第七百二十五話 『魔守り人』
「あれ、終わってましたか!?」
「およ? アズ君じゃない、相変わらず服ぶかぶかだねぇ」
襲撃を受け破壊された独房にて捕らわれていた悪魔達を再拘束していたスピネル達の元に、弾丸のような速度でアズが駆けつけてきた。急停止の際に裾を踏みつけ吹っ飛んでしまうが、風で跳ね返りテイルの隣に着地する。
「テイルさんじゃないですか! 素直に驚きました! ここ女の子以外も捕まってますよ!」
「あのねぇ、ルトと同じでやる時はやるのよ私は…………まぁここを守りにって動いたのはそこの二人だけどね」
「絵札の手を煩わせないようにしたつもりでしたけど、結局来ちゃいましたね」
「アジト内の気配がスッキリして、感知が機能するようになったので強い気配に向かって飛んできたのです!」
「随分壊されましたね、捕まえてた悪魔さん達は抵抗とか?」
「全然、襲われたショックで固まってたわよ」
「必然的に助ける形になったし、見ての通り抵抗もせず大人しく捕まってくれてるわ」
テイルの言う通り、捕えていた者で抵抗を見せた者は皆無だった。こちらの指示に従い、借りてきた猫のように大人しくしている。欲のままに生きる悪魔も、その果てに餌にされかけては身の振り方くらい考えるモノだ。
「じゃあ一人追加でお願いしますね、意識有りでかなりの手練れさんです、触手でグルグルにして鎮圧捕獲した敵勢力の一人です」
「んお? 六枚羽……」
「愛が止まらない……今は君にしか興味が無い、待って、いかないで……!」
「全部終わったら、また来ますね」
「君だけを、みていたい……」
「なんかやべぇの捕まえたなアズ君?」
「協力的になって素直に嬉しいです」
アズの触手にへばり付く六枚羽の悪魔、なんとか引き剥がし空いている独房へぶち込んだ。その後も悪魔達を拘束、というかほぼ介護のように扱い、なんとか後始末を終える事が出来た。
「あの……セツナちゃんに……」
「伝えておきますよ、貴女の事」
「すぐ終わるから、安心して待ってろ」
「……はい」
最後にククルアが自分から独房に入り、スピネル達は一息つく。だがアジト内の気配はまだ残っていた。
「さて、次行きますか」
「スピ君のやる気が満ちるって事は、お姉ちゃんが張り切るって事だよ!」
「ってわけなんだ、この子達と共に前線に出るとしますか」
「残る気配も後少しです! 救助も殲滅も大急ぎで頑張っていきま……」
「ワイやでえええええええええええええええええええええええええええええっ!!」
壁を突き破り、四天王入りの部屋が飛び出してきた。
「何事ですかっ!?」
「スピネル! 無事か!?」
「魁人さん……? いやなんで部屋ごと動いて……」
「ワイやでぇ! 乗っていくかぁ!?」
「誰ですか!?」
「四天王のディムラさんです……」
「四天王~? テイルちゃん初耳ですが~?」
「今は話は後だ! 協力的な四天王のおかげで医務室ごと移動が出来ているって状況だ!」
「素直にわけがわかりませんよ!? どうして四天王がうちに!?」
「新人に紛れて侵入させてもろたわ、わははは」
「いやぁここおもろいなぁ、楽しませてくれた礼と思ってくれて構わんよ」
「立場上、ワイはあんた等の下っ端言う事になるんでなぁ!」
「なるほど、素直に理解しました」
「理解しちゃった!?」
「改めて……四天王特急、乗ってくかぁ!?」
と言うわけで、スピネル達とアズは動く医務室へ乗り込むことに。中には魁人達に鎌鼬、ナルーティナーと怪我人達が大勢いた。
「多いですけど、それ以上に広くないですか?」
「ディムラさんが能力で瓦礫を呑み込み、お部屋を増設しながら突き進んでいたんです」
「僭越ながらこの紫苑、増設のお手伝いもしました」
「部屋の壁ぶん殴ってぶっ壊しただけじゃないの」
「あら良い女、悪魔みたいだけどどうしたの?」
「既に敵意はない、俺の使い魔だ」
