第七百四十二話 『禍筒』
困った事になった。国の王に休戦を言い渡され高所から叩き落されたと思ったら、国の専属勇者に銃を突きつけられている。此方の態勢は崩れている為、少々不利な状況だ。
(深紅の鎧、大砲みたいなでっかい銃に……銀髪蒼眼……間違いない)
(……禍筒・カーラオイル……剣聖・ヴェルクローゼンと並ぶゲルトの専属勇者……!)
「死ぬか生きるか、貴様に選択の権利は与えん……! 私は貴様を、撃つと決めたぁ!!」
(バイオレンスだよぉ!)
(登場からまだ数秒だっていうのに、随分な敵意じゃないか)
銃口が光り出しているし、本当にぶっ放すつもりだ。態勢を整え避けるのはわけないが、避けたら避けたで建物や地面は消し飛ぶ事になるだろう。
(いやでもそんなの知った事じゃないって雰囲気だし! 明らかに冷静じゃない、何かがプッツンしてる!)
「ま、待った!! ここは街中だぞ!? あんた自分の国を自分でぶっ壊す気か!?」
それでも常識で壁を張る、それが一番最速で出せる抵抗だったから。ほぼ無意味でも一瞬動きが止まればその分有利になる、だから言うだけタダの精神でクロノは叫んだ。次の瞬間、何故かカーラオイルは後方に飛び退いていた。
(!? 引いた……!? なんだ何考えてる……? 何がしたい?)
「思った通り……主の目は騙せても我の目は騙せんぞ……!」
「国を、人々を盾にするなんてこの外道がぁ! 恥を知れ卑怯者が!! バーカバーカ!」
(なんだ、ただのアホなのか……)
「今物凄く失礼な事考えたろ! 残念だがヴェルと同じように洗脳出来るとは考えるなよ!」
「我はこの国の専属勇者! この世で最も正当で絶対な力でもって万象を穿つ者! 悪しきは我の前で栄えない、燃え散る手間も無く一撃で消し飛ばしてくれる!」
再び銃を構え、何かしらのパワーを集中し始めるカーラオイル。実際肌がピリピリするくらいとんでもないパワーを銃口の光から感じる。
「震えているのか可愛いな! だが諦めろ! 悪はこの光の前に屈する定めよ!!」
「じゃあ俺の後方にあるゲルト城は悪って事かな、このままじゃ城に穴が開くぞ」
「この卑怯者がああああああああああああああああああああああああっ!!」
思わず銃を地面に叩きつけるカーラオイル。銃を手放した瞬間、何かが彼女の身体から抜け落ちた。
「あ、あぁ……うぁあああ……」
「か、活力が……力が抜け……な、なんたる不覚……おのれここまで卑怯者だとは……」
「なにしてんだこいつ」
「多分あれだよ、あの銃がゲルトの三宝の一つ、生神一砲なんだ」
「ヴェルさんの刀、死神一刀もそうだけど、所有者はあの武器を手放すと相当なリスクを背負うんだ」
「確か刀は身体の、銃は精神の力が削がれるとか」
「知って……知って尚……このような屈辱を……! 貴様に武士の情けはないのか……!」
「勇者特集であんたがこの秘密漏らしてヴェルさんにキレられてた記事は伝説だよ」
「くっ!! 殺せぇっ!!」
「殺さないよ……」
そう言ってクロノは銃を拾い上げる、これを手元に返さない限りカーラオイルは脅威にはならない。逆に言えば返すと危ないのは間違いないが、これを街中に放置する方が危ない気がする。
(りょ、両手で抱えても重い、そしてでかい……本当に大砲みたいだ……!)
