第七百五十五話 『結びつき、こびりつき』
コールの歌を聞きながら作業を手伝っていたクロノは、何故かセツナ達と合流していた。買い物を終えたサンフラワーとリムニアが、セツナ達を連れて拠点に戻ってきたのだ。
「偶然ってあるんだな」
「はぐれた馬鹿切り札を保護してもらったんだよ、話してみたらマルスの器の知り合いだったから一緒に来たんだよ」
「ごめんねクロノ君、私がちゃんとしていればセツナちゃんは迷子にならなかったのに……」
「色欲の愛情をすり抜けて手まで繋いでたのに迷子になるセツナが凄いだけだから気にするだけ無駄だよ」
「ここぞとばかりにレヴィが虐めてくる……」
「いい年して迷子になれるそのダメっぷりは嫉妬しちゃうね、狙ってやってないなら才能だよ」
「そろそろ泣くが?」
「レヴィ! セツナちゃん虐めちゃ駄目!」
「好きな子にちょっかいかけるあれだよ、ミライは色欲の癖に遅れてるね」
「ミライもセツナを虐めると良いよ、そしたらレヴィも嫉妬しちゃうかも」
「!? レヴィが嫉妬してくれる!? 可愛いセツナちゃんも見れて一石二鳥……色欲も嫉妬も加速する素敵展開がここに!?」
「地獄ってんだよそれは!」
「うるせぇなこいつら……」
周りなんてお構いなしにいつものムーブをするセツナ達。呆れるリムニアだが、コールはその様子をみて夢中でペンを操っていた。
「あらあら、スイッチが入ったみたいねぇ!」
「あれって何してんですか? 勇者に寄せられた依頼の紙やら楽譜やらは片付け終わりましたけど」
「あらあら! 通りで滅茶苦茶綺麗にお部屋が片付いてるわけね! お客様に掃除させちゃっていやんになるわ!」
「俺が言い出した事なんで……それにこの後連れが迷惑かけるの確定してると思うんで少しくらいは役に立って置かないと……」
なんせ、大罪のフルコースをもてなしてもらう事になるのだ。今のうちに出来る事はしておきたい。
「クロノ君は良い子ねぇ、コールきゅんが気に入るわけだわ」
「話を戻すとね、あれはコールきゅんが新しい歌を閃いた時の発作みたいなものよ」
「新しい歌」
「そう、クロノ君のお仲間さん達の仲睦まじい姿に何かを見たみたい」
「目の病気だ!! 虐めの現場だこれは!」
「さぁミライ、このわざびをセツナの鼻に突っ込むんだよ」
「うぐぐ……可哀想だけど良いとこ取りのため……」
「お前変なモノばっかり買ってると思ったら私を虐める為のモノ買ってたのか!!!?」
「レヴィが働いて得たお金をセツナの為に使ってやってるんだから、喜んでくれていいよ」
「大概遠慮がなくなってきた!! ミライこんな奴に惑わされるな! 私が危ない!」
「レヴィ達の中でも狂ってるランキング上位のミライを味方だと思ったセツナの負けだよ、そいつは色んな意味で病気だよ」
「上手く操れないなら、距離を縮めるべきじゃない怪異みたいな奴なんだよ」
「愛してもらうために虐めるから……もっと私を見てね……はぁ……はぁ……」
「嘘だろ!? 目がやばいんだけど!? クロノ助けてくれー!!!!」
「遊び終わったらマルス達探しに行くぞー」
「わーん!!」
ミライに追われるセツナと、爆笑して転がってるレヴィ。一体彼女達を見てコールはどんな歌を思いついたのだろうか。悪魔的な虐めの歌だろうか。
「とりあえず残った仲間を連れて来ますね」
「こっちは夕食の手筈を進めておくよ、サンフラワーさん、店の予約を頼めるかな」
「今夜は豪勢にいきましょう! みんなが戻ってきたら準備もしなくちゃ!」
「準備?」
「歌の準備だ、こいつらは宴の度騒ぐんだ」
「毎回毎回、騒がしい奴等だ……」
「リムちゃんも歌うのか?」
「……どうせ歌わされるさ、あたしはこいつらと一緒じゃなきゃ歌えない」
「一緒に居るのも、歌う事も嫌いじゃない……もう嘘は付かない、だから居心地は悪くない」
「……そっか」
