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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第九章 『記憶を無くした亡霊』
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第七十一話 『セシルと寒さと幽霊と』

 旅の同行者に過去最大級の損害をたたき出されたクロノは、多額の報酬を得る事が出来る『幽霊退治』の依頼を受けていた。町長から依頼を正式に受けたクロノは、現在幽霊の目撃情報が最も多い森を目指して進行中だ。



「だから、悪かったと言っているだろう?」



「もういいって言ってるだろ?」



「だったらなぜ目を逸らすのだ!」



「……別に逸らしてないよ」



「いいや、逸らしている」



 実は微妙に怯えているセシルが可愛くて目を逸らしているなんて、口が裂けても言える訳が無い。



「クロノォ……何でよりにもよって夜に行くのぉ……?」



「一度宿で休んでからでもいいじゃないか……昼間に向かってもいいじゃないか……」



「幽霊なんだし、夜に行った方が会えそうだろ?」



「「…………はぁ……」」



 顔を白くした精霊達が同時に溜息を零す、そんなに嫌なのだろうか。



「精霊だって半分幽霊みたいな物だろうに……」



「理屈じゃないの、怖いものは怖いの!」



「クロノ、もういいじゃないか、お金のことはさ……」

「よく考えてみれば、セシルも謝っている事だしさ」



「そうだよぉクロノ、よく考えてみるとセシルちゃんはあまり悪くないと思うなぁ」

「それにお金よりもティアラちゃんを優先したほうがいいと思うなぁ」



「エティルの言うとおりだ、幽霊退治を辞めてティアラの元へ急ごうじゃないか」



「どんだけ嫌なんだお前ら……」

「どれだけ考えてもセシルが悪いし、そもそも金はおまけだっての」


「魔物関係の事は、出来るだけ関わって行きたいんだ、最初に決めた旅の目的だしな」



「うぅ……嫌だぁ……初めてクロノを恨むよぉ……」



「どうせ幽霊なんて居ないさ、見間違いに決まってる、そうであってくれ」



 今回、この二人は戦力になるのだろうか……。後ろを振り向くとセシルが黙って着いてきていた。今回は悪気を感じているらしく、手伝ってくれると言っていた。今回はセシルを頼りにしたいところだが……。



「何だ? まだ何か言いたいのか?」



「いや、お前も顔色悪いなぁって……」



「苦手だと最初に断った筈だぞ」

「別に怖いわけでない、苦手なだけだ」



 そう言うセシルの足取りは、明らかにいつもより重い。




「なんか意外だなぁ、ルーンと旅をしてたお前等にも苦手な物があったなんて」




 クロノに取っては遥か高みの存在のルーン、そんな彼の仲間だったセシル達の思いがけない弱点。それがまさか『幽霊』だとは、少し微笑ましい物がある。



「完璧な存在なんて有り得ないんだよぉ、クロノはあたし達を買い被りすぎてるよぉ……」



「ルーンみたいな異常人物と一緒にしないでくれ、僕達にだって苦手な物くらいある」



「私が一番苦手だったのは、ルーン本人だったがな」



 セシルの言葉に『あぁ……うん……』と同時に頷いた精霊達、たまにルーンという人物が本気で分からなくなる。



「ルーンが墓場に特攻かけた時は泣きそうになったなぁ、あたし」



「あの時は割と本気で殺意を覚えたね」



「あの、墓場に特攻って意味が分からないんだが」



「あはは、だよねぇ……」



 エティルの目は笑っていない。



「大体、真面目な話だけどさ、クロノは霊体種ゴーストと戦闘になった場合どうするつもりだ?」

「もしも悪霊の類なら、言葉も通じるか怪しいよ?」



「霊体相手には物理攻撃が通用しない事が殆どだ」

「幾つかの例外こそあるが、今の貴様じゃ勝機は薄いだろうな」



「精霊法なら効くかもだけど、クロノ精霊法下手っぴだしなぁ」



「え、今回はセシルが手を貸してくれるんだろ?」



「貴様は私が問答無用で相手を吹き飛ばしても、文句無いのか?」

「何だったら森ごと消し飛ばしても構わんぞ?」



「ごめん、無理」



 共存云々以前の問題である。話してる間に森が見えてきた。



「エルフの森に負けず劣らずの不気味さだなぁ」

「夜の密林か、雰囲気はあるな」



「クロノ、帰らない?」



「帰りません」



「クロノ、忘れ物とかないかい?」



「ありません」

「いい加減覚悟を決めてくれ」



 精霊達はがっくりと肩を落とす、エティルに至っては本気で泣き出しそうだ。フヨフヨと高度を落とし、地面に墜落しそうな彼女を両手で抱え上げる。人形のようにクロノに抱えられたエティルの逃げる道は、もう存在しない。



