第七百五十一話 『会いたくて、会いたくなくて』
群体悪魔を撃退し、混ざり合っていた悪魔達を拘束したクロノ。全員意識を失っているし、群体を成していた時点で目的無く蠢く肉塊だった。恐らく誰一人として計画した動きではなかった筈、追及も恐らく無駄に終わるだろう。
「細かいことはそっちに任せていいですかね、看守とかに」
「そうだね、これで大元は解決出来ただろうし」
「嫌な気配は消えました、壁とかのぬちょぬちょも消えたし……取り急ぎ無罪でここに放り込まれた一般人達をどうにかしないと」
「民にどう謝罪したものか……王族貴族市民の隔てなく平等に監獄に放り込んでしまったわけだしな」
「裁きのラインが狂ったのも罪人悪魔の過剰投入が原因だし、やっぱ根本的な見直しには時間がかかるんじゃ……」
「外部との連携もそうだけど、やはり見直す点が多くある……すぐに態勢を整え会議を……」
とりあえず拘束した悪魔達を手頃な檻の中に放り込み、クロノとマークス王は事態の後片付けに動き出す。悪魔の影響が消えたため、リフトも元通り動くようになっていた。
「これで楽に上まで戻れる、すぐに城に戻り動ける者を総動員で監獄の機能を取り戻さねば」
「秤のゴーレムがどうなったかも気になりますしね、俺の仲間が動いてるし大丈夫だと思いますけど」
(マルスは賢いし、そもそも大罪達は俺よりずっと先輩……無茶苦茶せずに解決してくれてるだろ)
(そうかなぁ、エティルちゃんはなんか嫌な予感がしてるよぉ?)
(クロノのやらかしから始まってるしね、どう転んでも着地点は地獄だろうね)
(待って俺真っ先にここに飛ばされた被害者じゃないの!?)
とても理不尽な未来予想に内心動揺しつつ、クロノは王と共にリフトに乗り込む。着いたのは監獄一層の看守室だ。
「ここから監獄入り口も開ける筈…………なんか壁がぶっ壊されてるんだが!?」
「え、脱獄した奴がいるって事ですか!?」
「馬鹿な……何十層にも及ぶ魔力障壁で覆われているんだぞ!? 一体誰が……物理の法則でも歪めない限り力技で突破なんて……残骸や破壊の跡からすると外からの衝撃で……」
(法則歪められる奴なんてそういねぇだろうな)
(知り合い……に……いるけど、ね……)
「と、とりあえず脱走する人がいるとやばいし俺が塞いできますねー」
「そうだな……応急処置ではあるが頼めるだろうか」
「我はここから内部の様子を確認して、罪人の動きを調べてみよう」
「檻から出ている罪人ばかり、問題の大元を沈められたとはいえ今ここのセキュリティは0に等しい……このままでは元通りどころか大勢の罪人が脱獄してしまう……人手が圧倒的に足りないし応援を呼ぶ余裕も……まずはここから城に応援要請を飛ばして……いや、そもそも動ける者が残っているのか……!」
(王様大変そうだ、そうだよな殆ど檻から出てたし、無罪の人、戦えない一般市民が檻の中に避難してるような状況……急がないと監獄内はセカンドパニックで世紀末だ)
壁がぶち抜かれ、大穴が開いている場所まで走ってきたクロノ。すぐさま大地の力で地面を殴りつけ、岩を迫り上げ無理やり穴を塞いだ。応急処置だが、今はこれが精一杯だ。
「後は……どうしようか……」
(城に応援要請、受ける奴居るのか……? 王様を連れて城まで飛ぶか? ここが手薄になる……俺は残って暴れ出す前に鎮圧……上にも下にも散らばってる脱獄を捌けるか? マルス達はどうなった……? 情報足りない、どう動くのが適切だ……? 考えろ、落ち着け……)
「…………はぁ…………」
どうやら想像以上に自分は混乱しているらしい、頭の中が纏まらず、幻覚まで見えてきた。そうじゃなきゃ討魔紅蓮の八柱が檻の中で膝を抱えて丸くなってる筈がない。
「…………合わせる顔が、ない…………」
「なにやってんすか? あんた八柱のワープする人じゃんか」
幻覚じゃないらしい、八柱が檻の中で凹んでいる。
