第七百六話 『小さくたって、かけがえなくて』
ラーネア達が勝ち星を上げている頃、魁人達は四枚羽の悪魔・螺旋のウィローと激突していた。退魔の力を持つ魁人は悪魔との戦闘経験もあり、八戒神器の使い手である紫苑と組めば正直四枚羽とも互角以上に十分やり合える筈だった。だが、二人は想像以上の苦戦を強いられていた。
「紫苑! 無事か!」
「問題ありません! ありませんが……!」
「おいおい強がるなよ、本能が警告を鳴らしてる筈だぜ?」
「結論は急いだほうが良い、勝機はどんどん薄れている筈だ」
空間が捻じれ、床や壁をうねらせながら放たれる。螺旋状の衝撃波が物体の強度を無視して絡めとり、そのまま打ち出されてくる。
(螺旋と名乗った以上、あれが奴の能力なんだろうが……!)
「魔物からの影響は攻撃だろうが能力だろうが無効化しちまうんだって? 退魔の魁人、その名を知らねぇ奴はそう居ねぇだろうなぁ」
「有名ってのは困りもんだな? 知れ渡った能力なんざ怖くもなんともねぇや」
「俺の螺旋で歪まねぇのはお前自身だけだろう、うねってぐねった壁やら天井がその速度で当たればどうなるか……教えてくれませんかねぇ!」
(っ! 能力自体は無効化出来ても、副次的なものまでは……あの速度の瓦礫が当たれば流石に堪える!)
鬼の里で暴走した紫苑と戦った時もそうだが、魁人が無効化出来るのはあくまで魔物から受けた影響のみだ。吹き飛んできた瓦礫は普通に痛いし、吹き飛ばされて壁などに叩きつけられれば当然普通にダメージを負う。
「主君!」
紫苑が魁人の前に飛び出し、飛来する瓦礫を殴り飛ばす。そのまま跳躍し、ウィローの真上から襲い掛かる。
「ラファグラス……! 力を……!」
「学習能力がないと見える」
振り下ろされるラファグラスが捻じ曲がり、攻撃の軌道が逸らされる。螺旋の力は物体の強度を無視し、自在に軌道を曲げてしまう。勢いのまま紫苑は投げ出され、ウィローはその場から動くことなくヘラヘラ笑っている。
(強い……能力も厄介だが本人の力量も手伝って相当面倒な相手だ……攻防隙が無い)
(俺の退魔も、紫苑の力も……どちらも必殺級、それを冷静に捌いてる……相当な場数を踏んでる証拠だ、肉体的にも精神的にも崩しにくいな……)
「経験豊富だと嫌になるな、お互いによぉ」
「色々頭を回してるのがわかっちまうし、相手の力量がわかって面倒くさい」
「俺の本能が叫んでるぜ、お前等は雑魚じゃない、認めようじゃないか」
(……主君との位置関係をずらされる……小さく螺旋の影響を周囲に小出しにしている……目が回りそうです……)
喋っている間も、ウィローは螺旋の力で空間を小さく捻じり続けている。両者動いていない筈なのに空間が歪み、位置関係がズレ続けている。辺りには赤紫の炎が燃え広がっているし、怪我をした者達もまだ残っている。あまり長引けば、被害が更に広がってしまう。
(出来れば速攻で終わらせたい……単独で攻めても逸らされる……ここは……)
(主君との同時攻撃で仕留める……大丈夫、ラファグラスに乱される事なく、今の私は冷静……大丈夫です……!)
互いに視線を交わし、頷き合う。ウィローを挟むように位置取り、同時に飛び掛かる。
(退魔で螺旋を打ち消す! 紫苑の攻撃を確実に当てる!)
(主君を信じ、突っ込むまで!)
「美しい信頼関係じゃないか、息ピッタリだな」
「良いぜ、欲が疼いてくる、お前等みたいな強者を歪めるのは大好きだ」
「知ってるぜお前等、正義の味方みたいな面してる奴の弱点はこういう状況だ」
ウィローの螺旋が大きく空間を歪め、遠くのものを巻き取るように回転する。倒れていた流魔水渦の魔物達が、ウィローの盾になるように引き寄せられて来た。
「ッ!?」
「お前の退魔は魔物にとって毒だよな、鬼の怪力は言わずもがな」
「貴方は……!」
「卑怯とか言うなよ笑っちまうから、お前等が相手してるのは悪魔なんだぜ?」
「つうか殺し合いに卑怯もクソもねぇだろうに、真面目にやってくれよなぁ」
両手をかざし、放たれた螺旋状の衝撃波が魁人と紫苑の身体を貫いた。血を吐きながら吹き飛んだ紫苑は床を転がり、瓦礫に吹き飛ばされた魁人は建物の残骸に激突する。
(……クソ……守る対象が多すぎる……それに障害物も多い……不利な要素が重なるな……!)
