレだっ!!」
「賛成だ! 呪われたままお祭りなんて縁起も悪いからな!」
「全部まるっと片付けて! みんなで笑ってお祭りだっ!!」
滅びを飛び越え、その先の希望まで。先がある事を疑わない、その想いが未来を切り開くんだ。




