第七百七十話 『集う衝動』
「あれ、監獄塔であったちびっ子だよ」
「…………秒でバレてる」
謎ポーズを決め勢いでごり押ししようとしているルインだが、場の空気は冷え冷えだ。シャルロッテはルインを盾に後ろに隠れているが、身体が発光しているのですぐにバレる。ついでにレヴィ達には顔も前に出会った時に覚えられているので無駄な足掻きに終わってしまった。
「…………討魔紅蓮の……」
当然クロノにもバレているのだが、討魔紅蓮の一件時シャルロッテは文字通り人形のような状態だった。感情は薄く、能力で破壊をもたらす兵器のような存在。それが今アホの象徴みたいな悪魔と共にお揃いのお粗末な仮面を装備し目の前に現れたのだ、困惑を誘う舞台装置としては満点も狙えそうである。
(…………死んでしまいたい)
「俺の名前は、デビルヒー……」
「もういいよ、いっそシャルがぶっ殺してやろうかヒーロー」
「おぐあ!」
苛立ちからシャルはルインの背を蹴り飛ばす。腰を押さえながら立ち上がったルインが傍に駆け寄り、顔を寄せてきた。
(おいどうなってるんだシャル! 何一つ上手くいってないじゃないか!)
(どうしてシャルが悪いみたいに言ってんの、最初から何一つ上手くいくわけないって言ったよ、シャルは止めたよ)
(お前と鈴の案だったろうが!!)
(冗談で漏らしたアホな案を拾ったのはルインで、シャルと鈴は止めてた側なんだよ)
時は魁人からの情報を鈴が受け取った辺りに遡る。鈴の力でジパングへ飛ぶのはいいが、問題は如何にしてクロノに悟られず力になるかだ。
「正直俺の顔を見るだけで彼を傷つける事になりかねない、陰からひっそり助けなければ」
「…………今四任橋は統一が取れていない、どの家も好き勝手動いているのなら、それもパニック状態ならひそめる陰なんて存在しないと思う」
「…………何より四任橋は殺しのプロだ、誰かが潜む隙なんて生まないし、敵意にもすぐ気づく、戦いになれば姿を晒すリスクは増すし、お前の望みは理想論と言わざるを得ないぞ」
「正論で殴るのはやめないか!」
「顔隠せばいいんじゃないの、メランみたいにさ」
「…………よりにもよって隠密と一番縁遠い奴の名が出たな……」
「どちら様?」
「元同僚だよ」
「…………私は不本意だが今も同僚だ、とある事情で顔を出せないからいつも全身鎧姿の暑苦しい自称ヒーローだ」
「…………なるほど、ヒーロー……」
「…………ハッ! 空っぽの胸に蘇る薄っすらとした記憶の奔流……正体を隠した謎のヒーロー……! これだ!」
「絶対に良くない流れだよ、悪い事は言わないから考え直してルイン」
「まさか悪魔がヒーローを名乗るとは思わないだろう! そしてクロノ少年はヒーローが好きだ、これは絶対間違いない!」
「どこから来るのさその自信、ルインがヒーローを名乗っても嫌われてるのは変わんないよ」
『でも確かに我が息子はそういうのに目を輝かせる子供らしさは持ち合わせてるねー』
「思い出したかのように思い出を振り返らないでよただ乗り幽霊、今は何の役にも立たないよその情報!」
「こんな時の為に用意しておいた変装用の仮面が光るぜ!」
「光ってるのはシャルの身体なんだよ、そしてそのクソクオリティで誰を騙せるってのさ」
「行くぞ鈴、お前の故郷で俺はヒーローになる!」
「…………私は知り合いもいるから別行動させてもらう、そっちは精々悪目立ちして引き付けてくれ」
「鈴が早くも止めるのを諦めている……?」
「っていうか何その手は、まさかその仮面をシャルにも付けるつもりなの? 今近づくと灰にするんだよ」
「ここはコンビヒーローで隠蔽率を二倍にする作戦だ……」
「お前さては勢いで押し切るつもりだな? ヤケクソになっても何も変わらないんだよ」
「待って、聞いて、もっといい作戦がきっと見つかるから、馬鹿近づくなアホ変態正義に汚染された異常者やめ……」
こうして生まれてしまったデビルヒーロー(お粗末)だったが、参戦から一秒足らずで正体は暴かれてしまった。
(非常に不味い……クロノの表情が困惑比率高めになっている……泣かれるよりマシだがあれじゃ敵意の籠った目で睨まれた方がまだやりやすい)
(自業自得って言葉知ってる? 敵役すらまともに勤められないアホ馬鹿悪魔)
(言うな! 今の俺は立ち塞がる壁ではない……陰ながら助けになるデビルヒーロー……)
「随分早い再会だけど、甘えとか無しでぶっ飛ばすって言ったし、そっちも殺す気で来いって、言ったよな……?」
(あ か ん)
「何の話をしているのかね少年、私は通りすがりのヒーローであって君達の困ったオーラを感じ取りここに……」
「ふざけてんじゃねぇぞクソ悪魔」
(そういうところが……余計に似てるんだ……!!)
