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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第九章 『記憶を無くした亡霊』
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第七十五話 『悪意と善意』

 クリプスに向かって走るクロノ、そんなクロノに向かって、クリプスは魔力を放った。触れた物から命そのものを奪い去る、怨念に染まった魔力だ。



「あれに触れるな、触れたら終わりだぞっ!」



「ごめん、無理だと思う!」



 セシルの助言は嬉しいのだが、クリプスはあの魔力を纏い続けている。恐らく、絶対に触れないというのは不可能だ。



(とにかく距離を詰めないと……エティル!)



(うん! 一気に行くよぉ!)



 放たれた魔力を疾風の速度で掻い潜る、クリプスまでもう少しという距離まで詰め寄ったが、そこでクロノは膝をついた。




(ぐっ……完全に当たらなくても、これかよ……)





「アアアアアアアアアアアアッ!」




 クリプスの纏う魔力はその強さが桁違いだ、近づいただけでクロノの命が吸われていく。膝をついたクロノに、クリプスはその尾を伸ばしてきた。勢いに乗った尾は槍のようにクロノの腹部に突き刺さり、クロノの体を吹き飛ばす。




「ゲホッ!?」




 体から力が抜け、吹き飛ばされても上手く受身すら取れない。クロノは地面を転がりながら、それでも無理やり体を起こした。



「幽霊の癖に、怖がりでさ……」

「でも、怖くても……クリプスさんは探し続けてたんだろ……?」



「どれだけ探してたのかは知らないけど、ずっと一人で森を彷徨ってたんだろ?」

「安心しろよ、ちゃんとあったんだ、無くした物」



「今、届けるからさ」



 そう言って笑うクロノに、クリプスは魔力を放った。足に力が入らず、クロノはそれをまともに喰らう。




「う、ぐ……!」




 苦痛に顔を歪めるクロノ、その隙にクリプスが距離を詰めて来た。そのまま自らの尾で、クロノの身体を絡めとる。




「ぐ、ああああああああああっ!?」




 怨念によって身体が実体化しているクリプスは、物理的にクロノの身体を締め上げる事が可能だ。ギシギシと嫌な音を立て、クロノの体に尾を巻き付ける。そしてクリプスの纏う黒い魔力も、クロノの体を覆ってきた。


 物理的に体を絞められ、魔力によって命を吸われる。このままではクロノは絶命するだろう。





(く……そ……力が……入らな……)





 精霊達の声が霞んでいく、意識が遠くなっていくクロノは、何か別の声が聞こえる事に気が付いた。




(……てっ! ……や……いや……!)




(なんだ……誰、だ?)




(止めて……嫌、嫌だ……っ!)




 クリプスの声だ。


 魔力を通して、クリプスのイメージが流れ込んできていた。



(何でこんな目にあうの……? 私が魔物だから……?)



(魔物だったらいけないの……? 魔物だったら、生きる事も許されないの!?)



(痛いよ、怖いよ、苦しいよ…………)



(誰か、助けて……誰か……)



 暗い牢屋の中、暗い地下室、複数の人間、迫ってくる手が、恐ろしい。


 痛みが、苦しかった記憶が、クロノの中に流れ込んできた。


 自然とクロノも涙を流していた、流れ込んでくる記憶は、辛いなんてレベルじゃない。



(こんな……事……人間のやることじゃない……!)



(これじゃ、どっちが魔物か……分からないじゃないか……)



 ここまで非道な事を行える、人間の方がよっぽど魔物のようだ。クリプスが憎しみで我を忘れるのも、当然の事だと思えた。




 だからこそ、彼女をこれ以上、苦しませるわけにはいかない。





「ぐ、うあ……うあああああああああああああああああああああああっ!!」





 金剛を発動し、持てる力を振り絞るクロノ。その力が、クリプスの絞めを弾き飛ばす。



「俺も人間だから、信用できないって思われても仕方ないと思う」



「クリプスさんが人間を憎む気持ち、俺にはどうにもできないかも知れない」



「だけど、目の前で苦しんでるクリプスさんを、見捨てるなんて出来ないから!」



「だから、頼むよ、思い出してくれっ!」



 涙を拭い、クリプスに向かって突っ込んでいくクロノ。当然だが、それは命を奪う魔力に突っ込む事と変わらない。それでもクロノは、迷うことなく黒い魔力に飛び込んで行った。



