第七百十話 『無駄を省いて』
「アアアアアッ!」
「うぎゃああああああああああああレヴィ助けてくれええええええええ!」
身体の半分が黒く染まり、半暴走状態になっている悪魔達。もはや意識も薄れ、本能のまま敵に襲い掛かる危険な存在だ。セツナはそんな存在の群れに追いかけ回され、レヴィは呆れたように息を吐く。
「ねぇ、レヴィを助けてくれるんじゃなかったの?」
「出来るならな!? 私だってそう在りたいよ!」
「あんたの力なら一発でしょうに、情けなさだけが上限を突破していくね」
「私もそう思ったよ! 剣さえすっぽ抜けなきゃ勝ててたよ!」
数秒前の話だが、セツナは悪魔達に道を塞がれた時レヴィを庇うように前に出たのだ。そして震えながらも剣を抜き、なんか格好いい事言いながら構え、手汗で剣を滑り落とし、なんなら軸足の膝で蹴り飛ばし丸腰になった。こちらのドジに反応する意識すら残っていない悪魔達は、丸腰になった切り札に一斉に襲い掛かってきたというわけだ。
「どうしてセツナは傷心のレヴィの慰められるべき立ち位置を奪っていくのかな、嫉妬しちゃうな」
「嫉妬してんならそのニヤニヤ顔をやめんかいっ! お前本当に私の不幸を楽しむよな!?」
「うん、好き」
「最悪だこいつ!」
「だって、悪魔だし」
「グルグルグルグル嫉妬は回る、ルールも決まりも世界も曲げて、混ざり巡りて想いのままに…………こっちにおいで」
指先をクルクル回し、レヴィは能力を発動させる。走り回っていたセツナがレヴィのすぐ近くに引き寄せられ、逆に悪魔達が凄い勢いで吹っ飛んでいく。壁や天井を突き破り、周囲の悪魔達が一掃された。
「しかしキリがないよ、全然進まない」
「最初からそうやって助けてよ……」
「それじゃレヴィが楽しくないよ」
「絶対その趣味趣向のせいで進行が遅れてる気がする……」
「けど……アジト内は滅茶苦茶なのになんでかみんなの姿が減ってきてるような……襲われてたり、倒れてる姿が見えないぞ……」
「未だに気配を感知しにくいけど、出たり消えたりしてるなんかが複数の気配を移動させてるね」
「バロンかな……みんなを助けてるんだ!」
「ノイズが消えないけど、それでも戦闘の気配はまだ色んなとこからしてるよ」
「なんか強烈な嫉妬の波動も感じるし、レヴィの本能が疼いてるよ」
「嫉妬の波動? 良く分からないけどみんな頑張ってるんだな?」
「命や立場を羨み、妬み、狂っていく感じだね」
「嫉妬は良くも悪くも、それに対して強い感情を抱かないと湧かない感情……強く想わないと出てこない」
「嫉妬するって事は、色々考えて、心の中でその色々が混ざり合って、ドロドロが溢れる事だよ」
「嫌いでも好きでも嫉妬は出てくるって話か? レヴィがクロノに負かされた時もそんな事言ってたな」
「負けてないし……あれはセツナの不意打ちのせいだし……!」
「分かったから脇腹に人差し指を捻じ込むのをやめてくれ……」
「……レヴィはただ、また嫉妬したいだけなんだよ」
「悪意無しで、難しい事考えず、遠慮なしでさ……」
「……じゃあ相手を取り戻さないとな、早くしないと私の身が持たないぞ」
「……戻れるのかな」
「戻せる、切り札が言うんだ間違いな……」
俯くレヴィに、自分如きの言葉が何を与えられるだろう。それでも精一杯の強がりで、セツナはレヴィを励まそうとする。不安が入り交じるセツナの言葉を遮るように、何かが吹き抜けた。その何かは、気配でも何でもない透明な何かで、感知したわけでもない。それでも、伝わった。それは、背中を押してくれた。心に、希望を灯してくれた。
(…………!)
「……ッ!! 取り戻す、私達が絶対にっ!」
「……セツナ」
「そもそも勝たないとこの滅茶苦茶は収まらないだろ! ここ私達のアジトなんだぞ!」
「この先で暴れてる奴には、責任取ってもらうぞ! 今の私は怒ってるんだ!」
感情が薄くなり、表情が固まってしまったセツナ。悲しいとか怒りとか、色々なものが分からなくなっていた。それでもクロノと共に旅をして、色々な経験をして沢山の物が湧き出した。今の自分は、自分の気持ちが良く分かる。仲間を傷つけられて悲しいし、怒っている。この感情は、確かに自分の物だ。
「勝つぞ、絶対に」
(そうだよな……クロノ!)
