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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第九章 『記憶を無くした亡霊』
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第七十話 『滅ぼされた資金』

「さてさて、セシルはどこに居るのかなーっと」



 暗くなりつつある港町を探索するクロノ、正直セシルを探すのは難しい話ではないだろう。


 あれだけでかい剣を背負っているのだ、目立たない訳が無い。適当にその辺の人に聞いてみることにする。



「あ、すいません! ちょっといいですか?」



「ん? なんだい兄ちゃん?」



 人の良さそうな男性に声をかける。




「赤い長髪で、馬鹿でかい剣を背負った女の子を見ませんでしたか?」




「うーん? 赤い長髪ねぇ、はて……どこかで……」


「あぁ、酒場で騒ぎになってたあの子かい?」




「……は? 騒ぎ?」




 良からぬ事でも仕出かしたのかと不安になるが、男性の話を聞いてクロノは違う意味で冷や汗が出始めた。教えてもらった酒場まで疾風の勢いで走り出す。






「セシルッ!!!」






 扉を吹き飛ばすのでは無いかと思えるほどの勢いで酒場に突っ込むクロノ、そこでは山のような皿を積み重ねたセシルが、肉を喰らっていた。




「お? 何だ、意外と早かったのだな」




 そんなセシルは振り返りつつも皿の山の記録を更新していく、何やらギャラリーまで出来ているではないか。




「お、おま……それ?」




「夕飯だが、それがなんだ」

「やはり肉はいいな、……うむ、良い」




 恍惚の表情で口の端についたソースを舐め取る、いやぁ心が奪われそうになる表情だ……。普段だったら見惚れていただろう、普段だったら。




「セシル、財布よこせ……」




「ん? 何だお前も食うのか」


「ここの肉は中々旨いぞ」




 当然のように傍らに置いてあったクロノの財布、それをセシルはクロノに放り投げる。キャッチした瞬間に嫌な予感が2レベルほど上昇した。……とても、軽い。



 恐る恐る中身を確認するクロノだったが、見なければ良かったと、その場に崩れ落ちた。





「うお……うおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」





 ラティール王が旅立ちの餞別にくれた大金が、見る影も無い。半分どころか5分の1ほどにまで滅ぼされていた。どれだけ食えばこうなるのだろうか。




「なんだ? 食事の席では静かにしろ、ここには他の客も居るのだぞ」



「おい店主、もう一枚だ」




 その言葉に背後のギャラリーは『おぉ~!!』と勝手な歓声を上げていた。それがクロノの最後の良心を闇に染める。



「セシル……?」



「何だ、食うならさっさと座れ」



「何を、勝手に……」



「は?」



「人の金で豪勢に食ってやがるんだこらあああああああああああああっ!!!」




 その絶叫が店内を一瞬で静まり返らせた。対するセシルは目付きを冷たい物に変えた。



「……クロノ、貴様誰に偉そうな口を利いている?」

「いつからそんな事を言えるほど、貴様は私の遥か高みに登ったのだ?」


「場合によっては少し……」



「この金はなぁ……」



「痛めつけて…………え?」



「ラティール王が……旅の餞別にってなぁ……」



「お、おい、クロノ?」



「期待を込めて、俺にくれた大切な金なんだぞ……っ!!」



 今まで大して言い返してこなかったクロノだったが、半泣きの状態でセシルに近寄っていく。その迫力は僅かだが、セシルを押した。初めて会ったあの日の夜、夢云々で泣き言を叫んでいた時より迫力があった。



「それを……お前は……」



「ま、待て、少し落ち着け」



「お前は……!」



「ぐ、ぐぅ! 男の癖に小さいぞ!!」



 手が届きそうな距離に近づいたクロノ、セシルは思わず右手で殴り飛ばしてしまった。クロノは2歩ほど、後ずさる。咄嗟の行動だったのか、セシルも「しまった……」と小さく零す。



「あ、クロノ、い、今のはだな」



「……の……ね……」



「ん?」



「この、金、は……王が……くれ、た……大切な金……なん、だぞっ……」



 両膝から地面に崩れ落ち、涙を流しながらセシルを睨みつける。



「ただの、金じゃねぇんだ……すげぇ大切な金なんだっ!!」

「どうしてくれんだよっ! 馬鹿野郎っ!」


「うわあああああああああああああああっ! くそっ! お前に荷物を預けた俺が一番の馬鹿だよ! くそおおおおおおおおおおっ!!」



 恥もへったくれもない、クロノは大声で泣き叫んでしまう。



「いや待て、待て! 分かった私が悪かった!」

「しかし泣く事ないだろう! 大の男がこんな事で……」




「お前にとってはただの金でもなぁ!! 俺にとっては違うんだよっ!!」

「金より重たい物が篭ってんだ! それを……それを……っ!」



「信じてたのに、信じて預けたのに……しかも! 買い食いで使いすぎるなって忠告したのにっ!!」

「もうセシルなんて信用するもんかよっ! うわああああっ!!」



 大泣きするクロノ、その姿を見てギャラリーもざわつき始める。



「……なんだあの子? 男の財布で食ってたのか?」



「大事なお金だったみたいねぇ」



「酷い話だなぁ」



「何だよ、スゲェ女だと思ったら、ヒデェ女だったのか?」



 流石のセシルもこれには焦る。



「あ、な、ク、クロノ! 謝る、謝るから泣き止め!」


「全面的に私が悪かった、だから…………あぁ! めんどうくさい!!」



 懐から金貨を取り出し、店の主人へ投げつける。客がそれに気をとられた隙に、クロノを抱えてセシルは店を脱出した。






















 セシルはクロノを抱えたまま、逃げるように町の外れまで来ていた。



「と、とにかく……食ってしまった物は仕方ない」

「金ももう戻らんのだ、諦めてくれ」




「…………」



 クロノは、セシルとは逆方向を向いたまま黙っていた。



「あのなクロノ、しつこい男は嫌われる物だぞ?」



「………………………………」



「……貴様、これ以上しつこいと本当に殺すぞ?」



「………………………………」



「……っ! あのなぁ!」



 思わず人間化を解き、尻尾で殴り飛ばそうとするセシル。その動きは、クロノの目を見て止まってしまった。赤く目を腫らし、幼い子供のような目で、必死にセシルを睨んでいた。