(今にも殴り掛かってきそうで……ん?)
周囲を囲まれている、先ほど蹴り飛ばした者達が起き上がってきたのだ。それに様子もおかしい、明らかに意識がない。
「クロノ! アホやってる場合じゃないぞ!」
「手強い相手じゃないが、数も多いしキリがないな」
「ルイン、そろそろシリアスの邪魔するのやめようよ」
「だから邪魔しに来たんじゃねぇんだよ!」
「えぇいクロノ少年! 今は馬鹿な事を言っている場合じゃないだろ!」
「!?」
アホの極みみたいな悪魔に叱られ、ブチギレ寸前だったクロノも怯んでしまう。ここを逃せばチャンスは無いと悟ったルインはここぞとばかりに責め立てる。
「今の君にはすべきことがあるのだろう、果たすべき何かがあるのだろう」
「ならここで足を止めている場合か!? 突然現れた正義の味方すら利用するべきではないのか!?」
(どうしてルインはこんなアホな恰好なのに押し切れるって思ってんだろ)
ちなみにシャルロッテはもう諦めて仮面もマントも脱ぎ捨てている。
「何が正義の味方だ、悪魔が何言って……」
「君のパーティーメンバーだって悪魔だらけですけどーーーーっ!?」
「ぐっ」
「痛ェとこ突かれたなァ」
「グダグダ言ってないでほらいけすぐいけ誰かを救え!!」
「デビルヒーローは誰かの為に頑張る皆様を応援しています! とっとと行ってしまえっ!!」
「って言ってるけどー……一応悪意とか感じないけど?」
「って言うか早くこの場を立ち去るべきだよ、少なくてもそれであの発光ちびっ子は救われるよ」
「心遣いどうも……」
「ぐぬぬ……」
「クロノ大丈夫だ! 私を信じろあのアホは多分大丈夫なアホだ!」
「今はホロビだ! 進め前進全速力だ!!」
「ぐぬぬぬ…………おい、デビルヒーロー」
「何かな!?」
「俺の先に居るって、約束したんだ」
「約束破るなよ」
「…………何のことかは、分からないが……」
「ヒーローは困ってる奴を見捨てない、絶対にな」
クロノはルインの脇を通り抜け、前方に加速した。ふらふらと四任橋の下っ端達がクロノ達の方を向こうとするが、シャルロッテの全身から溢れ出した魔力が腕のような形に纏まり、集団を薙ぎ払う。
「どうぞ通ると良いよ」
「事情は知らんが、感謝する」
マルス達はシャルロッテが作った道を駆け抜け、すぐにその姿は見えなくなった。
「さっきから無言を貫いてるただ乗り幽霊なんだけどさ、ルインとクロノのやり取りを満足そうに眺めてるよ」
「憑依されてるシャルにはまるわかりなんだよね、当人達は複雑そうなのにさ」
「まぁその辺は後で話を聞かせて貰うさ、やばかったがどうにか作戦は成功した」
「大失敗だよ馬鹿野郎、早くそのふざけた仮面を外すんだよ」
「ふふ、確かにもう正体を隠す必要はないな」
「俺の名前はルイン……何もかも失い胸を張って名乗れる名前じゃないが……ロート・ルインだ」
「邪魔者で失礼だが、首を突っ込ませてもらう…………あいつの後は追わせねぇ」
仮面とマントを脱ぎ去り、ルインは立ち上がってきた下っ端集団に剣を向ける。シャルロッテの一撃を喰らってノータイムで起き上がってきた以上、間違いなく普通じゃない。