「敵意はあるんだけど?」
「反抗的な目……大好物よ……ふふふ」
「ありがとう、最悪な環境って再認識出来たわ」
身の危険を感じ、リリネアはテイルから距離を取る。部屋の端には魁人が拘束した悪魔も転がっていた。
「魁人さん達は何処で何を?」
「淫魔エリアを襲ってた二名を制圧したところで、この特急に合流した」
「さっきまでバロンさんも居たんだが、すぐに消えてしまってな」
「コロンさんやシトリンさんを頼むとだけ言い残し、飛んでいきました」
「コロンちゃん達は今回もうバタンキューですよー……」
ベッドで寝かされているシトリンの上から、コロンが細々とした声を上げる。演技ではなく、割と重症だ。
「戦闘力低いのに無理するからだね無茶は良くない良くないよ治癒魔法があるからってこの有能ナルーティナーが居るからって怪我は良くない良くないよ」
「うっせー……譲れないもんはあるんじゃい……」
「ま、そうだねだからこその流魔水渦だね分かる分かるよだからこそしっかり治していきなさいよチョコをお食べよ」
「バッカサイズ差考えてよチョコで埋もれる……あー!」
板チョコの山に埋もれるコロン。アズが触手を伸ばし掘り出してやるが、そのついでに板チョコを一枚自分の元へ拝借していた。
「うーん、素直に甘甘です」
(食ってる……)
「糖分こそ力の源であり世界の理適度な甘さに適度な歯応えチョコこそ万象万物全ての起源!」
「相変わらずねぇ、昔あんたの夢でチョコの洪水に呑まれたの思い出すわぁ」
「スピ君あーん♪」
「食ってる場合じゃないでしょう、まだ何も終わってないんですよ」
(けど食ってる……)
現在進行形でディムラの医務室特急は天井床壁全てをぶち抜き階層も無視して爆走中だ。怪我人を伸ばした腕で部屋に放り込み、残った悪魔も轢き潰し、アジト内を滅茶苦茶に駆け回る。
「しっかし数も減ってきとるなぁ、あの瞬間移動兄ちゃんの活躍もあるんやない?」
「バロンさんが飛び回って戦えない子中心に安全地帯へ保護してましたからね、もぐもぐ」
「向こうに動いとる気配はあるが、敵とちゃうでこれ」
「森エリアの方ですかね、戦いって感じはないです」
「ちょっと集中します………………どこも凪、戦闘は……二か所……?」
「その内一か所は、大ボスやろなぁ」
力の集中している一点、間違いなく激闘の真っ只中だろう。
「後はちらほら力の破片……独房を襲った黒い触手でしょうか」
「万が一孤立している子が居れば、恐怖のどん底、素直にそれは放置出来ません」
「大ボス戦は後回しで、救護を続けるって事でええんやね?」
「そですね、バロンさんの転移も万能じゃないので……僕達は残った子達の回収を優先しましょう」
「アジトもいつもの滅茶苦茶状態じゃなく、変化のへの字も無い状態です……地獄の力が食い荒らされてる影響でしょうか」
「望む場所へ即座に行けないのは手間ですが、その分惑わされ変な場所に飛ぶリスクは消えてます」
「ディムラさん、僕は僕で風で吹っ飛んでいくので、僕の気配を目印にグルっとする感じでお願いします」
「あいよ、んじゃ後で突っ込んでおいでな」
「素直にお願いします! それではっ!」
そう言い残し、アズは宣言通り風で吹っ飛んでいった。
「流石絵札、行動が速いな」
「そういう問題なのかしら、会ったばかりの四天王を信用して馬鹿みたいじゃない?」
「でも、だからこそ流魔水渦なんだと思います」
「私は、信じあえる関係性って羨ましいです」
「……吐き気がするわ」
「しかしこうも敵に好き勝手されている現状、流魔水渦の頭は平気なんですか?」
「僕が敵なら、真っ先に頭を潰して戦意を削ぎ落としますが」
「確かに、俺が敵でもそうするな……」
「主君とスピネル君は敵に回したくないですね……あはは……」
「それは平気だよー……もぐもぐ……」
シトリンの上でチョコを頬張るコロンが、覇気のない声でそう言った。