 真正面から強力な魔力にぶつかったクロノ、クリプスが纏う魔力はその大きさを増し、周囲が飲み込まれていく。その光景を、セシルは黙って見届けていた。




















 ……私はどうして、牢屋の中にいるんだろう……。


 捕らえられた理由は、『魔物』だから。


 それは、悪い事なのかな。



『今日の実験は真蛇人種エキドナの耐久性を調べてみましょう』



『個体差はあるでしょうが、どの程度の耐久力を備えているのかが分かれば、対処法も変わるはずですからね』



 痛い事、沢山された。



 尻尾の先を切り落とされたり、燃やされたり、電気を流されたり。



 泣いても、叫んでも、周りの人は笑ってたり、何かを書いてたり。



 どれだけ捕まってたか分からない、冷たい牢屋の中で、抵抗する力も無くなっていた。



 出来る事は、考える事だけ。



 最初は逃げる事とか、外の事とかを考えてた。



 けど、いつからか頭の中は真っ黒になってて。



 私を苦しめた人間の事でいっぱいになってた。



 何度も何度も、頭の中で殺してやった。



 憎いって、殺してやりたいって、ずっと思ってた。



 救いなんて無いから、どうせここで死ぬのなら。



 思いっきり憎んで、悪霊にでもなってやろう。



 死んでから復讐してやるんだ、それだけが私の希望。




「ダカラ……ワタシハ……ワタシハ……ッ!」




「コレデ、ヨカッタンダ……コレガ……ッ……」




「ワタシノ、ノゾンダコト、ナンダ……ッ……!」




 渦巻く黒い魔力の中心で、クリプスは泣いていた。流れ出る涙以外、真っ黒に染まったクリプスは、自らの身体から溢れ出す魔力で周囲を破壊していく。そんなクリプスの肩を、何かが掴んだ。




「!?」




「違うよ、それは違う」

「クリプスさんは、そんな事望んでない」




 虚ろな目をしているが、吸命の魔力を力技で突破したクロノは、クリプスに優しく笑いかけた。




「ハナセ、ハナセェッ!!」




 クロノの手を振りほどき、両手を振り回すクリプス、そんなクリプスの右手を受け止め、クロノは何かを無理やり握らせた。




 それは、小さなお守りだ。




「クリプスさん、思い出してくれ」



「クリプスさんの記憶は、100%悪意に染まってたわけじゃないはずなんだ」



「例え僅かでも、そこには善意があったはずなんだ」



「これはその証明、クリプスさんが見つけたかった物は、1%の善意の証明だ」




 握らされた小さなお守り、それを見たクリプスは、忘れていた記憶を思い出した。
















 



 あの日も、変わらずに実験が続いていた。抵抗する事も馬鹿らしくなって、人形のように従っていた。研究者なのかどうかも分からないが、見た事ない人間が何人か増えていた、新入りとかだろうか。



