第七百四十四話 『いざ、監獄島!』
「さぁ出発だ! 目的は正真正銘の息抜き! 行くぞ監獄島!」
ギガストロークに乗り込み、クロノ達は新たな目的地を目指し気合いを入れ直す。数名うんざりした顔をしているが、気のせいだと思いたい。
「また狂った移動であの世に半身突っ込む事になるのか……」
「セツナが既に死にそうだよ」
気のせいだと思いつつ、クロノは船内から顔を出し見送りに来た専属勇者二名に手を振った。
「また来るよ、拒まれても関わりに来る」
「歓迎はしない、だが……また会おう」
「次はもっと憧れさせてやろう、この名に誓ってな」
単純な縁ではないが、それでも結べた縁を今は喜びたい。ゲルト城を見上げ、クロノは新たに結んだ絆を確かに胸に残す。今度は、意識を失うことなくちゃんと自分の中にしまい込めた。
(全部出し切って気絶して、その後のあれこれ全部後回しにしちゃったからな……今後こう言う事は無いようにしたいもんだ)
色んな事を大勢に押し付けてしまったし、改めてまだまだ自分には色々足りていない。せめて自分のやった事に対しての責任くらい、その場で抱え切りたいものだ。
「強くなりたいなぁ」
小さく呟きながら、クロノは船内に戻り船の操作を簡単に済ませる。目的地を入力し、ギガストロークは一瞬で加速する。物理の法則を彼方へ投げ捨て、ギガストロークは音を超えた。専属勇者二名が唖然としていたが、残念ながらクロノ達はその愉快な顔を拝めなかった。
「おー速い速い、あはは慣れたもんだよなぁ」
「慣れて堪るか馬鹿野郎」
「うわああああああああああああああああああ!」
「あらら大変、セツナちゃんがまた跳ね回ってる!」
セツナがスーパーボールみたいに船内を跳ねているが、まぁ船内には大罪が全員配置されているのだ、誰かに着弾すれば助かるだろう。
「丁度いいからセツナで遊ぼうかミライ」
「えぇ? 良いのかなぁ……」
「良いんだよ」
「良いわけあるかぁ! 素直に助けろアホレヴィ! チヴィ!」
「レヴィが許可してるから良いんだよ、いつからセツナは人権があると勘違いしてんの?」
「あるよ! 人権あるよ!」
「切り札に人権はないんだよ」
「酷ェ悪魔が居たもんだぜェ……とんだ虐めの現場だなァ」
「どうでも良いが船内で騒ぐな痴れ者が!」
「騒ぎたくて騒いでないんだよ!」
おぉ凄い、あのドジスキル最大のセツナがツッコミの為だけに船内の天井を片足で蹴り付け綺麗に着地してみせた。すぐに勢いに流され後ろの方に吹っ飛んでいったが、それでも数秒はこの狂った速度で走る船に対応してみせた。
「良いね、昔の俺を思い出すよ……やっぱ良い修行になるよなぁ」
「エティルちゃん、たまにクロノって変だなって思うんだよねぇ」
「今更だろ、ルーンと比較すりゃマシってだけでこいつも大概変だぞ」
「俺の精霊からの評価どうなってんの?」
「信頼も好感度も高いよ、でもそれとこれとは別ね」
「立場上……冷静に……見極める……怒る所は、ちゃんと、殴る」
「殴るんだ……穏便に済ませて欲しいんだけど」
「言葉で殴って欲しいならお望みのままに、ね」
「手厳しいなぁ」
辛口を叩き合いながら、クロノは飾りの運転席で地図を広げる。後ろからドゥムディが覗き込んで来た。
「目的地は四大陸じゃないんだな」
「うん、監獄島って呼ばれてるとおり島だよ」
「島にあるのはエルルゥって国と、島の端にそびえる監獄……その名もエルルゥ・ホロウ、天地両方に広がるこの世界で最大の監獄だ」
「討魔紅蓮の一件で捕まった奴等が最近沢山放り込まれたらしいし、今回の悪魔騒動で捕まった人間とかもそこに送られたそうだよ」
「なるほど、少なからず縁があると」
「マイナス方向の縁にならないように、ご挨拶も兼ねてね」
「クロノー! 今回は休むからな! 遊ぶんだからな!」
「分かってるよ、今回は観光なんだからそう力むことないぞ」
「変なフラグにならなきゃいいけどなァ」
「ユリウス王も変な事言ってたけどさ、何度も言うけど観光地なんだから妙な事なんて起こらないって」
