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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第四十七章 『切り札奮闘記』
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第六百九十四話 『それは、駄目だろう』

 ドロドロした黒い物がゲートから溢れ、セツナ達は声を上げる暇も無くそれに呑まれた。誰一人反応出来ない程、その闇は素早く広がり全てを黒く染める。目を開けているのか閉じているのかも分からないただの黒の中、セツナは自らの本能で動いた。ただ、自分がやらなきゃいけないと思ったのだ。




(退け、退け、退けっ! 晴れろっ!! 邪魔、するなあああああああああああああああっ!!)




 自分の手足も見えず、動いている感覚も無い闇の中、セツナは剣がある筈の場所に手を伸ばす。セツナにとっては家同然の場所へ帰る為のゲートから、意味の分からない物が溢れ出してきた。それは、自分の帰るべき場所が、大切な者達が居る場所が、おかしくなっているって事だ。クロノを目覚めさせる全てが揃い、何もかも上手くいっていると思っていた矢先に起きた異常。それを察した瞬間、切り札の心臓は覚えがないくらい鼓動を速めた。嫌な気持ちが、全身を包み込んだ。言葉に出来ない焦りが、衝動となって現れる。考えなんてない、ただ必死にもがき、出来る事なんて正確に定まっていないけど、じっとなんてしてられない。がむしゃらにセツナは闇の中でもがき、自身の能力で闇を切り払った。



「退けええええええええええええええええええええええええええっ!!」



「わひゃあっ!?」



「っ! 晴れたっ! 紫苑、皆居るか!?」



 セツナが切り払った闇の中から、仲間達が姿を見せる。辺りを見渡すと、ラズライトの領域では無いとすぐにわかった。ここは、流魔水渦のアジト内だ。



「今の真っ黒に引きずり込まれたみたいだね……っていうか何? リフォームでもした? 悪趣味な内装だよ」



 一目で異常事態だと分かる程、アジト内は様子がおかしい。壁や床が黒ずみ、泥のように崩れている個所がある。何より、色んな方向から叫び声が響いてる。



「なんだこれ……どうなってるんだ……?」



「うおーい! ここ何処!? 突然過ぎて流石に困惑ですが! 妖精女王の拉致とか洒落になってないぞー!」



「うわ、最悪なのが紛れてるよ」



 なんとラズライトまで一緒に呑まれたらしい、セツナの知る限りゲートに周囲の存在を強制的に引きずり込む機能なんて無い筈だ。あれはそもそも入る事を意識しないと放り込まれてもすり抜ける筈、とことん『意思』というものを尊重してくれる代物なのだ。



(ルトの、流魔水渦の優しい在り方が現れてるんだ……ここは、そういう場所なんだ)

