第七百三十八話 『出来る限りを尽くした結果』
前回までのあらすじ、大罪の慈善活動を手伝うことになったぞ!
「うんうん、とてもいい事だと切り札も思う思うぞ」
「そう、それは良かったね、レヴィも嬉しいよ」
「あぁ、世の為人の為はまさに切り札の独壇場、手伝う事はやぶさかじゃないぞ」
「それは良かったね、レヴィも嬉しいよ」
「ははは! じゃあ手を貸してもらってもいいかな?」
セツナは現在、空高く打ち上がっていた。恐らく物理法則がそろそろ仕事を始める頃だろう、つまり落下が始まる。
「この状況でも冷静なセツナに成長を感じるね、嫉妬しちゃうよ」
「わざわざ隣で飛翔しながら嫉妬してるところ悪いんだが、そろそろ手を取って頂けないか? 切り札は飛べないんだぞ」
「それは良かったね、レヴィも嬉しいよ」
「レヴィが笑顔で切り札も嬉しいぞ、さぁ早く手を取ってくれそろそろこの凄く嫌な感じの浮遊感が切り札を下に引っ張って」
「青ざめていくセツナでご飯食べれそうだよ」
「悪魔か?」
「そうだよ?」
「ふふふ、そーろそろ限界だな! 誰かああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
切り札フェイスも限界を迎え、セツナはみっともなく泣き叫びながら落下を始めた。このままでは砂漠へ真っ逆さま、幾ら下が砂とはいえこの高さから落ちては無事では済まないと思う。
「痛いのはいやーーーーーーーーっ!!」
(どうせ落っこちてもセツナの謎耐久なら大事には至らないと思うけどさ)
「嫉妬は巡る、グルグルグルグル過去も未来も要素に回る、セツナを上に、レヴィは下に」
レヴィの能力により、セツナは落下を辞め再び上に跳ね上がる。地上に降り立ったレヴィは一仕事終えたように伸びをしていた。
「良かったねセツナ、優しい友達を持って」
「馬鹿かお前はまた落ちるだろさっきより高いぞうわああああああああああ」
「声が遠ざかっていくのが面白いね」
結局また落下を始める前に、レヴィはミライに抱えられて戻ってきた。
「もー! レヴィったらお仕事中にセツナちゃんで遊んじゃダメでしょ!」
「ミライ……切り札で遊んじゃいけないってとこもう少し強めに言ってくれ……」
「レヴィは真面目に仕事してたよ、勝手にセツナが地核元で吹っ飛んだだけだよ」
「いくらセツナちゃんが大好きだからって不真面目は頂けないなぁ」
「イカレた思考回路は健在だね、そんなのあげるからミライ遊んでていいよ」
「またそんなこと言って!」
「良いぞミライ、もっと切り札を庇うんだ……このままじゃ不必要なダメージを追い続けることに」
「じゃあ毎晩私の夢を見るように今のうちに刷り込んでおこうかな、セツナちゃんも私を愛してるもんね?」
「こいつもこいつでやべーよぉ!! レヴィィィィ!!」
「あはは、楽しいね」
「楽しむのは勝手だが、真面目に仕事もしろお前等」
ケラケラ笑うレヴィの背後から、マルスが歩いて来た。彼は足元に転がる結晶を拾い上げ、手に持っていた袋にしまっている。
「勇者指定の依頼は受けれないけど、今のレヴィ達は一応退治屋・流魔水渦の所属だよ? なんでわざわざ一般人でも出来るアースクリスタルの納品なんて」
「討魔紅蓮とやらが暴れ回り、更には悪魔騒動が続いた、今はどこも復興作業で基礎素材が足りていない状況だ」
「動ける奴が、こういった簡単だが量のいる素材を一気に集めるのが一番役に立つものだ」
「目立たないよう役に立つとか甘い理想だと思うよ、翼しまって人のフリで仕事受けても溢れる圧で普通じゃないってバレバレだったしね」
「大体あんな人相悪い二人連れてるんだし、もう人の目を集めない方が難しいよ」
「誰が人相悪いってェ!? こっちの傲慢馬鹿は要領も悪ィんだがァ!?」
「随分な口ぶりじゃないか、流石知識の追求の為人の身を捨てるマッド野郎だ」
「効率に関しては右に出る者が居ないな、そもそも生物として下過ぎて視界にも入らんが」
「ンだと傲慢こらァ、我我言ってる暇あんなら迷惑かけた国への謝罪文でも用意しとけやマジで要領悪ィなァ」
「その要領悪い奴に、アースクリスタル回収数で負けているみたいだが? 研究者様はお外での作業に向いていないのでは? お部屋の中で知識と一緒に食糧を貪りブタとなるがいいさ」
「泣かす」
「やってみろ」
恐ろしいほど険悪だが、次の瞬間憤怒と暴食は砂を蹴り一気に加速した。どうやらアースクリスタルの数で勝負するつもりらしい。