「………………うっ」



「セシル、今回は君が悪い」



「セシルちゃん、酷いよぉ……」



「な、何だ貴様等!! 随分とそいつの味方をするようになったものだなっ!?」



「いや、君が悪いし」



「……っ! クロノ! そんな目で見るな! 悪かったと言っているだろうがっ!」



「セシルちゃーん! 前に謝り方教えたでしょ! 全然成長してないんだから!!」



「あぅ……」



 見る見る弱弱しくなっていくセシル、こんな彼女を見るのは初めてかもしれない。だが、そんなことに心を動かしている余裕は、今のクロノには無かった。



「……クロノ、その、機嫌を直してくれないか」



「……………………」



「あっ…………むぅ……」

「貴様、私を困らせようとわざとやってないか?」



「…………」



「セシル、クロノの負の感情が僕達にも直に流れてきてるんだ、何とかしてくれ」



「私がかっ!?」



「悪いのセシルちゃん、それ当然、オッケー?」



「エティル! そういうのは苦手と知っているだろう!?」



「さぁ、どうだったっけかなぁ~♪」



「き、貴様……」



 ギリッと歯噛みするセシル、そんなセシル達に人影が近づいてきた。瞬時に気配を察し、再び人間化するセシル。



「お、やっと見つけたよ!」

「君達さっき酒場で騒いでた子達だな?」


 


「貴様は、ギャラリーの中に居た男だな」




「そうそう、君の食いっぷりに見蕩れててさぁ」


「えっと……、あーやっぱそっちの子は放心状態かぁ……」




「何だ、冷やかしにでも来たか?」




「いやぁ、あまりにも悲惨な感じだったからさぁ……」

「役に立つかどうか分かんないんだけどさ、これ」



 男は一枚の紙を取り出した。セシルはそれを受け取る。



「……何だこれは、森林地帯の幽霊退治?」




「この町の依頼板に貼られてる依頼だよ、先月からずっと貼られたままでさ」

「最初はただの噂だったんだが、近くの森で幽霊が出るって話があってな」



「何人か向かったところ、噂はマジだったらしくてよ、目撃情報が後を絶たない」

「退治屋も動いたんだが、生気を抜かれて結局敗北したらしい」



「失敗者が続いてさぁ、ほら見ろ、報酬が凄いだろ?」



 セシルが食った分がお釣り付きで帰ってくるほど、報酬金は多額だった。



「危険な依頼だが、何かその子が見てられなくてさ」

「金に困ってるんだったら、こんな依頼もあるぞーってくらいに思ってくれりゃあいい」




「……いや、その」




「依頼はこの町の町長からだ、それだけお節介で教えたくてよ!」

「あんまり男が泣いてちゃダメだぞ!」



 お節介な男は、それだけ言うと足早に立ち去って行った。



「むぅ、お節介な奴もいる物だな……」



「幽霊退治……霊体種ゴーストか?」



「クロノが喋ったよぉ!」



「ふん、ようやく機嫌を直したか……まったくしつこいのだ、貴様は」



「ごめん、しばらくそっとしておいてくれるかな」



「……なっ」



「お金云々は置いておいても、魔物絡みなら放っては置けない」

「ってことで、この森に行ってみよう」



「反対~~~~~っ!!」



「僕も反対だ!」



 思わぬ所からの反対の声、クロノは前のめりに倒れこんでしまう。



「何でだよっ!」



「幽霊怖いもんっ!」



「いや別に僕は幽霊が怖いとかそういう訳じゃなくティアラとの再会が最優先と思っただけで別に苦手とかじゃ……」



「………………え、何? 半分幽霊みたいな精霊の癖に、幽霊ダメなの!?」



「怖いものは怖いのっ!!」



「別に怖くないよ、ただ……………………ごめん、怖いんだ……」



 思わぬ弱点を知らされた、この二人が本調子を出せないのはかなり不味い。そしてまさかとは思い、クロノはセシルの方へ振り返る。



「……流石に、セシルは平気だよな?」



「……苦手だ」



「……マジで?」



「正直、苦手だ」

「……だが、行く」



 心底嫌そうな顔をしているが、セシルは確かに行くと言った。



「その、何だ、悪いと思っているのだ、本当に」

「だから今回は、手伝って……やる」



 頬を染め、顔を背けたセシルが可愛く、それだけで許してしまいそうになった。



「い~や~だ~っ! 行きたくないよぉ!」



「あぁ……こんなところまでルーンに似ていて欲しくなかった……」



 過去最高にやる気を出してくれない精霊達、そして見た事ないほど複雑な顔をしているセシル。


 今回は今までとは状況が大きく違う、そんな中、クロノは幽霊が目撃されたという森を目指し、歩き始める。




「目指すは幽霊の森だ! 行くぞ!!」



「クロノォ……本当に泣いちゃうよぉ……?」



「無心無心無心……」



「……こんなパーティーで本当に大丈夫か?」



「……俺が聞きたい……」




 今までで一番、不安な出発かも知れない……。



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