この場所を守れたなら、命を懸けた甲斐がある。クロノは笑みを浮かべながら正気を失ったミライを抑え、騒ぐセツナ達を引きずりながらマルス達を探しに拠点を後にした。
「助けるならもう少し早くしてくれ」
「悪い悪い、つい顔が緩んで……」
「私はいつだって大ピンチなんだから気を付けて欲しい」
「大変だね、同情するよ」
「最近は大体お前のせいなんだよ!」
「反骨精神が育ってるようで何よりだよ」
「あー言えばこういうし! 性根がひん曲がってるぞ!」
「悪魔をなんだと思ってるのさ、理不尽と会話してる自覚を持ちなよ」
「マルス達きっと散らばってるだろうなぁ、夕食までに見つかればいいけど」
「私が言うのもなんだけど、クロノ君ってたまに残酷なまでにスルーするよね」
「精霊達ととある四天王のおかげだよ」
後ろの方でレヴィに無限に弄られるセツナを華麗にスルーするクロノ、突っ込んでばかりだと過労死するのでこれはある種の自己防衛だ。この後クロノ達は国中を歩き回り、様々な娯楽に目移りしながらマルス達を一人ずつ回収する事に成功する。途中カジノでメダルの洪水が起きてたり、レストランが3つ程全ての食材を食い荒らされたりなんか色々起きてた気がするけど全てスルーした。心なしかマルス達は全員楽しそうにしていたので、それでいいのだ。
「良いわけねぇだろ、クソ迷惑かけてんじゃねぇか」
「ルールに則って遊んでた、お金は払っていた、何も問題は無かった、俺は何も見ていない」
「まだまだ食い足りねェなァ」
「暴食さん物凄いお腹になってるねぇ」
「暴飲暴食こそストレス発散効率最強だぜェ、脳も回る回るゥ」
「羨ましいよ、俺は満腹になるとすぐ眠くなるからさー」
「お前は寝てる時間の方が長かろう、その分我等が動いているのだぞ」
「ツェンさんはマルスと一緒に色々見てたみたいだけど、何がどうなってカジノ暴走させてたの?」
「ツェンの能力は『必撃必中』、ツェンの攻撃は必ず当たるんだ」
「故にスロットも必ず当たる」
「イカサマじゃねぇか!!」
「能力禁止など書いていなかった」
「おかげで新たな伝説と依頼で稼いだ金が数倍に膨らんだな」
「悪魔みたいなことしてんな!?」
「俺達悪魔だからねー」
寝具売り場でずっと寝ていたプラチナが可愛く見えるくらいの害悪っぷりである。落とし物を引き取るくらいの気軽さで店から怠惰を引き取ったのだ。
「ドゥムディさんは発明品とか魔道具の店を普通に巡ってたんだろ? 飛び抜けて普通じゃんか」
「おれはあの超絶天才を見て、まだまだだと自覚した」
「強欲の名に恥じぬほど、今向上心が溢れているんだ……」
「凄く真っ当に前見てるところ悪いけど、フローを基準にすると色々危ないよ」
「強欲の枠に収まらねェ人類ってなんだってんだァ? この世界は依然狂ってやがるぜェ」
「そうだね、狂ってる奴ばかりだよ、人も悪魔も魔物も関係ない、おかしな奴はとことんおかしい……底無しの欲に、時に躊躇いなく誰かを傷つけて、簡単に被害者面……嫉妬しちゃうね……」
「意味深な事言ってシリアスな空気持ってきてるけど、なんで私がレヴィをおんぶしてるんだ?」
「切り札なんだから文句言わずにトレーニングに勤しみなよ、負荷になってあげてるんだから感謝もしなよ」
「レヴィがこんなに甘えるなんてねぇー、昔はディッシュの肩に良く乗ってたねぇ」
「ボクは軽くて助かってるぜェ」
「私は重くて困ってるぞ」
「誰が重いって? レヴィは軽い、セツナは沈め」
「過剰な負荷っ!!」
レヴィが羽のように軽くなり、その分セツナが足された重力で地面にめり込んだ。そろそろ日も暮れてきたし、コールに紹介された店に向かうとしよう。
「えーと、貰ったメモは……」
「お前このカオスを引き連れてよく店に向かおうと思えるな」
「契約者の成長は僕達にとっては喜ばしいね」
(成長……?)