「殴り合ったりしないんだな」
「あはは、昔っからしょっちゅう私達は喧嘩してたよぉ」
「だから決めたの、仕事中の喧嘩は仕事の内容で勝負を付けるってね」
「仕事も捗るし、勝ち負けもハッキリする、お得!」
「ちなみにセツナは何個拾ったの? 嫉妬させてくれるかな?」
「アースクリスタルと一緒に地核元で吹っ飛んだんだぞ、拾ってる余裕が何処にあったんだ0個だよ」
「レヴィは吹っ飛ぶセツナを笑いながら幾つか空中で拾っていたのに、ガッカリだよ」
「飛べる奴と一緒にすんなぁ!」
「真面目な話マルスの器も人間なのに当たり前みたいに飛んでるよ、セツナだって精霊から自然体の修行受けてるって聞いてるよ」
「ヒィ! 突然正論で殴るな!」
「風の自然体で空中で動ける筈だよ、セツナ甘えてない?」
「痛い……今までの何よりも痛い……」
「レヴィの言う事も一理ある、何気ない仕事の中でも己を精錬させることは大事だ」
「実に腹立たしいが、その点ではクロノは優れている……どんな時でも自分の身になるように動いていた、修行馬鹿と言えばそこまでだがな」
「切り札、前に森で言った事を覚えているか」
「覚えてるぞ、当たり前だから尊いとか、あれだろ」
「仲間を大事に~って奴だ、ちゃんと覚えてるぞ」
不思議な事に、前にマルスから話してもらった事はセツナの記憶に深く刻まれていた。これは一度寝て色々な事を忘れても、消えずに残っていた。他にも幾つか寝ても消えない記憶はあるし、繰り返す事で消えていた筈の記憶や情報が残るようになった例もある。推測だが、印象に強く残ったり衝撃的だったりすると消えにくいらしい。
「クロノに思い出させて貰わなくても、あれは覚えてるぞ」
「失ってからでは遅いって言っただろう」
「後悔したくなかったら、成長の機会は逃すな、その時は望んでなくても突然やってくる」
「いざって時動けるように、出来る限りを尽くしておけ」
「嫉妬しちゃうな、マルスったら先輩風吹かすじゃん」
「経験は、後続に託すからこそ生きるんだよ」
「じゃあ器くんにも託してあげなよ、言わなくても動いてると思うけどさ」
「寝てる間に、これでもかって叩き込んだよ」
そう言い残し、マルスはアースクリスタルを求め歩いて行った。
「愛を感じちゃうな、みんながみんなを想ってるこの感じ、力が漲るなぁー!」
「元気になってるのは良いけど、今力込めるとセツナが潰れるよ」
「うげげげ……既に締まってるぞ……」
「あっと、いけないいけない……ミライは頼れるお姉ちゃんミライは素敵なお姉ちゃんミライはみんなの」
「耳元で変な事言うな! 意識を失う前に妙な印象を刷り込むなぁ!」
「どうでもいいけどクリスタル一番少なかったら罰ゲームなんだからサボるのオススメしないよ」
「初耳なんだけど!?」
「今決めたからねー、おっと向こうで地核元」
「爆心地になんか砂巻き上げながら突っ込んでる奴等がいるぞ!」
「ディッシュとツェンだね、張り切ってるなぁ」
「よぉしセツナちゃん、こっちも張り切っていこー!」
「なんで振りかぶってんだ!? なんで投げようとして……!」
「風の自然体の修行と並行する気? 張り切ってるね嫉妬しちゃうよ」
「確かになんかやる流れだったし反省もしたけどどうしていつもいつもこうこっちの覚悟を待ってくれないんだ!!」
「マルスが言ってたでしょ、大概の事象なんてこっちの事情は知ったこっちゃないんだよ」
「望まなくても襲ってくるんだ、立ち向かい打ち破るってのが強さなんだよ」
「大丈夫! 私とレヴィがついてるから! 安心して死にかけて!」
「結局こいつらもスパルタじゃないかああああああああああああああああああああ!」
叫び声を尾のように引きながら、セツナが宙を舞う。炎天下の砂漠に切り札の涙が小雨のように降り注ぐ中、大罪達はせっせとアースクリスタルを拾い集めるのだった。
一足先に切り札が空を飛んでいる頃、クロノはメガストロークが空飛ぶ棺桶に改造される様を見学していた。
「フローが分身してるように見える……」
「超絶天才の技術は俺様もビックリだ、物理の法則が終わっちまってるぜ!」
クロノの隣ではアルトタスが何かを錬金していた、多分魔改造に使うパーツだろう。色んな素材が一つに混ざり、光ったり蠢いてたりするパーツと呼んでいいのか分からない物質に変化していく。
「しかし驚いたよ、バロンさんもアゾット王と同じ錬金生命体だったなんてさ」
「あいつとは長い付き合いだ、今もこの俺様をこき使って己のボディを量産させてんだ酷いだろう?」
