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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第九章 『記憶を無くした亡霊』
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第七十二話 『森の中の幽霊屋敷』

「記憶、喪失……?」



 森で出会った幽霊の女性、白髪のロングヘアが夜の闇に浮かび上がる姿は何とも綺麗だった。足が無い事を除けば、見た目は普通の人間と大差ない。




「はい……名前とか以外は殆ど覚えてなくて……」




 嘘をついているようには見えないが、聞いた話では被害者も出ていた筈だ。



「俺達はこの森で幽霊に生気を吸われたって話を聞いたんだけど……」

「あなたは人を襲ったりしましたか?」




「人に襲われた事はありますが、私から襲ったって話は誤解ですよ……」

「訳も分からずに逃げ回ってただけです……」




 目の前の幽霊はオドオドと頼りない、危険な感じは少しもしなかった。



「……じゃあ、クリプスさんはどうしてこの森に?」




「気がついたらここに居たんです、足も透けてるし、たまに出会う人は私を見て驚くか、襲ってくるか……」


「どうやら私は幽霊らしいですね……なんで死んだのかも思い出せません……」


「森から出ようとすると見えない壁みたいなのにぶつかって出れませんし、困ってるんですよ……」




「ふむ、森から出られないか」



 セシルが口を開いた、何かに気がついたようだ。



「恐らく、貴様は自縛霊になりかけているのだろう」

「この場所に何かやり残した事があるのではないか?」




「やり残した事……ですか……」

「それが、一つ気になってる事がありまして……」



 そう言って、クリプスは森の中に佇んでいる屋敷を指差した。



「覚えてない、覚えてないんですけど……」


「あのお屋敷に、何か忘れてる気がするんです……」


「とても、大事な物を……」




「じゃあ、それを見つければクリプスさんの未練? が晴れるのかな?」

「そしたら成仏とか出来るのか?」




「まぁ、こいつが望むならそうなるだろう」




「じゃあ簡単だ、って言うか……だったら何で屋敷に入らないんですか?」




「入れないんですー……」



 ガックリと項垂れるクリプス、こう言っては失礼かも知れないが、その姿からは恐怖を微塵も感じられなかった。



「扉を開こうとしても、手首の部分が透けてしまって掴めないんですよぉ……」

「そのまますり抜けようとしても、手首から先は透過出来ないんです……」


「なんか私、半端に幽霊なんです……」




「半端に幽霊と言うより、貴様は半端に強力な幽霊なのだろう」

「微妙に力が強い為、肉体が少し実体化しているようだ」



「透過のコントロールも自分では出来ていないな、記憶の欠陥のせいか?」



 霊体種ゴーストは、死んだ者の魂と魔力が結合し、現世に精神体の状態で留まった者の事だ。自らの意思で魔力と結合し、霊体種ゴーストになる者から、他者の魔力で強制的に操られる者まで……その種類は多い。