(……フルパワーを出せば、二次被害にも繋がり兼ねない……火の手も広がって……!)
「守る物が多いってのは、苦労するなぁ同情するぜ」
「好き勝手に生きる悪魔のなんと素晴らしい事か」
「生憎、こっちも好きに生きてんだ」
「苦労もしていません、我が道に迷いなしです」
「そうかい、欲に素直なのは良い事だ」
「さぁて、遺言はそれでいいのかなっと」
再び空間が歪み、螺旋の力が二人を狙う。だが、ウィローの視界が一瞬暗闇に包まれた。
「ん?」
「でりゃー!」
突如飛び出してきたコロンが、ウィローの顔に布を被せたのだ。
「んだテメェ……」
「あたしの友達になにしてんだこの野郎!!」
「友達ぃ?」
(小悪魔……!? あの距離は無謀だ……!)
「下がれっ! そいつは並の悪魔じゃ……!」
魁人の言葉は遅く、コロンの身体はウィローの右手に払われ床に叩きつけられてしまう。
「げふっ!」
「どんな勘違いすりゃ小悪魔風情が俺に意見出来るんだ?」
「基本悪魔は世間の嫌われ者だが、強さや能力的に恐れられ距離を置かれるもんだ」
「けどお前みたいな雑魚悪魔ってのは、舐められ虐げられるのが世の常……生意気に顔上げてないで俯いたまま日陰で腐ってろよ」
「貴方いい加減にっ!」
「そうだよ……みんな嫌ってきて、石を投げて、友達なんて居なかった、日陰者だったよ!」
「流魔水渦に拾われてからも、長い事一人だったよ、そりゃ誰かと接するのを怖がって、一人で日陰で蹲って……そんなダメインプだったもんね……!」
「そんな……そんなあたしにさぁ……!」
『ぁ……ぅ……はぅ……あ……くぅ……』
『いや……何言ってるのか全然分かんないです……』
「シトリンは顔真っ赤にしながら手を差し伸べてくれたんだよ!! 何言ってんのかわっかんなかったけどさぁっ!!」
「お前ふざけんなよっ!! あたしの友達に、何してくれてんだよっ!!!」
「あ? もしかしてあそこに転がってる淫魔の事か?」
「あいつは中々面白かったぞ? 弱い癖に他の奴庇ってボロボロになるまで盾になってた」
「チャームを使ったヘイトコントロール……俺の攻撃をギリギリまで引きつけてた、中々のガッツだ」
「お前の言う通り何言ってるのか声小さくて分からなかったけどなぁ? はっはっはっは!」
ゲラゲラと笑うウィローを見て、コロンは怒りの形相で飛び起きた。
「シトリンを笑っていいのは……あたしだけだ……!」
「あの子の優しさを知らない屑がっ! あの子を笑うなぁっ!!」
「うるせぇんだよ雑魚、踏み台の価値もねぇゴミが」
「悪魔ってのは、他者を踏みつけにして笑う生き物だ……温い事言ってるからテメェは小悪魔止まりなんだろうが」
ウィローの螺旋がコロンを襲うが、その一撃は魁人が弾き飛ばした。コロンを抱き留め、札で螺旋を相殺する。
「温いねぇ、善行偽善、なんにせよ有利には働かない」
「他を庇い、己を犠牲にする行為はこの状況じゃ首を絞めるだけだろうに」
「お前達の言葉を借りるなら、これは欲だ」
「迷い、目を背けてきた……これ以上自分に嘘はつきたくない」
「この力は、守る為にある」
「優しさに救われた私は、その暖かさを守りたい」
「誰かの優しさを笑う悪を、許したくないのです」
「ひっく……あたしじゃ勝てない……から……」
「お願いです……シトリンを助けてください……」
「流石雑魚インプだ、遂に己の欲まで他者に委ねやがった」
「悪魔の面汚しが、出来損ないの劣等種がぁっ!」
嘲笑う悪魔に背を向け、魁人はコロンをシトリンの近くに避難させた。笑顔で頷き、札を手にウィローに向き直る。その瞬間、胸元のペンダントが光り輝いた。
「…………あ?」
「紫苑、勝つぞ」
「俺はこの場の全てを、守りたい」
「お供します」
「私は貴方の使い魔、貴方の願いが私の願い」
「この力、貴方と共に……!」
己の意思じゃ、再発動は出来なかった。だけど、なんとなく理解した。この力は想いの力、目覚めたあの時願った真なる想い、それに反応している。後悔しないように、守る為に目覚めた力。勇者の証は形を変え、魁人と紫苑の使い魔契約の紋が線で繋がれた。
「結魔の鎖」
「何一つ、奪わせない」
「そりゃあ、欲深いこって」
優しさも、友情も、何一つ笑わせない。




