第七百四十五話 『すれ違いの運命』
上からも下からも怒号や悲鳴がこだまする、自身の置かれたこの状況を必死に頭の中で整理し、クロノは精霊達に呼びかける。
(聞こえるか、予想通りだろうけど俺は今監獄の中に居るらしい!)
(おう、契約者が投獄されて俺達は悲しみの涙を流していたところだよ)
(嘘つけ笑いを堪えてんのバレてんだよ! そっちはどうなってんだ! 緊急事態って何があった!?)
(まぁゴーレムが無差別に人々を裁きまくってんな)
(とんだ独裁国家のていを成してるよ)
(とりあえずそっち行くねぇー)
「え、ちょ……」
精霊達が全員、クロノの傍に現れた。心細さは解消されたがこれでは向こうと連絡を取る手段が無くなってしまう。
「これで……共犯……責任は、取って……」
飛びついてくるティアラをおぶさりながら、クロノは慌てた様子でアルディ達に向き直る。
「すぐ駆けつけてくれるのは嬉しいけど! これじゃセツナ達と連絡が……向こうの状況が!」
(君は本当に無能だな)
頭の中でマルスの声が響く、こんな状況でも変わらぬ手厳しさだ。
(肉体を取り戻し顕現したとはいえ、君はまだ僕の器……離れていても会話くらいは出来るさ取り乱すな)
「おぉ……マルスが俺の精霊みたいだ」
(君が僕の器だって言ってんだろ調子に乗るな投獄済みの犯罪者め)
「現役の大罪に犯罪者扱いされた……」
(状況は現在進行形で進んでいる、とりあえず僕達は目の前の秤のゴーレムをどうにかする、が……)
「どうした? 何か問題が?」
(一つ、このゴーレムは外部的要因で狂ってる、止めるには壊すかその要因を取り除くかだ)
(恐らく要因はこの近くにはいない、多分核はそっちにあるだろう)
「監獄内に?」
(悪魔の力で狂っているのは分かるが、こいつを包んでいる力がそっちから放たれているんだ)
(監獄内を肥やす事で、そちらの発生源を強めているとみてる、投獄されたついでに君もそちらを探ってみてくれ)
「分かった、他の問題って?」
(切り札が監獄内に投げ飛ばされ呑まれた)
「セツナーーーーッ!?」
(レヴィとミライが救助に向かっている、そっちはそっちでなんとかしてくれ)
(こっちは秤のゴーレムとやらをどうにかする、今しがたツェンが殴り飛ばしたのだが……反撃もせず何処かへ逃走してしまった)
(これ以上被害を出さぬよう追撃する、可能な限り壊さないようにするが……最悪容赦はしない)
(いつものように甘ったるい解決を望むなら、精々気張れよ犯罪者)
「激励どうも、理不尽すぎて怒りがこみ上げてきたよ」
(ほざけ)
「憤怒の器に相応しいだろ、そっちは任せたぜ」
マルスの気配が頭の中から消えた、現場に集中したのだろう。やる事が整理された為、クロノの混乱も収まった。今はとにかく情報が欲しい。
「さて……やるべき事は分かったけど……情報は不足中だ」
(どうする……? この監獄は上は天国、下は地獄……どっちに向かう? 普通に考えれば下が怪しいけど明らかに下の方が悲鳴が多い……)
「牢屋がいっぱいだけど全部開いちゃってるねぇ」
「もはや監獄とは名ばかりだ、看守とか居ないのかな?」
「看守ならボコボコにされて下に落とされたよ、困った事にね」
「そりゃ難儀だな……ってん?」
入り口が開いたままの牢屋の中に、一人の男性が寝そべっていた。クロノは男の顔を知っている。
「どうやら、この国は想像以上にやばい状況だな……?」
「どうしたお前、顔青いぜ」
「エルルゥの王様が、どうして監獄に居るんですか」
「ははは、難題だね」
「罪を裁き、世界最高の監獄を有する故に驕っていたのかもしれない……討魔紅蓮に悪魔騒動、この二つが我が想像を超えていたんだよ」
「欲深い罪人を一気に抱え込み、そこに悪魔に影響を受けた者達を加えてしまった……欲にブーストがかかった者達は相乗効果で一気に悪魔化、監獄内でそれは膨れ上がり全てを飲み込んだ……結果秤のゴーレムの暴走に繋がり、我を含め王族も民も無差別に監獄送りさ」
