第七百話 『盛大に、凄惨に』
バロンの活躍で戦えない者の避難は超速で進んだが、それでも流魔水渦の構成員は相当な数だ。安全が確保されたと言える者、即ちアジトの外に用意してある避難所まで行けた者は約半分程だ。そのバロンが悪魔に足止めを喰らい、避難の手が再び滞る。足を止めた者を悪魔は容赦なく食い潰す。中でも深刻なのは、虫や植物系、動物系や飛行系、アジトの中でも最も多くの種族が暮らしている森のエリアだった。
突如現れた三体の悪魔は、他の場所に現れた正気を失った悪魔とは違っていた。意識ははっきりしているし、その強大な魔力は明確に、正確に、確実に、戦う力のない者達を優先して狙っている。蹂躙自体が目的と、行動で語っていた。
「待ったぜ待った、我慢の限界だってんだよ」
「ここが一番獲物が多い、盛大に始めようぜ、待ったは無しだもう無しだ!」
(飛び回って爆発する魔法を連打している赤髪の悪魔……! 羽は四……!)
「反撃反撃、復讐復讐、盛り上がっていきましょー!」
「お前等ああああああああっ!! 弱い奴虐めるなぁあああああああああ!!」
「元気が良いね、良いね良いね、そうこなくっちゃ」
クルクルと両手を広げ回っていた悪魔に対し、ラックが猛スピードで飛び掛かる。拳は見えない何かに阻まれ、ラックが飛び掛かった時の倍のスピードで弾き飛ばされた。
(さっきからレフィアンさんの魔法も跳ね返ってくる……跳ね返す能力……黒い髪の悪魔、あの悪魔も羽が四……)
「勇者が三名、情報に無いですがまぁいいでしょう」
「ここには強い蜂と蝶が居ると聞いていましたが、多少のイレギュラーは構いません」
「なんせ、君達にとっては我々こそ極大のイレギュラーでしょうしね」
「ふん、この深淵の力を前にいつまでその余裕が続くか見物よ」
レフィアンの闇魔法が棒立ちの悪魔に直撃するが、悪魔は特に何もせずそれを受け切った。
「そちらこそ、いつまで希望を信じていられるか見物ですね」
「もっとも君達はこの場で最も長生きする事は確実……自衛の術を持ち、そこそこの戦闘力を持っているのですから」
「良かったですね、長生きは幸福です」
「良いね、良いね、最後のお楽しみが元気が良いのはとっても良いね」
「俺達の狙いは雑魚からだからなあああっ!! 盛大にデスパレードの始まりだああああっ!!」
上空から降り注ぐ、爆発の魔法。咄嗟にレフィアンが魔法を連打し相殺するが、半分以上が防げずそのまま森に直撃した。周囲から爆音が響き、土や木が宙を舞う。爆音と悲鳴が、耳をつんざいた。
「なんて、事を…………っ! 貴方達はっ!! なんてことを!!」
「こいつら……弱い奴から狙いやがって……」
「ここはっ! 良い奴等ばっかりで、クロノの友達で俺の友達だぞっ!! ふざけんなっ!!」
「これが我々のお仕事で、欲を満たす術なので」
「誰かを傷つける仕事なんかあってたまるかぁっ!!」
「沢山ありますよ、若い言葉は現実に弱い」
地上を歩く悪魔にラックが飛び掛かる。跳ね返しの悪魔が前に出ようとしたが、もう一人の悪魔は片手でそれを遮った。ラックの飛び蹴りを、悪魔は片腕で受け止める。
「あったとしても、それに胸張れる奴なんか俺は嫌いだね!」
「誰かの為に、善行の為に、軽い勇者はいつもそれだ」
「っ!」
悪魔の言葉に、ラサーシャは一瞬怯んだ。その様子を、上空の悪魔を魔法で狙いながらもレフィアンは見逃さない。
「集中せよ、今はそんな場合ではないぞ」
「分かってます、分かってますよ」
(レフィアンさんの魔法も、ラックの攻撃も、殆どダメージが無い……底が知れない、あの金髪の悪魔……六枚羽……震えが止まらない、勝てる気が、しない……)
「軽い重いなんてどうだっていいねっ! 俺がしたいことするだけだっ!」
「おや、自分に正直なところは好感が持てますね」
「ラックッ! その悪魔は危険です! 迂闊に前に出ないで、能力を見極めるところから……!」
「すっとろいのがいるなぁ、そんなんで俺達相手に守り切れんのかぁ?」
「あっちからもこっちからも、悲鳴が聞こえて最高にパレードだろう? 乗り遅れるとすぐに静かになっちまうぞぉ?」
上から激しい熱を感じ、ラサーシャは顔を上げる。上空の悪魔が、巨大な火球を作り出していた。
(あれは……火属性の魔法……!?)