「あぅあぅ……クロノの悪魔ぁ……」



「はいはい、泣いても喚いても帰りませんよ」


「アルディ、俺の背中はお前が護ってくれるんだろ?」

「夢に向かって真っ直ぐ進むからさ、背中は頼んだぜ?」



「あ、はは……あぁ、任せてくれ……はは……」



 アルディの方を向いてニヤニヤと笑うクロノ、アルディも笑って返してくれるが、その笑みは明らかに引きつっている。



(毎回毎回からかわれてばっかりだし、たまにはこんなのも有りだよなぁ♪)



「何だ貴様、随分と機嫌がいいな」



「え、そんな事ないぞ?」



「ふん、まぁいい、さっさと先に行け」



 ナチュラルに先頭を譲るセシル、これは結構珍しい事だ。微妙にその肩が震えている。それに気がついたクロノは、少し意地悪を思いついた。





「今回は手伝ってくれるんだろ? セシルが先に行ってくれよ」





 いつもだったらこんな事は口が裂けても言えない、悪乗りとは危険な物だ。その言葉を聞いたセシルは、黙って森の中に入って行った。その後ろをついて行くクロノ、しばらく歩いていると、森の奥から物音が響いた。




「ん? 風か……」




「……! ぜあああああああああっ!」




「な? ってうわああああああああああああっ!?」




 セシルが背負っていた大剣を、鞘に入ったままの状態で振り切る、その風圧で木が十数本纏めて吹き飛んで行った。その衝撃でクロノも3メートルほど吹き飛ばされてしまう。




「セシル! 俺が悪かった! 俺が先に行くから!」




 このまま彼女に先導させると、森が更地に変えられる危険がある。結局クロノが先頭に立った。




(一々リアクションが常識外れだなぁ……セシルが本気出すと凄い事になりそうだ……)




 自分の後ろをついてくるセシルだが、森に入ってから随分と口数が減った。鬱蒼とした森の中は随分暗く、クロノでも不気味に感じる。




「カタカタカタカタカタ…………」




 クロノに抱えられているエティルは小刻みに震え続けている、ここまで怯えられると声もかけられない。



「いいかクロノ、あまり離れるんじゃないぞ? そうなると護りきれないからな」



「あぁ、うん……分かってるよ……」



 アルディはクロノのすぐ横を飛んで付いて来ていた、勇ましい事を言っているが、顔は真っ青だ。




(俺もちょっとは怖いんだけどなぁ……周りがこれじゃ変に冷静になっちゃうよ……)




 そんな事を考えていると、不意に服の端をセシルが引っ張ってきた。



「うおっ? セシル? どうし……!?」



 振り返ると、セシルが涙ぐんでいた。





「……怖い……です・・





「……です?」





 セシルには似つかわしくない言葉に、クロノは目を丸くする。




「あ……そういえばここ、結構寒いね……」




「あー……そういえば……」




 精霊二体が何かに気がついたように、困った顔を浮かべた。



 コリエンテ大陸は雪に覆われた地域が存在したりするほど、大陸の気温が低めだ。夜は特に、結構冷えたりする。クロノもセシルも、マークセージで過ごしていた服装のままだ、確かに少し寒いと思っていたが、セシルにはそれが致命的だったらしい。



「怖いです……寒いです……も、やだぁ……」



「いや、おい!?」



「怖さで寒さ対策を忘れてたみたいだねぇ」



「セシルの弱点が2つ重なったか、しかしセシルにしては迂闊だな」



「冷静に解析してないでどうすればいいのか教えろよ!」



 目の前で地面に座り込み、泣き始めるセシル。いつものセシルとは思えないほど、その姿は弱弱しい。



「んー……まだ完全に冷え切ってないみたいだし、ちょっと暖めれば大丈夫じゃないかなぁ」



「クロノ、少し荷物漁るよ」



 アルディがクロノの荷物を漁り始めて、中から防寒用のマントを引っ張り出す。それをセシルの頭から被せた。



「寒い地域では、セシルは自分で寒さ対策する筈なんだけどね」

「恐怖でそれすら忘れてたみたいだ」



「まぁまだ冷え始めの症状だし、ちょっと暖まったら自力で復活するよぉ」



「これで冷え始めなのか、完全に冷えたらどうなるんだよ……」




「え~? なんていうか、すっごい可愛いよぉ♪」




「戦力的には役立たずになるけどね」

「普段が普段だからなぁ、こうなった後、復帰したセシルは決まって大暴れするんだよ」


「認めたくない部分も多いんだろう……」



 分からなくもないなぁ……とクロノは思う、そんなクロノの手を、セシルが握ってきた。




「ひゃっ!? 冷たっ!」




 予想以上に冷えている、種族が違うからか、セシルの体はクロノ以上に冷えやすいのかも知れない。上目使いでクロノを見上げるセシル、涙を両目に溜めたその表情は、クロノの理性にヒビを入れた。




(やばっ、可愛い……)




「……手を、握っててください……凄く……寒いです……」




 思わず抱きしめそうになってしまう、クロノの顔は耳まで真っ赤だ。



「こらこら、君が体温上げてどうする」



「クロノ顔真っ赤~」



「や、やかましい!」



 反論は出来ない、顔から湯気が出そうだ。




(そう湯気が……って何か熱い気が……?)




