第七百四十一話 『クロノと覇道が交わる時』
未だ戦いの跡が残る街中を抜け、クロノはゲルトの城を目指す。見張りの兵にドン引きされ警戒され、そのまま捕まる所だったのを剣聖に救われ無事城内へ入れて貰えた。
「やっぱり真正面から訪ねても警戒されるよねぇ、捕まりそうになるとは思わなかったけど」
「お前等のせいなんだよ……警戒されたのは……」
「驚愕、そのような大怪我で城を訪ねてくるとは……常識を先の戦いで損失したか?」
「心配しなくても俺は常識くらい弁えてるよ、この馬鹿精霊共と比べりゃ」
「どの口がほざきやがる」
説教に加えかなり折檻された、クロノの頭には真新しいタンコブが塔のようにそびえ立っている。そのタンコブの頂点にエティルを乗せたまま、クロノはゲルトの専属勇者であり剣聖の二つ名を持つヴェルクローゼンの後を追う。
「たまたま会えて助かったよ、おかげでスムーズに城に入れた」
「疑問、何故訪ねてきた?」
「この国は、君のような夢見がちな愚か者が来るような場所じゃない……掃き溜めのような場所だ」
「先の戦いで君に感謝はしているが、気を許すつもりはない、我が主の邪魔になるのなら私は今すぐにでも君の首を刎ねるつも」
「なんでヴェルクローゼンさん、肩に硬水種乗せてるんだ?」
「この子は友達だ、話を逸らすんじゃない」
「プルプル……」
「そっかぁ、友達かぁ……」
前に出会った時、殆ど眼中にすらなかったはずだ。興味も抱かれず、邪魔だから去れと拒絶された。自分すら守れずボロボロだったクロノは、成し遂げられない中途半端な想いを叫んだだけだった。あの時、何も残せず失敗だけを重ねた筈だった。それでも、ボロボロな想いは変化を残した。目の前の剣聖を見て、それが分かった。だからクロノは笑う、魔物を憎んでいた勇者が今、魔物を友達と呼んだから。
「…………不快、何を笑う」
「笑うなって方が無理な話だよ」
「最初に会った時から不可解な少年だ君は、今だって斬り殺されても不思議じゃない間合いなんだぞ」
「そういう台詞は、少しくらい殺気を纏って言うもんだよ」
「硬水種だって硬さを保てないくらいほわほわしてるよ、今のヴェルさんの間合い」
「ヴェルさん言うな、私はこの国の専属勇者……他の国では専属勇者は憧れの対象でも、この国では恐怖の象徴だ、そんな生温い目を向けるな」
「まぁ実際、ヴェルさんに言われた事は正しかったし、堪えたよ」
「今回も結局俺は寝込んじゃったし、全然だ……自分自身ロクに守れない奴が、何かを守りたいだなんて笑っちゃうよな」
「けど、無茶でも無謀でも、やっぱり俺は守りたい、伸ばした手が切り落とされても、それでも伸ばす事をやめらんない」
「責任に潰されても、絶対立ち上がる、だから来たんだ」
「…………呆れた、やはり理解の外にいる」
「だが、だから君を招き入れた…………我が主の御前だ」
転移魔法陣により、クロノはゲルト城の上階に転移する。ヴェルクローゼンは一瞬で姿を消し、クロノは王座の間に足を踏み入れる。玉座は、空だった。
「…………」
室内を見渡す必要はなかった、窓際に一人の男が立っている。視線は窓から国を見下ろしているが、全身から発している圧は全てクロノに向けられていた。圧の主張が強すぎる、感知せずとも存在が刻まれる。
「覇王の前だぞ、沈黙すら不敬と知れ」
「…………すいません、王の知り合いが何名かいるのですが威厳を保った王を見るのが初めてでして……」
「…………なるほど、妙に納得してしまった」
「中々難儀なガキよな、楽にしろ…………こちらも偉そうに出来る立場ではない」
「此度の件、我等は悪魔に出し抜かれ、無様を晒した……お前達の助けが無ければ我等は悪魔共の餌となりゲルトは滅んでいただろう」
「それは……まぁ……」
(俺達が来た時点であれだったし、確かに外からの手が無ければ殆ど終わってただろうけど……)
「国としては大打撃、滅びの一歩手前だったというのに、普段の国の在り方故国民は殆ど気づきもしていない……認識疎外の能力者が居たとはいえだ、全く笑ってしまうな」
「あははは、けど不幸中の幸いで」
瞬間、クロノの真横にハルバードの先端が突き刺さった。信じがたい事に突き刺さって砕け散った床の破片が頬にぶつかるまで認識すら出来なかった。人の投擲速度を超越している。
「何がおかしい?」
(あ、駄目だこの王様今までの王族への経験が何一つ役に立たない)
(目上の人への接し方……ローと勇者を目指してた時に散々勉強した、思い出せ引き出しを開けろ俺の人生で積み重ねた経験を引っ張り出せ……あぁくそローのふざけた顔とかが邪魔して記憶がこんがらがる……頭の中がゴチャゴチャして……!)
