第七十四話 『必ず、届ける』
背後で馬鹿でかい音がしたと思ったら、地上から絶えず騒音が鳴り響くようになった。
(本当に足止め的な事してくれてるのか……!?)
聞こえてくる音からはそんな感じはまったくしない、全力で仕留めに行っているのではないだろうかと不安になる。
「セシルちゃんは約束守る子だよぉ」
「逆に言えば、10分経てばセシルは迷わずにあの子を斬る筈だ」
「……クロノ……本当にあるのか? クリプスが探していた物なんて……」
正直に言えば、クロノにも確信なんて無い。今の現状を見るに、そんな都合の良い物が存在するほうが出来すぎているだろう。
仮にそんな物があったとして、今のクリプスにそれを伝えて何になるというのだ。いや、伝わるかすら怪しいかもしれない。
(それを見つけて渡しても、クリプスさんが戻る保障なんてない……)
(そもそも、近づくだけであれなんだ、渡せるかも分かんない……)
(それ以前に、あるかどうか、見つけられるかも……)
制限時間まで付けられたのだ、クロノだって内心焦りや不安が浮かんできている。そんなクロノだが、最終的に出る答えは、いつだって決まっている。
「諦める、もんかっ!」
クリプスとは出会ったばかり、彼女の事は殆ど何も知らない。それでも、彼女が探していた物、もう一度取り戻したいと願った物は、きっと綺麗な物のはずだ。
(探してる物の事を話してるクリプスさんは、優しい顔をしてた……)
(暖かい、嬉しそうな顔をしてたんだ……っ!)
(辛い記憶なんかに、全部無駄にされてたまるかっ!)
地下の扉を片っ端から開け放つクロノ、幾つも部屋を回ったが、それらしい物は見つからない。
「くそっ……時間が無いってのに!」
もう殆どの部屋は回ったはずだ、クロノは辺りを見回すが、ランタンの明かりだけではやはり暗すぎる。
「このままじゃ……」
地上から聞こえる大きな音、それがクロノの焦りを加速させていた。その焦りがクロノの視野をさらに狭くしていく。
「クロノッ! こっちに開けてない扉があるよ!」
そんなクロノを、エティルが救った。地下に降りてからクロノにずっと引っ付いていたエティルが、暗闇を飛び、扉を見つけてくれたのだ。
「エティル……? お前、暗いの怖いって……」
「怖いよ! ……怖いけど!」
「それよりも大事な事、あるでしょ!」
恐怖を押し殺し、エティルは暗闇の中を探してくれたのだ。そんなエティルに感謝しつつ、クロノは扉へと急ぐ。
「……ッ! 開かない……!」
やけに部屋の隅に存在したその扉は、地下で最初に見つけた扉と同じような物だった。金剛の力で殴りつけるが、ビクともしない。
「ほかに探してない場所は無い……ここしか残ってないんだ!」
「畜生! 開けよ! 時間が無いんだって……!?」
扉を何度も殴りつけるクロノだったが、アルディがその拳を止めた。
「落ち着け、馬鹿」
「だって……時間が……」
「だからこそ、落ち着くんだ」
「焦りは良い結果なんて生まない、分かるだろ」
「セシルは10分待つと言った、その言葉を信じろ」
「だけど……もう5分も無いんだ!」
「早く、この扉を破らないと……」
「力任せじゃこの扉は破れない」
「人が離れても、この手の魔術は機能し続ける」
アルディが扉に触れ、何かを探り出す。
「ここが真蛇人種であるクリプスを使って実験を行っていた施設なら、当然と言えば当然だろうね……」
「この扉も、セシルが蹴り破った扉同様、対魔用の防護結界がかけられてる」
「ふむ、クロノじゃこの扉は壊せないね」
「壊せないね、で済むわけっ……!」
「金剛ヘッドバットッ!」
「ぎゃあっ!?」
クロノが声を上げる前に、アルディの頭突きがそれを遮った。
「焦るな、そう言っただろう」
「痛ぇ……スゲェ痛ぇ……」
「扉自体は破れないだろう、だが、その周りの壁は脆くなってるね」
「魔法で保護されている扉はともかく、その他の部分は時の流れに勝てなかったんだろう」
「クロノ、勢いを乗せて金剛の一撃を叩き込むぞ」
「扉を壊すんじゃなく、扉ごとぶち抜く」
「それで、いけるのか?」
「クロノは、僕を信じられないのか?」
「……悪い、愚問だったな」
扉から距離を取り、クロノは再度金剛を纏った。
(大地の力は静の力、静止した状態で力を溜めろ)
(大地の流れは、大地の呼吸、呼吸を合わせて一気に放てっ!)
