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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第四十八章 『罪と欲は狭間に集う』
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第七百二十三話 『夢は現実へ』

「はぁ……」



「え、朝から黄昏スピ君とか……血行良くなるわぁ……」



「おはようお姉ちゃん、朝から凄い鼻血だね……溜息の意味が一瞬で変わったよ」



 時はゲルト・ルフの激戦後……流魔水渦アジト内で身体を休めるスピネル達の視点に戻る。スピネルは溜息を零しながら、真っ黒に染まった窓を眺めていた。ある筈のない窓は常に真っ黒だが、覗く者の望んだり望まなかったりする物が映ったり映らなかったりするらしい。



「ごめんねいっぱい血を吹き出すお姉ちゃんでごめんね、でもスピ君が可愛すぎるのがいけないと思うんだ!」



「言葉は選んだ方が良いよ、言いがかりも甚だしい」



「お姉ちゃんはスピ君の全てが大好きだから何されても言われても興奮しちゃうんだよね」



「魔術大国での一戦からお姉ちゃんの虚弱体質が治ったのは喜ばしいけど、欲望に忠実な変態に超進化したのはいただけないよね」



「はぁんしゅきしゅき……」



「……羨ましいよ、ほんと」



「あれ!? 拒絶もツッコミもない!?」

(しまった本気で落ち込んでいる……血の気が引いていくのを感じる……このままでは嫌われる……!)



「別に嫌わないけどさ」



(圧倒的に年下のスピ君に心を読まれた!? 最近のワンパターンで思考すら先読みされて……!?)

(いけない頼れるお姉ちゃんポジションが危ぶまれている……このままじゃ適当にあしらわれる厄介変態淫魔だ……!!)



 スピネルが落ち込んでいる理由なんて、スピネル特級検定を持つロベリアにはとっくに分かっている。最近の戦果が思わしくないこと、つまり自分の強さに自信を失っているのだ。ケーランカ、ゲルト・ルフ、どちらの戦いでもあまり活躍出来なかった事を引きずっている。



(……ケーランカではスピ君が頑張ったから私は覚醒できた……ゲルトではスピ君のおかげで最後の道ラストストーリーのみんなを助けられた……決して活躍してないわけじゃないのに……)



 スピネルは自分の境遇から、自分の強さに一番の価値を見出している。戦いに負けてしまえば、己の強さが通用しなければ、自分の価値を保てなくなる。スピネルの価値は決してそれだけじゃないが、境遇がその想いを身体に沁み込ませていた。



(……スピ君が居るから、私は強くなれたのに……でも分かる、ここでお姉ちゃんが頑張るとかスピ君を守るとか言っても逆効果……一気に強くなり過ぎた私の言葉じゃ逆に傷つけたり嫌味になりかねない…………どうしよ、親や同族からハブられて引きこもってた私じゃ元気づけるやり方がわからない……)

「スピ君! 大好きだよ!」



「うん、ありがと」



(私頼りにならなすぎでは……? うわ、死にたい)



 精一杯の元気づけが、一秒未満でスルーされた。嘘偽りなくこの世で一番愛しているのだが、今必要なのは愛情では無いのだ。励まし方が分からずおろおろする混血淫魔と、伸び悩む少年。大好物が悶々としているところに、やばい奴が寄ってきてしまう。基本変な奴等しかいない流魔水渦の中でも、特にやばい奴が。





「良い匂いねぇ……誘ってるのかなぁ?」





 ロベリアの背後に降り立ったテイルが、そのままロベリアの胸を鷲掴みにしてきた。



「ひぃ!? 変態ッ!!」



「おっとぉ♪ 可愛い悲鳴ねぇ耳が幸せだわぁ」



「お姉ちゃん普通にセクハラに反応出来るんだね」



「自分が変態なのは認めるけど! これでも半分は淫魔じゃなくて吸血鬼!!」

「ちゃんとした場ではちゃんとするくらいの理性は、残ってるし持ってるつもりだよ!!!」



「始めて会った頃の真面目お姉ちゃんは死んだものだと思ってた」



「ゾクゾクする自分も居るんだけど…………それでも、それでも結構ショック……!」



 年上として、お姉ちゃんとして、ロベリアはスピネルを正しく導き成長させなければならない立場だ。それなのに現状スピネルからの評価が低すぎる、社会人として一切信用されていない。



(世間に出してはいけないわいせつ物扱いは、流石に堪えるなぁ……)



「しっかし二人してなにを悶々おいしそうな匂い出してるのかな? 人生の先輩に相談してみるかね?」



「結構です、お婆ちゃん・・・・・、先輩のお手を煩わせる事じゃないので」



「馬鹿だねぇ脳みそはちゃんとショタしてるじゃないか」

「ガキは先輩の手を煩わせるくらいが丁度いいのよ、なんでもかんでも一人で解決出来る可愛げのない野郎にだけはなっちゃだめよ」

「なんならまたお婆ちゃんの姿になったげよっか? そっちの方が甘えられる?」



「だああああ! スピ君に近づくな変態!!」



「何々? アプローチ? 抱いてあげようか?」



「ぎゃあああああ近づけない!」



 明確にロベリアを狙い、テイルはジリジリと距離を詰めてくる。正直そこはどうでも良いが、スピネルはテイルを見て先の戦いを思い出す。テイルの強さ、能力はスピネルから見ても規格外だった。自身の夢に全てを取り込み、自在に操るあの力。



