第七百六十三話 『呪い絢爛、ヨノハテへ』
ジパングを覆う暗雲、そして暴走一歩手前の怨念をどうにかする為、クロノ一行は彼岸家を目指す。その道中は安心安全なんて欠片も無く、襲撃に次ぐ襲撃であった。
「雑魚ばかりとはいえ、情報は動くぞ」
浄罪の雷で襲ってきた者を打ち抜くマルスだが、その視線は森の奥に向けられている。クロノも感知しているが、幾度も襲撃を受ける中、幾つかの反応が戦闘から離脱するのを感じた。
「ボク達の存在も向こうに割れるってわけだなァ、正気を失っているであろう器の回収が急に難易度爆上がり……向こうも色々手を打つんじゃねェかなァ? アホじゃない限りなァ」
「そもそもさあ……進むにつれてなんか敵が増えてる気がするんだけどー……めんどいー」
「というか、進む先から敵さんが来てるような?」
「聞いてみようか……敵さん敵さん、貴方は何者かしら?」
「何を…………お、俺は疫芭家の者だ、下っ端で血縁ではない……」
「凄いなミライさん……倒した奴から情報を聞き出してる……」
「ミライの強制好意には抗えないよ、万物全てミライの都合が良いように動く」
「私は全てを愛し、愛されるの、…………能力抜きでもね」
「く、くそ……!」
ミライの能力に晒され口を割る事を恐れたのだろう、男は懐から取り出した薬を口に放り込んだ。血を吐き、男は意識を失ってしまう。
「疫芭家とやらは毒を使う殺し屋なんだっけか、こいつ自殺するつもりかァ?」
「ミライの能力からは逃れられんがな、意思も意識も関係ない、何をしてもこいつの有利に動く」
「まぁ死なれるのも後味悪いし、レヴィが毒だけ抜いておくよ……グルグルグルグル嫉妬は巡る……考えるのめんどいしこいつから毒を抜いてその辺に雑草でも生やすよ」
「死者が増え情念が増えれば、今のジパングに何が起きるかわからないからな」
進むにつれ、雲が厚くなっている気がする。明らかに異変に近づいている。
「そして進むにつれて……ホロビさんになんか靄が集まってきてるし……」
「それを背負う切り札の周りで怪奇現象が頻発してるぞ!!!」
強風が吹き荒れ、周囲の栗の木からイガグリがセツナ目掛け散弾銃のように飛んできた。一発も当たらなかったが、イガグリは地面に突き刺さりセツナの身動きを封じる。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!?」
「食料だよ、幸運が舞い降りてるよ」
「んなわけあるか!」
泣き叫ぶセツナだが、少し妙だ。
「いつものドジセツナなら、この後転んでいる筈……そもそもさっきから何か起きてもセツナは無傷だ……」
「そもそも何故この切り札は呪いを無効化しているのに怪奇現象が悉く起こっているのだ、傲慢にも手を抜いているのでは?」
「そんな余裕ないよ!!」
「セツナはダメなセツナだから、自分の能力についてよくわかってないんだよ」
「その通りだけど傷つく言い方やめろぉ!」
「能力を封じる、そう解釈しているが……どうも特殊だよな」
「おれ達の能力も無法のそれだが、セツナのは更に上……型が無いように思う」
「封じるって一言で片づけていい力じゃねェよなァ、一方的に能力を消し去ったり、一定時間使用を封じたり、自身が受ける効果を弾いたり、能力自体を抜き取って封印も出来るんだろォ?」
「いやぁ……どうだろうな……」
「でも最初大罪を封印する流れだったし、ルトさんもセツナならそれが出来るからって言ってただろ」
「自分に無害なモノや有利に働く力は受け付けて、不利なら無効化したりしてるし、セツナの力は大概都合がいいよ」
「それに、セツナはなんか異常に頑丈な気がするよ」
「ギャグ担当だからだろうなァ」
「切り札担当だ!!」
「冗談は置いておいて、もしかしたらセツナの力は本当の本当にとんでもないものなのかもね」
「そのポンポコ記憶が抜け落ちる脳みそも、訳の分からない能力も、全部ひっくるめて何かやばいものに繋がっているのかもしれないね」
真面目な顔をして語るレヴィに、セツナは息を呑む。自分すら知らない、己の底知れなさ。無くした記憶に眠る、恐ろしさ。僅かに震えるセツナだったが、次の瞬間レヴィに蹴り飛ばされた。
「おっふぅあ!?」
そしてイガグリだらけの地面にダイブした、当然突き刺さる。
「うぎゃああああああああああああああああああああっ!! 絶妙に痛い!!!」
「飛び上がったよ、期待通りに面白いね」
「何しやがるクソレヴィ!! お前マジか本当にマジか! 普通やるかこんな酷い事!!」
「でも表情は変わらないね、強情な切り札だよ」
「この大粒の涙を見ろ!! 無表情でも痛みと怒りをこれでもかって伝えてるぞ!!」
「そうそう、何があってもセツナは馬鹿でドジで表情変わらないポンコツ切り札だよ」
「奥底に何が隠れていても、変わらずそう在り続けなよ、そう在るなら、レヴィは変わらず弄ってあげるからさ」
「…………レヴィ…………」
「励ましてるのは分かるけど、弄られるのは嫌なんだが」
「あら、残念」
「ほら遊んでないで進むよ、セツナは今危ない幽霊背中に乗せてるのも忘れないでね」
そう言ってレヴィは先に行ってしまう。切り札がイガグリで大ダメージを負っているというのに、他の皆も結構先に行っていた。
「なんて薄情な奴等なんだ……」
「仲が良いんですね」
セツナの背中に張り付いているホロビがそんな事を言っているが、多分目が悪いのだろう。
「遠慮がないだけだぞ、見ろこの腕を、栗のイガで穴だらけだ」
(…………? 傷が一つも、ない……?)