 別に興味も無い、私を苦しめる人間が増えただけだ。だけど、2人の男女が私を見た目が、他の人間と違った。それだけが、少し気になったんだ。



 それから数日後、いつもの様に牢屋の中で鎖に繋がれていると、その男女が私に近寄ってきた。実験を行う時間じゃないので、私は首を傾げていた。



 さらに不可思議なのが、男の方が私の鎖を断ち切ったのだ。これだと私は自由に動けてしまう。今日の実験は逃げるチャンスがあるかもしれない、そんな事を思っていた。



 私がポカーンとしていると、女の方が何かを操作し始めた、牢の壁が動き出し、隠された通路が現れた。





「この通路は地上に繋がっている、ここからなら逃げられる筈だ」





 男の言っている意味が、理解できなかった。




「僕達には、こんな綺麗事を言う資格は無いだろう」

「君を利用して実験を繰り返していた奴等と、僕達は何ら変わらない罪がある」




「だけど、私達にはもう耐えられない、知ってしまったから……」

「あなた達魔物にも、心がある、それは私達と何も変わらない……」



「今更、許されないのは分かっています、だけど……」



 女の方が、小さなお守りを手渡してきた。



「逃げてください、お願いします」

「あなたが人を憎み、復讐を考えても、それは私達の自業自得、甘んじてお受けします」


「だけど、今は逃げてください、生きてください」



 その言葉に、一つの疑問がクリプスに浮かんだ。





「私は魔物、魔物なのに、生きてもいいの?」





 それを聞いた女は涙を流し、男はこちらの頭を撫でてきた。




「あぁ、勿論だ」

「それを決めるのは、誰でもない、人だろうが魔物だろうが、生きるのは自由だ」



「僕達は償い切れない罪を犯した、君に許してくれとは言わない」

「だけど、生きてくれ、僕達のような腐った人間に、殺されないでくれ……」




 男も、泣きそうな顔をしていた。



 何か言おうとした瞬間、向こうの部屋が慌しくなった。



「あなたっ!」



「気が付かれたか……! 君! 早く行くんだ!」





「早く行くんだ! ねぇ……」





 男と女の背後に、一人の男が立っていた。実験中に何度も見た事がある、右目が水色の長髪で隠れている男だ。



「大罪人コース直行でーす、裁いちゃうぞこら」



「ミーシャッ! その子を連れて行け!」



「あはぁ勇ましいねぇ、……覚悟はいいんだな? こら」



 男が手を翳した瞬間、複数の光がクリプスを助けようとした男の身体を貫いた。壁や床に血が飛び散る。ミーシャと呼ばれた女性が、クリプスの手を引いた。




「逃げます! 急いで!」




「あ、……けど……」




 まだ、お礼も言っていない。振り返ると、男の上半身が消し飛ばされていた。





「おいおい格下ちゃーん、俺から逃げられるとか本気で思ってんのー?」





 男が追ってくる、クリプスはともかく、この女性は確実に殺されるだろう。




「あの、殺されちゃいますよ!?」




「えぇ、覚悟は出来ています」

「私が足止めをします、この通路を抜ければ地上です!」



「どうか、ご無事で!」




 背後から放たれた光を、魔法で受け止める女性。防御の魔法なのだろうが、一撃で大きくヒビが入ってしまった。




「早く行ってください! 長くは持ちません!」




「どうして、助けてくれるんですか……」

「私は、魔物なのに……」




「そんなの関係ないんです!」

「この世界は、どこかが狂ってる……私達はそれに気が付いてしまった……」



「知ってしまったら、放っておけるわけ、ないんですっ!」



 その言葉を最後に、光が防御壁を打ち抜き、女性の足が撃ち抜かれた。





「……あっ……!」





「行ってください!」


「……許されるわけがない、それでも……ごめんなさい……」

「どうか、生きて……」



 言い終わる前に、光が女性の頭を撃ち抜いた。力無く崩れ落ちる女性の体、それを見た瞬間、自然と涙が溢れていた。



「蛇子ちゃーん、鬼ごっこはやめにしよっかー」



「逃げられるわけ、ないっしょー?」



 追ってくる男は笑っていた、狂っていると思った。クリプスは振り返り、全速力で逃げる。




「逃げるなってー、殺すよー?」




 背後から何発も光の矢が放たれる、右手を撃たれ、お守りを落としてしまった。拾っている暇は無い、クリプスは涙を流しながら、前を目指した。



 階段を上り、地上へと飛び出すクリプス、その周囲を、何人もの人間が囲んでいた。





「だから言ったじゃん? 逃げられないってさ」 





 背後に追いついた男、その顔を見て、クリプスは確信した。


 こいつは、人間じゃ無い。


 こいつらは、人間じゃ無い。


 先ほどの男女と、同じ人間の筈が無い。




「何で……」




「あ?」




「こんな、酷い事、出来るんですか……」

「あの人たちは、優しい人だったのに……」


「どうして、こうも違うんですかっ!!」




「何々? 何キレてんのさ」

「魔物の癖に人を語りますか、笑っちゃうわぁ」




「魔物って、何ですか……」

「人間って……何なんですか……」



「種族が違うだけで、こんな目にあわないといけないんですか……?」

「あの人達は、暖かかった……なのに……」



「あなたの方が、よっぽど魔物みたいじゃないですかっ!!!!」




 初めて、反撃した。


 魔力も、身体も、命も、記憶も、全てを込めた全力の自爆魔法。


 周囲一帯を吹き飛ばし、クリプスは死んだ。


 全てを失い、意識を闇へと手放した。




















「そうです、それで、私は死んだんです」


「生きて欲しいって言われたのに、馬鹿みたい……」



 黒く染まった体が、僅かに戻っていた。その顔は正気を取り戻している。




「クリプスさん、人間が、憎い?」




「憎いです、許す事なんて、出来ないくらい」




「……うん、許してくれなんて、とてもじゃないけど言えない」

「クリプスさんの記憶、流れ込んできたよ」



「……なんて言っていいのか、正直分かんない」

「けど、クリプスさんを助けようとした人達は、確かに居たんだ」



「それが何だって思うかもしれない、それで許してくれとか、都合が良すぎるのも分かる」

「けど、あの人達の為にも、憎しみに染まらないでくれないか」



「そんなクリプスさんは、見たくない」



 何て勝手な事を言うのだろう、自分でも呆れてしまう。それでも、そんな結果は嫌だった。



 クリプスはしばらく黙り込み、両手でお守りを握り締めた。そのままクロノの胸に頭を預けた。




「クリプス、さん?」




「ずっと、辛くて、苦しくて……」

「人間なんて、大嫌いでした」



「けど、あの時貰った優しさとか、暖かさとか……」

「嬉しかったんです、それは、確かな物でした」



「死んだ後も、それを探してたんですね……」

「人間から貰った優しさ、それが確かにあったから……」



「記憶を失っても、それを求めてたんですね……」

「確かにあった、やっと、見つけた……」



 静かに、泣いていた。


 クロノはクリプスの頭を優しく撫でてやる。




「クロノさんからは、あの人達と同じ感じがします……」

「人間は嫌いですけど、この感じは、好きです……」




「……人間には汚い奴も確かに居るけど……」

「クリプスさんを助けようとした人達は、きっと違うと思う」



「悪意も確かにあるけど、クリプスさんには、人の善意も……信じて欲しい」



 クリプスを取り巻く黒い魔力が吹き飛び、黒く染まった体が元に戻っていく。顔を上げたクリプスは、片目が黒いままだったが、優しい笑みを浮かべてくれた。




「……私を利用した人達を、許す事なんて出来ないけど……」

「私を助けようとしてくれた人達や、私の為に頑張ってくれたクロノさん……」



「善意はもう、十分届いてますよ」




「……クリプスさんは、やっぱり優しいと思う」

「憎しみより、笑顔の方が似合ってるよ」




 その言葉で限界を迎えたクロノは、意識を手放した。吸命の魔力を無理やり突破したのだ、当然と言えば当然である。



 完全に解決とは言えないが、クリプスを悪霊化から救うことはできた。


 今は、それだけで十分だ。


次から、新章です(キリッ

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