 その肉体は魔力と精神で構成されている為、記憶の欠如があるクリプスはかなり不安定な状態と推測される。



「あのあの……見ず知らずの方にこんな事頼むのは恐縮なのですが……」

「私を見て逃げなかった人は初めてで、頼れるのはあなた方しか居なくて……」


「あの……出来れば助けて、欲しくて……」





「分かりました」





「幽霊の私なんか、助けたくない気持ちも重々承知ですけど……」

「その、あの…………って……え?」




「俺で助けになれるなら、協力します」




 依頼の内容は幽霊騒ぎを解決すればいいのだ、協力してクリプスが成仏出来れば、それで解決するだろう。



「良いんですか!? 私、幽霊で……何も覚えてないんですよ!?」

「そんな訳の分からない私を、助けてくれるんですか!?」




「あなたが成仏出来れば、こっちの依頼も問題なく終わりますし……」


「何より、幽霊とか何とかどうでもいいです」

「困ってる人を放っておくなんて、出来ませんよ」




「……神様ですか……?」




「普通の人間ですよ……」

「いいよな? みんな」



 クロノの声に反応し、精霊達が姿を現す。



「あのお屋敷に入るのは嫌だけど……クロノが決めたなら付き合うよぉ……」



「何を言っても無駄だろう……協力するさ」



 セシルの方を向くと、無言で頷いてくれた。




「じゃあ、早速あの屋敷の中に入ってみよう」




「あ、ありがとうございます!」




 記憶を失った幽霊の為、クロノ達は屋敷に向かって歩き出して行った。















 古びた屋敷の前までやってきたクロノ達、見れば見るほど不気味である。



「うーん、流石にこれはちょっと怖いな……」



「幽霊とか出そうですよね……怖いですよね……」



「クリプスさん、自分が何なのか分かってますよね?」



「クリプスちゃん、仲間とか呼ばないでね……!」



「いや、向こうから仲間だと思って寄ってくるかも知れない……」



「や、止めてくださいよ……私、幽霊とかダメなんですよぉ……」



 戦力外がまた一人増えたらしい。付き合っていたらいつまでも進めないので、クロノは扉に手をかける。



「古びてるせいなのか、単純に鍵がかかってるのか……開かないや」

「仕方ないな、アルディ」



「ん、了解だ」



 金剛を発動し、扉を殴り飛ばす。古びた扉は呆気なく吹き飛び、進入が可能になった。




「さて、何を探せばいいのやら?」




「このヘタレ幽霊が何かを思い出せる物を探すのだろう」

「単純にしらみ潰しに行くしかないだろうな」




「そっか、じゃあそれらしい物を手分けして……」




「何恐ろしい提案してるのさ!」


「この暗闇に包まれた不気味な屋敷の中を手分け!? 馬鹿じゃないか!?」


「無理です! 怖いです! 一歩も進めません!」




「…………」




「私も、それは嫌だ」




「はぁ……んじゃみんなで行こう……」



 最早突っ込む気も削がれた、クロノは暗い廊下を進み始める。当然屋敷の中は暗闇に包まれ、随分と埃が溜まっている。




「結構年月経ってるみたいだなぁ」




 廊下の床も腐っており、歩くたびにギシギシと嫌な音を立てる。



「アブブブブ……クロノ早いよぉ……」



「あ、あまり離れるな……守れなくなるだろう?」



「暗いです……何も見えません……」



「……お前ら楽しそうだな……」



 見ていて少し面白かったのだが、『楽しいわけないだろう』、と目で訴えられる。本気で怖いらしい。



(まともに探索できるのかな、これ……)



「あうあう? 真っ暗で何も……ひゃんっ?」



 暗闇でフラフラと漂っていたクリプスが、壁に激突した。





「あいたた……た?」





 壁に掛けられている、不気味な絵画がクリプスの視界一杯に広がった。




「きゃあああああああああああああああああっ!!?」




「ひゃあああああああああああっ!?」




 クリプスの絶叫にエティルが連鎖反応を引き起こす、ワタワタと飛び回るエティルが頭上のシャンデリアに衝突した。その衝撃でシャンデリアがアルディ目掛けて落下する。




「うわっ……危ない!」




 流石にこれくらいのトラブルに巻き込まれるアルディでは無いのか、落下してきたシャンデリアを右手で弾き飛ばす。弾き飛ばされたシャンデリアが一つの部屋の扉をぶち抜いた。



