第七百六十四話 『殺しの家々』
クロノ達がヨノハテに向かう頃、丁度逃げ果せた下っ端達が自分達の家に転がり込んでいた。
「ボス! ホロビの奴が訳の分からない連中と一緒に……! に、……にが、お、おぉ……!」
横開きの扉を勢いよく開け放ち、男が部屋に飛び込んでくる。部屋に踏み込んだ瞬間顔を青くし、泡を吹いて倒れてしまった。
「…………濃、処分はせめて情報を得てからにせい」
「別に聞かなくてもわかるじゃん、血相変えて逃げ帰ってきた時点で失敗でしょうに」
毒霧の漂う部屋に鎮座していた男が溜息をつく、天井から降りてきた女の子は倒れた男を笑いながら踏みつけた。
「土足で縁側飛び越えて無礼にも程があるでしょ、その上任務を失敗……一人だけ帰ってきたところを見るに他は全滅かな、使えない使えないあまりにも使えない、しかもこんな薄い毒で気絶なんて有り得ない、疫芭の面汚し、要らない要らない、役立たずは要らないよ」
「お前は本当に手厳しいな、そんなだから部下が恐れて近寄らんのだぞ」
「役立たずは見てるだけで誰かさんを思い出してイライラするから嫌い、嫌い嫌い大嫌い」
「それに父上にだけは言われたくない、厳しいのは父上譲り、役立たずが嫌いなのも父上譲り、そんな私は将来有望、期待の毒使い、そうでしょ? 私を一番愛してるでしょ?」
「だって、私は兄さまや姉さまと違うもの」
「…………あぁそうだな、お前の才能は飛び抜けている」
「疫芭の未来は、お前にかかっている」
「…………えへへ♪」
笑顔の少女は、感情を昂らせる。恍惚の表情で魔力を溢れさせ、それを変質させた。少女の足が毒々しい色に変わり、踏みつけられていた男の身体がビクンと大きく跳ねた。服が、皮膚が、肉が、少女の毒で溶けていく。男の身体が、毒に蝕まれドロドロに溶けて崩れていく。一瞬で液状化し、更に気化し始める。肉が溶け、新しい毒霧となって周囲を覆い尽くす。
「私が疫芭で一番優秀、一番濃くて、一番の劇毒、毒を制する最高で最強なエリートなの」
「だから正直不満不機嫌大爆発なの、私がいれば未来は明るい筈なのに……父上も他の家も彼岸家に構い過ぎ」
「あれに関しては話が変わる、あれは我等四つの家の最後の切り札だ」
「それが暴走、爆発寸前となれば頭を抱えたくもなる」
「別に始末しちゃえばいいじゃない、横並びも嫌だけど彼岸家だけ特別扱いも気に入らないの、私が新しい切り札になればいい、なんなら疫芭だけがあればいい、この機会に他の家を出し抜いて……」
「あらら、濃ちゃん相変わらず物騒だねぇ」
いつの間にか、縁側に男が座っていた。濃が目を向けると男は笑顔で手を振って応じる。
「不法侵入で毒殺されてもおかしくないですよ、琴葉の優男さん」
「纏う空気を穏やか~にしておけば案外油断って誘えるもんなんですよ」
「そうピリピリしないでくださいよ、こっちもかなぁって見に来ただけなんで」
そう言って男は濃の足元を見つめる、そして大きく伸びをし、息を吐く。
「そちらも失敗ですかぁ、ホロビちゃんなんか協力者見つけたらしいですねぇ」
「うちも何人か帰ってきましてぇ、悪魔がどうのこうの……討魔紅蓮を潰した子の姿も確認しとります」
「お家はどこもドタバタドタバタ、特に彼岸家に残った子達は殺意マシマシ怒髪天でしたねぇ」
「責任問題です、責任取って腹を切って切り札面やめればいいのに」
「己を呪えってこと? 濃ちゃん怖いなぁ」
「牙を剥こうが抜こうが厄介、何もしなくても呪いは爆発寸前、そして扱い抑える役目は好き勝手、いやぁグダグダの極みですねぇ? そろそろうちらも潮時かなぁ」
「代々続いた全てを切り上げるには、ちと長く重くなりすぎた」
「背負い切れなくなった責任が今、呪いとなりて返ってきてるわけですね」
「人の業は恐ろしい、そして当然……その程度で後悔や反省をするほど僕達人間が出来ていない」
「僕ねぇ、結構濃ちゃんの案に賛成なんですよねぇ……諸々全部彼岸に押し付けて、この機会に全部抱えて消えて貰うのも手かなって…………まぁうちのボスは反対らしいっすけど」
「琴葉も爆弾を抱えているようだな」
「ピリピリしないでくださいって、割とうちと疫芭って境遇似てません? 血が繋がってるのに何の役にも立たないバカを家から追い出してたり、討魔紅蓮の負けのせいで評判落ちたり、巡り巡って追い出したバカが今向こう側についていたり……」
「……? 何の話ですか?」
「うちのバカも、そちらのお姉ちゃんも、討魔紅蓮を潰した子側って事ですよん」
「流魔水渦や迅魔旋風に所属してるみたいでね、最近起こってるでかめの事件でちらちら見かけてる」
