第七百三十話 『御業は次のレベルへ』
ここは地獄とこの世の境、流魔水渦のアジトである。捻じれに捻じれた空間は部屋の一つや二つ簡単に増えたり減ったりする、全ては思うがままなのだ。
「というわけで滅茶広い大広間が用意されました! 時代は露天風呂だぜぇ!」
「ルトさん元気っすね、俺より絶対働きっぱなしなのに」
「森エリアには小さなお子さんも多いので! 新たに解放感溢れる空間をご用意致しました!」
「ルトさん元気っすね、さっきまでマイラさんに気絶させられてたのに」
「景色は幻覚だけど空も晴天草花たっぷり空気も美味い、必要なら雪見だって出来ちまう!」
「ルトさん元気っすね、もう諦めてるからその髪の毛触手で両手両足縛るのやめてくれませんかね、過去一がっちり拘束されてるよ」
「後足りないのは浴槽と美少女の裸だよねぇクロノ君ひょへへへへへへっ!」
「誰か助けてくれええええええええええええええっ!」
「メイドの出番ですね」
上から降ってきたマイラの踵落としがルトの意識を暗闇に叩き落す。暴走するボスを止める役目が居るだけ、この組織はまだマシなのかもしれない。間違いなく生きてきて一番メイドに感謝した瞬間だ。
「色々残念で変な人だけど……俺マイラさんを信頼するよ……」
「……出来ればもう少し真っ当に感謝されたかったです……私もお姉ちゃんとお風呂は楽しみですが、流石に目に余るのでね」
「こんな事言いたくないけどさ、ルトさんなら別にいつでも誰とでも入れるんじゃないの?」
「まぁドン引きする子もいますが、喜んでご一緒する子も居ますね……例えば私の率いるお姉ちゃん団は誰もが喜んでその身を使ってでも」
「はい分かりましたもう良いです怖いくらい分かりました」
「まぁそれにしても、望めば部屋が生えてくるような場所だし……風呂の一つや二つポンと出てきそうだけど……わざわざ俺がどうこうする必要あんのかな」
「部屋にしろ道にしろ、イメージが問題でして……例えばなんでも出てくるなら調理場なども不要でしょう? 調理する者だって……ですが現実問題多くの者のイメージが混じり合う場というのは、地獄任せにすると色々と大変なのです」
「お風呂も複数で入るのなら当然多くのイメージが混じり合います、ましてやここは多くの種族を抱える流魔水渦……お湯が水になったり溶岩になったりローションになったり大きさも深さも数秒でグネグネ変わり続けるアトラクションになりかねません」
「誰かしらが手を加え、生み出したモノまでは変化は及びません……ですから皆自室には各々が家具や私物を置いて変化を押し留めているのですよ」
「なるほど、このわけわかんない空間にもルールはあるんだね」
「だぁからこそ……温泉なんぞ作り出せるって言うなら作ってもらおうじゃないのって話だよクロノちゃぁん……」
「ひぃもう起きた…………言っちゃなんだけどルトさん達なら人工温泉くらい作れるでしょうよ!」
「ま、やろうと思えば出来るかもねぇ」
「けどさ、あたいはクロノ君が作った温泉に入りたいんだ…………同じ夢を持つ者同士、あたいらはもう仲間じゃないか」
「くんずほぐれついこうや……へへへへ……」
「まだ仕事あんでしょ、マイラさんこの人追放してくれ」
「そうですね、まだお姉ちゃんには処理してもらう書類、及びお仕事の山があるので」
「馬鹿じゃねぇの!? ここで退場させる気か!? は、離せマイラ! 殺す気か!? 仕事の量じゃない、煩悩に身を焼かれ死ぬぞ! 欲に身を焦がされ悪魔になる、良いのか!?」
「お仕事が終わったらご一緒致しますから」
「それはそれでご褒美だけど! 一番風呂は新入り達が! 真新しい裸体が! 桃源郷が! 一期一会の楽園が! 日替わりの絶景がっ!! クロノ君後生の頼みだ! あたいも一緒にっ!!」
「風呂は3つ作っておきますね、混浴なんざ許しませんので」
「テメェ本当に青少年かぁっ!? 共存言うなら共に風呂に浸かれやボォケがぁ!!」
「男用に女用、そして変態用だ隔離してやらぁ」
「お前の血の色は何色だぁ! よぉし見てろ女用の水着と化粧も施して絶対引きずり込んでやるからな覚悟しとけよ! あたいとクロノ君の仲だ遠慮はしねぇぞ仕事で理性を失った大人の力を見せてやるからなああああああああああああっ!」
おぞましい事を叫びながら、変態はメイドに引きずられて行った。
「なんて恐ろしい……」
「なークロノー、結局何するんだー?」
さっきからエティルと追いかけっこしていたセツナが寄ってくる、何故かボロボロになっているが。
