Episode:カルディナ ⑯ 『因縁を縫い留めて』
絶叫し、襲い掛かってくるレター・スイッチ。彼は背に無数の光球を生み出し、真っ直ぐとカルディナに飛び掛かってくる。カルディナは目を見開き、光の集束を一気に散らす。
(あたしのこの目は、どんな物でも視界の外に弾き出す、強度も何もかも無視して、形だって捻じ曲げる)
光すら視界の外に弾く為、能力を発動した時カルディナの視界は何も映らない。前回の戦闘時には、右目は殆ど使い物にならなかった。だが今は違う、文字通り死に物狂いの修行により、能力への理解と練度は高まった。右目だけだった能力は左目にも発現し、左右の目は自分の好きなタイミングで能力を発動できるようになった。視界への負担は左右の使い分けで多少改善し、両目での使用はリスクもあるが能力範囲の拡大にも繋がった。カルディナは今、両の目で能力を短い時間で連打しレターの光を散らし続けている。
(見られるだけで光が歪む、少しでも光が奴の目に映っただけで先端から捻じ曲げられ集束が崩れ去る)
(前よりずっと、散らされる範囲も回数も多い……こいつの目ん玉潰さねぇと光線はほぼ打てねぇ……!)
「なら直接叩き潰してやるよ、必中のこの一撃でなぁっ!」
「それは、見えてる相手にしか使えない!」
加速し、カルディナが目の前から消える。真横から蹴り飛ばされ、レターの顔が歪む。だが痛くはあれど、物理攻撃なんて悪魔に堕ちたレターには致命傷になり得ない。効果のない攻撃なんて、恐れる必要も怯む必要もない。身体を捻り、レターは攻撃が来た方へ顔を向け拳を振るう。狙う必要なんてない、一瞬でも視界に入れば、攻撃は確実に当たるのだ。
「残念オレでした!」
間に割り込んで来たリウナが、必中攻撃に自らを晒す。頬を捉えた衝撃を片手で弾き、そのまま回し蹴りでこちらの顔を弾く。
「駄犬がァッ!!!」
「駄犬に翻弄されちゃ世話ねぇなぁ!! 勘違い野郎がぁっ!」
「お前が見下して、ぶっ殺してきた奴はスゲェ数になってそうだな! 正しい? 間違い? それ以前だぜ!」
「お前がそいつらの価値を理解出来なかっただけだろっ! 間違いを正せない大馬鹿野郎が、でかい口で吠えてんじゃねぇ!」
「俺を間違ってると証明できなかった雑魚共の声に、何の価値を見出せってぇっ!?」
「そいつらの犠牲がテメェの間違いの証明だろうがっ!! テメェは見てみぬフリで逃げてるだけだっ!」
「もう逃がさねぇ、大勢巻き込んでクソ撒き散らした責任を取りやがれっ!!」
リウナは両腕を広げ、地を蹴りつけレターに飛び掛かる。自分がレターの攻撃を引きつければ、加速を溜めるカルディナは攻撃に集中できる。リウナの片手には爪状になったシズクが居る、彼女の攻撃は確実に精神を削り、悪魔にだって効果を残す。そしてもう片方の腕には、八戒神器である啓煉爪・エクスクロスを装備している。四天王から借り受けたこの武器の能力はとてもシンプルなもので、装備者の身体能力の極限向上だ。それはもう装備者の限界なんて知った事じゃないと言わんばかりに力が溢れ、初めて腕に装備した時はその瞬間全身が悲鳴を上げたものだ。
(正直今も身体中が痛ェ!! 普通にぶん殴られた方がマシなくらいにな!!)
(けど、良いんだ! こんだけ限界超えてなんとか食らい付ける程の力量差……オレは弱い、これくらいしないと戦いに割って入れないくらいに! だから良い、痛みなんざ喜んで飲み込んでやる……!)
(前みたいに、転がってるだけなんざ御免だ……! カルディナやシズクを守れるなら、戦えるなら!)
