第七百三十四話 『快適で快速で完璧な船旅』
「方針は決まったし、まずは何処から行くか決めようか」
「俺は断片的にしか傲慢の被害があった場所を知らないんだけど、マークセージの港を火の海にしてくれたらしいな?」
カルディナから以前聞いた話では、かなり大暴れしてくれたらしい。カルディナやメランに大怪我を負わせ、港に被害をもたらした。正直クロノ個人としても見過ごすわけにはいかない。
「今後味方として見る為にも、ちゃんと謝ってもらえないと許さないぞ」
「誰に物を言っている、付け上がるなよ人間」
「じゃあマークセージって国から行こうか、私楽しみだなぁどんなところ?」
「知らない名だな、ツェンが襲ったということは昔因縁があった場所か?」
「……人と魔物が仲良さそうにしてたのが見えてムカついたから襲っただけだ」
「八つ当たりじゃん、めんどくさー」
「謝れよなァ、普通に」
「ふざけるなよ! どの面下げて謝れと言うのだ!?」
「そんな理由で襲われた方がふざけんなって思ってるよ、正当な理由で清らかな復讐しなよ」
ギャアギャア言い争う大罪達は一先ず置いておき、マークセージへの移動手段を考えるクロノ。恐らく現地には復興の手伝いをしている流魔水渦が居る筈だ。
「鍵で移動すれば一発だよな」
「それなんだがクロノ、今回悪魔達が引っ掻き回したせいでちょっと地獄のシステム的な部分にエラーが出てるんだぞ」
「エラー?」
「ケール達が今調整してるんだけど、地獄の力を滅茶苦茶に利用されたせいで色々変になってるんだ」
「そのせいで鍵を使った各地への移動ゲートが上手く使えないんだって、温泉入る前に教えてくれたぞ」
「直すのに少しかかるみたいで、温泉にも入らずわちゃわちゃ頑張ってたぞ」
「なるほど……終わったらゆっくり休んでほしいもんだな」
ちなみにセツナと温泉に入れずロスは泣いていたらしいが、セツナ自身大して気にしなかった為その情報はクロノへは渡らなかった。ティアラだけが、何かを察し冷や汗を流す。
(セツナ……ある意味豪運……危なかった……)
(? なんだティアラどうしたんだ?)
(……なんでも、ない……)
(ん?)
ティアラの様子は気になるが、それよりゲートが使えないのは困る。これから世界中を巡るというのに、移動の足が無くなってしまった。
(…………まぁいい機会だ、初心に帰るのも必要か)
「それでなクロノ、私はせっかくのんびり休暇なんだから船旅っていうのをしてみたいんだ勿論ちゃんとした船であの命を弾倉にぶち込んだようなイカれた船じゃなくて」
「気が合うなセツナ、初心に帰って超絶天才の授けてくれた船旅といこうじゃないか」
そんなわけでクロノ達は事前にルトが回収してくれたメガストロークの保管場所へ移動する。コリエンテの南東付近に泊めておいたのだが、いつの間にか回収し専用の部屋に保管しておいてくれたのだ。
「ちょっと今回人数多いけど、まぁ乗れるだろう」
「メガストロークは8人乗りだぜ? 俺達が引っ込んでも9人いるぞ?」
「どうせセツナは誰かに保護してもらうから丁度だよ、それに座席は8だけど跳ね回る想定なのか中のスペースは広めに取られてるしね」
「何々? 生意気にも個人で船持ってるの? 嫉妬しちゃうよ」
「弾丸みたいなデザインだな、中々格好いいじゃないか」
「どうでもいいが切り札が絶望して崩れ落ちてるのはなんでだァ?」
「休暇だって言ってんだろ! のんびりだって! 私は! のんびりしたくて! ちゃんと! これじゃないってっ!! 最初にっ!!! 言ってっ!!!」
「寝てる間にセツナも頑張って強くなったと精霊達に聞いている、大丈夫だよセツナ、俺だって最初はピンボールだったんだ」
「自分の成長を感じられるんだ、無事に乗り終えられるようになったら感動するんだぜ」
「そんな感動いらないっ!! 目を覚ませクロノお前おかしくなってんだ!!」
「死にはしないよ」
「私は嫌だぞ! 乗らない! 乗るものか!」