「俺は祭りが大好きオウルブラン、固有技能は爆散だ」
「俺の魔力は、対象に爆ぜ炸裂する性質を持たせる……どんなものでも、だっ!」
魔力の多さに頼り切った、大きさだけの火属性魔法。それは投げつけられた瞬間大きく膨れ上がり、弾け無数の火球となり降り注ぐ。爆破のタイミングも自在、そしてその欠片も同様の性質を持っているのなら、あの数の火球が地上で破裂すれば被害は加速度的に絶望に突き進む。
「レフィアンさんッ!!」
「数が多すぎるっ! 我一人では防ぎ切れんッ!!!」
「俺が飛んで全部蹴り飛ばしてくるっ!!」
「無茶です不可能ですっ!! 死ぬ気ですか!?」
「このままじゃ誰か死んじまうかもしれないぞっ!!!」
「良い顔ですね、我々趣味趣向が似ているのです」
「生き物の絶望からしか、摂取出来ない栄養素があるのですよ」
ラックを弾き飛ばしながら、金髪の悪魔は醜悪な笑みを浮かべる。槍を構えるが何も出来ないラサーシャ、魔法を構えるが確実に手数不足なレフィアン、吹き飛ばされながらも諦めず顔を上げるラック。三者三様の反応だが、結果を変えられる者は誰も居ない。火球の光が周囲を飲み込む瞬間、音を置き去りにした影が一つ、戦場に割り込んできた。
「おうおうおうおうっ!! 私の管轄で好き放題やってくれてんなぁっ!!!」
高速で飛び回り、黄金色の刃を両手で振るうカトーネスが降り注ぐ火球を一気に切り刻む。何重にもなった爆裂音が上空で響く中、キラキラとした粉のようなものが地上の悪魔達を包み込む。
「ん?」
「おやおや、弱者の避難に奮闘しているのかと思いきや……手薄な割に中々頑張りますね」
「”白鱗粉”」
フリークインの操る白い鱗粉が悪魔達の上半身を一気に溶かし、消し飛ばす。羽を動かしたまま、フリークインはラサーシャとレフィアンの間に着地する。
「遅れてごめんね、皆に指示出してたら後手に回っちゃった」
「フリークインさん! 申し訳ありません……被害を抑えられず……!」
「君達が謝る事なんて何にもないよ、怒らなきゃなんないのはあの悪魔達さ」
「カトーもあたしも、森の子達を傷つけられて怒らないほど優しくはないよ」
「そうですかそうですか、避難は順調に進んでいるのですね」
「ちなみに我々が貴女方のアジトに干渉し、強化されているのは既に情報共有されているので?」
(アジトに干渉……? ここは普通じゃない場所ですが……そんな事を……?)
溶けた上半身を再生させながら、悪魔は笑みを崩さず話しかけてくる。ラサーシャはフリークインを見るが、その表情を見る限りまだ情報は広まっていないらしい。
「繋がりが曖昧なこの場所に、我々悪魔が混ざり込んだ……ここはもう何処にも繋がっていない隔離された場所なのですよ」
「良いよね良いよね、逃げ場なんて何処にもないんだよ」
「そう……願えば何処にだって道が出てきた筈なのに……反応がない理由はそれか」
「教えてくれてありがとうね、異物が入り込んでアジトがバグってるわけか」
「じゃあお前等ぶっ飛ばせば解決ってわけだなあああああああっ!」
刃を振り回すカトーネスが、上空を飛び回るオウルブランを追い回す。魔法を撃たせないよう、とにかく攻め続けているようだ。
「ははは、その通りシンプルな状況だろう!?」
「だが俺達のやりたい事は、弱者の蹂躙……強者はその様を見て顔を歪めてればいいんだ!」
「やらせるわけねぇだろボケがぁっ!! 寝言は寝て言えっ!!」
「流石暴食の森出身、凄まじい速さの蜂さんですね」
「仕方ない、見せしめには丁度いい相手ですしね……マイナン」
「おいっすー、よっと」
指示に応じた黒髪の悪魔が手を上げると、オウルブランを狙い振るわれたカトーネスの刃が何かに止められた。
「あっ!?」
(僅かに魔力が……あの跳ね返し、あの距離でも……!?)
