第七百四十八話 『大掃除』
監獄の天地がざわめく程、国中が揺れるような感覚があった。空が曇り始め、あからさまに悪い事が起こっている。意味不明な挙動を取り、戦闘から逃げ出した秤のゴーレムを追いかける大罪達も流石に呆れてしまう。
「なんか加速度的に異変が悪化してねェかァ? 特に監獄の方が天気荒れ始めてるぜェ」
ディッシュの言う通り、遠くにそびえ立つ監獄辺りの空模様は曇りどころか雷雲が光ってるのが見える。
「真っ黒な空に覆われて……あんな天国おれは勘弁だな」
「つーか地上も地獄みたいな空気だけどねー……国中の人が引きこもってるし、お店とか殆ど閉まってる」
「これどれくらい前からこんなんなってんだか……色々機能してないしこのままじゃ滅びるんじゃない?」
「外に出ればあのゴーレムに襲われ、例え無罪でも監獄行きなのだろう、罪の有無など結局上の思うまま……我等を敬い言葉巧みに囲い、大罪と呼んだあの国を思い出す」
「心の底で怯え恐怖していても、平気でヘラヘラ笑い真意を隠し都合の良いように語り、操る、気づけなかった我等もマヌケよ」
「……気づいていながらも、夢って言葉に縋ってみんなを巻き込んだ……マヌケと言うならその責任は全て僕にある」
「我一人切り捨てていれば、最悪は避けられたであろうにな」
「ツェンを切り捨てる以上の最悪は、きっとなかったよ」
「全員巻き込んで、結果お前も堕ちるところまで堕ちて、言う事がそれか?」
「……堕ちた先で、こうやってまた会えたから」
「結果論だ」
「もー、隙あらばいちゃつかないでよ面倒くさいなー」
「しかしおれ達の全力の追跡から逃げおおせるとは……裁くだけが目的のゴーレムにしては妙に機能が凄いな」
「ダンジョンから出てきたっつってたなァ、仕様を完全に理解してねぇ道具の暴走とかろくでもねェぞォ」
「結局油断と慢心、制御出来なくなったツケだぜこれはよォ……管理しきれなくなった人の色々が噴き出してんだ、欲とか罪とか業とか呼び方なんてどうだっていい、全部が溢れて飲み込もうとしてんだァ」
「おーおー、監獄とは名ばかりの掃き溜めになってんなァ、いよいよ見た目も隠し切れなくなってんぜェ」
黒雲を纏う監獄が、その内から嫌な魔力を吹き出し始めている。間違いなく中の異変が、加速し始めている。
「クロノや切り札を取り込んだせいだろう、あいつらが何もしないで捕まってるわけがない」
「異物に反応し、今までゆっくり進行していた何かが加速したんだ」
「じゃあその影響で狂ってるもん全部加速して狂いまくるだろうよォ」
「ドゥムディ、あのゴーレムは何処に向かってんだァ?」
「感知系の能力を全部併用して追ってみてるが、多分城を目指している気がするな……滅茶苦茶に移動してるが方向的に」
割と全力で追いかけているが、秤のゴーレムとの距離は開くばかりだ。時折何かが砕けるような音がしたり、人の悲鳴が聞こえたりしている為、無差別に誰かを襲いながら逃げ続けているらしい。
「裁きを下す、その行動だけを優先してる暴走なら僕等から逃げるのはおかしいと思うんだ」
「あれはドゥムディのように意思のあるゴーレムじゃない、命令、プログラム通りに動くタイプだろう」
「暴走してるなら尚更妙だって話かァ? ツェンがぶん殴って根っこからぶっ壊れたんじゃねェかァ?」
「俺はそれよりめんどくさい気がするよー、裁くことしか考えてないならさー……」
プラチナが口を開く前に、城の入り口が見えてきた。大きな階段の先、城の城門が見える。そして、階段の両脇には巨大な騎士型のゴーレムが立っていた。
「既に嫌な予感がするな」
「飾りであって欲しいが、まぁ無理な話だろう……」
階段の一番上に秤のゴーレムが立っている。手にした秤全てが傾き、その瞬間騎士型のゴーレムが動き出す。
「有罪だってさ、俺達が楽に裁けないから実力で黙らせるつもりなんでしょ」
「ツェンが厄介だからもっと厄介なのぶつけてやろうって事か」
「ボク等は巻き込まれ損だなァ?」
「あの程度でどうにか出来ると思っているとは、舐められたものだ」