「王様も癖のない人だし、世界一の監獄を抱えてる国なんだ、治安もピシッとしてるから安心だってば」
「お前は信用を初手で投げ捨てているんだ、喋れば喋る程疑われるぞ」
「酷い、でも言い返せない……!」
「ふん……見てろよマルス、お前の怒りが消し飛ぶほど楽しませてみせるぜ!」
「なら今回もしくじった場合、何か罰ゲームでもしてもらおうか?」
「望むところだよ、勇者物語の舞台でもあるんだからな、俺の知識で完璧なガイドを……」
「あはは、じゃあクロノが負けたら女装でルトちゃんとお風呂にでも放り込もうかぁ」
このクソ精霊は突然何を言っているんだ、それは罰ゲームではなく処刑に等しいだろう。
「それの何が面白いんだ」
「いやぁこれ以上面白い罰ゲームもそうないと思むがぁ!」
「エティル、握り潰されたくなかったらちょっと黙ろうか」
「あ、うんわかったー」
(エティルちゃんが反応出来ない速度で背後から……! そして本気の殺気……! アルディ君に似てきたねクロノ……)
「……エティ、恐ろしい……」
「超えちゃいけないラインを余裕で飛び越えていくもんなあいつ」
「でも僕も面白そうだって思ったよ」
(なーんか着実に変なフラグ立ってきてるような気がすんだよなぁ)
危険因子の風の精霊を手のひらで丸めつつ、クロノ達は順調に海路を進む。速度以外何の問題も無く、監獄島に辿り着いた。流石に超速で突っ込んでは正規の港をぶち壊し兼ねない為、島の近くから減速し普通の船のように港に潜り込む。
「よっし着いた! 入港手続きも済んだから降りてきていいぞー!」
「名前の物々しさからは考えられないくらい普通の国だな?」
遠くに見える天高くそびえる監獄以外は、普通の国と言えるだろう。だが、少し違和感があった。
(……? 船は沢山あるし、係の人もいるけど……なんか人少ない?)
「あの、貴方達はどのような用事で……」
「あ、観光に来たんですけど」
港の管理人だろうか、一人の男が声をかけてきた。その表情は困惑しているようだった。そう言えば入港手続きの際、受け付けてくれた女性も驚いたような顔をしていた。
「悪い事は言わないので、すぐに出ていった方が良いですよ」
「はい?」
「! あ、いや……すいません! これ以上は罪になるかもなので……!」
そう言い残すと、男は逃げるように立ち去ってしまう。
「なんだァ? 罪になるかもって」
「王が無罪の民を監獄に放り込み、独裁国家を作り上げている……とか?」
「まさか……エルルゥの王様は民に愛されてる良い王様だよ、罪人を裁く時も贔屓無しだし有り得ない」
「にしては、国は賑わうどころか閑古鳥が鳴いてんぞ」
人がいないわけじゃない、だが活気はない。皆何かに怯えているような、警戒しているような、そんな様子だった。何より、誰もが沈黙を貫いている。
「話が違うぞクロノ……」
「待てまだ慌てるような段階じゃない……きっと観光名所は賑わっている筈……」
「むしろ何か問題が起こってるなら、僕等の契約者は首を突っ込むだろうね」
「また休めない展開だよぉ!」
「話が違うぞクロノオオオオオオオオオ!」
「待てまだそうと決まったわけじゃない! セツナを泣かせるなお前等!」
(焦ってる時点でもうだめだろうなァこりゃあ……)
と言う事で、ぐずるセツナを引きずりながら観光名所を巡ってみる事にした。
「ここは勇者物語にも出てくる場所でな、ある勇者が監獄を背に旅立ちの決意を仲間に告げるシーンで」
「監獄は良く見えるし、確かに見晴らしの良い高原だ」
「だからこそ、人が一人も居ないのがよく分かるな」
「ふぁぁ……眠い中連れ出されてみれば……なんともつまらない場所っすね」
「この観光地……何か、変……!」
「おいおいガイドブックに逃げるんじゃねェぞォ」
「真面目な話、誰も居ないのは流石に異常だよ!」
「真面目な話をするなぁ! 私は遊びに来たんだぁ!!」
「目を背けてる場合じゃないだろ切り札! 静まり返った国に戻って情報収集だ!」
「仕事の流れじゃないかぁ!!」
