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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第五十一章 『ジパング三幕! 四飾る果てに、呪いは芽吹く』
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第七百六十八話 『呪いと想いが結ばれて』

 繰り返される死の記憶の中、どこか様子の違う場面が再生される。ホロビとその弟らしき影は、そのまま村の外まで駆けていく。後を追いかけようとしたセツナだが、次の瞬間周りが暗くなり、丘のような場所に周囲の景色が移り変わった。



(ここは……村の外の……私達も通った場所だ、桃源郷が見える……)



「ここならよく見えるね」



「見つかったら怒られちゃうよ」



「桃源郷に行ったわけじゃないし、他の村に入ってもいないただの散歩に文句言われる筋合いはないよ」

「今日は都でお祭りの日、細かい事は言いっこなしだって」



 呆れた様子の弟に、ホロビは笑顔でそう言った。星空の下、一発の花火が打ち上がる。



「わぁ」



「綺麗だねー、きっと都は大賑わいだ」

「こんな家に生まれなきゃ、今頃あそこで笑ってたんだろうなぁ」



「姉さんはそうやってまた……父様が怒るよ?」



「じゃあ沙華しゃかはお祭り行きたくないの? 呪いがどうのこうのって話聞くだけで顔青くするくせにさ」



「そりゃ行きたいけども……」



「そうだろうそうだろう、姉さんはその気持ちがよく分かる」

「だからいつか二人で行こうよ、桃源郷のお祭りに」



「日の下の行事に顔を出すなんて家が許さないって」



「どうせ次の長は私かあんた、だったらこの先を変える権利だって当然私達にあるよ」

「未来は変えられる、生き方を選ぶ権利は誰にだってある筈だ!」

「私達を縛り付けようとする家の決まりなんてクソくらえだね! あの花火に誓って私は大事な弟を自由にしてやるぞー!」



「あはは、姉さんはいつも無茶苦茶だね」

「お願いだから無茶しないでよ、僕は姉さんさえいてくれれば平気だからさ」



「可愛い事言ってくれるねぇ、うりうり」



「姉さんしか、まともじゃないからさ」



 弟を撫でまわすホロビだったが、弟から零れた一言が何故が異様に響いた。一部始終を見ていたセツナの背後までその声は貫くように広がり、周りを冷たい空気で覆い尽くす。



(なんだこれ……息が出来ない、寒い、冷た……)



『そう、うちはまともじゃない』



 反響するような、聞くだけで凍り付くような声が聞こえる。耳を傾けるとそれだけで内側から狂いそうな声だった。



『言葉もロクに話せぬ内に教わったのは、人の殺め方』

『箸より先に、私達は呪符を持ち、父や母を呼ぶ前に呪言を発した』

『私は賢かった、赤子の時から弟を愛でたし、父の所業に吐き気を催した』

『母を呪いの受け皿とし、殺しの犠牲者を永遠に囲い呪いを育て身内を犠牲にその力を行使する、その力で得た地位で殺し屋の頭を気取る、気持ちが悪い、気持ちが悪い』



(これ、ホロビの声か……? 違う、ホロビじゃない……ホロビなわけがない……)

(こんなに冷たくて、怖い……声……!)



『私は知っていた、長の座を継ぐ時私達のどちらかを器にすること』

『私は自分で志願した、自分が器になる事を、弟を守りたかったから』

『弟を殺し方遠ざけたかったから、小さい頃から弟を庇って、殺し云々は全部私が学んだ』

『私が器になれば、私と繋がり力を行使するのは誰よりも優しい弟だ、私が器として練り上げられた怨念を紐解き、弟が正しく導けばきっと呪いを晴らせる、少しずつでも成仏を進めて、呪いの連鎖を断ち切れる』

『必ずこの狂った連鎖を、おかしな家を、殺しの鎖を、断ち切って自由になる、解放だけを夢見て生きてきた』



 声が頭の中で響き、セツナは堪らず頭を押さえて地面に倒れてしまう。氷で頭の内側を殴られているような感覚だ。



(頭が割れそうだ……ホロビは何を言って……)