 その部屋の中一杯に、不気味な人形が放置されていた。




「…………」




 無言のまま、アルディがその場に倒れる。恐怖心が限界を超えたらしい。




「えっと、次はこの部屋を見てみようか」




「貴様も随分と慣れた物だな……」




 背後のカオス空間から目を逸らしつつ、クロノは探索を黙々と進めていた。未だに背後ではギャアギャアと騒ぎが続いているが、気にしたら負けだろう。



「後ろが騒がしいおかげで、俺は全然怖くなくなったんでね……」



「私もあれに巻き込まれるのはごめんだ」



「うん、そうして貰えると助かるよ……」



 セシルが後ろの騒ぎに加われば、屋敷どころかクロノもただでは済まないだろう。最悪、消し飛ばされかねない。





「しかし、何なんだこの屋敷は」





 部屋の統一性がまるで無い、複数の人物が使っていた痕跡が残っていた。個人の物では無いのは確かだ。



「ふむ、旅館のように使われていたのだろうな」



「殆ど荷物とか残ってないよな、残ってるのは捨てられた物ばっかりだ」



 置き捨てられた物は全て埃を被っていた、長い年月を感じさせてくれる。




「クリプスさんは、ここに何を忘れてるんだ……?」




 クロノは探索を進めていったが、結局屋敷中探してもそれらしい物は見つからなかった。



「んー……1階にも2階にも、何も見つからなかったなぁ」



「つ、疲れたよぉ……」



「人形と目があった、呪われたかもしれない……」



「うぅ……絶対にこのお屋敷の中にあるはずなのに……」

「全然思い出せません……」



 このまま探索を続ければ、精霊達やクリプスの身が持たないかもしれない。



「少し、休憩しようか……」














 1階の一番大きな部屋、大きなテーブルが中央に設置されている部屋で、クロノ達は休憩する事にした。



「クロノ、離れちゃ嫌だよ?」



「はいはい……」



「あのねクロノ、気絶している僕を放置は酷いと思うんだ」



「悪かったって……」



 椅子に座って一休みしているクロノ、その隣にはアルディが腰掛け、膝の上にはエティルが座っていた。現在は怯える精霊達の相手をしてやっている真っ最中だ。



 そんなクロノ達とは距離を置き、クリプスは大きな窓から月を見上げていた。




(……やっぱり、思い出せないかな……)



(何にも見つからなかったしなぁ……)




 自分は怖がってばかりで何もしてなかった気もするが、何も見つからなかったのは事実だ。



「何だ、もう諦めるのか」




「ひゃわん! 急に背後に立たないでくださいよぉ……」



 唐突に背後からセシルに声をかけられ、クリプスは飛び上がってしまう。



「幽霊の癖に、情けない奴だな」




「うぅ……きっと生前からこうなんですよ……」




「まぁそれはいい、貴様今、もう無理かなとか思っていただろう」




「えぅ……?」



 諦めかけていた事を言い当てられた、顔に出ていただろうか。



「貴様が諦めるのは勝手だが、残念だったな」

「あの馬鹿タレは諦めが悪い、貴様が諦めても探索は止めないだろう」




「……どうして、あの子はここまで?」




「……あいつは、本当に馬鹿タレだからな」

「放っておくという、一番簡単な選択が出来んのだ」




「呆れるほど、真っ直ぐなんだ」




 そう語るセシルの表情は、とても優しい物だった。その目は何か、遠くを見ているようにも見える。




「優しい子、なんですね」




「ただ馬鹿なだけだ」

「あいつはまだ、知らない事が多すぎる」



「……そもそも……」






「どわあああああああああああっ!?」






 セシルが何かを言いかけたが、クロノの叫びがそれを遮った。



「……何だ?」



「クロノが落っこちたーっ!!」



「クロノ! 返事をしろ!」



 セシルが駆け寄ると、部屋の中央、テーブルの下に隠し階段が現れていた。




「貴様等……何をしていたのだ……」




「エティルがテーブルの上の燭台を倒したら、テーブルの下にこの階段が現れたんだ」

「それに驚いたクロノが椅子を倒して、そのまま椅子ごと転がり落ちていった……」




「うわーんっ! クロノが地下に吸い込まれちゃったよぉっ!」




 騒ぎに事欠かない精霊達だ、こういった所は変わっていない。



「はぁ……とにかくクロノを追うぞ……」



「おいヘタレ幽霊、貴様も早く……」



 セシルが振り返ると、クリプスの顔色が変わっていた。ただジッと、地下への階段を見つめている。




「……どうかしたか?」




「あ、……わた……し……」


「その階段、知ってます……思い出した……」

「その下です……きっと……その下に……何かある筈です!」




 偶然見つけた地下への階段、その先に、クリプスの忘れている何かがあるらしい。不穏な空気が流れ出る地下、セシル達はゆっくりと階段を降りていった。



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