セツナが可哀想でもあるが、どう考えても無視は出来ない。クロノ達は急ぎ足で国へ戻り、この異常の解決に動き出す。
「まずは城に向かおう! 王様に話を聞こう!」
「この国で何か異変が起こってるなら、最初に思い浮かぶのはやっぱり監獄だし、そこを調べるには許可が居る!」
「立て続けに大量の罪人を抱えた際、特大の遺物でも飲み込んだかね」
「ミライちゃん気になってるんだけど、そもそもこの国は罪人をどう裁いてるの?」
「慧眼を持つ王様なら、ミライちゃん達も悪魔だし罪人なのでは?」
「この国の王様は固有技能で嘘を暴けるんだ、だから罪人に真実を語らせる」
「被害者、加害者、第三者に国の声、真実を並び立てて、法と照らし合わせて、その重さで罪を決める」
「重さ? 罪の重さなど如何にして?」
「ゴーレムだよ、勇者物語にも出てくる……ダンジョンから発掘された秤のゴーレム」
「物体だろうが、概念だろうが、ありとあらゆるモノの重さを秤にかける凄いゴーレムなんだ、あれがあるからこそ、この国の裁判に狂いはないってさ」
「王様があらゆる真実を語らせ、裏表のない罪を暴き、それを法と秤にかける……重さの有無で罪が決まり、エルルゥ・ホロウの天地どちらに放り込むか決まる……だったかな」
「理屈は分かったが、危ういな? そのゴーレムが狂えばどうなるんだ?」
「言いたい事は分かるけど、ダンジョンから発掘されて一度も壊れてないんだぞ」
「それにフローが生まれてからは、何度かあいつが整備に来てるって話だ、あいつが生まれる前から一度も壊れてないゴーレムが今はあいつの手が加わってる、壊れるとかないって」
「壊れたら、なんて誰も聞いていない」
「ん?」
「狂ったら、と聞いたんだ」
マルスの言葉にクロノが僅かに動揺した、その時だった。突然影が、クロノ達に覆いかぶさった。顔を上げると、巨大なゴーレムがそこにいた。腕が六本の、巨大な人型のゴーレムだ。
(この姿は……本に出てきた秤のゴーレム……!)
「何故走っているのですか」
「は?」
「何故、国のメインストリートを全力疾走しているのですか」
機械的な音で、秤のゴーレムは妙な質問をしてきた。国の核であり、大切なゴーレムが何故こんな場所にいるのだろうか。そして何故こんな些細な質問をしてくるのだろうか。
「あ、えっと、お城に行こうと」
「何故お城に行くのですか」
「えぇ!? あー……国に何か起こってる感じがして、それで王様にお話を……」
「お国の為ですか」
「えっと……そうなるのかな……」
「『有罪』」
「は?」
秤のゴーレムの六つの腕は全てが天秤を持っているのだが、その内の一つがクロノの前に突き出される。その天秤が音を立てて思いきり傾いた。
「自己満足の正義は、有罪です、有罪です、有罪です」
「え、ちょ……」
「ギルティ、ゴー、プリズン、イエァ―」
クロノの足元に魔法陣が現れ、有無を言わさず光が身体を包み込む。次の瞬間、クロノは後頭部を石畳に打ち付けた。何処かに、放り出されたようだ。
「は?」
「ん? また来たか」
誰かの声に顔を向けてみれば、鉄格子が目に入ってきた。どうやら牢屋の中のようだが、様子が変だ。牢の扉は、開いている。飛び起き牢の中から飛び出して見れば、吹き抜けの塔のような場所に自分は居た。
「見上げれば天上、見下ろせば地獄……ここはエルルゥ・ホロウの真ん中らへんだ」
「お前さんも捕まったのかい? どんな罪で放り込まれたのやら……ここは今無法の極みだぜ」
「監獄の中が、無法……?」
「あぁ、何かが一つでも狂えば、こうもおかしくなっちまう」
「罪の基準が狂えば、最も高潔で煌びやかな場所は、最も狂った地獄になるんだ」
「お前さん、自分の罪を語れるかい? 無罪を証明できるかい? ヒヒッ……」
男が狂ったような笑みで笑った瞬間、上からも下からも衝撃音が響いた。続いて、叫び声に唸り声、金属音に発砲音、爆発音まで聞こえてきた。すぐに理解する、この国の異常は想像以上に不味い段階にある。
(……四精霊、やばい状況らしい……そっちは今どうなってる?)