「違う……こんなの……私達の家じゃ、ない……」



「やっぱり……兄ちゃん、何処に……」



「そこの鎌鼬、後からやってきてなんか知ってる風だったけど今どういう状況なのさ」



「わかんない、先に戻った兄ちゃんからも連絡が無い……」

「こんな事初めてで……通信機もおかしくなってて……」



「おかしくなってるのはここじゃないか? 元々変な場所ではあったが……」



「地獄との狭間、でしたっけ……普通とはかけ離れた場所で、常識が通用しない場所ではありましたけど……ギリギリ保たれていた一線すら今は存在していないようです……」

「この壁のように、何かが崩れているような……」



 紫苑が黒くなった壁に触れると、ボロボロに崩れる個所や生き物のように蠢く個所があった。反応すら、何かが狂ったように一定じゃない。



「ルトは……クロノは……みんなは……? 何が起きてるんだ!? みんなどこだ!?」



「声はする、気配もするよ、まぁここが素直に声の方向に案内してくれるか微妙だけど」



「大丈夫だ! ここは迷うし変な場所だけど、行きたい場所への道を思えば、その道が現れる……!」

「そういう場所なんだ! 忘れても、何度も帰ってきて、何度もそういう場所だったっ!! そう覚えてるんだ!!」



「ちょっとセツナー!? どういう場所なのさ!? 我女王ぞ!? 今のところ置き去りなんですが!」



「説明面倒だから黙ってついて来てよ」



「雑っ!」



 駆け出すセツナを一同追いかけるが、現れる道はどこも黒ずみ普通には到底見えない。異常が不安を煽る中、セツナ達は海岸のような場所に出た。



「室内だったのに海!? わぁ我海見るの初めてーーーっ!」



「ラズちゃん、海って普通は青いんだよぉ」



「そうだね、紫色じゃないね」



 セツナの記憶では、ここは綺麗な青色の海がある場所だった。水棲の魔物達が楽しそうに暮らしている場所だった。何度も忘れたけど、きっと自分は何度もここに来て、何度も溺れている。クロノと初めて行動を共にした時、外の海で溺れたが身体が溺れた感覚を知っていた。ここに住む仲間達に、泳ぎでも教えてもらっていたのだろう。砂浜は抉られ、海は紫に変色し、薄暗くなった浜辺には魚人や人魚といった水棲魔物達が転がっている。日光浴でもしているのだろうか、そうであってくれ、そうじゃないと、駄目だろう。ふらふらと倒れている仲間達に近寄るセツナが、砂に足を取られ転んでしまう。無表情のまますぐに起き上がろうとしたセツナだが、すぐ目の前に子供の人魚が倒れていた。その顔は、血で汚れていた。



「なんだ、なんでだ」



「襲撃を受けたのか……すぐに手当てを……!」



「……世界各地での悪魔関係のいざこざ、対処に追われて手が足りてないって言ってたね」

「手薄なところを狙われたってわけ? 狙い通りなら嫉妬しちゃうよ」



「けど、どうやってですか……? ここは普通の方法で入れるような場所じゃないですし、ルトさんが常に見張って……」



「普通じゃない方法なんでしょ、今はどうやってとか後回しだよ」

「事態はもう起きてるし、動いてる」



「……戦えない子も、沢山居るんだよね……ここ……」

「子供も容赦なく……酷いよぉ……」



 魁人と紫苑が倒れている魔物達を集め、応急処置を始めてくれた。幸い全員息はあるが、意識は無く話も聞けなかった。



「これほど荒らされて、誰もこの場所に来ないのはおかしくないか?」



「他の場所も襲われていて、手を回せないのでしょうか……」



「……ルトは、見捨てたりしない……私達は、全てを救おうと動く……」

「仲間を、放っておくなんて、有り得ない……」



「……じゃ、来れないのかもね」

「悪魔臭いよ、それも普通じゃない気配だ」



 レヴィが海面を睨みつけると、紫色に染まった海がゴポゴポと泡立ち始めた。不自然に膨れ上がった海面が人の形を取り、背中から翼が飛び出し水飛沫を飛び散らせながら悪魔が姿を現した。