「リーダーがいるもん、ルト様が万が一危なくても、絶対平気」
「おいナルーティナー、タオル足りないぞ」
「うわなんだこのチョコの数、シトリン埋まってるし」
部屋の奥からツイが姿を現す、タイナと共に怪我人の処置をしていたようだ。
「タオルとチョコならそこだよそこ四天王特急で怪我人が入れ食いだねぇ」
「チョコはいらねぇ、血圧上がりそうだ」
「ねー、ツイ君、ルト様なら大丈夫だよねー」
「何の話だ?」
「危なくなっても、リーダー居るから平気だよねーって話」
「ルト様自身お強いんだ、不覚は取らんさ」
「万が一ピンチになっても、バロン様が自由に動けている現状憶が一にも負けは無い」
「知ってる知ってる、それフラグって言うんでしょ」
「リリネア、おちょくるな」
「まぁそう聞こえるのも無理はないがな……」
「バロン様は女好きでチャラチャラしてて、不真面目で抜けてて頼りない印象もあったりするが……ルト様への想いは本物だ」
「たとえ火の中水の中、天地が裂けても、その身滅びて魂魄朽ちても、彼はルト様の為なら必ず立ち上がる」
「ルト様がピンチなら、彼は必ず守りに現れ、何があっても必ず守り切る」
「ルト様本人が認めた、絵札の盾、流魔水渦の魔守り人……ルト様の望みを、夢を、守護せし漢だ」
「だから、心配いらん」
この場の流魔水渦団員達は、誰一人としてそれを疑って無かった。実際、リリネアの言うフラグは正しかった。ルトは自身を襲ってきた悪魔・イクスタを瞬殺し、その意識を全てアジト内の味方に向けていた。感知がほぼ機能しない状態でも、意識をアジト内に張り巡らせ、戦えない者を誘導していた。バロンの救助が間に合うように、たった一人で全ての仲間の命を引き延ばす。当然だが、その間自分は無防備になる。混沌に沈めたイクスタがヘディルの覚醒の余波を受け、混沌の底から這いずり出して来ても反応が遅れる程に。
(……正気を失っても動いていた、可能性はあったが……本当に抜け出してくるとは……)
「く、お……オオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「完全に正気を取り戻したわけじゃない、か……それでもこの状況は良くないな」
対応が間に合わない、襲い掛かってくるイクスタに対しルトは無防備だ。万が一が起こり、ルトの身が危険に晒される。
「…………お前は、あたいの子達を守れと言っただろう」
「俺は貴女のダイヤですので、貴女の夢は俺が守ると決めている」
「そこに貴女自身も含まれているのは、当然でしょう」
襲い掛かるイクスタが、瞬時に現れたバロンの一閃により上半身と下半身が切り裂かれた。地面を転がる半身がドロドロに崩れ、イクスタは肉体を再生しバロンに向き直る。
「本当に、無理をさせるな……」
「それすら本望、俺は貴女のダイヤだ」
「貴女がいるから、俺は輝ける」
「あぁ知っている、あたいが困ったとき、ピンチな時、お前は必ず駆けつける」
「いらんと言っても、お前は必ず駆けつける……もう良いと言っても、死んでもお前は立ち上がる」
「むさくるしい男はいらんと言っても、あたいが折れるまで付きまとう……だからな、お前だけは特別だ」
「あたいを守れ、その身その全て……捧げ、尽くし、輝いてみせろ」
「恐悦至極うううううううううううううううううううううううううううっ!!」
「……ッ! ぐぅ……ここは、狂った奴しか……居ないのか……!」
正気を取り戻しつつあるイクスタに対し、バロンは狂ったように叫び、笑顔を浮かべ剣を構える。
「欲に狂う悪魔が、よもや知らんのか?」
「少しくらい狂った方が、世の中面白いのだよ!!」
「イカれているよ、お前等……!」
「夢に狂えず、理想なんぞ描けるかぁっ!!」
己の全てを賭けるに値する、その想いは他者から見れば狂って見えるだろう。だからこそ、それは強い。覚悟を超えた、狂気と呼べるのだ。