「なんでボロボロなんだよ……」
「ん? 転んだんだぞ」
もはや慣れ過ぎて気にもしていない。そういえば最初にあった時は目を離せば死にかけるとか言われていた気もする。
(ルトさんは兎も角……確かに色々駆け足だったしなぁ……お風呂でのんびりして一息入れて……各地で挨拶回りってのは悪くない……それに俺の作った風呂に色んな種族が……種を繋ぐ一点を作れるなら、まぁ悪くない……悪くは……)
「思考が染まってきやがったな」
「一応聞くけど、何にだ?」
「ルーンみてぇな、バカ思考にだ」
ケラケラ笑うフェルドに少し苛立ったが、こうしてからかわれるのすら懐かしい。
「いいよもう、諦めは付いてんだ……こうなったら凝りに凝りまくった岩風呂を作り上げてやろうじゃねぇか」
「だったら前みたいに炎で湯を沸かすタイプじゃなく、ワンランク上で仕上げてみようぜ」
「え、何? 風呂作りにランクあんの?」
「前のやり方じゃ熱系統の能力者が居ねぇといつかは湯が冷めるだろう、炎の精霊球を数個水底に仕込んで熱を維持すんだよ」
「お前の意思がなくとも数時間持続するくらい、圧縮した奴をな」
「くそぉ確かに前の俺じゃ出来なくて今なら出来るいい塩梅のレベル……普通に高難易度になってて腹が立つ……」
「水も、定期的に、湧くように……」
「岩の一部を一定時間で振動させて、汚れや汚水を取り除こうね」
「風で水の流れを補佐するよぉ、汚れだけ外に流すようにねぇ」
「待って無茶苦茶難しいんだけど!?」
「伝説の勇者の御業だぞ? 当然クオリティが増せば難易度も……」
「俺は一体何をやらされてんだ!」
「クロノー! 風を使って一部分泡風呂にしよーよー!」
「エティに、賛成……ブクブク……」
「俺がドンドンのんびり出来なくなるだろうが! 挨拶回り中に何回かゲート使って戻るにしても数時間俺抜きで維持出来なきゃ駄目なんだぞ!?」
「うんうん、これもまた修行だね」
「息抜かせろや!」
あーだこーだ言い争いながら、クロノは広い空間に娯楽施設を組み立てる。周囲が白い湯気に覆われ始めた頃、呆然と作業を眺めていたセツナは突然後ろから飛び蹴りを喰らった。
「何故だ……何故突然……」
「遅いから見に来たら何をハチャメチャしてるのかな、嫉妬しちゃうよ」
「お前だと思ったぞ……チビレヴィめ……」
「ほほぅ、レヴィを未だチビと馬鹿に出来るなんて見上げたセツナだね、背中を踏んであげるよ」
「くそぉ片足なのに起き上がれない!!! 馬鹿力め!!」
レヴィに踏みつけられながらバタバタともがくセツナだったが、驚くほどビクともしない。その内抵抗を辞め、踏まれながら顔を上げた。その表情はいつも通り無表情だったが、レヴィは少し違和感を覚える。
「…………どしたのさ、遠い目をして」
「え、私はそんなに遠くは見てないぞ」
「ただ、こんな感じ久しぶりだから、ふわふわしてるんだ」
「……ふぅん」
「しゃぁ! 出来たぞ精霊風呂、バージョン2だ!」
「後は壁で仕切って……更衣室はシンプルで良いだろもう……完成だああああああああああ!」
「お風呂出来たんだ、じゃあレヴィみんな呼んでくるよ」
「久しぶりだって思うならさ、セツナものんびりすればいいんじゃないかな」
「レヴィ……」
「ま、レヴィがいて気を抜けるならだけどね……」
「レヴィ!?」
というわけで、精霊風呂が完成した。ひとまず大罪達とその辺で暇してた奴等が数名足を運んでくれる。後は交代制でみんな楽しんでくれるだろう。クロノもようやく労働から解放され、湯船に肩まで浸かり息を吐き出す。
「あ~~~~~~~~~~~~~っ…………なんだかんだ言って温泉は良いなぁ……」
「おーいセツナ―、そっち熱くないかぁ? 今なら俺が湯加減は調整できるから……」
「ぎゃあああああああああああああああああああっ!?」
「レヴィはぷかぷか、セツナは沈む、嫉妬はぷかぷか、切り札ぶくぶく」
「レヴィお前ふざけんなあああああああっ!」
「…………仲良くなったなぁ……」
壁越しに轟くセツナの絶叫、お湯の飛び散る音にレヴィの笑い声、女湯は随分と楽しげだった。
(それに引き換え男湯の……)
「煌めく絵札ことバロンの登場さ! 温泉と聞いて駆け付けたのは良いが……!」
「むさっ苦しいわ! 俺の輝きも迸っちゃうよ!!!」
「バロンさんあれだけ働いたのに元気ですねぇ、素直に感心です」