「長年付き合うなんて王は良い人なんだな」
「そりゃあそうだろう俺様だぜ? 長く生きてりゃ別れも多い、原点から続く縁なんて大事にしなきゃバチが当たるってもんよ」
「別れ……」
「お前も共存とか抜かすならいつかぶつかるさ、種族間じゃ寿命の違いもある」
「お前の描く未来と魔物の未来は距離が違う、いつか別れも来るだろう」
「別れを抱え進む時も、いつかお前自身が終わる時も来る、抱える準備も託す準備も済ませておけよ」
「俺様と違って、お前達は終わりと共に在るんだからな、未来を終わらせたくないなら紡ぎを忘れるな」
「……覚えておきます」
「おう、いつか思い出せ、今は前だけ見て突っ走るといいさ」
「時代の変化を体感できるなんざ、いつだってその時しかねぇんだからな」
笑いながら、何かを生み出しながら、アゾットの王はそう語る。何気なく語られる言の葉だったけど、一言も聞き逃しちゃいけない気がした。だから、クロノは黙って聞き入っていた。しばらくそんな時間が過ぎていったが、足音が近づいてくるのに気が付いた。振り返ってみるとファクターとティトが大量の荷物を持って帰ってきていた。
「王様ー! 買い物してきたー! ミルナイさんからポーションの差し入れも貰ったよー!」
「我が弟子よ!! 大義であるぞ!! ふはははははは!!」
ティトが凄く元気だ、死人とは思えない。幸せそうにしている姿は本当に救われる。
「フーちゃんただいまー! 頼まれていた物を不測の事態に備えて二倍くらい仕入れてきた…………ぎゃあああああああああ妹が増えてるううううううう!?」
ファクターさんが凄く変だ。いくらフローが超絶天才で物理法則を泣かせてきた奴だとしても、流石に増えるなんて馬鹿な事有り得る筈がない。
「いやいやファクターさん、超速で動いて残像残すなんてフローは毎回やってたじゃないですか、今更そんな新鮮な反応されても」
「妾はこっちのパーツを担当する、そっちは任せるぞ」
「なら妾と妾はここを担当しよう」
「おいお前本当に妾か!? そこは左右逆じゃろうが!」
「妾の癖に目が腐っておるのか!? こっちのパーツの性質はここと不可逆の!」
「うわああああああああああああああああフローが増えてるうううううううううううううううううううううううううう!!?」
こんな事出来る奴は知り合いに一人しか居ない、っていうかメガストロークの下の地面に案の定魔法陣が描かれている。
「プラチナさん何てことしてんだ時代が何ステップか飛んじまうぞ!?」
「寝てたらいきなり引きずり出されてムカついたんだよ」
「え、うん?」
「文句言ったらこれくれたんだ」
そう言ってプラチナはぷかぷかと浮かびながら、自身を浮遊させてるクッション的な何かを指差した。
「それは?」
「超安眠促進移動型クッション『ふわふよ君』だって、最高の肌触りにこの浮遊感、何処でも安眠出来る最高のブツだよ、ここまでされちゃ手を貸すだろ普通」
「妾がこれだけ居れば! 明日には改造が終わるだろうクロノよ! 期待するが良いぞ!!」
(むしろフローが七……いや八人……? フローが八人居て明日までかかる改造……って……)
この世の理が歪められている、現に見学しているドゥムディが頭から煙を出していた。
「ドゥムディさん!?」
「わからん、何にもわからん」
「大罪が情報過多で倒れそうになってる!!」
「キャハハハ、なんだかすごい事になってるー!」
「誰か説明して!? 私の妹はどれなの!? それともここはハーレムなの!?」
「どう考えても地獄だよ! 世界が終わって新しい世界が創られる勢いだよ!」
流石にフローが八人は不味い、超絶天才が八人分本領発揮したら未来都市が生まれてしまう。
「ちょっとプラチナさん! せめて数減らして……居ねぇ!?」
「さっき浮かんでた奴ならそのままどっかにフワフワ飛ばされていったぜ、ふはははは!」
「笑ってる場合じゃねぇ!! ふぁ、ファクターさん!! 手伝って!!」
「ひゃい!?」
風船の如く風に攫われたプラチナをファクターと共に追いかけるクロノ。奇しくも切り札が空を飛んでいる間、クロノもアゾットの上空を飛び回る羽目になったのだった。混沌は日常と混じりながら、時は進む。それを異物と呼ぶものはおらず、日常はまた日の出を待つ。
超絶天才の奇跡は、形を成しクロノ達の次を描く。音を物理的に超え、天まで届く最強の船はかくしてここに誕生した。