「ここまで不穏な空気漂わせる乗り物ってなんだよ」
「ちょっと速いだけだ、安全ベルトもあるしお前等なら絶対大丈夫」
「まぁセツナが跳ねたら助けてやってくれ」
「乗組員が跳ねる船があるのか?」
「じゃあセツナちゃんは私が守るよ!」
「いや、跳ねるセツナみてみたいから少し様子を見るよ」
「乗らないっつってんだよ!」
「はいはい皆さん押さないでー、さぁさぁ乗った乗った」
「ここ室内だが……ここで乗るのか?」
大罪と嫌がるセツナをメガストロークに押し込むクロノ、自身も乗り込み、操縦席に腰を下ろす。後は目的地をマークセージに設定し、のんびりするだけだ。
「じゃあ数時間の船旅、のんびりいこうか」
「やめろ降ろせええええええええええええええええええっ!」
ミライに抱えられたセツナの声も虚しく、メガストロークが動力をかき鳴らす。ふわりと浮き上がり、そのまま斜め上に狙いを定め、文字通り弾丸のように壁をぶち抜く。凍獄の氷すら貫き地上へ飛び出すメガストロークは、久しぶりの機動でやる気に満ち溢れていた。そのままジェット噴射で加速し、空中から海面に突っ込み滑るように加速、途中氷山を二つ三つ貫通しながら大海原へ突撃した。異次元の加速と乗ってる者の安全を全く考えない運転だが、流石大罪誰一人跳ね回らず踏ん張っている。
「流石の体幹だな、これなら問題ない」
「問題しかないぞ、なんだこれは修行の復讐のつもりか」
「設計に問題がある! 何をどうやったらこんな動きをして船の形を保てるんだ!?」
「超絶天才が作ってくれたから……」
「景色がとんでもない事になってるね、速すぎて止まって見えるよ……」
「景色も良いけど、ミライが景色に気を取られてる間セツナが吹っ飛んでるよ」
「うーん、まだセツナは自然体が甘いか……」
吹っ飛んだセツナが、ツェンの片手に捕まえられた。
「……大切ならしっかり守れ」
「うぅ……切り札の扱いじゃないぞ……」
「泣いてんじゃねェか、大丈夫かこいつ……」
「めんどくさー……移動中寝てるから着いたら起こしてね……」
「ほら見ろセツナ、プラチナなんて寝てても平気なんだぞ」
その瞬間メガストロークは狙ったようにドリフトを決める。油断していたプラチナは全身が流されるが、ベルトによって拘束されているため反動全てのエネルギーを使って座席に跳ね返ってくる。
「がはぁっ!!」
「平気じゃないじゃないか!」
「大罪すら油断するとダメージを喰らう、メガストロークは恐ろしいな……ふふふ……」
「笑ってるぞこいつ! レヴィ! ミライ! あいつを止めろあいつ悪魔だぞ!」
「残念だがこの船は自動操縦なんだ……」
「残念だけどレヴィは面白いからこのままでいいよ」
「ミライしか頼りがいない!」
「頼られると嬉しいなぁ、私もこのまま頼られていたい!」
「馬鹿しかいないのか!? あああああまた曲がるううううううううううううう!?」
「……難儀だ」
「……違いない」
切り札の悲鳴を置き去りに、メガストロークはマークセージを目指す。気持ち前より早くなってるような気がするが、気のせいだと思う事にする。恐ろしい事に、昼頃にはマークセージの港に着いてしまった。
「最低な乗り心地だった、道中寝る事すら出来ないとか……面倒な……」
「懲りずに無理やり寝ようとして三回くらいダメージ喰らってたなァ」
「その点セツナちゃん凄いね! 途中から腕の中で寝ちゃってたよ」
「ミライ、それは気絶って言うんだ」
「本当にセツナは面白いね、見てて退屈しないよ」
「心配しろよ……」
「しかし復旧が早いな、もう殆ど直ってる」
港にはもう攻撃の跡は残っておらず、人の流れも普通に見える。獣人種も当たり前に混じってるし、平和そのものだ。
「とりあえず城に行こうか、ツェンさんちゃんと謝るんだぞ」
「あれだけ暴れてごめんの一つで許される筈もあるまい」
「ユリウス王なら許してくれるよ、俺も謝るし」
「どうして関係のないお前が謝るんだ」