(おぉ無事か、何よりだ)
(こっちか? こっちも大概、緊急事態だ)
フェルドの声に安心するが、そうも言っていられないらしい。精霊達は勿論、大罪達も、セツナでさえ、目の前の異常に絶句していた。
「挨拶をしない、『有罪』」
「道の真ん中を歩く、『有罪』」
「凶器を確認、『有罪』」
「『有罪』 『有罪』 『有罪』」
「独裁国家どころじゃねェなァ、とんだディストピアがあったもんだぜ」
「ドゥムディ、どう見る?」
「悪魔が宿っている、あれもまた欲のまま純粋に狂っている」
「機能はそのままに、枷と方向性を外しているんだろう」
秤のゴーレムは無差別に、手当たり次第罪を量り、その全てを有罪として裁いていた。有罪判決を受けた人々は光に包まれ、その姿は何処かへ転移されてしまう。
「十中八九監獄行きだろう、この調子では国中の者が豚箱送りだぞ」
「ぬああああああああああ! 観光どころじゃないぞ!!! っていうかクロノが真っ先に消えたんだが!!」
「どうするんだ相性最悪だぞ!! 罪も罪! 大罪七人引き連れてどうしろってんだ!!! あっという間に全員監獄送り待ったないじゃないかぁあああああああああ!」
「失礼だね、嫉妬しちゃうよ」
「切り札を置き去りにして何やってんだあのバカはああああああ!」
「貴女は切り札ですか?」
「そうだよ! 何の役にも立たないけどこれでも切り札なんだよすいませんね役立たずで!」
「あ、バカ」
「誰が馬鹿だ!」
「切り札なのに役立たずなんですか」
「はい?」
後ろから覗き込んできている秤のゴーレムに対し、セツナは役立たずと自白してしまう。
「…………見逃してくれないかなぁ」
「『有罪』」
「いやああああああああああ!!」
咄嗟に剣を抜き、セツナは足元に剣を突き刺す。魔法陣が砕け散り、見事転移を無効化した。
「やった勝った!」
「わぁ凄い」
「ほう、中々やるな」
「素直に褒められた! やった! ってん?」
はしゃぐセツナを、秤のゴーレムは二対の腕で鷲掴みにする。
「判決に抗う、『極有罪』」
「え、ちょ……待って、やだやめて」
「ギルティ、ゴー、プリズン、イエァ―」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
そびえ立つ監獄目掛け、セツナは凄まじい勢いで投げ飛ばされた。監獄の外壁が開かれ、セツナが綺麗に吸い込まれていく。
「流石に可哀想になってきたなぁ……」
「世話の焼ける切り札だよ……」
「マルス、レヴィとミライはあの役立たずを助けにいってくるね」
「あぁ、こっちは僕達でやろう」
「貴方は何者ですか?」
秤のゴーレムは続けてツェンに話しかけてきた。傲慢の悪魔は腕組みしたままゴーレムに口を開く。
「我は傲慢の悪魔、頭が高いぞ屑鉄が」
「傲慢、人に迷惑をかける生き方、『有ざぁが」
言の葉よりも早く、傲慢の拳がゴーレムを殴り飛ばした。
「笑わせる、鉄屑如きが我の罪を推し量るか?」
「我を裁ける者など存在せんわ、傲慢故に」
「丁度いい、大罪などという不名誉な呼び名をここで捨て去ろうではないか……世界一純粋な欲を罪とするなら、それは貴様らのエゴであろう」
「欲で狂った執行者に、僕等が裁けるか見物だね」
「面倒くさいなぁ……もぉ……」
「中々愉快なゴーレムだ、壊すなよツェン」
「結局こうなるんだなァ、とんだ観光になったもんだぜェ」
有罪判決を覆せ。