「…………む、君は討伐対象だった奴…………私は琴葉 鈴、ちゃんと覚えて」
「あぁごめん、今は魁人の仲間なんだよな」
「暴食の森以来だっけ? なんで檻の中にいるんだ?」
「…………仲間とこの国を訪れ、私は一度上司に報告に戻った」
「上司って魁人だよね、あいつは今流魔水渦のアジトで復旧作業を手伝ってる筈……」
「…………私はそこで、地獄に呑まれたのだ」
「…………同僚の甘言に乗せられ、温泉という至高の沼に沈み、罪人の分際で一日もまったりしてしまった……シャルロッテを置いて……私は……!!」
「…………大急ぎで戻ってきた私を待っていたのは、罪人を裁くと噂されているこの国のゴーレム、私は怠惰の罪でここに送られたのだ……もう二日はこうしている……シャルロッテに合わせる顔がない……許すまじ自分、許すまじ温泉…………!!」
(ちょっとかける言葉が見つからないなぁ)
「お姉さんってばクロノの作った温泉を楽しんでくれたみたいでよかったねべぶらっ!」
余計な事を口にする為だけに現れる邪悪な精霊を音速で弾き飛ばすクロノ。壁に叩きつけられたエティルが再び動き出す前に、クロノはティアラを召喚し片手で抱える。そのまま勢いよくティアラを投げ飛ばし、液状化したティアラで邪悪な風の精霊を壁に貼り付けた。
「がぼぼごぼががぼぼぼ……!」
「そのまま封じておきなさい、後で甘い物を授けよう」
「……乗った……」
「契約者が精霊を買収しやがった」
「乗る方も乗る方だけどね」
「…………今何か聞き逃してはいけない話をしていなかったか?」
「いや? 聞き逃して全然いい話だったよ、夕飯の話だよ」
「そんな事よりちょっと手を貸してほしいんだ、鈴さんの能力があれば事態は一気に解決するよ」
「…………罪人の私に今更出来る事があると……?」
「出来る事しかないよ、むしろ救世主だ」
「…………元々この命、償いの為に使うと決めている……案内しろ、私の贖罪の地へ」
気力を取り戻した鈴を連れ、クロノは王の元へ戻る。元々監獄内から外への移動系能力は障壁で妨害されているのだが、その設定は看守室から外す事が出来た。後は鈴の能力で外への移動は簡単に行えた。クロノの感知能力で城に残っていた動ける者達も容易に見つかり、城の前で大型ゴーレムをスクラップにしていたマルス達とも合流できた。監獄内で暴れまわる罪人の鎮圧もスムーズに進み、鈴の力で監獄内に送り込まれた一般人達もどんどん街に戻されていく。
「鈴さん凄い活躍だ」
「…………ボサッとしてないでシャル達を探せ、ここに居るんだろう」
「ボク達が知ってるのは切り札とレヴィ、ミライがここに向かったことだけだぜェ? そっちの連れは知らねェなァ」
「…………壁の大穴は灰化していた、あれはシャルの力だ」
「…………私は謝らないといけない……己の罪、己の弱さを……一生温泉には入らない……!」
「そこまで思い詰めなくてもさ……」
「…………叶うならば温泉を生み出した怨敵はこの手で仕留めてみせる」
「怒りの使い方を間違えちゃいけないよ!!」
ここまで来て新たな敵を生み出すなんて、まっぴらごめんである。
(鈴さんとは適切な距離感を保とう……)
ちなみにかなり先の話になるが、温泉の制作者がクロノであることは魁人がばらす。残念だがこの未来は変えられない。悲しい未来の事なんて知りもしないクロノは、看守室の映像モニターに目を走らせていた。半分以上壊れてしまっているが、それでも幾つかの情報はここから手に入る。
「これは上層かな、大まかな位置をここから確認して感知範囲を絞って……」
「動いてる反応が幾つか……マルス達かな、戦闘に……なるわけないか、取り押さえたっぽい」
「クロノの仲間達のおかげでとてもスムーズに事が進んでいる、感謝しているよ」
「マルス達が国のゴーレムをぶっ壊したのは本当にごめんなさい、秤のゴーレムまでスクラップに……」
