第七百十三話 『何よりも優先すべき事』
浄罪の雷に打たれ、傲慢の身体が硬直する。その隙に距離を詰めたドゥムディが拳を叩き込み、傲慢の悪魔は無抵抗のまま地面に叩きつけられた。
「お前が如何に傲慢に振舞おうとも、三対一で勝てるとは思ってないだろう」
「欲の種類は違えども、その深さ大きさは引けはとらん……おれ達はどれだけ強引にでもお前を連れ戻すぞ」
「質の悪い……プラチナのコピーはコピー元が範囲内に居なきゃ劣化にしかならない筈……ご丁寧にハイクオリティなコピーで罪を穿ってくれやがって……」
「出発前に本人に魔法陣を仕込んで来たんだよ、面倒くさかったけどさ」
(だからこそ分かる……魔法陣が動いてる……器くんが起きた? それともマルスが出てきた……? だとしたらコッソリ仕込んだ魔法陣を持ち運ぶとか……こっちの考えを言葉交わさず組んでる感じでクソ気持ち悪いんだよなぁ)
舌を出し嫌そうな顔をしながらマルスのコピーを解除するプラチナ。そんな様子から、ディッシュは何かを悟ったようだった。
「イレギュラーかァ?」
「さぁ? でも妙な事が起きてるのは確かだと思うよ 面倒この上ないね」
「おい傲慢気取り! 駄々捏ねるなら後で聞いてやるから全員揃ってからにしてくれねェかなァ!」
「それではい分かりましたって言うとでも思ったか?」
「強情だな……何がそこまでお前を突き動かすのか」
「我等の欲は我等に回帰する、あぁそうだその通りだ」
「何が? 欲のままに生まれた全てがこうさせるのさ、お前達の事を想わない時があっただろうか? 無念を、怒りを、恨みを、その全ての根源を忘れる日など無かった……封じられてからも、目覚めてからも、衝動は変わらぬ、止められぬ!」
「我は許せぬ、許さぬっ! お前達を裏切った全てを、受け入れなかった全てを! 世の全てを踏み躙ってでも、例えお前達の輪から外れようとも、傲慢の炎は復讐を果たすまで消えはせぬっ!!」
猛る傲慢の悪魔から、凄まじい魔力が立ち昇る。感情に呼応するように漏れ出す力は、離れた場所にいるカルディナ達ですら威圧されていた。
「うわあ……凄い……」
「あれがあの悪魔の本領なら、俺の中に居た時は全く本気出してなかったってこったな」
「主導権の取り合いも、俺を泳がせて観察するお遊びかよ」
「これ巻き込まれたら粉々かも……リウナ、シズク! 一回あたし達は流魔水渦のアジトに……」
「それがマスター、なんか鍵がおかしいよ?」
「へ?」
カルディナ達がゲートの不具合に気付いた事に、遠巻きに見ていたプラチナも気づく。
(やっぱなんか起きてんだな、確か俺達には流魔水渦の見張りが何人かついてる筈……)
こっそり自分の分身を作り出し、周囲を探らせる。眼下では傲慢がいつ暴れ出してもおかしくない状況だった。
「ツェンさぁ、俺達の気持ちは度外視で暴れちゃうわけ?」
「お前の考えも分かるけど、相談も無しに暴れた結果があれだったじゃんね」
「お前等が我を切り捨てていれば、それで済んでいた事だ」
「我が巨悪を演じれば、お前達は違うと印象を残せたはずだ」
「頭脳担当を馬鹿にした割にはお花畑な考えだなァ!!」
「仲間殺しの化け物集団に成り下がったボク達の印象ってのは、一体どんな煌びやかなもんなんだァ!?」
「そもそもマルスやミライがお前を切り捨てられるわけないだろう、傲慢になると馬鹿になるのか?」
「ッ! 錆び付いた欠陥品に馬鹿呼ばわりされたくはないな!」
必中の拳が距離を無視してドゥムディの顔面を捉えるが、ドゥムディはその一撃を笑って顔面で受け止める。
「馬鹿でいいのだ、おれ達は理想こそ掲げたが……前提はみんな一緒で居る事だ」
「世界に拒絶されようと、共に在る事が最優先……その先なんてみんなで考えれば良い」
「そりゃ恨みつらみはあるけどね、カチンときたこともあるし忘れはしない」
「何の因果か、目覚めてみりゃあ随分状況も変わってるしなァ」
「歪みを抱えていても、どん底まで落っこちてみても、ボク達はボク達のまま続いてる」
「だったら過去に囚われたままじゃ、何も変わらねェだろうが」