「我の業は、その程度の秤では小さすぎ……」
大罪の言葉を遮るように、大きな衝撃が走った。長い長い階段がせり上がり、地下から何かが這い出てくる。それはきっとこの国の秘密兵器か、最後の切り札か、なんかそんな立ち位置であろうゴーレムだった。城門と同じくらいでかい騎士型ゴーレム二体より更にでかい、獅子のようなゴーレムが姿を現した。勿論、正常な動作をしているようには全然見えない。なんか黒く染まってるし、目も赤とか黄色とか色を変えながらチカチカしていた。
「勘弁してくれよなァ、この国まともなモンが今のところ一個もねェぞォ」
「俺達観光に来たんじゃないのー? マルスの器のセンスよ」
「あれもダンジョン産なのか……それとも今を生きる者達の一品か……超絶天才の腕を見た後なら色々考えてしまうな」
「実力行使って事なんだろうが、あれでも不足か? ツェン?」
国の危機に動き出すエルルゥの守護神。ダンジョン産の武装やアイテム、術式を今の技術者が組み上げ生み出した最先端のゴーレムだ。あの超絶天才も中々と評価したこのゴーレムの名はマグヌス・レオン。エルルゥの最終兵器であり、最強の存在である。
「不足だ、我を誰だと思っている」
もっとも、暴走し正常な動作も出来ないゴーレムが大罪に敵う通りはない。獅子は動く間もなく傲慢に殴り飛ばされ、せり上がった階段をぶち壊しながら後方へ吹き飛んだ。階段の上に居た秤のゴーレムが落下し、地を蹴り飛び上がったツェンは遂に秤のゴーレムの首を鷲掴みにする。
「さぁ、裁いてみせろ……我が傲慢をっ!!」
「『有罪』! 『有罪』! 『有罪』!」
「あれに関しては器物破損じゃねェかァ?」
「正当防衛じゃないのー?」
「騎士型も来るぞ、それに獅子型も壊れてない……すぐに動いてくる」
「さて、ぶっ壊してその罪全部あのアホに押し付けるとしよう」
「とんだ観光になったもんだよ、中々出来ない体験だ」
大罪達が器物破損の罪をクロノに擦り付けようとしている頃、クロノは国の王と共に監獄の最下層に降り立っていた。
「暗いのは置いといて……なんで壁とか床がぬちょぬちょしてんですか」
「掃除は行き届いている筈なんだがね、監視室からここに来るためのリフトも機能していない」
悪魔の影響を受けた流魔水渦のアジトもこんな風になっていた為、もう疑う余地はない。ここに大量に放り込まれた悪魔の影響を受け、捕まっていた罪人達も悪魔化、影響は広がり魔窟と化したのだ。
「元凶になってる悪魔達の意識を水の力で刈り取れば、収まるかな……」
「どの道ここに押し込んだままじゃ何の解決もしないし、騒動を治めてルトさんに連絡を取らなきゃ……」
「世界一の監獄が罪人の処遇で他に迷惑をかける事になるとは……我はこの国始まって以来の愚王だな」
「罪人や悪魔をここに一気に押し込む事になったのは、俺が世界を巻き込んで好き勝手やったせいですし……」
王もクロノも気まずそうに目を逸らす、周りも黒に染まっている為空気が重い。
「落ち込んでいても仕方がないな、ここで取り返さねば我は腹を切らねばならん」
「気を引き締めろクロノ、下層は凶悪な罪人ばかりだ」
「正気を保っている奴はいそうにないですね」
「…………王様、俺の後ろに」
前を行こうとする王の肩を掴み、クロノは自分ごと王の全身を風で包み込む。
「おいおい、過保護が過ぎないか? 君ほどじゃないが我も多少は腕に覚えが……」
「出来るだけ大きく息を吸わないで、毒です」
「なに?」
周囲が毒霧で覆われる、視線が幾つも突き刺さる。ここは既に魔窟、元討魔紅蓮や悪魔騒動で捕まった奴等が潜む地獄だ。
「……関係ないなんて口が裂けても言えないから、寝てる間に積み上がったものは片付けないと」
「楽しい事は、掃除の後じゃないと思いっきり楽しめないからな」
向けられる敵意を真っ向から受け止め、クロノは自然体で構える。楽しい観光の前に、後片付けの時間だ。
「みんなとの休暇が待ってるんだ、これ以上グダグダしてらんねぇんだよ!」
観光の為、監獄内の大掃除の時間だ。