 聞き慣れない音が、すぐ上から聞こえた。顔を上げると、血が視界を染めてきた。



「ぶ、わ、はぁ……!?」



 後ろに飛び退き顔を上げると、ホロビが沙華しゃかに、自分の弟に、心臓を刺されていた。



「…………しゃ、か……なん、で……」



「…………僕達が、僕達だから」

「姉さん、自由なんて最初から無かったんだ…………僕達がそれを願う事は、この世で最も罪なんだ」

「呪いは僕達を決して離さない、許される日なんて来ない、…………せめて、僕だけを呪ってくれ」



『私は弟に殺された、気が付くと忌み嫌った呪いの回廊の中、ただただ犠牲者達の死を眺めていた』

『私自身回廊に囚われ、日々渦巻き強まる呪いの中永遠に近い時を過ごした』

『弟は私を殺した、永遠のような時間の中疑問だけが私の中で育っていく、私はお姉ちゃんだから弟があんなことしないってよく知っている』

『私の弟は、私を絶対殺したりしない、私に呪えなんて絶対に言わない、虫も殺せない優しい子があんなことするわけがない』

『なにより、最後に見せたあんな辛そうな顔、殺し屋に染まった奴があんな顔出来るわけがない』

『規格外の呪いの渦の中、私の正気を保たせたのは弟への親愛と、家への不信感』

『本来器はここから出られない、呪いを溜め込み使用者の意のままその力を吐き出すただの道具、歴代の器は自我を呪いに染められほぼ道具のような扱いだった』

『だけど私は呪いを抱えながら、生前と同じく家の意向に逆らい勝手に動いた、最愛の弟を救うために』



 周囲の景色が、グチャグチャになっていく。色も音もグチャグチャに捻じ曲がり、異常をそこに書きなぐる。



「ホロビ……お前は……」



「そこで知ったんだ、家の人達が沙華しゃかを脅して私を殺させた」

「器を行使する者は器に近しい者が良い、歴代の器達も同じ血筋から選ばれた」

「私達は仲が良かったから、こうなるのは知ってた、だから小さい時から私が器になるって言ってたし、私は逆らわず従順だった、殺されずとも自ら命を捧げるつもりだった」

「けど家の人は、敢えて弟に私を殺させた」

「そうすれば私の念は、呪いは、弟に向くと思ったから」

「この世で何よりも強い想いは呪いだから、私と弟の間に何よりも強い想いの繋がりを築けるから」

「それが、呪いの力を一層強くするから、そんなくだらない理由で、あの家は誰よりも優しかった弟に、私を殺させた」

「私の死で、あの子を人殺しの運命に突き落とした」

「その日から、弟は当主として呪いを振るう事になる……今日に至るまで何人殺した? 器を使い、呪いを振るい、何人? 何人あの子に殺させた……?」

「あの子は、いつから笑ってない? 笑う資格もない殺し屋に誰がした……?」



 真っ黒なホロビが、後ろに立っていた。その背後、目に見えない凄まじい塊がのしかかっている。この場で育った呪いの力、その全てがホロビの背に集まっていた。空間を押し潰さんとする圧が、セツナの目の前に留まっている。



「家の望み通り、私は歴代最高の念を抱えた器になったよ」

「弟を貶めた家を、そして救えなかった私自身を、これ以上ないほど呪ってる」

「それでも、それでもね……この呪いと同じくらい、弟をお祭りに連れていきたいって想いが大きくて、とっくに人じゃないのに、私の中の私が消えてくれないんだ」

「全てぶちまけて壊してしまいたい、終わらせたい、そんな悪霊の発露を寸前まで抱えて……それでも、あの子の笑顔をまだ諦めきれない、なんだったら私の中の、器の中で暴れる犠牲者みんなの救いもまだ諦めたくない、そんな中途半端な想いに貴女達を巻き込んだ……」

「ごめん……ごめんね……ごめんなさい……!」



 口を開こうとして、短く息を吐いた。口が動かず、声も出ない。呪いに囚われ、運命に縛られ、今も苦しむ少女がそこにいた。事情全部を知ったわけでもない、それでも今見た全部を見なかった事にはしたくない。立場は余所者、巻き込まれただけの部外者、だけどそれ以前に、自分は切り札だ。泣きじゃくる怨霊に釣られて流したこの涙は、衝動と本質だ。セツナは黒ずんだ悪霊を抱きしめ、精一杯の強がりで叫ぶ。



「全部吐き出せ、全部任せろ、全部、全部なんとかしてやるっ!!」

「私達が、全部っ! 終わらせる、助けるからっ!!!」



 次の瞬間、周囲が砕け散る。ヨノハテを包む結界が砕け散り、呪いの全てが周囲に拡散する。ジパングの空が雷雲に包まれ、全てが禍々しい気配に飲み込まれた。暗雲満ちる中、切り札は涙を拭い空を見上げる。結界が消え、クロノ達も呪いの空間から解放された。



「空間が割れた……マルスの言った通りみんなすぐ傍にいるな」

「あれ、セツナ! お前無事だったのか!」



 クロノが駆け寄ってくるが、様子を見るにホロビの過去を見たのは自分だけらしい。説明している時間が惜しい、既に事は動いている。



「クロノ、急で悪いが手を貸してほしい」

「友達を助けたいんだ、私一人じゃ無理だから、だから」



「良いぞ、何すればいい」



「早い!? 即答!?」



「今更この場に断る奴いねぇよ」



「解放早々訳の分からないセツナだよ、今度は何に巻き込むつもり?」



「空が凄い事になってるよ!? 上からすっごい圧も感じるし!」



「呪いの影響下だなァ、もはやジパング全域に広がってんじゃねェのかァ? 来るときより酷くなってんぞォ」



「彼岸家に、ホロビのところに行くんだ、このまま悲しい終わり方なんてさせるもんか」

「呪いの向かう先は、私が変える!!」



「まぁここをぶっ壊した時点で解き放たれた呪いがえらいことになってるし……もうここまで来たらやる事やるしかないよな」

「中途半端はそれこそ、呪われそうだ」



 空からは凄まじい呪いの圧を感じるし、なにやら複数の気配がこちらに向かってきているのも感じる。彼岸家を目指すのはいいが、どうも他の家からの妨害も再開しそうだ。



「こんだけ荒らせばそりゃ向こうも動くだろうな」



「ツェンとプラチナが向こうで暴れてるぜェ、急がねェと敵さんがミンチになるまであるかもなァ」



「あの爆発と舞い上がってる土煙がそうか!? 急ぐぞクロノ! まずホロビとその弟をとっ捕まえるんだ!」



「へいへい、切り札の仰せのままにってな」



 勢いよくセツナを背負い、クロノは一気に加速しプラチナ達を追う。積み重なった呪いも、運命の鎖も、何が邪魔しても知った事じゃない。知り合ったばかりでも、友達だから。助けたいって、そう思ったから。だから今の切り札に、迷いは欠片も残ってない。



 渦巻く呪いと、真っ向勝負だ。



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