「まったく己に腹が立つ、世の絶対悪として君臨すると豪語した覇王の姿かこれが」
「八つ当たりすら無様極まる、森の引きこもり性悪クソ野郎は頼んでもいないのに茶々を入れてくるわ、いつの間にか流魔水渦の連中は国民に取り入り復興を手伝っているわ……同盟国の臆病王は別人のように張り切っているわ……在り方を変えず停滞している我が道化のようではないか」
「それもこれも此度の件、遡ってみれば世界に変化をばら撒きまくっているのは貴様の存在ではないか?」
「そんな滅相も無いですよ俺なんか世界から見ればミジンコみたいなもんっすよあははは」
「ほぉ? 何処の世界に世界中を巡り人も魔物も巻き込み常識を悉く踏み潰し人魔混合の大会を成し最強の退治屋を叩き潰した挙句魔物共を率いる型破りな退治屋と手を組み悪魔の企みを打ち砕き続け大罪の悪魔すら引き連れ今尚世界に波紋を打ち込み続けるミジンコが居るというのだ? 貴様は世界を水体種とでも思っているのか?」
(本日二回目の説教だぁ)
(まぁお前は一回思いきり怒られるべきだとは思うぜ)
「我が覇王図が台無しだが、元を辿る前に悪魔にしてやられたのはこちらの落ち度……腹立たしくはあるが最早変化は止まらない、国の外も中も前のままとはいくまい……あの性悪と同意見なのは気に喰わんが、貴様と敵対するのも損が大きい、何より借りが出来た」
「貴様、人と魔の共存が夢らしいな」
「はい……」
「…………お前は俺の剣の色を変えた」
「はい?」
「俺の国は争いの国、弱者を踏み潰し力でもって我を成す覇道の国だ」
「俺の国に弱者は要らない、だからこそ此度の件でこの国が滅んでも、自然の摂理、世の選択として俺は受け入れるつもりだった、お前はそれすら捻じ曲げた」
「弱者として折れる寸前だった剣は、お前というイレギュラーで色を変えた、今日だって追い返せば良いものの、何も言ってねぇのにお前をここに呼び込んだ」
「お前という変化は、何処まで、何者まで変えていく? 力が無ければ夢は成せん、だが力に犠牲は付き物だ、お前の波紋は何を壊し何を作っていく?」
「お前の夢は何を犠牲に、何処まで貫ける」
試されている、言葉を間違えればこの王は躊躇らずこちらの首を狩るだろう。世の悪として君臨し続ける覚悟を決めた王だ、生半可な覚悟じゃ踏み潰されて終わりだ。だが、そもそも生半可な覚悟でここまで来たわけじゃない、あの日固めた覚悟はあの時の数千倍硬くなっている。今更、取り繕う必要はない。
「なにも犠牲にせず、何処までも」
「綺麗ごとで成せるほど軽い夢か?」
「綺麗ごとで済ませるつもりのない、大きな夢です、俺一人それこそミジンコのように潰れちまうほどの」
「けど一緒に見てくれる仲間がいる、同じ夢を描いてくれる縁が出来た」
「気付かぬ内に、バトンのように受け継いだ想いだってある……そもそもこの夢にきっと終わりはない、果てがあるならそこで終わってしまうから、だから俺は貫き続ける、夢の為に走り続ける、いつか次に託すその時まで、共に在る事を諦めない」
「貴方の覇道といつかぶつかる日が来ても、この想いは変わらない」
「それがお前の夢で、道か」
「あくまでも、共に在る事を望むか」