「クロノ……私も、おんぶ……」
「エティルちゃんはこの後高確率で起こるであろうコールさん達のライブに胸がトルネードしてるよぉ」
「まぁ、騒がしい事になるし、迷惑もかけるかもしれないなぁ」
「けどそれ全部ひっくるめて、コールさん達は笑って歓迎してくれると思うし……マルス達も、楽しんでくれる筈だ」
「なんでだろうな、そう確信してるからかな……一秒一秒が楽しくてしょうがないんだ」
「この休暇、出だしは失敗しちゃったけどさ……こんな時間で満たせるといいな」
「忘れちゃ駄目だけど、君だって病み上がりなんだよ」
「ゲルトでの戦い、君は精霊使いのルールを破って多大な負荷をかけた」
「セツナの頑張りでお前は目覚めたが、限界を超越したお前の身体と精神は相当削られてんだ」
「この休暇はお前自身もしっかり休め、身体も心もな」
「ティアラは背中に貼りついてるし、エティルは俺の頭の上でくつろいでる、精霊使いを乗り物にしながら身体休めろって言われてもなぁ」
「……いつも、通り……日常……」
「落ち着くでしょー♪」
「…………あぁ、安らぐな」
ローの件もある、心はざわついてばかりだった。各地を巡り、討魔紅蓮の一件で迷惑をかけた人々と再会した。危険な目に遇わせた筈なのに、みんなこっちの心配ばかりだ。縁に恵まれたと深く思うし、優しい言葉の数々は確実にクロノの心を救っていく。責める者など居ないと分かってはいても、実際に本心を言葉にされると全然違う。知らず知らずに擦り減った心が、癒される。自分は、前を向ける。
「やあ、クロノ君のお仲間達……また愉快なメンバーじゃないか」
「大罪の皆さんだよ、底無しの欲をお持ちの問題児達だ」
「どんな紹介だ」
見るからに高級そうなレストランを貸し切り、コールはクロノ達を待っていた。店の横にはライブ用のステージまで組み上がっている。
「底無しの欲だって? それは良いね素晴らしい」
「今宵、その器を僕達が満たして、いや溢れさせて見せようじゃないか!!」
「再会に感謝を、そしてこれからに祝福を……楽しもうじゃないか」
「うん、思いっきり」
コールの仲間達が用意した最高のもてなしを受け、クロノ達は最高の夕食を楽しんだ。幸せが満ちる中、この休暇をもっともっと楽しくしようとクロノは誓う。無表情ではしゃぐセツナを微笑ましく思いながら、暖かな時間を仲間達と過ごした。太陽のような、キラキラとした時間だった。
光が満ちる時間だからこそ、影が深く伸びていく。
心から楽しむセツナの影に、誰も気付かぬ程小さな波紋が浮かんだ。
小さな小さな泡が影に浮かび、『眼』が影からセツナを見る。
それは誰にも気が付かれず、悟られず、溶けるように消えていった。
欲望のまま、本能のまま、たった一言だけを残して。
――――欲しい、と。