「逃げ惑う者、鬱憤を晴らす者、理不尽に怒る者、あらゆる感情はこの感情の暴走した監獄内で弾け、荒れ狂っている、罪を注ぐこの場が今や憎悪の坩堝だ」
(……討魔紅蓮に悪魔騒動……二つの事件の発端はある意味じゃ俺だ……一気に犯罪者を生んでここに集中させたから……)
「それは真実じゃないよ、クロノ少年」
「我が国の檻ならば抑え込めると思い上がった我の落ち度だ」
「俺の事知って……」
「そりゃね、君はもはや有名人だよ」
「一応我が国にも流魔水渦との繋がりはある、それ含め悪魔を、生き物の欲、その爆発力を侮った我が落ち度よ」
「無実の民や王族、それらを比較的安全な監獄中心部に避難させてきたが、我一人ではそろそろ限界……問題解決には至らないと思っていたところに君が転がり込んで来た……最悪の中に希望の一手だ」
「出会ったばかりでこんな事を頼むのは心苦しいが……この無能な王に力を貸してはくれないだろうか」
そう言って、王が頭を下げてきた。この事件の元を辿れば、自分は無関係じゃない。答えなんて、決まってる。
「頭を上げてください、むしろ……手伝わせてください!」
「俺は無関係じゃない、俺の撒いた種なら、後始末は俺がやらなきゃ!」
「恩に着るよ、負の感情を一度に抱え込み、それらが一気に溢れたのがゴーレムの暴走原因だ」
「監獄の下から特に溢れている、討魔紅蓮の残党が一気に悪魔化したんだろうね」
「我は特に恨まれているから、囮になったりして注意を引き無実の者達を避難させたりしてたんだ」
「どうやってこの中腹に避難させてたんですか?」
「そりゃ担いで壁を登ってだよ」
「逞しい王様ですね」
「このバルバトス・マークス、能力と口だけで罪人を裁いて来たわけじゃないさ」
「最も多数の悪魔に対しては無力、正面突破は無謀だろう……だが君がいれば話は違う」
「監獄の最下層は悪魔の巣窟……そいつらを鎮圧すりゃあ……」
「秤のゴーレムは止まる、事態そのものの鎮圧に繋がるはずだ」
「確かに話が違うや、解決手段が簡潔で分かりやすいですね」
「んじゃ突っ込みますか」
「君の言葉は嘘が無いなぁ、話が早くて助かるよ」
「俺が居れば無謀じゃない、正面突破です!」
吹き抜けに飛び込み、クロノは監獄の最下層を目指す。何かを忘れているような気もするが、この先の混沌を静めれば全てが解決するのだ。迷いなんて振り切り、クロノは空中を蹴り加速する。国の王と共に、悪魔溢れる底を目指す。その頃、切り札は監獄の上層部で犯罪者達に追われていた。
「ぎゃははははは! 自由だ女だぎゃはははははっ!!」
「うわあああああああああっ! なんだここは世界で一番の監獄じゃないのか!? 牢屋が全部開けっ放しなんだがっ!?」
「欲のままに暴れ回れ! 世界最大の監獄を世界最大の犯罪者の巣窟に変えてやれぇっ!!」
「どうしてこうなるんだああああああああああ!? 先に来てる筈のクロノは何処だああああああああああああ!?」
そのクロノなら丁度こことは真逆の方向に舵を切ったところだった。
「大人しくしろ女ぁあああああああ!」
「そう言われてはいわかりましたなんて言う奴がいるかぁ!」
後ろから飛び掛かってくる男に対し、セツナは急ブレーキから一気に身体を捻り回し蹴りを放つ。着地に失敗して転びそうになったが、そのおかげで挟み撃ちにしようとしてきた男の顔面に肘が直撃し撃退できた。
「うげぇ!?」
「うわびっくりした!? っていうかなんだこの数は!? 完全に囲まれてる!?」
「嬢ちゃん諦めな、ここは監獄罪人がいっぱいだぜ?」
「何の罪もない一般人もぽいぽい放り込まれてたみたいなんだが!?」
「あぁその手の奴等は国の王が人間離れした動きで回収して、どっかに集めて保護してんぞ」
「憎たらしいことにあの王は強い、数の暴力でボコボコにしたいところだが今のところ逃げられてばかりだ」
「募り募った怒りや憎しみ、悪いが嬢ちゃんの身体で発散させてくれや」
「嫌です助けてください!」
「そう言われてはい分かりました、なんて言う罪人はいねぇよなぁ」
「レヴィーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!! 助けてくれえええええええええええっ!!」
ここは監獄、逃げ場はない。当然助けを求める声なんて、届く筈もない。しかし、声は届かずとも嫉妬と色欲はセツナ回収の為に動いていた。
「あぁもう、世話の焼ける切り札だよ」
「レヴィったら……セツナちゃんが心配なんだよね」
「愛っ! だよねぇっ!!」
「セツナがいないとこうやってミライが絡んでくるのが鬱陶しいんだよ」
「愛されて、愛して……キャーーーーッ!」
(鬱陶しい……)
「でも監獄目指して飛んでるけど、どうやって入ろうか? 簡単に入れるものじゃないと思うし、セツナちゃんを取り込んだ時の外壁の動き、あれ普通の動作かな? 悪魔の力の影響受けてる?」
「考えても分からないし、何より考える必要もないよ」
「レヴィの力とミライの力を合わせれば、世の理は黙って道を譲るよ」
「愛を感じる、コンビネーションだねっ!?」
「なんでもいいよ……ん?」
監獄の近くまで飛んできたレヴィ達は、人影を発見した。何やら監獄の入り口付近でモゾモゾしている。
「人かな? 見張りかな?」
「武装もしてないし、監獄の見張りには見えないよ」
「そもそも、子供じゃない?」
警戒しつつ、レヴィ達は翼を畳み着地する。その少女らしき人影は、すぐにレヴィ達に気づいて振り返った。
「……誰? 今取り込み中……」
「あら可愛い、光ってる女の子だわ」
「普通少女は光らないよ、レヴィ達はそこの監獄に用があるんだけど……」
「……シャルも、この中に用がある」
「……ルイン、この中に飛ばされちゃったから」
「…………んー? なんかどっかで感じた事のあるような力を感じるよ」
「レヴィの知り合い?」
「ツェンを追いかけてる時、なんかどっかで感じたような気がするよ」
「でもまぁ、今はそれはどうでもいいかな、今はこのちびっ子が敵かどうかの方が大事だよ」
「そだねぇ、有り得ない魔力を感じるしね」
目の前の少女から、冗談みたいな力を感じる。戦闘になればお互いタダじゃ済まないと確信できるほど、底が知れない。
「敵じゃないよ、シャルはこの中から連れを助けたいだけだよ」
「あら、お仲間!」
「目的がレヴィ達と一緒だね、だったら手を組まない?」
「信用はしないけど、同じ方向に行くならそっちのが楽そうだよ」
「でもこの壁、特別な魔力で中々壊せないよ」
「レヴィがその特別を剥がせるとしたら? 壁は壊れる、石ころは壊れない」
その辺の石ころに壊れない力を宿し、壁に壊れるというルールを貼り付ける。レヴィが理を歪めた瞬間、壁にヒビが入った。
(レヴィの力ですぐ割れない……流石世界一の監獄、単純な造りじゃないね)
「おぉー……使えるね、おチビさん」
少女の纏う魔力が巨大な骸骨のような形に膨れ上がり、ヒビの入った壁を殴りつける。監獄の壁はぶち抜かれ、破片は全て塵と化した。
「ひぇー……」
「……結構やるねちびっ子」
「……そっちの方がおチビだと思う」
「多少嫉妬したけど、それじゃまだ足りないよ」
「まぁなんでもいいや、さっさとセツナ見つけて帰ろうか」
「クロノ君は?」
「自分でどうにかするでしょ、あれはさ」
「ルイン、今行くよ」
シャルと名乗っていた光る少女は、上を見上げていた。どうやら、目指す場所も同じらしい。セツナも上の方に飲まれていた為、一行はとりあえず監獄の上を目指す事にした。その頃、犯罪者の群れに襲われ絶体絶命の危機に陥っていた切り札は、いきなり割り込んで来た悪魔に救われていた。
「ふざけんな……悪魔如きが……ヒーロー気取りかよ……!」
一閃で敵の群れを薙ぎ払った悪魔は、すぐにセツナに向き直る。
「怪我はないか?」
「監獄にも……監獄にもヒーローは居たんだ……!! ありがどう助かったよぉおおおお!」
「うおっ!? 表情ないのに凄い涙の量だ!」
「悪魔だから有罪とか言われていきなりここに転移させられたんだが……君を救えたからラッキーだったかもな……」
「何この悪魔良い人……」
運命は、おかしな形で交差する。