笑うアズに絶望するバロン、もっとも今はバロンの気持ちも少しは分かる。なんせ湯船に浸かっているのは大罪達だ。しかもマルスとツェンは顔を合わせようともせず、凄まじい険悪さだ。
「何か言う事は無いのか」
「無いな、無能と交わす言葉など持ち合わせていない」
(嘘だろクソ気まずいんだが……なんだこの地獄……)
プラチナは我関せずといった様子で湯船に浮かんでいるし、ドゥムディはご機嫌で身体を洗ってるし、ディッシュは倒れてる。
「待って倒れてる!? どうした暴食!!」
「放っておいていいぞ、ディッシュは半身が木製だからそれでも楽しんでいるんだ」
「いきなり湯に浸かると腐りそうになんだよなァ……ボクは翼も木だからなァ」
「心配しなくても美味しく飲んでるから放っておいてくれよなァ」
「温泉は飲み物じゃねぇんだわ」
「風呂場で片手外してメンテしてる奴のが問題だろうがよォ」
「ちゃんと身体を洗ってから湯船に浸からないとな!」
「言ってる事は正しいけどね……」
「あははは~、みんなでお風呂は楽しいねぇ!」
「ぷかぷか……すいすい……」
当然のように近くに寄ってくるエティルとティアラだが、今回はちゃんと専用の場がある。クロノはエティルとティアラを抱え上げ、思い切り振り被る。クロノの強い意志により一瞬だけ壁に穴が現れ、クロノは音よりも早く自らの精霊をその穴目掛けぶん投げた。投擲された精霊は隣の女湯に投げ込まれ、狙ったようにセツナに直撃する。
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!」
「よし……今回は健全、守られた……!」
「クロノ酷いよぉ!!!」
「訴える……鬼畜、契約者として、あるまじき……」
「黙れ今回はそっちでセツナと遊んでろ!!」
「いつも一緒に入ってるのにぃ!」
「しくしく……セツナ、クロノが虐める……」
「虐められてるのは私なんだが……?」
危険因子を取り除き、ようやくクロノは落ち着きを取り戻す。だが大罪達の視線はクロノに集中していた。
「……なんだよ」
「いつも一緒にねぇ」
「精霊使いってのはいつの世も似たり寄ったりだな」
「誤解されている……っていうかどういう意味だよそれ嫌な歴史の授業が始まりそうだ」
「また俺等の契約者が虐められてるぜ」
「大変だねぇ……」
「おうそこのクソの役にも立たないダメ精霊共後で覚えておけよ、久々のディナーは好物抜きにしてやんよ」
「へぇ上等じゃねぇか、二対一で勝てると思ってんのか?」
「起きて早々泣かされたいなんて、困った契約者だね」
「契約者に向ける眼じゃないんだよなぁ! 馬鹿野郎お前等他の利用者も居るんだぞ湯船で暴れるなぁ!」
「あはははは、クロノさんは見てるだけで楽しいですね、素直に面白いです!」
「外野が誰も助けねぇ!!!」
フェルドとアルディ二人掛かりに飛び掛かられ、クロノは湯船の中に沈んでいく。笑い声が湯を揺らし、緊張が削がれていく。
「バカバカしくなってくるな」
「全くだ……」
「われ…………俺は、間違っていたとは思わんぞ」
「……間違えたのはお互い様なんだろ、僕は意地を張るのはやめたよ」
「もう一度、ここからやり直すなんて虫のいい話はしない……だけどあそこで沈んでる馬鹿タレに背中を叩かれた、後輩にここまでされて立たないのも癪だ」
「罪も業も怒りも、全部背負って……ここからまた新しく始めたい」
「それはそれは、随分と最低な二週目じゃないか」
「みんなが居れば、それだけでやる価値のある二週目だろう」
「少なくても、次の僕達は生ませない」
「その為なら、踏み台にでも犠牲にでもなってやる……今度は自分の意思で……今度は、後悔は残さないように」
「……今度は、誰も離さない」
「あれもこれもと手を伸ばし、その結果が失敗だったのにお前は学ばないな」
「傲慢極まる……俺が言うんだ相当だぞ?」
「人であろうとする気持ちか、悪魔として欲に染まるか、もうどっちでもいいさ」
「どちらでもいいから、もう僕達から離れるな」
「熱さで頭が回らん、もうどうでもいい」
「何を言っても、お前は変わらん……昔から、ガキの頃からずっとだ」
「好きにほざけ、俺はもう知らん」
「……最後には、いつだってお前が折れていた……お前だって昔から変わらん」
「……こうやって話していれば、良かったのになぁ……」
「今度は、後悔しないんだろう」
「あぁ、絶対にね」
肩まで浸かり、二人の悪魔は息を吐く。力を抜いて、決意は固めて。『次』を、誓う。数百年の溝を、精霊の湯が埋めていく。