アルディの声に従い、クロノは構えを取る。息を整え、拳に力を込めた。一瞬地下の部屋から音が消え、クロノは扉目掛け一気に走り出す。
(ここっ!)
速度が乗り切った瞬間、精霊法で足場を突き出し、さらに加速した。
「金剛羅刹っ!」
加速した勢いを全て乗せた左拳の一撃。その一撃は、扉を周りの壁ごと一気にぶち抜いた。
「やった……! って……」
喜ぶ暇も無く、クロノ達の前に広がった空間……それは……。
「…………牢屋……?」
鉄の匂いが充満した、地下の牢獄、壁から下がる鎖には血が滲んでいた。
「何だよ、これ……」
「記憶を取り戻した彼女は、憎しみで悪霊化した」
「ここで何があったのか、想像くらいは出来るだろう……」
「……探し回って色々部屋を回ったけどさ……」
「クロノも気が付いてたでしょ、壁とかに血付いてたの……」
「ここって、やっぱそういう場所なんだよ……」
魔物を使った、実験施設……。
どれほど残酷な事をやっていたのだろう、充満した血の匂いは、それを嫌でも想像させる。
「拘束の器具が幾つか残ってるね、……やはりどれも人間用じゃない」
「クリプスだけが捕まっていたとは、考えにくいね」
「これ、何だろ?」
エティルが何かを見つけた、壁に残っているのは、何かの模様だろうか。
「これは、恐らくだが……ここを使っていた奴らのシンボルとかじゃないかな」
8つの丸い印が円状に並び、円の中心に描かれた魔物と思われるマークを囲んでいた。魔物と思われるそのマークは、上半身と下半身が二つに切り裂かれている。
「……いい感じは、しないね」
「あぁ、まったくだ」
アルディに賛同し、クロノは壁の模様を殴りつけた。壁にヒビが入り、模様は見る影も無く砕け散る。
「クロノォ……」
「……気持ちは分かるが、今はやる事があるだろ」
「……分かってる」
「……ん?」
壁に入ったひび割れが、妙な方向に伸びていった。
「アルディ、これって?」
「……向こうに空間があるね」
「地下に、また隠し通路……?」
壁をぶち壊し、隠された通路を見つけ出したクロノ達。どうやら通路は牢屋の一つと繋がっているようだ。
「牢屋の一つから、どこかへ繋がる通路のようだね」
「通路の横壁をぶち抜いたみたいだ」
通路が隠されていた牢屋、その牢屋の鎖にクロノは違和感を覚えた。
「この鎖、切れてる……」
「斧か何かで切ったのかなぁ?」
牢屋に閉じ込められた者が、鎖をこのように切れる機会があるだろうか。牢屋に閉じ込めた者が、わざわざ鎖を切る様な事をするだろうか。
「……この通路を進んでみよう」
「俺の考えが、くだらない妄想じゃないなら……」
「この先に、きっと何かあるはずだっ!」
クロノは隠し通路を走り抜ける。クリプスが無くした物は存在した、それを確信したからだ。
一方その頃、地上は森の一部が狩れ果てていた。クリプスの黒い魔力が、草木から生気を奪っているのだ。
「先ほどなったばかりとは思えぬ悪霊っぷりだな、貴様」
真紅の翼を広げ、空中に浮かぶセシルは右手一本で大剣を持ち直す。その大剣は鞘に収まったままだが、セシルは構わず剣を振るった。その一薙ぎで数十本単位で木が吹き飛び、クリプスも弾き飛ばされる。
「どうした、貴様の怨念はその程度か!」
「ウ、ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
弾き飛ばされたクリプスが反撃するが、放たれた魔力の大半は屋敷を狙って飛んでいく。既に見る影も無くボロボロに吹き飛ばされた屋敷が、さらに破壊されていく。
「貴様の相手は私だぞ? そんなボロ屋敷を壊して何になる」
「既にそこには誰も居ない、貴様の憎むべき相手も、誰も居ないぞ」
「アァ……アァアアアアアアッ」