「目の前が真っ暗になったのは事実だが、これも運命だったのさ」
「ダンジョンからのオーパーツに頼りきりだったのも事実、我等にとっても転機なのだろうな」
しかしぶち壊されたゴーレムをみて王が崩れ落ちたのもまた事実。大罪は全員クロノを指差しこいつが悪いと意味の分からない事を言うし、王は涙を流し笑い出すし、罪の意識でクロノ自身もおかしくなりそうだった。追い込まれたクロノがとった行動は、超絶天才に泣きつくという最終手段である。
『助けてフローッ!!』
『なんじゃ急にっ!? 助けてやるに決まっておるじゃろう!』
イケメン過ぎて惚れそうになった、間違いなく超絶天才である。
『かくかくしかじか、罪人投獄ってわけなんだよ……』
『エルルゥのゴーレムがのぉ、妾も何度かメンテナンスしたが……まさかあれがぶっ壊れるとはのぉ』
『あれはダンジョンから掘り出された者じゃ、一から完璧に元通りは無理じゃろうな』
『そこをなんとか……超絶天才のお力で……』
『確かに無理無茶不可能をどうにかするのが天才の務め、元通りは無理でも妾がなんとかしてやろう』
『太古の超技術を超えられねば時を重ねる意味がない、今を生きる妾が100%を超えた奇跡を見せてやろう』
『もう二度と暴走なんぞしない、最強無敵のゴーレムとして復活させてやろうではないか! ついでにぶっ壊れた国を守護するゴーレムもそりゃあもう凄い事にしてやる! 安心せよ!』
『お主の尻拭いはこの超絶天才に任せよ! 思うままに進め、共存の世の為になっ!』
なんて言うか、心強すぎて泣けてくる。向こうの方が年下の筈なのに足を向けて寝られない。というわけで壊されたゴーレム達の後始末はフローに丸投げする事になった。虚ろな目で笑っていた王様も、そのおかげで目の力を取り戻したというわけだ。後始末が順調に進む中、残る不安はセツナの行方だ。マルス達が言うにはこっちに放り込まれている筈だ。
「上の方に呑まれたらしいし、マルス達もそれを知ってか上の方から鎮圧に向かったんだよな?」
「看守室から色々弄れるからって頭脳担当のボクを置いてなァ」
「足元で寝てるプラチナさんは?」
「サボり」
「ゴーレムと戦ったでしょー」
怠惰と暴食を除き、他の大罪は今監獄内に散っている。恐らくすぐに見つかるだろうが、鈴曰く鈴の仲間も監獄内に居るらしい。協力してもらっている手前、こちらも探さないわけにはいかないだろう。クロノはモニターに目を走らせ、同時に感知を巡らせセツナ達を探す。気を抜いていたクロノは、モニターに映った悪魔の姿に心臓を大きく鳴らした。一瞬で凄まじい力を放ったクロノに対し、ディッシュとプラチナが同時に顔を上げる。そして大罪二人の反応を超える速度で看守室から飛び出し、クロノは虚空を蹴り上層に飛び上がった。
「なんだァ?」
「ピリピリしてんねー?」
画面に映ったのは、セツナ達とその隣に立つ一人の悪魔。思い出したくないけど、決して消えないあの悪魔。怒りなのか、悲しみなのか、困惑が複数の感情を飲み、渦のように混ぜ合わせる。冷静じゃいられない、きっと自分は自分らしくないくらい狂って乱れて、吐き散らかす。だけど、会いたくないし顔も見たくないのだけど、会わなきゃいけない気がした。二度と交わらないとしても、正面衝突すら有り得ないとしても、この道を逃がすわけにはいかない。心が、そう叫んでいた。
クロノは監獄の吹き抜けを超速で駆け上がる。待ち受けるのが試練でも、絶望でも、構わない。逃げるわけにはいかないし、逃がすつもりもない。感情が荒れ狂い、既に右目が砕け暗獄の魔力が漏れ出ている。黒を纏いながら上層に飛び出したクロノは、自身の目に対象を捉えた。ほぼ同時に、悪魔も此方を認識した。
「…………その顔…………っ!! ローッ!!!」
「……クロノ・シェバルツッ……」
敵意か、殺意か、どんな感情を向けるかどうかすらわからない。そんな歪な邂逅だ。




