第七百十二話 『傲慢であれ』
「リウナ! シズク! 大丈夫!?」
「大丈夫に見えるか? ボロボロだよボロボロ……主に自己強化の反動でなぁ……」
「マスター! リウナちゃんが今までで一番活躍して今までで一番軽傷だヨ!」
「両腕呪いの装備で戦い抜いた仲間にかける言葉がそれか……?」
「だから今すぐ治療する必要があるんだヨ、ヌルヌル……」
「カルディナァ! 腕から全身に広がりつつあるこの変態スライムを引っぺがせ!」
「ほっ……大丈夫そうだね……」
「大丈夫じゃないっつってんだよ! 今大丈夫じゃなくなるところ、うわああああああああ!」
シズクに飲み込まれるリウナに胸を撫で下ろし、カルディナはようやく一息ついた。彼女はレターを某超絶天才作のアイテムで拘束し、なんとか自分自身の戦いを終わらせた。完全敗北したレター・スイッチは、俯いたまま口を開く。
「俺は、間違ってねぇ」
「…………」
「間違って、ねぇんだ」
「……欲は麻薬、欲は己を蝕む毒……悪い見解だってあると思う」
「けどね、あたしの憧れた子はある意味で底無しの欲を持ってて、欲は夢の原動力だって信じさせてくれるんだ」
「欲も、力も、夢も、きっとなんだってそう……受け入れ方、向け方で形を、善悪を変えていく」
「やり方や考え方は、一辺倒じゃダメなんだ、止まらずに動き続ける人にしか、未来は掴めない」
「あたしは、貴方に止まる事を許さない……振り返って、無視してきた全てを拾い直させる」
「…………っ」
「……見てよ、レター・スイッチ」
「欲のままに生きて、理不尽に奪われて、それでも止まらない人達が居るんだ」
「そうまでして、求めるモノがあの人達にはあるんだよ」
上を見え上げるカルディナに釣られ、レターは視線を上に向ける。大罪の悪魔達が、大気を震わせ激突していた。
「貴方だって傲慢を宿してたんだ、何か思うものはないの?」
「歪んでも、堕ちても、それでも何かを求めた生き様にさ」
「知るかよ、俺は俺の為にが信条だ」
「俺ほどの力があっても、この世界みたいなクソの掃き溜めじゃ己の為にが精一杯、他に気をやる余裕なんてねぇ、リスクに見合わない」
「多くを欲して身を滅ぼすなんて、それこそ愚かだろうが」
「それでも頑張るから、強いんじゃないかな」
「あたしだって、手の届く範囲は狭くて弱っちいけど……貴方に勝てたのはそれが理由だと思うんだ」
「欲の果てにしか、望む未来は有り得ない」
「…………」
カルディナの言葉を、レターは黙って聞いていた。視線の先、大罪達は全力でぶつかっている。己の欲の為に、欲するモノの為に。
「大体、全てが急だったんだよなァ!」
「今思えば、お前が独断で依頼をこなし始めたところから始まってたんだろうなァ!」
「何もかも遅かったな、我等の知能担当が無能で助かった」
ディッシュの牙を掻い潜り、ツェンの必中が顔を弾く。暴食、強欲、怠惰、三体の大罪の猛攻を悉くいなし、傲慢は確実に必中の拳を叩き込んでいく。
「今も尚復讐を続けるのは、嘗ての続きと言ったところか?」
「己らとて、忘れたわけではあるまいよ」
「我等の受けた屈辱、扱い、怒り、憎しみ、この身を突き動かすのは……」
「面倒くさいから建前は抜きにしようよ、もう十分過ぎるくらいグダグダしたろ」
「確かに酷い扱いだった、散々な目に遭った、働きたくもないのに汗水垂らして方々巡って、感謝すらされなくなった時は世の中クソだなって思ったさ」
「けど無理があるんだよ、誰よりも頑張ってたお前がグレる役はさ」
「誰もが困惑し、お前の身を案じたっけなァ!」
「一番付き合いの長いマルスとミライのあの面ァ! お前が一番覚えてる筈だぜェ!」
「今のこの場にあいつらがいねぇ事感謝しろよなァ! ボッコボコじゃ済まなかったろうよォ!」
両腕を振るうディッシュだが、ツェンは必中の攻撃でその腕を弾く。牙の軌道は逸れ、ツェンには当たらない。
「最も早く悪魔に堕ちたのは我だ、欲の大きさが違ったのだ」
「あれは、必然だ」
「バカ真面目で誰よりも仲間を大事にしていたお前が、仲間を蔑ろにするのが必然だと?」
「本質はレヴィが見抜いていた、それより先にミライは辿り着いていた、おれ達の欲は全てが仲間の為、おれ達の夢へと続いている!」
「戯言だ」
「夢の為に餓え、全てを喰らい怪物に成り果てた」
「夢に魅せられ、それに執着し、それ以外に怠惰した」
「夢を知り、その全てを欲して狂った」
「夢に生かされ、愛故の嫉妬に溺れた」
「夢を愛し、全てに愛された」
「夢を目指し、失敗した己に憤怒した」
「全員そうだ、全員……想い合って狂って堕ちたっ!」
「テメェもそうだろうがァ! 傲慢気取りの自己満足野郎がァッ!」
「戯言の極みだ」
「夢を信じ、傲慢を盾に悪役を演じた……誰も気づかねぇとでも思ったかァ!?」
「テメェ一人が悪役になって、ボク等が喜ぶとでも思ったかァ!? グレたテメェを見て、マルスが一度でも笑ったかァ!?」