「ねぇお婆ちゃん、夢の中ならどんな事でも出来る?」



「ん?」



「例えば、現実じゃ有り得ないくらいきっつい修行とか」



「はいはいはーい!! お姉ちゃん危ないのは流石に止めますよ!」



「んー……出来るけど、私の夢は現実のそれと変わらないリアリティが売りなの」

「中で死ねば、現実のメンタルも死んじゃうよ?」



「…………それでも、僕は…………」



「スピ君!! 自棄はダメだよ! スピ君はこれからもっともっと強くなれる未来が……」



「クロノお兄さんは、今意識不明……寝込んでる」

「未来じゃダメなんだよ……! 今強くならなきゃ、頼りになれなきゃ、力になれない!」



「でも焦っても、無茶して未来を失ったらクロノさんだって悲しむよ! お姉ちゃんだって……」




「あー、うるさいなぁ纏めて寝室に引きずり込むぞこんにゃろう」

「二度と覚めないピンク色の夢の中で快楽攻めしてもいいんだぜ、ひひひ」




「うちのスピ君の教育に悪いっ!!」



 淫らのレベルが違い過ぎる為、結果的にロベリアがまともな位置に収まる。桃色のオーラを発するテイルから、身を挺してロベリアはスピネルを庇う。



「少年はまだ若いのに、物事を大人びた視点で見てんだねぇ」

「弱い自分が不甲斐ない、だから強くなりたいなんて歴戦の戦士かな?」



「経験と戦闘数ならその辺の傭兵には負けませんよ」



「でもその辺の子供に負けている点がある、悲しきかな時代と境遇よ」

「夢を見るのは、子供の特権じゃあないか」

「良いぜ少年? 強くなりたいってんならとびっきりの夢を見せたげよう」



「ちょ、危険なのは……!」



「保護者同伴でね……あれ? 恋人の方が良いか?」



「なっ……!!? いやその、年齢的にそれは……まず……」



「愛いねぇ……今の内にラブコメってな? 君達の目の前にいるのはお強いスーパー淫魔ってだけじゃねぇんだぜ」

「長く生きて、そりゃあもう色々な経験してきたアルティメット淫魔さ、不本意だけど可愛い子+えげつない修行に関しちゃ傍で見てきたわけだしね」

「私は可愛い子を普通に愛でるのも、泣かせて悲鳴を聞くのもどっちでも興奮できる……どんな性癖でも身につけてる……とびっきりの夢を見せてあげるから、存分に浸って育つといいよ」



 テイルから明らかにやばいオーラが漏れ出して来ていた、あの笑顔はやばい奴だ間違いない。生物としての本能が、逃げろと叫んでいるのが分かる。



「スピ君! これ絶対ヤバい奴だよ!」



「やばくないと意味ないよ」



「格好いいけど! スピ君格好いいけどこれ絶対私止めるべきな奴!!」



「セシルちゃんも私の夢で大泣きしてたっけなぁ、懐かしいなぁ……おっといかんいかん、懐かしむ癖は年寄り臭いって前言われたっけ……」

「……泣こうが喚こうが夢の中だ、好きに吐き出し好きに向き合い、己の糧とするがいいさ」

「メンタル崩壊しても立て直してあげるから、文字通り死ぬ気でやっといで? 君が望むなら、悪夢にでも招待しようじゃないか」



「上等です」



「良いね、今から私は君達の師匠だ」

「私ももう長く生きた、そろそろ後継者が欲しかったんだよ」



「ちょっと待ってまだスピ君を任せるとは……!」



「はい二名様ご案内~♪」



「あああああああああああああああああああああああああああああああああ二人っきりで夢の中とか理性が持たないですってええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」



 こうしてスピネルとロベリアはテイルの夢の中に囚われた。時間にしてセツナがクロノの為に頑張ってる間、ずっとだ。文字通り地獄のような夢の中、スピネルとロベリアは本気で死の手前までボコボコにされた。何なら数回心が割れた。スピネルは強さへの執念で蘇り、ロベリアはスピネルへの執着で蘇った。テイルが笑いながら見下ろす中、そんな地獄の中で確かに光る物を見つけ出す。



「うんうん、私の目に狂いはなかったね……どっちも良い感じ」

「特に……ん? 拗ねるなって、わかってる、まだだよ、まーだ……だけどさ、その時はいつかきっと来るんだ」

「だからあんたも、今の内によく見ときなよ、次の使い手はあの子になると思うからさ」



 力を付け、才覚をあらわにし始めるロベリアを見つめテイルはそう呟く。抱きしめられた八戒神器はっかいじんぎは、それに応えるように淡く発光するのだった。




 そして現在、悪夢から脱出したスピネル達はアジト内の異常に対し、即座に対応した。救うべき者が居て、尚且つ一番手薄になるであろう場所に駆けつけたのだ。



「元敵を救う、優先順位が低くなりがちでしょうけど……ここは流魔水渦……最優先ですよね」



「でも囚人扱いだから、バロンさんのサインも刻まれてない死角と呼べる場所……だから私達はここを目指した」

「ここを失ったらきっと大勢悲しむから、ここを失ったら、勝ちは無いから!」



「そのお綺麗な理想論、夢で終わるか守り切るか……それは君達次第だ」

「夢を現実にする力、その身に宿せたかい?」



 深紅が線を引き、斬光が線を断つ、独房内の触手が、一瞬で消し飛ばされた。



「おかげ様で、良い夢見れそうです」



「健全な奴ね」



「良いね、可愛い弟子たちだ」



 今、夢は現実へ。



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