第七百六十九話 『混迷一気』
「空の変わりように、後ろから感じる痛いくらいの圧……読み通り結界は破ったみたいだな」
「その結果呪いは解き放たれ、事態は引き返せないとこまで来たと……面倒のオンパレードだよ全く……」
空中を逆さまの状態で漂い、怠惰の悪魔は大きなため息を吐き出す。その後方では空を埋め尽くす勢いで増殖する憤怒の悪魔の群れが必中の雨を降らせていた。
「ツェンー、首尾はどうっすかー」
「見ての通りだ、我が分身体が一撃毎に消し飛んでおるわ」
拳を振るい必中の一発が叩き込まれる度に、分身体は粉々に消し飛んでいた。どうもダメージを反射されているらしい。数百数千発の必中のラッシュが全て跳ね返り、魔法陣から湧き出す憤怒の悪魔が砕け散りまくっていた。
「地上は必中の雨ですっごい事になってんねぇ、全部跳ね返ってるとしても衝撃で前見えないよこれ」
「しかし不愉快な、これだけ打ち込んで息切れも起こさんとはな」
「まだまだ余裕はあるが、これを続ければお前の魔力が先に切れるやもしれんぞ」
「地上に魔法陣を描いて向こうをコピーしてみる事も考えたんだけどね……力の根源である呪いまでは写し取れそうもない、結局呪いを抱え扱えるのは器を通さないと駄目みたいだね」
「自分等だけじゃ大したことないのに、誰かの犠牲の上に成り立つ力や地位に何の価値があるんだか」
「犠牲は犠牲を生む、今も昔も変わりはしない」
「本当に吐き気がするな、我が傲慢が消し飛ばしてくれるわ」
「ちょい待って、本気の必中は殺しかねないよ」
ツェンの拳が魔力を纏い、赤く染まる。プラチナはそれを制止するが、ツェンは構わず右手を大きく振るった。桁違いの一撃が、プラチナの背後に現れた男を襲い弾き飛ばす。
「んあ?」
「ッ!」
「弁えろ、奇襲も届かぬ三下が」
男は威力を殺せず地上へ吹き飛んだが、その状態で背負った大太刀を引き抜いた。
(……右腕三本……?)
ツェンは無気力に漂うプラチナの首根っこを捕まえ、翼を広げ右方向へ加速した。次の瞬間、男が落下しながら振るった大太刀が宙を切る。
「ひゅぅ、怖~」
「少しは自分で動け腹立たしい!」
「っ! 魔法陣が切られた!」
空中に描いた陣が消え、コピーの生成が止まった。感知せずとも感じ取れる呪いの塊が遠ざかるのが分かる。
「ありゃー、器が逃げちゃうどうしましょう」
「追うに決まってるだろうが! 早く自分で飛べ!」
「でもあれどうすんの、来るよ」
地上で弾けるような音が鳴り、先ほどの男が飛び上がってくる。大太刀を構え、凄まじい勢いで突っ込んでくる。ツェンはプラチナを後方に放り投げ、振り切られる大太刀目掛け拳を叩き込む。
「礼儀を知らんのか格下風情が」
「礼儀……? 知らんな」
「過程も、手段も……弱者の言い訳、大事なのは殺したかどうかだ」
「邪魔者は皆殺し、いつだってシンプルだ」
「なるほど、死罪だ不届き者が」
大太刀を弾き、ツェンは虚空を蹴り上げる。その威力は必中となり男の顎を蹴り上げる。跳ね上がった男の腹部に容赦なく拳を捻じ込み、地上まで殴り飛ばした。
「立ってくるよ、あれ」
「だろうな、右腕が三本の異形、それに鼻が曲がりそうなほどの血の匂い……」
「他の家の殺し屋、それも上位の実力者か……他にもちらほら気配が集まっているようだ」
「まぁそりゃあれだけ盛大に呪いが噴き出してりゃ動くよねって」
(気になるのが気配の幾つかが俺達じゃなくて、器の方に動いてる事……援護の為にしては妙にピリピリしてるような……末期とも言えるこの状況なら仲間割れとかも起こり得るかな?)
