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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第十章 『約束の桜』
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第七十七話 『もう来ない明日』

 目の前に現れた木精種ドリアードの少女、その表情は警戒の色が強い。クロノは出来るだけ柔らかく言葉を発する。



「えっと、俺はクロノって言います」


「あなたの敵じゃ、ありません」




「……そう、ですか」

「まぁ、ならどうでもいいです」



 背を向け、木の中に戻ろうとする少女。まだ何も聞けていないので、クロノはそれを制した。



「待ってください! 聞きたい事があるんです!」




「? 魔物の私にですか?」




「何で、この桜は咲かなくなったんですか?」

「……本当に、あなたが原因なんですか」




「……それを知ってどうするです?」

「仮に私が原因なら、刈るですか?」




「あなたが原因でも、理由を聞かずに襲ったりしません」

「話を聞きたいだけです」




 その言葉に目を細める少女、しばらく考え込んでいたが、ゆっくりとクロノに向き直る。



「私はセラス、見ての通り木精種ドリアードです」

木精種ドリアードはその名の通り、木を守護する精霊です」


「宿りし木とその生涯を共にし、見守り続ける……」

「私が花を咲かなくするなど、有り得ない事です」





「じゃあ、やっぱり……」





「けれども、それは普通だったらの話です」




 セラスは木を見上げ、そっと幹に手を添える。



「今現在で言えば、確かにこの木の時間を止めているのは私です」


「あの日から、この木を抑えつけているのは、私です」




「……何で、そんなこと?」




「……5年前、私は人間に襲われたです」

「木に巣食う魔物、村の名物の桜に寄生した魔物と言われました」



「あの村が出来る前から、私はこの木と共にあったんですけどね、酷い言いがかりです」

「結果、私は致命傷を負いました、この胸の傷がそうです」



「この木の死は私の死と同義、同じ様に、私が死ねばこの木も死んでしまう」

「だから、木の成長を抑えつけ、力の消費を極限まで抑えて……命を先延ばしにしてるんです」



「私は、死ぬわけにはいかないんです」

「あの日の約束を、まだ果たしていないから……」




 そう語るセラスの目は、少し潤んでいるようだった。




「……約束、って?」




「5年前、姿を隠しきれなくてですね、一人の男の子に見つかっちゃったです」

「慌てて人間化して、誤魔化したんですけどね」



「その子、それから毎日来るようになったんです」

「花が咲くのを、楽しみにしてたです」



「……もう、力は残り少ないですけど……」

「あの子に、見せてあげたい、満開の桜……」



「約束したです、明日この場所でって……明日、きっと咲くからって……」

「けど、その子は来なかった、代わりに別の人間が来て、私は襲われた……」



「……けど……きっとあの子は来るから……それまで死ぬわけにはいかないです……!」

「約束、したから……」




 辛そうな顔で、搾り出すような声で、セラスはそう言った。もうダメだ、そんな事を言われて、放っておける訳がない。




「その子の名前、覚えてる?」




「え?」




「俺が探してくる、会いたいんだろ?」




「…………」




 言葉は無かった、ただ一度、頷いた。




「その子の名前は?」




「……ゲート・アルグレイ……」




 村で最初に会った、あの勇者だ。



「待ってて、必ず会わせてやる」




「……どうして……」




「俺も桜、見たいからさ」

「それと、助けたいって思ったから」



 それだけ言って、クロノは村へと走って行った。



















 何人かの村人に話を聞き、ゲートの家を見つける事が出来た。数回ノックすると、先ほど出会った勇者が顔を出した。




「……君は、さっきの旅人君だね?」




「すいません、不躾なのは承知していますが、少しお話をさせて欲しいんです」




 クロノの真剣な表情に何かを察したのか、ゲートは黙って中に入れてくれた。



「……話って、何かな」




「単刀直入に聞きますけど、木精種ドリアードの子と約束、しましたか?」



 その言葉に、ゲートは飲み物を入れたコップを落とした。



「……何でそんな事?」




「あの子は、まだ待ってるんですよ」



 割れたコップを拾うゲート、表情は見えないが、その肩は震えていた。



「俺は部外者ですし、何も知らない」