「僕はマイナン、能力は再動」
「受けた時点で威力を0に戻して、好きな方向にもう一回打ち出せるんだ」
「返すね、君の威力」
刃を押し返され、カトーネスが後方に弾かれる。その隙に、オウルブランが火球をカトーネス目掛け投げつけた。
「さぁ盛大に弾けやがれっ!!」
「線香花火じゃ虫も殺せねぇよ!」
(……同じ威力で跳ね返した……待って、さっきラックは、突っ込んだ時以上の速度で跳ね返った……)
(あの時、黒髪の悪魔の近くには……あの六枚羽の……)
「ッ!? 駄目ですっ!! カトーネスさんっ! 避けてっ!!」
ラサーシャの疑惑は、金髪の悪魔の笑みで確信に変わった。声を上げるが、間に合わない。カトーネスが迫る火球を切り伏せようとするが、火球は眼前で何かにぶつかり止まってしまう。下に目を向けると、先ほど同様マイナンが手を上げていた。
(あ? 味方の攻撃を受け止めた?)
「上に参ります」
火球が上に跳ね上がるが、跳ね上がる直前弾け飛んだ。火球は小さく分散し、複数個に分かれ上に飛んでいく。分かれた筈だが、大きさは増していた。
「ッ!?」
「名乗りがまだでしたね、私はエヴァリエ……能力は倍増」
「強化魔法から派生した、性能増大系の固有技能でしてね……マイナンの能力を強化すると跳ね返す分が増したり増えたり……オウルブランの爆発もそりゃ盛大に強化されたりね、凄いんです」
「どれだけ凄いか、今見せますよ」
跳ね上がった火球は再び爆ぜ、大きさと数を増していく。マイナンの力で火球は縦横無尽に跳ね回り、カトーネスを包囲している。完全に火球に囲まれたカトーネスは歯噛みし、その様子をオウルブランは腕組みしたまま観察していた。
「盛大に弾けな、線香花火? いいや違うね」
「一発から生まれた、盛大な無限花火さ」
「クソが、テメェら絶対ぶっ飛ばす」
火球が一斉にカトーネスに向かい、数百に重なった爆音が空を焼いた。爆音が止んだ後には、悪魔達の笑い声と、黒焦げになったカトーネスが地面に落下する音だけが響いていた。
「燃えた燃えたぁ!! 盛大になぁ!! はっはっはっは!」
「良いね良いね、派手に逝ったね」
「強いって言っても、僕達相手じゃどれも雑魚だもんね」
「それでも雑魚なりにマシな部類なのですから、順番は守っていただきたいですね」
「さぁ、良い顔になってきましたね……長生きは義務ですよ」
「ちゃんと長生きして、絶望を我々に供給していただきたい」
(こんな……こんなの……)
「では、逃げ場のない、何処に避難しようとしているのか分からない正真正銘の雑魚共を狩りにいきましょうか」
「守りたいのでしょう? 抵抗はご自由に、何一つ守れない絶望はすぐそこですよ」
(勝てる、わけ……)
「すぐそこなら丁度いいな」
折れかけたラサーシャは、ラックの声で正気を取り戻す。いつだって、認めたくなくても、自分の前には彼が立っていた。
「すぐそこにあるなら、ぶっ壊しやすいな!」
(どうして、君は……いつも……いつも……)
(私が憧れた、絵本の勇者の姿、そのもので……そこに居るの……)
何に憧れたのか、現実って何なのか、自分は何なのか。答えは、絶望の先にある。