「返せー! 返せー! それは我が主から賜った我のだー! 我の武器返せー!」
「……なんか、哀れ……」
「でも返しちゃって良いのかい? 王の態度から察するとあの子の襲撃はあの子の独断だし、それは城に返却して後片付けも全部押し付けた方が安全だし今後の為だと思うよ?」
「アルディ君ってたまに本当におっかないよねぇ」
「だが俺もアルに賛成だ、面倒ごとは押し付けるに限る」
「まぁ俺も少しそうしたい気持ちがあるけどさ……」
「クロノがアルディ君みたいになっちゃったよぉ! エティルちゃんは悲しいよぉ!」
「それどういう意味かなエティル?」
「ひぃ!」
「向こうが誠意を見せてくれたなら、こっちも仲良くいきたいじゃんか」
「それに俺は各地の専属勇者に憧れがあるんだ、ページが擦り切れるくらい勇者関連の本を読み漁って、子供心にずっと映し続けてたんだからさ」
「ヴェルさんだって初対面があれだったからピリピリした感じになっちゃったけど、本当はサインを貰いたいくらい憧れてたんだぞ」
「まぁあの当時にサインねだってたら俺の炎は消えてたかもな」
「逆に燃え上がってたかもよ、やっぱこの契約者面白ェってさ」
「あー……駄目だ心が暗いー……路地裏の水たまりのような気分だー……心の炎が消えていくー……」
「こっちは燃え尽きてるねぇ」
「……不憫……」
真っ白になっていくカーラオイルの右手に、クロノはゆっくりと銃を近づける。銃と指が触れた瞬間、カーラオイルの全身が色を取り戻し再び燃え上がる。
「発破、発砲、元気爆発っ!!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「さぁ死ねっ!! 主と同僚を誑かす悪党めがあああああああああああっ!!」
「クロノはこの人の何処に憧れたの? 見た限りポンコツ極まってるけど」
「復活した瞬間精霊にディスられただと!?」
「抜けてるところがあるのは間違いないけど、やっぱり正義に真っ直ぐなところかな」
「そもそも戦争国ゲルト・ルフの現状をなんとかしようって真っ直ぐ乗り込んで、真正面から叩きのめされて、ゲルトの王に惚れ込んで認められて専属勇者になった人だから、誰よりも真っ直ぐなその姿はやっぱり格好いいものがあんだよ」
だが、そんな真っ直ぐな人物の敵意が今自分に真っ直ぐ向いている。恐らく、逃げる事は叶わないだろう。
(王様には悪いけど、こうなったら強引な手段になっても分かってもらうしか…………)
「見る目がある少年だな!! そうだ私は格好いいのだ!! ぬはははは!」
(憧れが冷める音がする……)
そして何故かクロノはカーラオイルに連れられ、酒場にやってきていた。
「少年はジュースだぞ! お酒は大人になってからだ! 私はお茶にするぞ! 断じて酒が飲めないわけじゃない、勤務中だからだ! 断じて飲めないわけじゃない! 身体に悪いからだ!」
「別に飲めなくても良いと思いますよ」
「主のお供が出来ない不甲斐なさを! 貴様理解できないのか!!?」
「飲めねぇんじゃねぇかよ」
「フェル兄……しー……!」
銃を背負っているのに沈みそうになっている、感情の振れ幅がでかい人だ。
「あの、話を掘り返すようで悪いんですけどなんで俺殺されかけたんですかね」
「なんか主が速攻で認めたし、ヴェルも変に褒めるからムカついた」
「こんなの初めてだからな、怪しいし、何よりなんかムカついた、そうだヤキモチだ!」
「俺ヤキモチで吹っ飛ばされそうになったの……?」
「あとあれだ、今回で世話になった、なりすぎたからだ」
「今回の失態、腹を切っても切り足りない……まんまと悪魔にしてやられ、守るべき全てを守れなかった、何が専属勇者、何が二つ名持ちの勇者、なにが……な・に・がああああああああああああっ!!」
「結果魔物共に世話になり! 今日までずっと世話になり!! 余所者の力無くしては国は滅んでいたという事実が今日までずっと胸を背中を頭を全身を抉り続けて今日までずっとおおおおおお!」
「いやまぁ……立場的に悔しいのはわかるけど……」
「そして国のピンチを颯爽と救ったお前がなんかずるいので八つ当たりもあった」
「清々しいほど馬鹿野郎だなこいつ」
「だが許す、お前は見る目があったからな! ジュースも奢ろう!」
「ははは……どうも……」
「中々居ないぞ、私を褒められる者は! 私の背中は安くないからな、見惚れるにも努力がいる!」
「なんせ私は狙撃手! 背中を見られるなんてあってはならない! それに運よく私の前に立つことが出来ても発言前に粉微塵だからな!」
「なんでこんなアホな危険人物をゲルトの王は認めたんだ?」
「補って余りある忠誠心と実力だよ、実際あのヴェルさんと互角なんだから凄い強いんだぞ」
「あぁヴェルの奴は中々やるな! そして主は最強だ、やばいぞ」
「待て忠誠心と実力ってところもう一回言ってくれ、気分が良い」