「状況はカオスだな、腹が立つ」
「衝動のままに暴れてくれようか、なぁプラチナよ」
「え……やだよ面倒くさい……」
「ん? …………まぁでも最前線ってのは性に合わないし……バトンタッチしようか……」
そう言うと、プラチナは翼を畳み地上へと落下を始める。その地上では、丁度セツナを背負ったクロノが駆け抜けている真っ最中だった。
「今上で戦ってなかったか!?」
「前しか見てないから分かんねぇ! でもなんか気配はしたかな!」
「また邪魔者が増えたか、まぁいい殺すだけだ……!」
「なんか物騒な事言ってる奴が前に居るぞ!! クロノ!!!」
ツェンにぶっ飛ばされた男が起き上がり、三本の右手で大太刀を持ち直す。そのままクロノに切りかかろうとするが、落ちてきたプラチナが右腕三本全てを蹴り付け狙いを逸らす。
「!?」
「やあ切り札コンビ、俺はもう面倒で折れそうなんだ」
「強制バトンタッチだ、後は宜しくねん」
「つまりここは任せていいわけだ」
「ツェンにね、俺はもうバタンキュー」
ケラケラ笑うプラチナとハイタッチし、そのままクロノは速度を落とさず前に突き進む。斬撃を外した男の脇に着地し、プラチナはそのまま魔術を男の脇腹に叩き込む。男は空中に跳ね上がり、ツェンの目の前に無防備を晒した。
「ここは任されたぜ、傲慢のままに暴れちゃいなよ」
「面倒この上ないな、他力本願の天才が!!」
強烈な一撃が男の腹を貫き、再び地上へと吹き飛ばす。更に必中の能力が同じ場所に同じ威力を叩き込み、男の身体は加速に加速を重ね地面に叩きつけられた
「流石に死んだかな?」
「いや、手応えはあるがあれはまた立つぞ」
「人の身で随分頑丈な事だ、少しは遊べそうだな」
プラチナの隣に降りてきたツェンは腕組みしたまま相手を待ち構えている、なんだかんだ言っても任されたからには撃退するつもりのようだ。舞い上がった砂煙の中、抜けてきたのは先ほどの男ではなくマルス達だった。
「派手にやっているな」
「押し付けられたものでな」
「状況は滅茶苦茶のようだが、なんとか出来るのだろうな」
「先頭を駆けてるアホ次第だ」
「ふん、腹立たしい……」
「同感だ」
短く言葉を交わし、悪魔達は楽しそうに交差した。欲に堕ち、どん底を知った悪魔達は今尚世の中に振り回されている。だけど、今は不思議と不快じゃない。取り巻く空気が、嫌じゃない。
「邪魔者は、殺す……」
「ならば、殺されても文句は言うなよ?」
起き上がってきた男に対し、ツェンは真正面から言葉を放つ。腕組みしたまま向き合う傲慢の悪魔は、任された戦場を欲のままに蹂躙する。
プラチナとツェンのおかげで速度を落とさず突き進むことが出来たクロノ達だったが、ホロビ達に追い付く前に他の殺し屋達の妨害を受けていた。
「クッソ、数が多い!」
「退けお前等! 私達はホロビに用があるんだ!」
「こっちだってやりたくてやってるわけじゃないんだよ!! なんだあれお前等ヨノハテで何をした!」
「破裂寸前だった呪いが爆散してんじゃねぇか! 今四任橋は大パニックだぞ!?」
「正直家同士の連携も取れてない……今どう動いてるのかこっちもわけわかんなくて、うわあああ!」
追い付いて来たマルス達が、前を塞いでいた下っ端殺し屋達を薙ぎ払った。
「今結構大事な話してなかったか?」
「どうせこのままいけば彼岸家だ、下っ端からより上の奴に吐かせた方が手早く済むさ」