「あ、あぁ、あぁ、あああ、も、もの、獲物、ししし、仕事……」



「悪魔……!」



「……妙だ、気配が複数ある……明らかに普通の悪魔じゃない」



「魔力量だけなら今のレヴィより多いよ、どうも真っ当に育った子じゃないみたいだけど」

「……この場所の、いや、地獄に近しい何かを取り込んでるみたいだよ」

「歪だけど、水で出来た翼が……四つ……四枚羽の悪魔だ」



「……お前が、みんなを傷つけたのか」



「しごと、ししし、仕事仕事仕事」



「随分とブラックな企業にお勤めなご様子だね、嫉妬しちゃうな」

「……こいつレベルの反応を色んな方向から感じるよ、想像以上に嫉妬な状況かもね」



「あぁ……あぁあああああああああああああああああああああっ!!」



 海の水を操り、無数の水撃を放ってくる悪魔。レヴィが対処しようと一歩前に出るが、それより早く小さな影が前方に飛び出した。



「なにがなんだか分かんないけどさ、我が友の仲間が傷ついているわけだ?」

「それは、駄目だろう、仲間を傷つけるのは、大罪だろう?」



 ラズライトが両手から光の剣を生み出し、強力な水撃を容易く切り伏せた。



「妖精女王が領域の外で大立ち回りなんぞ、滅多に出来るものじゃないからな」

「気まぐれと好奇心に感謝すると良い、ここは請け負おうじゃないか」



「どういう風の吹きまわしかなぁ」



「我とて友は大事にするのだよ、せっかく出来た縁を易々と手放すか」

「こういったカオスは生まれて初めてでな、物語の中でしか知らん、故に多少ワクワクしておるのよ」



 そういうとラズライトは両の剣を振るい、海岸の端の空間を叩き割った。



「この悪魔が空間を縛っている、亀裂を入れたがすぐに塞がるぞ」

「行けセツナ、守りたいモノがあるのなら足を止めるでない」



「……空間系なら流石に右に出る者はいないね、嫉妬しちゃう」



「褒め称えるのは後にしろ! 案ずるな、こやつにはもう誰も傷つけさせん」



「……ラズ、ありがとう……」

「みんな、行こう……やらなきゃいけない事が、ある……」



 ラズライトの作った亀裂を通り、セツナ達は海岸エリアを後にする。残されたラズライトは、膨大な魔力を纏う四枚羽の悪魔に向き直った。



「仲間を想う気持ちというのは、王だから持つわけではないぞ」

「それが尊く、輝かしい物だから守りたいと強く想うのだ」



「あぁあ……仕事……ころ、殺さなきゃあああああああああああああ」



「共に過ごした時間は短いが、セツナは我の友だ」

「友の仲間を踏み躙った貴様には、女王自らが裁いてくれよう…………苦しむ知性が無い事を喜べ」



 静かに怒る妖精女王が纏う魔力量は、四枚羽の悪魔を容易に上回る。一つの種の全てを背負うその力は、単純に強大だった。











 亀裂から更に先へ進むセツナ達だったが、アジト内の異常は想像を超えていた。本来なら行きたい場所への道は勝手に出てくる筈だが、現れる道はどれもこれも崩れ先へ進めない物だった。



「ラズちゃんの言葉を信じるなら、悪魔が空間を縛ってるのかなぁ……」



「だとすれば、願うだけじゃ道は開かれない……抉じ開けるしかないか」



「幸い脆いです、力技でいいならぶち抜きます!」



「何処に出るか分からないが、やむを得ない……いけ紫苑!!」



 紫苑が崩れていた道を思い切り殴りつけると、ドロドロに崩れていた部分が消し飛んでいった。通路の先が赤紫の炎で照らされている。



「あの光は……?」



「淫魔エリアだ、もしかしたらシトリン達がいるかもしれない!」



 シトリンやコロンはバロン率いる諜報部隊、この状況についての情報を持っているかもしれない。縋る気持ちで淫魔エリアに駆け込むセツナが見たのは、幾つかの建物の残骸と、地面に転がる仲間達、それを踏みつけている四枚羽の悪魔の姿だ。



「ここは良い、悪魔や淫魔が欲のまま生きている」

「欲を形にした全てを踏み躙ると、俺の欲が他人の欲を上回った感じがするんだ」

「つまり俺が一番って事だ、そう思わないか? なぁ通行モブ?」



 ここにはエッチなお店とか怪しいお店が沢山並んでいて、正直居心地は悪かった。だけどここに住んでた仲間達は冗談交じりに笑いかけてきてくれて、落ち込んでる時も慰めてくれたりして、優しくて、良い奴等だったんだ。そんな仲間達が、今傷ついて地面を転がっている。紫色の炎が燃え広がり、まるで本当の地獄のような光景だ。呆然とするセツナだったが、目の前の悪魔が踏みつけているのがシトリンだという事に気づいた。恥ずかしがり屋で淫魔としてはダメダメだったけど、まともに会話も成立しないけど、それでもこっちを気遣ってくれる優しい子。本当に良い奴で、大切な仲間の一人。



「なぁ聞いてるんだぜ? 死ぬ前に喋らせてやるって言ってんだ、なんか言えよモブ野郎」



「がはっ……ぅ……!」



 悪魔が足に力を入れ、シトリンの片腕をへし折った。セツナの中で、何かが弾けた。守りたい想いと、抑えきれない怒りが、セツナの背中を突き飛ばす。地面を蹴りつけ、レヴィですら追い切れない速度でセツナは悪魔に飛び掛かった。悪魔の片腕を斬り飛ばし、セツナは無表情で悪魔を睨みつける。



「私はモブじゃない、切り札だ」

「お前達……違うだろ……これはっ!! 違うだろっ!!!」




「そうかいそうかい、それは失敬…………死ぬ前の一言は終わったな?」

「じゃあ、命も終わりだなぁ」



 斬り飛ばされた片腕を再生させ、悪魔は不敵に笑う。狭間の世界で、戦火は上がる。



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