「だから、何も言う権利は無いです」



「だけど、聞いちゃったから、放っておけないんです」

「……何があったかだけでも、聞かせてくれませんか」



 顔を上げたゲート、その表情は暗い。



「……会った、のか」



「はい」



「まだ、待っていてくれてるのか」



「はい」



「…………っ!」



 拳を握り締め、俯くゲート。



「ダメなんだよ、俺には資格がない……」

「俺は約束を破った、それも……自分勝手にだ……」


「今更、会えるはず……無いんだ……」





「……聞かせてくれませんか? 何があったのか」





「…………さっきあったばかりの君に、話すのもおかしな話だけどね……」

「5年と数ヶ月位前の話だ、勇者となり、俺がこの村に始めてきた日のことだ」



「当時18だった俺は、村の名物の桜を見に行った」

「そこで、あいつに出会ったんだ……」






















「ふぅ、結構急な坂道だったな……」



 坂道を駆け上がり、一息つくゲート。顔を上げると、期待していた物とは違う物が映った。



「なんだ、咲いてないじゃんか」

「結構期待してたんだけどなぁ……しかしでかいなこの木……」



 大きな桜の木を見上げるゲート、これから自分が暮らす村の名物に相応しいと勝手に思う。




「……ん?」




 木を見上げていて気が付くのに遅れたが、木の根元でワタワタとしている人影を見つけた。その人影が木の幹にぶつかり、尻餅をついた。



「? 大丈夫ですかー?」




「うっ…………だ、大丈夫ですよー?」



 近づいて声をかけると、肩をビクッと震わせて返事をしてきた。桃色の髪を揺らして振り向いた少女は、見惚れてしまうほど可愛い顔をしていた。



「どうしたんですか? なんか慌ててますけど」



「い、いや、そんな事はまったく無いですよ」

「あああああなたさんこそ、こんな場所まで何用でででです?」



 そんな事ないようには全然見えないが、気にしないようにする。



「今日からこの村でお世話になることになった勇者なんですけどね、村の名物の桜を見に来たんですよ」

「咲いてないのが残念ですけど」




「あーそうなんですかーそれは残念でしたー」



 なぜか棒読みだ。



「いつ頃、咲いてるのが見れますかねぇ」



「後1ヶ月と23日です」



「え、分かるんですか?」



「そりゃ自分の事ですし」



「へ?」



「あ、いや、えと、その……自分の事のように知り尽くしてますからね! この桜の事は!」



 一瞬顔を青くしてた気がするが、少女は自信満々に胸を張っていた。



「へぇ、凄いですね」

「桜、好きなんですか?」



「そりゃ好きですからこの木に決めたわけですし」



「え、何をです?」



「あーえーうー…………む、村の名物に、です」



「? あなたが決めたんですか?」



「む、村の皆が、いつからかそう呼ぶようになったんです!」

「誰が決めたとかはないです!」



「よく知ってるんですねぇ、流石地元の人だ」



「まぁ、1300年くらいはこの木と一緒ですしね」



「1300年?」



「!? ジョークですよ? 笑うところです!」



 ワタワタと手を振り回す少女、何故かは分からないが、この少女に惹かれるようになった。その日から、毎日桜の木を見に行くようになった。



 桜の木の根元に、彼女は居た。毎日毎日、必ずそこに居たのだ。



「セラスさーん、こんにちわー」



「また来たですか? 咲くまでまだ3週間あるですよ」



「あはは、セラスさんに会いに来たんですけどね」



「え……」



「なんて、迷惑ですかね」



「……嬉しい、ですよ?」



 お互い、そんな事を言いながら笑う、それだけで幸せだった。



「セラスさんはいつもここに居ますよね?」



「この木は、私にとって一番大事な物ですから」

「いつまでも、見守っていたいんです」



「本当に桜が好きなんですねぇ」



「この木も好きですけど、この木の花を見て、多くの人が喜んでくれる」

「それを見るのが、何より嬉しいです」



 そう言って微笑む少女、その笑顔は桜の花より美しいと断言できた。



「ゲートは、桜見れたら嬉しいですか?」



「うーん、そりゃ嬉しいと思います」

「早く見てみたいなぁ、楽しみですよ」



「……そっか……」

「頑張って、咲かせます♪」



 そう笑う少女が、とても愛おしかった。はっきり言えば、初めてあった時から一目惚れだったのかも知れない。だからこそ、毎日通っていたのかも知れない。









 桜が咲くまで一週間を切ったある日、村に数人の男達が訪ねてきた。男達を引き連れているのは、自分より小さな少年だ。勇者であるゲートが、その少年の話を聞くことになった。




