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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第五十章 『天上地獄のエルルゥ・ホロウ』
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第七百五十二話 『突き出す拳が、触れない距離』

 時は少しだけ遡り、セツナ達の視点に移る。穢れぬ永光カオスシリンダーを破壊し、天使に変えられていた人々を介抱していたセツナ達だったが、そうこうしている間に監獄内の雰囲気が変化した。看守室からの操作で監獄の障壁が一時的に解除されたからだ。



「人の気配がする、それとマルス達の気配も急に近づいたよ」



「問題解決かな? 後片付けのターンに入ったかも?」



「やったあああああああああああああああああああっ! 誰でも良いからここから出してくれ私は無罪だああああああああああああああああああああああああっ!!」



「役に立たない切り札罪で有罪でしょ、本当に面の皮の厚いセツナだよ、嫉妬しちゃうな」



「ティッシュより薄いわ優しくしろっ!!!」



「こんなこと言って最初に助けに動いたのはレヴィなんだから、愛だよねぇ、私の方が嫉妬しちゃうなぁ」



「涎拭け馬鹿」



 事態の収束を感じ取り、セツナ達は気を緩め始める。気絶した人達を一か所に集めながら、ルインとシャルロッテはそんなセツナ達を静かに見つめていた。



「シャル達は無罪なのかな」



「まさか、だけどここに留まるわけにはいかないよ」

「なにもしないで罪を注げるほど、俺達は浅瀬にいないから……後片付けを手伝って、その後こっそり抜け出そう」



「なんか感知がしやすくなったよ、鈴の気配が下からする……あっちこっちに能力も使ってる……鈴も後片付け手伝ってる……?」

「もしかして鈴のマーキングがいつの間にか消えてたのって、この監獄の何かが原因だったのかな?」



「なんにせよ、合流は楽に出来そうだな?」

「とりあえず天使にされてた人達を集めて……」



「さっきからルインって手際が悪いね、そういえば困ってる人を見つけたらすぐあっちこっちふらふらする癖していっつも手際は悪かった気がする」



 倒れている人を抱き抱え、床に寝かせる前に次の倒れている人に目線を奪われている。あっちにふらふらこっちにふらふらするルインを見てシャルロッテは溜息をついていた。



「みんなちゃんと助けたくて……」



「ルインって整理整頓苦手でしょ、野営の片付けもへったくそだし」



「ここぞとばかりに虐めないでくれよ……そもそも片付けとか料理とか異様に上手い奴がいてそいつがいつも……」



『……掃除!! 先に済ませてからの方が、絶対…………から……!』



「いつも……」



『ほら、鼻血出てるぞ? 今日も俺の勝ちだな』



 ティッシュを鼻に捻じ込んで、頭をグリグリと撫でてやる。悔しそうに、だけど楽しそうに笑って、二人並んで駆け出した。いつも一緒で、楽しくて、世話を焼いて、焼かれて、修行と言って手を合わせ、山を駆け回って、泥だらけになって、風呂に入って、飯を作った。食おうとしたらいつも止められる、片付けてからの方が楽しい、美味しい、いつもそれだ。こういう時だけ、こいつの方が大人びてて、ちょっと悔しくて暖かくて、いつまでも続くと思ってた。




「変わらないって、思ってた…………」




 下層から、影が飛び上がってきた。振り返ると、そいつが居た。黒い魔力を纏い、顔を歪めてそいつはこちらを睨んでいる。外野の声が聞こえない、すぐ近くのシャルロッテの口が動いているのに、何も聞こえない。セツナ達も何か言っているけど、耳に入らない。



「…………その顔…………っ!! ローッ!!!」



(…………違う、ローじゃない…………君の言う、ローじゃない)

(俺は、名前を呼ぶ資格なんて…………ないのに…………)

「……クロノ・シェバルツッ……」



 知ってる筈の、知らないその名でしか、そいつを呼ぶことが出来ない。



(呼びたくない、ローって呼びたくない、こいつは違う、ローの顔をした悪魔だ)



(呼ばれたくない、俺には確信が持てない……君と共に過ごしたロート・ルインだって、覚えてない、思い出せない、だから呼ばれたくない、呼ばれるわけにいかないんだ)



(違うのに、違うって、憎くて、許せなくて、なのに、なんで、何を期待して、何をしたくて……!!)



(また歪めて、悲しませたくないって、助けたいって、なんで、また、何に期待して、何を伝えたくて……!)