「私達の家の繋がりと比べれば、とても羨ましい関係性です」
「ミライが聞き出してたけど、他の家の追手も来てるな」
「さっきから行く先から敵が溢れてるみたいだけど、目指してるのはホロビの家なんだよな?」
話しながらセツナはみんなを追いかけるが、どうも先頭ではまた戦いが起こっているようだ。正直敵は強くなく、マルスやツェンに瞬殺されている。
「正確には、代々呪いを育んだ場所ですね」
「どういう意味だ?」
「俺も聞きたいな、俺達が目指してる場所を具体的に」
隣にクロノが並んでくる、戦闘は大罪に任せて下がってきたようだ。
「マルス達も気づいてるけど、数人逃れてる」
「明らかに四任橋にしては弱すぎるし、さっきミライさんが吐かせた奴は血縁じゃないって言ってた」
「知ってる事は、事前に聞いておきたい」
「四任橋を構成する四つの家全てに言えますが、能力を代々継いでいる血縁者が中心です」
「血縁者じゃない者は一部例外を除いて下っ端、雑用ですね……今の追手は多分みんなそうです」
「私を連れ戻すのはその程度で十分と判断したのか、様子見していたのか、正直分かり兼ねます」
(マルスの言った通り、逃れた奴が家に情報を持ち帰ったのなら……様子見だった場合それが終わる……本格的に動いてくるのは次のタイミング……)
「…………荒れるとしたら次だ、多分俺達が目指してる場所も割れてるはず……何をしようとしているのかも……邪魔は確実に入るだろうな」
「ホロビの家に着いたらやばいってことだな!」
「さっきも言いましたが、正確には目指している場所は家ではないのです」
「四任橋は殺し屋の集い、目立つ場所にあっては不都合なのでご先祖様がお家の場所を移しました」
「そして時同じくして、彼岸家は呪いを育て始める、力を伸ばし四任橋の核となる」
「四つのお家は呪いを熟成させる方向へ舵を切る、環境を整えたんです」
「私達が目指しているのは、四つのお家を繋ぐ中心地、殺しと呪いの上に作られた永遠虚構の村」
「ジパング一の都、桃源郷……それを取り囲む仙山の影に作られた人工の地獄」
「名は、ヨノハテ……決して終わる事のない、死と絶望が繰り返される場所」
「力の為に、呪いを育てる外道の交わる場所」
森を抜け、クロノ達は丘の上から絶景を見た。綺麗な木々が辺りを埋め尽くし、空高く聳える山々、そして大きく栄えた都が一望できる。間違いなく、あれが桃源郷だ。空は曇りだが、暗い雰囲気を吹き飛ばすほど煌びやかな都である。
「綺麗だなぁ」
「うん、だからこそここからでもはっきりわかる」
「山の影から、漏れ出す呪いが見える」
光の影に、それは巣食った。長い年月をかけ、そこで育った。四任橋を構成する四つの家、それらが結ぶ文字通りの外道、そこに目指すべき場所がある。呪いを育てる人口の地獄、ヨノハテ。ジパング全てを巻き込む戦いが、静かに幕を開ける事になる。
空に昇る呪いを黙って見つめる一行。沈黙の中、セツナの背でホロビだけが薄く笑みを浮かべていた。