自分の感知力じゃ、この滅茶苦茶な状況で気配なんて辿れない。それでも確信していた、目覚めたと。すぐに来てくれると、信じられた。
その目覚めに歓喜していたのは、仲間達だけじゃない。立ち上がってきたクロノに対し、災岳は両手を広げ笑顔を浮かべる。
「ようやくこの時が来た、待ちわびたぞクロノ・シェバルツッ!」
「寝起きの頭に良く響く声だこと」
首を鳴らしながら災岳に向き直るクロノだったが、エティルとティアラがそんなクロノに飛びつき嫌な音が首から上がる。
「クロノだああああああ! 起きた、やっと起きたよおおおおお!」
「バカ……無茶して……バカ……!」
「ぐええええっ! せめて勢い弱めで来いよお前等!」
「本当に君は……今回の件は説教じゃ済まないよ……?」
「このやり取りも久々だな、なんにせよ目を覚まして良かったぜ」
「やっぱり説教はされるのね……いや覚悟してっけど」
「自分で言ったじゃないか、全部終わらせてお約束の説教を喰らってやるって」
「勿論覚えてるよ、だから全部終わらせないとな」
「待ちわびたってのは……こっちもだ……ようやく動ける」
「楽しそうなところ悪いけど災岳、楽しむ余裕なんてやんねぇぞ」
クロノの視線を受け止め、災岳は心底楽しそうに右手を握り締める。一瞬黒い炎のような物が手を包み、そこから錫杖が飛び出してきた。右手で錫杖を掴み、災岳は精霊達を自らの内に吸い込んだ。
『マスター、あいつ僕達のこと舐めてるよ!』
『待ちに待った血沸き肉躍る死合い……あぁ、もう我慢が出来ません……!』
「楽しむ余裕を与えない……? 謙遜するなクロノ・シェバルツ……!」
「お前との戦いを楽しめないなんて、有り得る筈がないっ!!」
一気に間合いを詰め、災岳が錫杖を振り下ろしてくる。クロノは大地の力を纏い、振り下ろされる錫杖に向け拳を振るう。拳の軌道上に炎の精霊球を生み出し、それを殴り砕き仮霊化を発動させ威力を増強、錫杖と拳がぶつかり合い衝撃が広がった。
「ふははははっ! 前に使っていたな! 精霊化に似た力! 人のお前が何故使える!」
「んー、正直分かんない」
「そうかそうか、だが現に此方と拮抗する力! 素晴らしい素晴らしい! 楽しいぞクロノ・シェバルツ!」
ギリギリと錫杖に力が加わる、押し返せない程の力だ。霊化した腕が潰れそうだ、これが実体だったら骨にヒビでも入っていたかもしれない。
(んあああ! やっぱりこの人達厄介だよぉ!)
(クロノが起きたとはいえ、相手も雑魚じゃない……ここからどう組み立てていくか……)
「大丈夫」
(……? クロノ……?)
「ただ寝てたわけじゃない、つうかお前達に負けず劣らずの鬼コーチに散々ボコボコにされたんだ」
「勝手が違うかと思ったけど、起きても問題なく出来そうだ」
「そもそも、ズルしたとはいえあの経験は俺の身体の中に確かに生きてる」
限界を取り払い、クロノは精霊達の全力を身体で受け止めた。あの感覚は確かな経験値だ。そして、精神世界でマルスと繰り返し磨いた新しい力。否、無意識下で行ってきた小さな積み重ねに目を向け、確かな形に押し上げた。炎化した左腕に力を集中する、精霊球を作る時のように、自らの内側からだけじゃなく、外からも自然の力を取り込んでいく。霊化を繰り返し重ねがけするんじゃなくて、霊化した部位に力を直接取り込むのだ。
「らぁっ!」
「っと……?」
(押し返された、力が増して……!)
「これ以上、止まってる暇はないから……これ以上は周回遅れになっちまう」
「だから、次のステージだ」
クロノの右目が砕け散り、黒い魔力が溢れ出す。黒い魔力は渦を巻き、黒衣となってクロノに纏わりつく。クロノはその黒衣を自分の身体に見立て、四属性を集中させる。
(精霊球を作る時と同じ感覚、属性を集中圧縮……取り込み続ける)
(逐一砕いて取り込むんじゃない、霊化させた部位に溜め続ける……最初は意識しながら、そして無意識、自然に出来て初めて自然体と呼べる……なんてことない、やってきたことの応用と工夫だ)
黒衣を力の貯蔵場所とし、精霊球を周囲に生み出し続ける手間を省いた。集中場所を一点に定め、難易度を落とし、継続能力を高めた。力の質は上がり、切り替えもスムーズになった。四属性を溜め込み続けた結果、黒衣のマントは形と色を変え、四色の翼となりクロノの背に顕現する。
「その姿はゲルトで見せたものとはまた違うな? 俺の知る精霊使いの姿でもない」
「感謝するぞクロノ・シェバルツ……今日まで生きたかいがあるというモノだ」
「仮霊化・二式……効率化」
「遅れは取り戻す、やる事山積みなんだ」
踏み込み、クロノは災岳の懐に潜り込む。振るった左腕が炎熱を迸らせ、災岳の身体を殴り飛ばす。身体を回転させながら、風と水が周囲を染める。吹き飛んだ災岳の身体が振動で縛られ、吹き飛ぶはずだった方向とは逆に弾け飛んだ。
「!?」
(なんだ、属性が爆発しやがった……?)
災岳含め、何が起きたのか理解出来た者はこの場に居ない。クロノの精霊達ですら、何が起こったのか分かっていない。
(クロノ!? 今何をした?)
「炎で殴って水で反撃避けて風で加速して大地で縛って風と水で引き寄せて炎と大地でもう一回殴った」
(……属性の扱いだけじゃない、お前体捌きが……)
「言ったろ、鬼コーチに散々扱かれたんだ」
「最悪な夢だったよ、色んな意味でな……おかげで起きても染みついてら」
「無駄はとことん削ぎ落された……これ以上遅れたら先に行ったあの鬼にまた嫌味言われちゃうよ」
「だから、一気に決めるぞ」
「なるほど……確かにこりゃあ……至上の死合いになりそうだ……」
「なぁ! クロノ・シェバルツッ!!!」
四属性を纏う悪魔に対し、クロノは静かに向き合うだけ。だが、その身体は永続的に周囲の属性を取り込み続けていた。それこそ、相手の纏う自然体からすらも。
その大きさは、今までの比ではない。