「特にそっちのお姉ちゃんは討魔紅蓮の時アクトミルで、この前なんてゲルトの戦いで活躍してたとかぁ」
「………………は?」
「良くない流れは、いつも件の少年が持ってくる……今その子がホロビちゃんと一緒にヨノハテを目指してる……また何かが起きる、何かが変わる…………黙ってるわけにゃあいかないでしょう?」
「彼岸家はワチャワチャして期待できない、下手に突っつけば爆発しそうだし放っておいても面倒な邪魔な存在……そこに新しい邪魔が追加されそうな現状…………嫌でしょう? 邪魔でしょう?」
「世無家はいつも通りどっしり構えているし、今回も門前払い喰らったわけでこっちも期待できない」
「なので境遇の似てる疫芭と手を組めないかなぁって寄ってみたわけ」
「出し抜いて、美味しいところだけ分け合いません?」
「散々言の葉を刈り取ってきたお前達が、今日は随分と紡ぐじゃないか」
「繋がってるからこそ、刈り取る快感があるんですよ」
「これでも弁えてますよ、いつばっさりされてもおかしくない環境じゃないですか、うちらって」
「例えば今だって同じ不法侵入仲間なのに、ずーーーーっと黙ってる子がいるわけだし」
庭に目を落とすと、影が伸びていた。屋根の上に、誰かがいる。
「こうして聞かせてるんですから、怪しい企みじゃなくてじゃれ合いの雑談だって報告してくれるんですよね」
「どうせ、気にも留めないんでしょう? 世無家の実力者さん達は」
「本当に、口の回る奴だよなぁ」
「回りくどいんだよお前、ガキの頃からずっとそうだ、長い付き合いなのに未だに好きになれねぇ」
「だからあれだ、お前は琴葉の出来損ないから嫌われてたんだ」
屋根の上から、大太刀を背負った男が飛び降りてきた。男には左腕が無く、右腕が三本あった。
「終牙、他所の家に勝手に入っちゃ駄目だよ?」
「不法侵入はお前もだろうが、波」
「今日は呼んでも居ない客人が多いな、四つの家全てがざわついている証拠か」
「僕は協力しましょーってきたんですよぉ、こいつは釘刺しに来た正真正銘お呼びじゃない系の奴ですー」
終牙を指差し煽る波だったが、終牙は構わず背を向ける。
「時間を無駄にした、騒動も問題も悪巧みも興味がない」
「俺達は殺し屋、邪魔は殺す、それでいい」
「昔から脳筋だったけど最近特に油乗ってるねぇ、大丈夫? お家から許可貰って動いてますかぁ?」
「過程も手段も、弱者の言い訳……突き詰めればそんなものどうでもいいんだ」
「俺達にとって一番大事なのは、殺ったか殺ってないか、殺し屋に一番大事なのは殺せたか」
「殺せるかどうかで判断しろ、呪いも邪魔者も俺には殺せる、だから殺しに行く、それで全て終わる」
「駄目だこいつ早くなんとかしないと全部滅茶苦茶にするぞ……」
「終牙くん!? 君お家から許可貰ってる!? お父さんお母さんとお話しましたかー!?」
「邪魔者は皆殺しだ……」
「お話通じないねええええええええええ!」
制止も聞かず、終牙は何処かに飛んでいった。騒動の種に逃げられた波は頭を抱えている。
「世無家に行ってきますわ、このままじゃヨノハテで起こる筈だった騒ぎが増える事になりそう……」
「放っておけばいいんじゃないです?」
「濃ちゃんったら興味なさげにさぁ、あの脳筋が暴れたらそりゃもう大惨事に……」
「騒ぎに乗じて漁夫の利をって話を持ち込んで来たんじゃないの? 私にはそう聞こえた、そう聞いた」
「濃」
「良いじゃない父上、私は賛成、賛成する」
「世の中が変わるなら、私達も変わっていけばいいのよ」
「利用しようと動いてる琴葉も、邪魔を力で始末しようとする世無も、抱えきれずに自滅しそうになってる彼岸も、みんなみんなそれぞれ素敵に自業自得すればいいじゃない」
「疫芭は蝕むわ、全部蝕んで毒は巡るの、長く続いた形は今に適した形になるのよ」
「何よりこの道の先に、姉さまがいる気がしてならないの」
「それがとっても不愉快で、私も殺したくて仕方がないの」
「おー怖……なんかいつにも増してやばそう……」
「まぁ終牙のせいでこの後荒れるのは間違いないし……どの家も黙ってるわけにゃいかない事になるでしょうね」
「ある意味で……僕等に纏わりつく因果、責任……これも呪いと言えるのかな……呪いが紡ぐ一大イベント、四任橋にとって避けては通れないイベントでさぁ」
「さてさて……殺意は隠していざ参らん…………ってねぇ」
そう言い残し、波は音も無く姿を消した。殺意と毒霧を纏い狂気を浮かべる濃を見て、疫芭の長は目を閉じ思考する。渦は迫ってきている、全てを巻き込み、事を成す。