夢の為に奔走し、戦い続ける毎日。自分達の強さは際限なく上がっていき、いつしか極まった欲はその身を悪魔に堕とした。圧倒的な強さから距離を置かれていたマルス達、仲間に人外も居た故警戒されていたが、人の身が人外に成った事で警戒は更に強まった。ツェンが悪魔化しても、仲間達の態度は変わらない。驚きはあったが、ツェンはツェンだとすぐに受け入れられた。この変化を経て、徐々に仲間内で悪魔化の傾向が見られ始めた、全員が人を辞めつつあったのだ。
悪魔に堕ちて、感情の変化も生まれた。人だった時より、欲のままに動く、動きたい。どうして努力が認められない? 自分達を受け入れない? 愚かな周りの命に怒りが湧き、自分はもっと評価されるべきだという考えが湧き出してくる。
(それ以上に、それ以上にだ)
(こんな優れた自分より、もっと素晴らしいんだ、こいつ等は)
(どうしてこいつ等が評価されない、どうしてこいつ等が受け入れられない)
(なんだその目は、なんだその顔は、こいつ等はお前等の為に動いてんだ、全てを捧げて、なのに……)
筋書きがいる、漠然と人助けをしていても何も変わらない。今のままじゃ、自分達は都合よく使い捨てられる化け物集団だ。歓喜も感謝も尊敬も、恐怖と警戒と非難に代わる。依頼をこなし、感謝どころか侮辱の言葉を吐き捨てた貴族が居た。レヴィを薄汚い魔物と言われ、自分は必中の拳で貴族の顔を殴り飛ばした。マルス一行の評価は大きく落ち、悪魔と化した危険な存在と一層大きな声で噂になった。
(その時気づいたんだ、俺の評価だけが独り歩きした事に)
(最初に悪魔に成り、凶暴で乱暴で、危険な存在、他よりも、特に危険な悪魔)
(そうだ、俺一人で良い、俺がその道を進めばいい)
(お前等の頑張りは、俺が実らせる、俺にしか出来ない、俺が、もっと、傲慢に振舞えばいい)
依頼を一人でこなし、出来る限り横暴に振舞った。傷つけ、暴れ、輪から外れて暴走した。危険な存在だったのは、自分だけだったと思わせればいい。異質な存在の中から、更に異質な存在として飛び抜ければいい。視線を、評価を、何もかも自分に集めるんだ。困惑した仲間達は、俺を非難し咎めるだろう。仲間内でも縺れを見せつけろ、自分だけがおかしいと認知させろ。危険な悪魔を討つ、英雄達を作り上げろ。
「笑えばいいだろうが」
「あのままで、描いた夢を手に出来るなんて、誰か一人でも信じられたのか?」
「あのままでダメだったから、それでも諦められないから、俺は役に徹しただけだっ!!」
「その先にこそ、ボク等の夢は存在し得ないだろうがァッ!!」
必中の衝撃と、暴食の牙がぶつかり合う。大気は震え、想いが爆ぜる。
「そこまで理解して尚、追いかけ続けるお前等に絶望したよ」
「同じ失敗を繰り返す気か? あの日の決断を間違えたから、お前達が迷い続けたから、我等はあの日敗北したんだぞ!」
「お前等が俺を切り捨て、退治していれば!! 立場は違ったはずだ!!」
「決別と犠牲をお前は求めた、夢はその先にしかあり得ないと」
「だがミライは仲間と絆を信じた、誰一人欠けては、自分達の夢は成し得ないと」
「マルスは迷い、決断出来なかった……その結果おれ達は国に裏切られ、封印された」
「奇跡のように目覚め、今尚お前は己の犠牲を願うか?」
「我等を虐げた国への復讐を成し、恐怖と最悪の象徴と成る」
「そんな我をお前達が下せば、評価も変わるだろう……大昔の伝承だって、捻じれて伝わった歴史だって、今に正しい形で伝わる筈だ」
「確かに、そうかもしれんな」
「だが残念だ、お前が欲のままに傲慢なように、おれもまた強欲なのだよ」
「おれは全てが欲しいのだ、誰一人として欠けてはならん……みんなが居なければ、意味がない」
「鉄くずが、ガラクタに成長を期待した我がバカだった」
「そだねー……お前はマジに大馬鹿だよ」
プラチナが指を鳴らし、空中に魔法陣を展開する。膨大な魔力を纏い、鋭い目つきでツェンを睨む。
「傲慢を切り捨てる、そんな選択を俺等が取ってくれるとか、今も昔も思ってるところが最高にバーカ」
「仲間の為の自己犠牲? 仰々しく格好つけんなよ、仲間も信じられない奴が、未来を、夢を信じられるわけねぇだろ」
「本当に面倒な事にさぁ、マルスと同じ事抜かすクソ馬鹿が今も居るんだよ、それも複数ね?」
「世界も大概狂ってんだ、いつの世にも馬鹿は湧くんだよ、本当に面倒くさい、嫌になる、マジにマジで!」
「…………スタート地点もリセットされた、今度は最初から全員悪魔で、バカばっかりで、変わったもんもあるけど変わらないものだってある、俺等を受け入れようとするクソボケな環境だってある」
「恨みも憎しみも勿論あるけど、それ以上に大事なもんがあるだろ、不貞腐れてないで戻って来いよ」
「全員揃わなきゃ、リスタートは出来ないだろうが」
魔法陣からコピーを生み出す、作るコピーは決まってる。プラチナが作ったのは、マルスのコピーだ。浄罪の雷が、必中の拳を突き破りツェンの身体を打ち抜いた。
「ッ!!」
「憎まれ口より、白い目より、ひっどい評価より、何よりお前の裏切りが俺達には不要だよ」
「ミライとマルスが一番傷ついたんだ、丁度残りはお前等だけなんだ」
「さっさと元通りのウザ馴染みに戻ってくれ、面倒かけんなバカ」
その欲は、輪の中で生まれたモノ。いつだって、その欲は輪の為に。