「血反吐吐いてでも、暴れてやらぁあああああああああああああああああ!!」
「纏わりついてんじゃねぇぞ雑魚がああああああああああああああああっ!!」
レターが光を握り締める。手の内に光を集め、直接光線を叩き込んでくるつもりだ。カルディナが腕ごと曲げようとするが、レターは身体を捻りカルディナの視界外を上手く利用してくる。
「ッ!」
「弾いてみろクソ犬がァ!!」
放たれた光線がリウナの脇腹を貫くが、リウナの動きは止まらない。飛び掛かってきたリウナはレターの片翼に噛みつき、そのまま食い千切る。
「がぁああッ!? このゴミ……!」
「カルディナは前回腕を吹っ飛ばされた、シズクは殆ど全身消し飛んだ、この程度なんだってんだ」
「この程度で怯むと思うな勘違い野郎! テメェの思い通りにはなんねぇぞ!」
「狂ってんのかこいつ……ガッ!?」
超加速からのカルディナの蹴りが、レターの視界を大きく揺らす。よろめいた隙に飛び込んで来たリウナが、シズク爪での連撃を刻んで来た。精神が削れる、心が揺れる。
「リウナ! 無茶しないで!」
「無茶しねぇと勝負になんねぇんだよぉ!!」
「怪我したら怒るよ!!」
「理不尽じゃねぇ!?」
「ポワポワ……愛だネェ……」
声が聞こえる、雑魚の漫才みたいなやり取りが耳に届く。こんなモブにまた負けるのか? 負けがどういう事かは分かってる。強さで、勝利で己の価値を証明し続けてきた自分にとって、負けは文字通りの死を意味する。自分にはそれしかない、そう生きてきた。後悔は無いが、今までの人生での好き勝手が全部返ってくる。負けは、否定。存在の全否定、傲慢の崩壊。それだけは認められない、認めちゃいけない。認めてしまった時点で、レター・スイッチという人格は崩壊する。その生き方しか知らない以上、負けた時点で自己を失うのだ。それを離してしまっては、何も残らない、何も無い。己の内に、傲慢以外の何も無い。
「俺の正しさを否定したいなら……テメェ等の全てで否定してみろ……」
「視界の全てを歪めるってんなら……俺を曲げてみろクソ女……」
その瞬間、レターの全身が黒い光に包まれた。光は柱のように立ち昇り、青空を黒塗りにする。
「なんだ!?」
「……正真正銘の、本気って事かな」
(能力で視てるのに……本体まで曲げきれない)
カルディナの能力で視ているが、光の柱の中ほどまでしか散らし切れない、本体まで能力が届いていない。弾いた先から、光が溢れ続けている。
「止められるもんなら止めてみろよ、俺の光は全てを滅ぼす」
「俺以外の全てを穿つ、邪光の奔流だ」
「身をもって知れ、お前等如きに否定できる俺じゃないって事を」
「この世が生んだ、黒い光が俺だ……否定したいなら、それ以上の光を見せてみろっ!!」
黒い光の柱が膨れ上がり、数百の光の矢が放たれる。それと同時に、黒く染まった空から光の矢が降り注いできた。力の原点は魔力のごり押し放出でカルディナの力が本体に届かない、つまり一瞥で無効化は出来ない。そこから更に物量のごり押し、眼前と上空からの数百数千の光の矢、全て凌げるのは神か仏くらいなモノだろう。
普通で考えたら、レターの攻撃は光速故撃たれた時点でほぼ回避は出来ない。その時点で身体に穴が開いているレベルの、不可避の一撃。後手の対処はほぼ無意味、そんなの前回の戦いで良く分かっている。だからこそ、撃たせない方向で対処を続けていた。しかし、それ以上に分かっていた。レターが全力で来た場合、恐らくそんな安パイの対処じゃ凌げない。力量差は知っている、だからこちらにも切り札がいる。全力を相殺出来るくらいの、全力がいる。その覚悟が決まっていたからこそ、カルディナ達は光が動く前に動いていた。
「シズクッ!」
「本当にやるノ!? 無茶に無茶を重ねる事に……」
「今更弱気な事言ってんじゃねぇッ!! オレなら大丈夫だ!」
「使い魔契約無しでついて来た時から、覚悟なんざ決まってるっ!」