 握っている手がどんどん熱くなっている、見ればセシルの体から湯気が上がっていた。



(恥ずかしさからの湯気じゃないよな、どう見ても……)



(なんか嫌な予感が……!)



 咄嗟に手を離そうとするが、少し遅かった。セシルが握っている手を思いっきり振り上げ、クロノの体が勢いよく飛び上がる。




「ひっ!?」




「だああああああああああああああああああああああっ!! またやったああああああああっ!!」




 絶叫と同時、セシルはクロノを思いっきり投げ飛ばす。そのままクロノは木に激突してしまった。





















 数分後、ようやくセシルが落ち着きを取り戻した。辺り一面を焼け野原と変え、今も顔を赤くしているが、何とか収まったようだ。


 ちなみに完全に八つ当たりに巻き込まれたクロノは、額に包帯を巻いていた。金剛を纏う暇も無く、木に投げ飛ばされたのだ、先ほどまで流血していた。




「俺、幽霊よりセシルが怖い」




「本来なら記憶抹消の為半殺しだが、今回は勘弁してやろう」

「私ともあろう者が……くそっ……!」




 体から蒸気のような物を出しながら、心底悔しそうにセシルが嘆く。体内で炎を燃やし、体温を上昇させているらしい。



「油断大敵とは、よく言った物だよね」



「それセシルに対して? 俺に対して?」



「さぁ?」



「あぁ腹が立つ! 自分の体のことながら納得できん!」



「セシルちゃん可愛かったねぇ~♪」



「やかましい!」



(まぁ、確かに眼福だったけど……)



「クロノ、さっきのは忘れろ、いいな?」

「さもないと……」



「分かった、分かったよ!!」



 夜の密林で大騒ぎしているクロノ一行だったが、セシルの表情が一瞬で険しくなる。視線を森の奥へ変えると、その方向から物音が聞こえた。



「ひにゃあああ! お化けぇ!?」



「忘れかけてたのに! 何で言うんだエティル!」



「お化けかどうかは知らんが……確かにこちらを見ていたな」



 物音は遠くなっていくが、風じゃないのは確かだ。



「追いかけるぞ!」



「「嫌だ!」」



「追いかけるんだよっ!」



 無理やり精霊を引っ張り、物音を追いかけるクロノ。しばらく走ると、開けた場所に出た。



「何だ、屋敷……?」



「お化け屋敷だよぉ!」



「帰るぞクロノ! ここは危険だ!」



「少し黙ろうか!?」



 ギャアギャア騒いでる精霊達を放っておき、クロノは視線を前に移す。森の中に佇む、不気味な屋敷がそこにはあった。



「何とも、それらしい建物だな」



「あぁ、流石に不気味だな……」



 セシルが横に並んでくる、クロノも適当に返すが、ふと先ほどの物音の事を思い出す。



「あれ、そういえばさっきの音は……」



「深く関わっちゃいけない! すぐにここを離れるんだ!」



「賛成!」



「お前ら少しは協力してくれよ!」



 非協力的な精霊達だが、そんな精霊達の横、草むらから何かが飛び出してきた。




「あ、あのっ!」




「ぎゃにゃああああああああああああああ! 出たああああああああああ!」




「うわあああああああああああああっ!?」




「きゃあああああああああああああ! ごめんなさいいいいいいいいい!」




「うるさいなっ!? ってか誰っ!?」




 草むらから飛び出てきた瞬間、エティルとアルディの叫び声に驚いて涙目になった女性、よく見ると、足が無い。



「足が無い……霊体種ゴーストかっ!?」



「えっ!? お化けですかっ!? いやああああああああああああっ!」



「いや、あんたの事だっ!」



 泣きながら逃げ出そうとする女性、彼女が依頼の霊体種ゴーストだろうか。なにやら想像してたのと違うが、放っておくわけにも行かない。



「えっとあの! 俺はクロノって言うんですが、あなたのお名前は?」




「は、はいぃ? 名前、ですか?」

「私は、クリプスと申しますが……」



 会話は通じるようだ、それなら何とかなるかもしれない。



「えっとですね、俺達、あなたに用があって来たんですが……」


「あなたはどうしてこんなところに居るんですか?」



 背後から『幽霊、幽霊、あぶぶぶ……』とか『クロノ、気をつけろ!』だとか声が聞こえてくるが、今は目の前に集中する事にする。クロノの問いかけに、困ったような顔になる女性、少し不躾ぶしつけだっただろうか。



「えっと、俺は……」




「すいません、分かりません……」




「え?」




「どうしてここに居るのか、私も分かりません」

「私、記憶喪失みたいなんです……」




 予想外の言葉、クロノは呆気に取られるしかなかった。



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