 数秒、視線が交差した。その数秒で幾つも想いが巡り、一つも交わらない。強い想い故、それはぶつかり爆ぜていく。



「その顔で……その、声で…………!」



 絞り出すようなクロノの声に、ルインははっとする。前に言われた、その顔で、その声で、その姿で笑うなと、俺の前から消え失せろと。自分は自分と言うだけで、この子の感情を揺さぶり傷つける。そして自分は知っている、どれだけ傷ついても、この少年が諦めない事を。その足を止めない事を。もう寄り添えない、近くに居るだけで傷つける、なら、いっそ……。



「…………せっかく大パニックだったのに、お前達のせいで台無しだ」




「…………は?」




「だけど最後に良いものが見れた、なぁ人間、前にもお前は悲痛な顔を見せてくれたよな」

「そんなにこの顔が気に入らないか? 人間はだから面白い、こんな些細な事で心を揺らす」

「俺は悪魔、お前達をかき乱すのが大好きな悪魔、お前の嫌がる事が大好きな悪魔だ」

「お前がどれだけ煌びやかな夢を見ようと、俺はその先でお前の笑顔を歪めてやる」

「それが嫌なら、せいぜい足掻け、足掻いて足掻いて、…………せいぜい頑張れ」



 背中だけを見せよう。君の歩む道を先に行こう、君の敵を切り払おう、困難を打ち払おう。その代わりに、自分が敵となろう、この背を憎み追ってこい。君の夢の壁となろう、君の成長の役に立てるなら、自分は喜んで君の敵になろう。傷つける事しか出来ない自分が、唯一君に届けられるのは、こんな事くらいだから。夢の前に立ち塞がるのが自分でも、君はきっと戦ってくれるから。



「…………俺の、夢を……阻むのか、お前が…………立ち塞がる、のか…………?」



「…………情けないな、泣きそうじゃないか…………甘すぎて、吐きそうだ」



(やめてくれ、それ以上、喋らないでくれ)

「…………全力で向き合うよ、甘さなんて、とっくに捨てた」

「有り得ない事なんて、ないからっ!! 容赦なんて、しないから……っ!」



「あぁ、殺す気で来い」

「どうしようもなくても、呼んだって誰も来ない」

「お前がどこに居ても、俺はその先に居る」

「………………約束だ」



 その言葉一つ一つが、信じたくなくて。それを求めてしまえば、確かめてしまえば、どうなるのかわからなくて。クロノは自分の懐に手を伸ばし、そこにある指輪を手に取ろうとした。勇者の証が刻まれた指輪、持ち主にしか身に付けられない指輪。持ち主以外が身に着けられるのは、持ち主が死んでいる場合のみ。この指輪を今、自分が身に着けられるなら、ローが死んでいる事になる。だが、身に付けられないなら、ローは生きている事になる。目の前の悪魔が、本人と証明できる。確かめる事は、今すぐに出来る。



(もし、もしローなら……生きているなら……いや、ローは死んだ、俺の目の前で……)

(なんの意味がある? 何がしたい? なんでこんな事……苦しい、わからない、怒りなのか悲しみなのかすらわからない、自分の頭の中がこれ以上ないくらいグチャグチャだ……)

(あいつは何を言って……約束……やく、そく……?)



 悪魔に堕ちたローは、苦しそうだった。笑顔の大切さを教えてくれた兄貴分は、泣いて、苦しんで、辛そうだった。クロノは顔を上げ、悪魔の顔を見た。切なそうに、それでも笑っていた。




(俺達の……約束…………夢…………それに、俺は……)




 全力で戦って、自分は生きるたすけると叫んだ。どれだけ拒まれても、諦めなかった。諦められなかった。どれだけ苦しくても、痛くても辛くても、それがどれだけ絶望的でも、離せない。そんなの最初から、分かってた筈だ。



「…………そうだ、俺は自分で言ったんだ」

「お前がなに言っても…………諦めないって…………夢も、お前も」



 目の前の悪魔は、ローと同じ顔をしている。その姿がクロノのトラウマであり、視界に入れるだけで怒りが全身を包み込む。憎悪に近い感情が湧き上がるが、クロノは初めてその全てを受け入れた。受け入れた上で、悪魔の顔を真正面から捉える。



「…………立ち塞がるなら、ぶっ飛ばすさ」

「だからお前も、ぶっ殺す気で来いよ」

「俺を、諦めるなよ」



 そう言って、クロノは左拳を突き出した。悪魔は驚いたような顔で、右拳を突き出してきた。



(…………? 俺は何で右手を…………勝手に…………)

「…………じゃあな」



 悪魔の背後の壁が、灰になった。監獄の外に飛び出す悪魔を、クロノは黙って見つめていた。



(…………あの子が息子さんでしょ、なんで出てこないの?)