「……退治屋の方々が、この村に何の用ですか」




「刺々しいなぁ、魔物の気配がしたから来たに決まってんじゃん?」

「仮にも勇者が居る村に魔物が居たとなれば、笑い話だよ?」




「……この村は平和です、魔物なんて……」




「甘ーい! 激甘だねぇ君!」

「平和のすぐ裏側、そこが一番危ないんじゃないかー?」




「言ってる事は分かりますが、この村は俺が守ります」

「魔物が本当に居たとしても、俺が……」




「ド素人がでかい口叩いてんじゃねーよ」

「魔物と実際に戦った事もねぇ、量産型勇者に何ができるって?」



 その言葉に何か言い返したかったが、確かにゲートは魔物との戦闘経験は無い。



「俺達に任せとけば、魔物は見つけるし、きっちり退治してやるよ」

「条件は金、それと邪魔さえしなきゃいい」



「簡単だろ?」



 そう言って、少年達は村から出て行った。悔しかったが、ゲートは何も言えなかった。









 その日、セラスの元を訪ねたゲートは、魔物の話をしていた。退治屋が来た事、この村に魔物の気配がある事、全てセラスに話していた。



「この村に魔物なんて、居るわけない……」



「セラスさんも、そう思うだろ?」



 そう隣に座るセラスに問うが、セラスは難しい顔で俯いていた。



「セラス、さん?」



「……ゲート、予定が変わったんです」

「桜、明日にはきっと咲きます」



「へ?」



 突然の言葉、ゲートは呆気に取られてしまう。




「ゲート、約束して欲しいです」

「明日も、ここに来て欲しいです」



「桜が咲くところ、ゲートに見て欲しいです」




「待ってくれ、何で急に……」




「約束、して欲しいです!」




 大きな声で、訴えてきた。こんなセラスは始めてみる。その両目は、涙を流していた。



「セラス、さん?」




「来てくれるって、信じてますから」




「……うん、必ず、行く……」

「約束だ、今までずっと来てただろ? 明日だって必ず行くよ!」



 出来る限りの笑顔でそう答えた、セラスも、笑ってくれた。必ず会いに行くと約束し、ゲートは村に戻った。




 村への坂道の途中、ゲートは足を止めた。セラスのあんな顔は始めてみたのだ。少し不安になったゲートは、来た道を戻り始めた。




 そして、見てしまったのだ。セラスの姿を。魔物の姿の、セラスを。




(……そんな……セラス、が……?)




「……時間、無いですね」




 セラスは背後のゲートには気づかず、桜の木を見上げていた。




「……間に合わせるです、これが最後の花になっても……絶対に……」




 そう呟き、セラスは桜の木の中に戻っていく。ゲートは声を殺して、村まで走っていった。














 家まで走ってきたゲートだったが、思わぬ人物が家の前で待っていた。退治屋の少年だ。



「あ、勇者の兄さん、探したよ?」




「はぁ……はぁ……っ……何の用だ?」




「魔物の気配、一番強い場所が分かったんだ」

「あの桜の木の辺り」



「兄さん、よくあの辺りに行ってるらしいね?」




「……っ!」




 何も話す気は無かったが、顔に出てしまった。



「ふぅん……その顔……」

「思う物はあるんだね……」




「いや、俺は……!」




「いやいや、それ以上話さなくていいよ」

「後はこっちでやるんで、その反応見れただけで十分」




 そう言って、少年は歩き出す。



「待て! 何を……!」




「兄さん、何か思う物があるんだったらさ、気の毒だったね」

「心中お察しするよ、相手は魔物、騙されてたって事なんだしさ」



「所詮、相容れぬ存在って事だよ」



 追いかけようとしたゲートだったが、その言葉で足を止めた。



「今日は準備も出来てないからさ、俺達一旦帰るわ」

「明日改めて来るから、邪魔だけはすんなよ?」



「なに、すぐ終わるからさ」



 そう言って歩いていく少年、ゲートは何も言えなかった。








 次の日、ゲートは家の中で蹲っていた。セラスの事を思い出し、拳を握り締めていた。





『所詮、相容れぬ存在って事だよ』





 あの少年の言葉が、胸に刺さっていた。



(本当に、そうなのか……?)



(セラスは、魔物……俺は……騙されてたのか……?)



(あの笑顔も、約束も……全部嘘だったのか……?)



 約束……今日、桜が咲くとセラスが言っていた。窓から外を覗くと、見たくも無い光景が目に映った。複数人の男達が、桜の木への道を登っていた。




(今日はセラスとの、約束……)




(…………くそっ…………くそっ!)




 足は動かなかった、迷いが少年を、その場に縛り付けた。しばらくして、大きな音が響いたのを聞いた。家から飛び出すと、桜の木の方向から煙が上がっていた。



 それを眺めている事しか、出来なかった。退治屋達が坂道を降りてくるのが見える。呆然と立ち尽くすゲートに気がついたのか、先頭を歩く少年が近寄ってきた。



「やぁ勇者の兄さん、無事に終わったよ」

「魔物は退治した、村の人にはもう安心だと伝えてね」




「……何、か……」




「は?」




「その、魔物は……どんな、……何か……言ってませんでしたか……?」




「はぁ? どうだったっけかな……」



「あぁ! なんか約束がどうのこうの言ってたわ」

「まぁ魔物の言う事なんてどうでもいいからなぁ、ズバッと切り捨てた」




「……それが?」




 その言葉に答える余裕が、ゲートには無かった。居ても立ってもいられず、ゲートは走り出した。毎日セラスと語り合った桜の木の下は、戦闘の影響で焼け焦げてボロボロになっていた。



 いつもこの場所に居た少女は、もう居ない。



 この場所に毎日来ていたゲートだから分かる、いつも見上げていた桜の木が、死んでいる事が。



 待っていてくれたんだ、約束したから、セラスは今日も待っていてくれたんだ。



 それなのに、自分は……。



 後悔しても遅すぎる、もう、セラスは居ないのだ。




「馬鹿、野郎……」




「俺の……っ! 馬鹿野郎っ…………!」




「……うあぁ……ああああああああああああああああああああああっ!」




 泣こうが喚こうが、セラスは戻ってこない。約束を破った後悔なんて、自分にはする資格もない。桜の木の下で、少年は泣き続けた。



 答える者は、誰も居ない。


 桜は沈黙してしまった、この時から、ずっと。


 約束の明日は、もう来ない。



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