「こいつら前から来てるしな、やっぱり彼岸家の奴等かな」
ホロビが言うには、彼岸家には付き合い切れず逃走した者も居るらしい。他の家と比べて残った者は少ない印象だ。
「この調子じゃすぐ人が足りなくなりそうだし、面倒なのは今だけか……?」
「単純な脳みそに嫉妬しそうだよ、先輩レヴィがアドバイスしたげるよ」
「なんで背負われてる私の上にわざわざ乗るんだ!!」
背負っていたセツナにレヴィの重さがプラスされるが、別に重くないのでクロノは放っておく事にした。ヤバくなったらセツナをレヴィごとリリースすれば、多分どうにかしてくれるだろうからだ。
「こういうパニック状態の時は、大抵面倒は連鎖するんだよ」
「嫌な事言うな……順調にいってる時にさぁ……」
レヴィの言葉に呼応するかのように、薙ぎ払った下っ端達が黒いオーラを纏って立ち上がった。
「何事!?」
「ミライ」
「了解☆ みんな~! ミライの為に道を開けて~?」
ミライの能力を周囲に放ち、ミライの都合の良いように相手を動かそうとする。しかしガン無視されてミライが集中攻撃された。
「おいっ!!!」
「嫉妬は巡りて痛みも巡る、ミライは無傷で相手は重症」
「うーん、意識のない相手にも私の能力は効く筈なんだけど……支配権が既に埋まってる?」
全く怯まず首を傾げるミライの足元には、自らの攻撃によって大怪我をした下っ端達が転がっていた。味方だからいいもののやはり大罪の力は理不尽で恐ろしい。
「レヴィの力は本当に無法だな……」
「ミライの方がよっぽど無法だよ、だけど……」
「油断するな、立ってくるぞ」
結構大きな傷を負ったはずだが、下っ端達は少し悶えただけですぐに立ってきた。表情は虚ろだし、黒いオーラを纏っているし、どう見ても普通じゃない。
「なんなんだゾンビみたいだぞ!!」
「呪いの影響か? なんにせよ厄介だな」
「全員セツナがぶった切ればいいよ」
「数が多すぎる!」
確かにセツナがやればどうにかなるかもしれないが、この先ホロビに追い付いたら絶対にセツナの力が必要になる。ここで足止めを食うわけにはいかないし、多分呪いの供給を止めなきゃ一時しのぎにしかならないだろう。
「よし、俺がセツナを振り回して道を切り開くから無理やり突破しよう」
「それが手っ取り早いな」
「お前等私を何だと思ってんだ!! 優しくしろ!」
「行くぜセツナ、合体技だ!」
「待てやめろ! 私の心身に危ない!!」
「お困りのようだなっ!!!!!!」
声が響くと同時、空中に黒い穴が現れた。穴から何かが飛び出し、下っ端集団を蹴り飛ばす。
「!?」
「なんだ!?」
「疑問に思うのも無理はない! だがヒーローは突如としてピンチに駆けつける!」
「俺の名前は、デビルヒーロー・ルイン・ザ・ダークッ!! ここは黙って、俺に任せろっ!!」
「お前それは無理があるだろっ!!!!」
セツナのツッコミが、辺りを包み込む。恐る恐るセツナがクロノの顔を覗き込むと、半分キレて半分困惑してるような凄い顔をしていた。それはそうだろう、ルインは変なマントと変な仮面を装備しているだけで、ほぼ正体が隠れていない。一緒に出てきたシャルロッテも死んだ目をしていた。
「いや……」
「黙って俺に任せろ!!」
「シャルはルインこそ黙った方が良いと思うよ」
「俺の名前はデビルヒーロー・ルイン・ザ・ダークッ!!」
「長ぇわ」
そう、事態はカオス一直線だ。