「……裏、表……無さ過ぎ……子供……?」
「プハー! 冷えた麦茶は酒より美味いな! 頭も冷えてきた!」
「私はまだお前を認めてない、主やヴェルが言ってるから見逃してやるだけだ……! だけど国を救って貰った恩くらいは感じてる」
「だから、ゲルトはもう二度と不覚は取らない……! この武力と敵意を全力で向ける事を、この警戒を絶対不落の証として受け取るがいい」
カーラオイルの全身から発せられた圧は、その言葉の重みを全身で感じさせてくれた。確かな実力者の宣言を、クロノはしっかりと受け止める。
「カーラさんはこの国や王様が大好きなんだな」
「やっぱり、そういうところが格好いいよ」
「だろ? 少年見る目あるわー」
「しょうがないなぁ、本当は駄目だし認めてないけどさぁ、サインくらいならしてあげてもいいぞー?」
「こいつ本当に強いのか?」
白けた目を向けるフェルドはともかく、ありがたくサインは頂いた。
「貰うんだねぇ」
「普通に嬉しいよ、俺」
「しょうがないなぁっ! 格好いい私が何でも質問に答えてあげようかなぁ! お姉さん忙しいけど特別だぞぉっ!!」
(この勇者から色々機密とか抜き取れそうだね)
「アル、悪い顔、アル」
「じゃあさっきからお店を出入りしてる強面の男達は何してんすか?」
「王が流した依頼をこなしているのだろう、日々良い汗を流しているぞ!」
その割には何故か泣いているような気がする、恐怖と絶望が入り交じった顔をしている。後なんか見知った大罪っぽい奴等も紛れている気がするが、そいつらの顔は悪魔みたいに笑っていた。
「あれ? セツナちゃんじゃない?」
セツナっぽい奴も紛れているが、息は切れてるし無表情のまま顔を白くしている。
「ん? 知り合いか?」
「知り合いの可能性もありますが、良い汗流してるなら邪魔しちゃ悪いですよ」
「待っ……! 待て……ツッコミを……! イベントを起こせ……! 切り札に、休憩……!」
「ゲルトに泊まれる場所あります? 後なんか俺にも手伝える事とか」
「宿はだなぁ、あと自惚れるなよ!? 貴様のような信用ならないバカアホマヌケに手伝える事なんて!」
「憧れの勇者様のお仕事を拝見したいなって」
「しょうがないなぁ! 特別に私の仕事に付き合わせてやろう! 後でヴェルと合流するから覚悟しておけよ! そうだ特別に稽古つけてやってもいいぞ!」
「普通に光栄なんだよね、儲けだ」
「まぁ強いってんならお言葉に甘えようかね、適度な運動はありがたい」
「クロノ! 切り札を見ろ! 構え! 声をかけろ! 仕事が多い! クロノ!!」
「勝負の途中だよセツナ、なにをちんたらしてるのさ」
「圧勝してんだろやめてやれよ! お前等悪魔みたいだぞ!?」
「悪魔だよ、現役バリバリ嫉妬の悪魔だよ」
「さぁセツナを入れて依頼を合計八種同時にこなすよ」
「一人一つの依頼を受けて一気に片付ける数と実力の暴力を今すぐやめるんだ!」
「せめて休憩させろ! もうずっと休んでても余裕で勝てる差があるだろうが! 離せ引きずるな私に振りほどけるわけないだろう! クロノ助けろ!! こんなものが休暇なわけあるかああああああああああ!」
名前を呼ばれた気がしたが、振り向かなければそれは気のせいって事になる。
「? 呼んでなかったか?」
「気のせいになりました」
「そうか?」
きっと、セツナはまた強くなる。なんだかんだ楽しくやってるようで大いに結構だ。寝てる間マルスにこれ以上ないくらいボコボコにされたクロノは確信している。死にはしないし、確実に力になると。
「俺も負けてられないね」
カーラオイルの案内で今日の宿を決めたクロノは、その後彼女の仕事に付き合った。見回りや物資の運搬など簡単な仕事の後、ヴェルクローゼンを加え実戦形式で稽古を付けてもらう。双方、化け物のような強さだが、それでも食らい付いていく。妹分が頑張っているんだ、此方も気合いを入れて鍛錬出来るというモノだ。
「……驚愕、随分強くなったものだ」
「ぬぅ、思ったよりやるものだ」
(クロノ本気なのに、振り切れないし避けてくるねぇ)
(専属勇者の中でもトップクラスの実力者、か……中々糧になる)
(……クロノ、楽しそう……)
(熱い熱い、何処までも燃え上がる、悪い気分じゃねぇなぁ)
魔物と最も距離のあった国が、歩み寄りの姿勢を見せた。現実が夢へ一歩近づいた。ついでに子供の頃の憧れが今稽古を付けてくれている、燃えない理由がない、熱くならない理由がない。夢へと突き進む、その勢いは止まらない。
「はははっ!! もっと、もっとだっ!!」
笑顔で飛び掛かり、怪物二人と打ち合い、吹き飛ばされた。星空を見上げ、バカみたいに笑った。戦争国家の夜に、クロノの笑い声とセツナの悲鳴が響いていた。
希望も絶望も、等しく歩を進めていく。止まる事など、ありはしない。