「もう関係あるからだよ」
「俺は悪魔は嫌いだ、だけどお前達は嫌いになれない」
「力が理由で弾かれたお前達を、心で離さない、絶対繋がれるって俺が証明してみせる」
「それはまた、傲慢な事だ」
とりあえず港を後にし、クロノ達は城を目指す。だが道中、ケンタウロス族に見つかってしまった。
「クロノ殿がお見えになったぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
あっという間に囲まれ、跪かれてしまう。ウルフ族や蛇人種も混じってるし、意味が分からない事に何故か今回は人間の兵も混じってる。
「わー道が埋まって通れなーい」
「ほぉ、心で繋がった結果がこれか」
「クロノ殿、英雄のご帰還……我等一同歓迎致します!」
「なんだ宗教か?」
(どうして毎回怒られてるのに悪化していくんだこいつらは……)
「どうぞお城までお案内いたします! ユリウス王もお待ちですよ!」
「退け貴様私が案内するのだ!」
「クロノ殿! 私の背にお乗りください!」
「貴様抜け駆けを!」
「……嫉妬どころかドン引きだよ」
「ほわぁ……愛されてるんだねぇ」
「死にたくなってきた」
結局前回同様謎の行進が始まり、騒ぎを聞きつけたガルアに救われた。全員もれなく拳骨を喰らい、解散となった。
「助かったよガルア、もう少しで顔から火が出るところだった」
「もはや呪いの類だ、あいつらのお前への忠義って奴は」
「国の復興を流魔水渦の奴等が手伝ってくれてるせいで、奴等を介してお前の情報が断片的にだがこの国にも流れてきてんだ、また幾つかの国を救ったんだと?」
「まぁ色々あってね」
「そのせいでお前への憧れや忠誠心が日々妙な方向へ上がり続けてんだ、英雄譚の如く語られてるぜ」
「やっぱり宗教の類じゃないか」
「どうしてこんな事に……」
「まぁ最初に会った時とブレてねぇようで安心したがな、お前は何処に行っても面倒に首を突っ込んで、命懸けで馬鹿やってんだろう」
「お前が何かを成し遂げれば、お前と同じ方向を見た奴等全員が安堵する、進めば進むほどその両肩に乗る責任は重くなるが、どうせお前は潰れねぇだろ」
「夢を抱いたその日から、その覚悟はしたつもりだから」
「日々、その覚悟は固めてるから」
「そうかよ、なら今回遊びに来たわけじゃねぇんだな」
「大層な奴等引き連れてよ、特にそいつの匂いは忘れてねぇぞ」
ガルアは獣の眼光でツェンを睨みつける、避けては通れないし、逃げるつもりなんてない。
「獣の分際で我を睨むか、躾けてやってもいいのだがn」
「謝りに来たんだ」
「…………貴様…………」
「……そうかよ、相変わらずお前はしょうがねぇ奴だ」
「俺一人じゃ手に追えねぇ、面倒だからロニアとユリウスに丸投げだ」
そう言ってガルアは笑いながら城に案内してくれる、警戒の圧も消え去り大罪達は呆気に取られていた。
「さ、ちゃんと謝って……その後で休暇を楽しもうぜ」
「襲った国で休暇を楽しめと……? どんな神経してるんだお前は」
「こんくらい図太くなきゃ、描いた夢はなぞれないんだ」
「お前等がやり直す勇気も、もう一度歩き出す勇気も持てないなら、俺が引っ張ってやるよ」
「過去じゃなくて、今の為に前を向け、止まって欲に狂わされるくらいなら、その欲のままに前に行け」
「俺やセツナ、みんながいる、ビビってんなよ先輩」
そう言って先を行くクロノを、ツェンは呆然と見ていた。大罪達は笑みを浮かべたり、溜息を吐いたりしながらも、一人一人その後を追っていく。
「ツェン、行こう」
「……俺にその資格は……」
「業も罪も憎しみも、僕達全員が同じものを背負ってる」
「これ以上、後輩にでかい顔されてたまるか」
そう言って歩き出すマルス。ツェンは少し迷い、息を吐き出しその背を追った。目覚めてから初めて、全員が自分の意思で同じ方を向いた気がした。その一歩は、何よりも大切な意味を持つ。
その一歩は、確実に今に足跡を残す。