「片方だけじゃそれこそ終わる、交わり交差するから道の意味があるんだと思います」
正直怖いけど、目は逸らさない。覇王の圧と正面からぶつかり合い、空気の重さが限界点まで達する。不意に、圧が消え去った。
「休戦だ、借りもあるからな」
「え……」
「今後しばらくゲルトは大人しくしている、こんなボロボロの状態で戦争もあったもんじゃない」
「そうだな、借りてばかりではこちらも居心地が悪い、復興の手伝いをしている流魔水渦に声をかけ魔物絡みの仕事でも国に流すとするか」
(環境破壊で魔物の住処を荒らし続けていたゲルトが……魔物絡みの依頼を……流魔水渦のコネを使うって事はそれは魔物打倒じゃなくて、魔物の助けになる依頼……!)
「王様! それって……」
「話は以上だ、じゃあなガキ」
転移魔法陣がクロノの足元に現れ、クロノがゲルト上空に投げ出された。悲鳴が窓の外から聞こえてくるが、覇王は見向きもしない。そんな覇王の隣にヴェルクローゼンが降り立った。
「我が主よ、既に国に魔物絡みの仕事とやらは流されております」
「何故このような手間を……? 最初からクロノ少年には手出ししないとルト様やフロー様、カラヴェラ様と取り決めを……」
「あのガキも言ってたろ、王の威厳だよ」
「この国はあのガキの夢にとって障害、壁でなきゃ駄目なんだ、良いところ全然ねぇヘロヘロな壁じゃやる気出ねぇだろうが」
「せめてそびえ立って置いてやらねぇと、格好付かねぇだろうが」
「……左様で」
「腑抜けた顔するようになりやがって……堂々と魔物を国に連れてくるし、大概変わったなお前も」
「主の剣として、日々邁進でございます」
「もう、考える事はやめませぬ」
「あのガキ共は少しの間国に留まるのか? だとしたらカーラの奴は近づけるなよ、面倒が加速する」
「カーラなら朝から姿が見えませんが」
「…………面倒が起きる前に見つけてふん縛っておけ」
「…………もう、手遅れかと」
落下音が窓の外から響いた、恐らくクロノが地上に落っこちた音だ。それに合わせ、何かがゲルト城の壁を蹴りつける。ヴェルクローゼンが窓から地上に目を向けると、想像通りの光景が目に入る。
「ふざけるなよあの王様……! とんでもねぇ高さから落としやがって……治ったのにまたタンコブ出来たじゃないか……!」
「あの高さから落ちてそれで済むなんて、君も大概人間辞めてきてるよね」
「大地の力に足向けて寝れないな! いつだって踏みつけにしてるけどよ!!」
「地に足付いてるって? お前が? 俺達の乾いた笑いでサラマンダーの炎も消えちまうぞ」
「何度も謝っただろうが! 冷静さはもう取り戻したよぉ! 酷い目には遭ったけど、王様から嬉しい言葉を賜った事だし、今日も一日夢に向かって頑張って……」
気合いを入れようとしたクロノの背後に、何かが着弾し爆発した。爆風で吹き飛んだクロノは地面を転がり、逆さまの状態で建物の壁にぶつかり停止した。状況を理解できていないクロノの前に、何者かが着地する。その人物の顔より先に、大砲のような筒状の何かがクロノの眼前に突きつけられた。
「ゲルト専属勇者、禍筒・カーラオイル……我が主の命に背き、貴様を殺す」
「背くなよぉ……」
夢の旅路、苦難は続く。