リウナの言葉を聞き、意を決したようにシズクは身体を伸ばしリウナの視界を覆う。シズクは天水体種、心の化身とも呼ばれる水体種の上位種。水の力の扱いに長け、心に直接関与する事だって出来る。心に直接触れ、催眠や幻覚に近い影響だって与えられる。今シズクは、リウナの心に、魔物の本能に触れている。獣人種の狼族固有能力・月狂、両の目で満月を見る事で発動する、強化の力。リウナの視界を覆ったシズクの身体は、リウナに幻の満月を見せていた。本物の満月と、心を錯覚させる。時刻に縛られぬ、月狂の強制発動。
「”虚衣月狂”」
「光速を超えろ、身体なんざ、1秒も持たなくて構わねぇッ!!!」
黒狼と化したリウナの、1秒にも満たない咆哮。八戒神器によるブーストを更に引き出し、肉体がぶっ壊れる程の強化を纏う。レターの光の柱から放たれる光の矢、撃たれる前に射出場所を全て見切り、光線が放たれる寸前、全てを先読みで切り伏せた。黒い一迅が、邪光の一射目を完封し防ぎ切る。だがリウナはここまでだ、強化の限界が来た。防ぎ切ったが、心身共に使い切って崩れ落ちてしまう。レターの魔力はまだ溢れ続けているし、降り注ぐ方の光の矢は対処されていない。このままでは第二射が来るし、光の矢がそのまま降り注いで来るはずだ。だがそうはならなかった。レター自身、第二射を撃つ前に困惑が身体を縛っていた。同時に放つつもりだった光線が、どうしてまだ降り注いでこない? 考える必要なんてない、答えは目の前で煌々と輝いている。降り注ぐはずだった光は全て、上空で一点に集束していた。
「なに、なにが……」
「真貫の瞳……改め……」
「真統の双眼……あたしが両の目で捉えたモノは、その一点に集い停止する」
「この先はない、今あたしには何も見えていないけど、目を閉じる事で集束したモノも消えて無くなる」
「あたしは偽物って言われても仕方ない勇者だし、手の届く範囲しか守れない、貴方の光を超える光なんて出せやしない」
「否定はするけど、終わりになんてさせやしない」
カルディナはゆっくりと目を閉じる。集束した光は霧散し、降り注ぐはずだった暴力は音もなく消え去った。次に目を見開いたカルディナは、レターの光の柱を捉える。動けない、カルディナの視線は、言葉は無かったがレターを貫いた。光が散っていく、敗北が己を否定する。縫い付けられたように動けないレターの眼前までカルディナは歩いて行き、その頬を思い切り引っ叩いた。
「……ッ!」
「何度だって、あたしは貴方を否定する」
「貴方が正しさを主張しても、間違いを認めなくても、どれだけ喚き散らしても、諦めないし逃がさない」
「あたしは、レタースイッチの傲慢を否定する」
「空っぽに届くまで、何度だって怒ってやる」
「罪からは逃がさない、貴方が真っ直ぐになるまで付きまとう……覚悟して」
「ふざ、け……」
「何百回だろうと、負かしてやる」
「文句があるならかかってこい、あたしに勝つまで他に手を出すな」
「あたしに勝つまで、お前は『間違い』だ……あんたの理屈なら、そうなるよね」
(…………クソ、畜生……なんで……)
(…………これが、敗北、完全な……心も身体も、折れて……動かねぇ……)
プライドも何もかも、へし折れた。尻もちを付いた状態で、レターは俯き動かなくなる。敗北を突きつけられた彼に、もう傲慢の欠片も残っていない。だからだろう、器として価値の無くなったレターの身体から、黒い靄が噴き出してきた。靄は上空で形を成し、傲慢の大罪が顕現する。その目の前には、既に三体の大罪が並んでいた。
「良くぞ死闘を制したな、後は身内のゴタゴタだ、任せておけ」
「面倒だけど、こいつは俺達の問題だしね」
「つうわけだ、もう逃げるんじゃねェぞツェン」
「我にも思うモノがある、故に確かめさせてもらうぞ」
「あの日の選択の、残したモノを」
欲が残すは、悲劇か夢か