(…………あー……母親だからですよ、はい)

(悩んで壁にぶち当たってるからこそ、口出しするわけにはいかないのですよ、うん)



 ひっそり能力で壁を灰化し、ルインの脱獄をフォローしたシャルロッテ。彼女もまた灰に紛れ壁の穴から外へ飛び出していた。いつもは無駄に主張する迷惑幽霊のレイネシアがさっきから奥に引っ込んでおり、シャルロッテはそれが気になって仕方がない。



「会いたいんじゃないの?」



(そりゃまぁ会いたいですよ、愛しの我が子だもの)

(…………けど、今あったらきっと台無しだもん)



「?」



(……シャルちゃんはさ、なんで今ロー君をフォローしたの?)



「…………ルインが、道を選んだから」

「シャルはルインの選んだ先を見たいだけ、余計傷つくような道をあえて選んだし、わけわかんない」

「けど、シャルとルインは茨の道しか歩けない、歩き方を、見たいだけ」



(……そっか、そうね……)

(シャルちゃんはさ、英雄とか、伝説、物語の中に出てくる凄い人がどうしてそう呼ばれるかわかる?)



「凄い事したからでしょ」



(あはは、そりゃそうだ)



 シャルロッテは壁を蹴り付け、軽い身のこなしで地上まで降り立った。ルインの飛んでいった方向も見ているし、感知も余裕で出来る距離だ。一階層の壁を能力で灰化し、シャルロッテは鈴の元へ駆けていく。



「鈴!」



「…………!? シャルロッテ!? お前当たり前のように壁をぶち抜いて……怒られるぞ!」



「そんなことよりシャルをマーキングし直して、ここのお手伝い終わったらシャルのとこ飛んできて」

「シャルはルインを追いかけるから、また後で」



「…………え、ちょ……待っ!」



 手早く再合流の準備を済ませ、シャルロッテはルインの後を追う。レイネシアはそんなシャルの内から言葉を繋いだ。



(凄い事をするまでさ、歩き続けたからだよ)



「?」



(止まらなかったから、そうなった……辿り着いてしまったんだ)

(だからさ、止まらずに、歩き続ける子達をさ、邪魔するわけにはいかないじゃないか)

(これでもあたしも、勇者だったし…………あの馬鹿野郎共と一緒にいけるとこまで行ったんだしさ……)

(あいつは特別だった……普通じゃなかった、でもそれが理由じゃない……一番の理由は、止まらなかったから……)



「…………諦めが悪いんだね、シャルに足りないとこだ」



(……ん……だからこそ、まだ終わりじゃない)

(二人とも、まだ終わりじゃないんだよ)



 飛び立ったルインは、砕けた指輪の破片を握り締めていた。それを見つめるクロノもまた、友の形見を握り締めていた。確かめる勇気はない、どんな結果になってもどう受け止めれば良いのか分からない。それでも、初めて向き合い受け止められた。夢への道の途中、必ずこのモヤモヤは立ち塞がる。答えを見つけなければ、きっと自分は前に進めない。



「…………今は、これで…………」



「いい加減になんとか言えええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!」



「うわうるせぇっ!?」



 耳元で切り札が叫んできた、とても迷惑だ。



「なんだよセツナ急に!」



「急じゃないぞ!! 多分私一人で一万文字くらいは喋ってたと思うぞ!!!」

「なのにクロノずっと無視して怖い顔してるし! 恩人悪魔は飛んで行っちゃうし! お前等切り札を蚊帳の外にして楽しいか!? 休暇なのに! 遊びに来たのに!! 監獄に放り込まれて可哀想な切り札を無視して、無視して楽しいのかっ!? なぁ!!!」



「めっちゃ怒ってるじゃん」



「怒るに決まってんだろ!!! 今のところ全然休めてない遊べてないっ!! お前のプランどうなってんだ馬鹿! 馬鹿クロノ! 犯罪者! 鬼畜! 女顔!」



「悪かったよ、反省してる、ごめんごめん」



「ぴゃーっ!! クロノが食べ物残した時の顔になったあああああ!」



「お前もここに放り込まれたって聞いて心配してたんだ、あぁ無事でよかった凄くよかった」



「ちょっとマルスの器、セツナを虐めるならレヴィも混ぜてよ」



「混ざってくんなあああああああああああ! もうやだああああああああ!」



 こうして切り札が良い感じにシリアスを中和し、監獄は落ち着きを取り戻すのだった。交差した道は色を変え、続いていく。黒と白を織り交ぜ、先へ先へ。



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