「私は言ったよな? 記憶が戻っても、貴様は貴様でいろと」
「私の忠告を全力でスルーするとは、いい度胸だな貴様」
「アァアアアアアアアアッ!」
「会話も出来んか、貴様、本当に消し飛ばすぞ」
「貴様はそれでいいのか、こんな結末を、貴様は望んだのか」
「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッッ!!!!」
セシル目掛け、黒い魔力を何十発も放つクリプス、それを見たセシルが剣を頭上に放り投げた。顔を大きく横に振りながら、前方に扇状の炎を吐き出すセシル。その炎に向かい、セシルはその爪を構えた。
「幻龍飛焔・火爪」
自ら吐き出した炎を爪で引き裂くセシル、炎はその勢いを受け、斬撃のように形を変え、黒い魔力を切り裂いた。数十発の黒い魔力は全て吹き飛ばされ、セシルの技が地上へと降り注いだ。
爪を振り抜いた勢いのまま、セシルは空中で体を回転させていた。周囲に残った炎をその尾で絡め取り、地上のクリプスに狙いを定める。
「幻龍飛焔・焔尾」
セシルの尾に纏められた炎が、クリプス目掛け放たれる、巨大な鉄球のようにそれは地上へと着弾し、弾けた。セシルは落ちてきた剣を受け止め、その様子を黙って見つめていた。
周囲一帯を吹き飛ばしたその一撃は、木を燃やす事無く一瞬で灰に変えた。焼け野原のようになった森の一角、その中心でクリプスは倒れていた。そんなクリプスの近くに、セシルが降りてくる。
「……貴様にはもう、痛みすら届かないのか?」
「もう何も、貴様には届かないのか?」
「貴様自身、それでいいのか?」
どこか悲しそうな顔で、黒く染まったクリプスに語りかけるセシル。その声に反応し、クリプスが体を起こした。その目からは、涙が零れている。
「……ニクイ……ニクイ……」
「ワタシハ……ワタシ……ハ……」
「ワタ、タ、ジ、ハアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
セシルに飛び掛るクリプス、セシルは目を閉じ、そんなクリプスを尾の一撃で吹き飛ばした。
(……やはり、私はアイツのようには出来ないな……)
(どうやったら、あんな眩しい事、出来るんだろう……)
吹き飛ばしたクリプスの体がさらに黒くなっていく、悪霊として完成しつつあるようだ。
(……10分……時間だな)
(間に合わなかった、か……)
(……仕方ない、こうする事が、コイツの為だ)
セシルは大剣に手をかける、鞘から剣を抜こうとしているのだ。
「……クロノ、すまん、時間だ」
「おう、時間通りだろ」
セシルの手を、クロノが止めた。
「……3秒遅刻だ、馬鹿タレ」
「え、細かいな……」
「……見つけたのか」
「ん、多分、いや……間違いなく」
クロノの顔は、どこか明るい。
「そうか、だが貴様は、あれに見つけた物を渡せるのか?」
吹き飛ばしたクリプスが、体を起こしてきている、纏った黒い魔力は激しさをさらに増していた。
「おぉう……どこのラスボスだっての……」
「あれが魔王ですって言われても、多分俺疑わないぞ?」
「魔王かどうかは知らんが、貴様に勝ち目が無いという共通点はあるぞ」
「そっか、まぁ何とかするよ」
「随分楽観的だな、近づくだけで死ねるぞ」
「そうだな、でも死なないよ」
「必ず、届ける」
その手に握られているのは、小さなお守りだろうか。
「死んだ後も苦しさが続くとか、そんなの酷すぎるだろ」
「ちょっとくらい、救いがあってもいいはずだ」
「それを落としてしまったっていうのなら、俺が絶対に届けてみせる」
「クリプスさんは、もう泣く必要なんて、無い筈だから」
そう言って、少年は走り出す。
悪霊と化した魔物を、助け出す為に。