「別れる前に鈴が言ってた、こいつらは呪いを使う彼岸家の奴等だって」
「外法のそれだから、気を付けろってさ」
「鈴も因縁ありしみたいな事言ってたよな? 詳しく話してくれなかったけど水臭いぜ」
「ヒーローは、当然困ってる仲間も見捨てないんだけどな」
「この期に及んでどんだけ抱え込むのさ、やっぱ異常者だよ」
「生き生きしてて、本当に変だね」
「そういう割に、始めて会った時よりシャルロッテも楽しそうだぜ」
「案外、俺に似てきたか?」
「今まで生きてきて一番絶望したかも」
「失礼じゃないか!?」
戦闘音が響く中、ホロビを背負って走り続けていた男が足を止めた。ツェンの分身から猛攻を受け、呪いの力でその全てを跳ね返していた男だったが、その力の反動で血を吐き出していた。
(’規格外の力……ふざけるなよ、予想を大きく超えて……クソ……)
(姉さんから……器から力を引き出すのが間に合わなかった……呪力を身体に……反動で意識が……)
膝をつき、男は崩れ落ちる。背中から転がり落ちたホロビは、苦しそうにもがいている。
「…………姉さん…………」
「違うだろ、もう、良いだろ……! お前が守るべき者は、恨むべき者は……」
姉に手を伸ばす弟、それを見た姉は恨みに染まった身体でも反射的に手を伸ばした。しかし、その手が触れる前に複数の人影が二人の前に現れる。
「事態は最悪だ、この期に及んで何を遊んでいる」
「…………来るのが遅い上に、最初に言う事がそれか」
「これでも当主なんだけどな、本当に我が家は腐ってやがる」
「本当に、恨めしいよ」
「お涙頂戴の低俗物語に付き合ってる暇はない、他の家も動き出し、ヨノハテの呪いも暴れ狂っている」
「人柱が一つでは、足りない時代になったんだよ…………わかるだろう?」
「理解は当の昔にしてんだよ、拒絶が意味を成さない事もな」
「順調に呪いは、恨みは育っていってるよ…………テメェ等忘れるなよ、このどす黒いものは消えやしないぞ」
「馬鹿を言う」
「呪いが消えないからこそ、彼岸家は不滅なんだ」
下衆な笑みを浮かべる男の手が伸びてくる。今日まで何度も諦めてきた、今も諦め、目を閉じようとした。そんな弟の手を、呪いに侵された姉が掴む。
「え……」
「……マ…………ダ…………」
終わってない、確かに頭の中に声がした。あの日自分が殺した姉の声が、確かに聞こえた。次の瞬間、風を切り裂き木々の間からクロノが飛び出してくる。手を伸ばして来ていた男の顔面を蹴り飛ばし、後方で待機していた集団を風で吹き飛ばす。
「追い付いた! ホロビさんもいる、お前だなホロビさん連れてった奴は!」
「こいつはホロビの弟だ! よくやったクロノ追い付いた……ってうわあああ」
背中に張り付いていたセツナが勢いに負け、クロノの背中から飛んでいった。木に叩きつけられ背中を押さえもがいていたが、割とすぐに復帰しこっちに駆け寄ってきた。
「もう大丈夫だぞ、この切り札に任せておけ!」
「なに、を……」
「何を? 知らん、事情なんて半分も理解していない!」
「でも、何でも任せろ! なんとかしてやるから!!」
理由なんて、切り札だからで十分だ。