「とにかく一回戻ってこいボケ、こっから先は全員で話し合って決めようじゃねェか」
「これ以上グダグダ抜かすと本当に四肢を食い千切って連行するからなァ……!」
「我等を陥れたこの世の中で、何を話し合い何を始めると……」
「一旦ストップですーーーーーーー! 降りてきてくださーーーーーーーーい!!」
大罪達の言い争いの中、カルディナが割り込んで来た。当然だが本人は生きた心地がしていない。
「後はボク達がやるっつったよな? 空気読めねェのかあの人間は」
「んー……何かが起こってるのは感づいてたけどさ」
「どうも、その何かは予想以上にめんどい事みたいだねぇ」
プラチナの分身体が、近くに潜んでいた流魔水渦の見張りを何人か集めて来ていた。どうやらカルディナ達はその見張り達から何かを聞いたらしい。ディッシュ達は地上に降り立ち、焦るカルディナから状況を聞き出す。
「おい、今は我との戦いの最中じゃ……」
「ちょっと今立て込んでるから待っててー」
「おま……これから全力でぶつかり合う寸前のところで……!」
「……グダグダしてる暇はマジでなくなったみてェだなァ」
「その情報はマジなんだな?」
「通信が途切れ途切れで、今も不安定なんですけど……断片的に飛んでくる情報を繋ぎ合わせて……ほぼ間違いないかと……! 今アジトの方は大パニックで……!」
「急ぎ戻った方が良いな、マルスやレヴィもきっと動いているだろう」
「行くぞツェン、お前の力が必要だ」
「一体どういう流れで喋ってるんだお前等、我の話を何も聞いてないのか!?」
「ミライが利用されてんだとよォ」
「ボク達の行動理念から言えば、仲間を利用されて黙ってる理由はねェよなァ」
「それとも何か? 仲間が第一最優先ってのは口だけかァ?」
「……ッ! 見ろ、いつの世も我等に待つのはそんな未来ばかりじゃないか」
「ミライを利用してるのは悪魔側で、奮闘してるのは人と魔物の集まりだよ」
「世の中も結構狂っててさ、マルスよりやべぇ奴も出て来てるんだ」
「共存の世を夢見る馬鹿は、いつの世にもいるみたいだよ、めんどくさい事にね」
「過去ばかり見ていないで、前に目を向けてみるのも一興だろう」
「共に歩む未来なら、今度こそと思えるかもしれんぞ」
「おい手を離せ、何肩を掴んでいるんだ」
「おれは、強欲だからな」
「話はミライを助けたら幾らでも聞くからよォ、今は黙って手ェ貸せよなァ」
「ふざけ…………」
「……昔から、『俺』はお前達に流されてばかりだ……」
「長い付き合いだろ、飲み込め傲慢」
「おい流魔水渦の下っ端共、ゲート出せ、アジトに乗り込むぞォ」
「いやそれがゲートは出るんですけど通れないんですよ! なんか空間が塗り固められてる感じで!」
「知った事じゃねェなァ……立ち塞がる全て、食い潰す!」
空間を抉じ開け、大罪達が流魔水渦のアジト内に雪崩れ込む。グチャグチャになった空間の中でも、その存在感は周囲に圧を飛ばす。感知が殆ど意味を成さない状態でも、その存在は強者のセンサーに引っかかる。
「ん……」
(どしたの? クロノ?)
「カルディナさんの気配が、なんかやべぇ圧に取り囲まれながら急に湧いた」
(何してんだあいつ……)
戦場の中で、その気配は希望か、混沌か。
「……? どうしたレヴィ、嬉しそうだぞ」
「嬉しいわけないよ、絶賛仲間が利用されてるんだから」
「でも、やっと全員揃いそうだよ」
欲が渦巻く戦場で、最後に笑うのは一体誰か。
「無事に連れ帰ってくれたか、なら……残るはミライだけ……!」
文字通り、未来を手にするのはどちらか……。
「全ては僕の望むままに、大罪が集いし時、理想は形を成す」
「さぁ、全てを僕に差し出してくれ」
慈愛の表情を浮かべ、虚空に手を伸ばすヘディル。八つの翼をはためかせ、彼女は幸せそうに笑っていた。足元には、マイラとケルベロスが転がっている。色欲の力を振るい、傷一つ負うことなく絵札二枚を叩き潰した巨悪は、大罪全てを喰らおうと地獄の傍に君臨していた。決戦の時は、迫っている。




