第六百九十三話 『ボスキャラが、お目覚めです』
「むー、ツイもタイナも何処に行ったんだ? 切り札の護衛を何だと思っているんだ」
妖精の泉までやってきたセツナ達だったが、ツイとタイナの姿が見えない事に気が付いた。不満を漏らすセツナだが、そんな彼女を嫉妬の悪魔は狙いすましたように弄り倒す。
「弱音ばかりの切り札に愛想つかしたんじゃないの」
「既に一回距離置かれてるのに!? その言葉は切り札を容易く殺すぞ!」
「えぇ……でもなぁ……今度こそ呆れられたのかなぁ……」
「石届けて果実貰うだけだしさっさと済ませて引き返してみよっかぁ?」
「エティルさん! 既に扉は作ってありますです!」
「フェルルちゃんは女王様に会いたくないし、ここでお仲間さんが来るの待ってるよー、来たら通しておくから安心安心~」
「ナチュラルに忠誠心の低さが垣間見えるな」
「あはは……じゃあ先に会いに行きましょうか」
フェルルに後の事を任せ、セツナ達は再びティターニアの領域に踏み込んだ。入った瞬間、セツナが木の根に連れ去られた。
「うわああああああああああああああ!」
「我ーが友よーーっ! 喜ばしいなまた会いに来たのかぁ!? ふはははははっ!」
「あーーーっ!! 高い、凄く高いいいいあああああああ!!」
「茶番は良いから果実寄越しなよ、嫉妬しちゃうよ」
「空気読めないなぁ、相変わらずさぁ」
「もぉー!! なんでそんなに冷たいかなぁ!? 女王なんだけどこっちはぁ!?」
「いいもんねー、セツナと遊ぶもんねー!」
「私で遊ぶの間違いだろおおおおおおおおおおおおおお!」
複数の木の根でお手玉されるセツナを放置し、レヴィ達は妖精大樹の目の前までやってきた。少し遅れて、満足した様子のラズライトが気絶したセツナを運んできた。
「あははははっ! セツナは反応が面白いなぁ!」
「多分セツナちゃんは面白くないと思うんだよねぇ」
「紫苑」
「せいやぁっ!」
「ごふぁっ!?」
紫苑に背中を打たれ、セツナの意識が強制的に戻ってきた。着実に切り札の体力が削られている。
「お使いって体力が居るんだな……」
「おぉ、セツナが真っ当にレベルアップしてるよ」
「でもクソゴミ女王様の友達やるならその成長は無駄じゃないよぉ」
「その呼び方やめなーい?」
「いやまだ友達って程の距離感じゃ……」
「え、違うの……?」
露骨に悲しそうな顔をするラズライト、ここで違うなんて言ったら罪悪感で死んでしまいそうだ。
「勿論友達だ! 私は切り札だからな!」
「やったー! 新しい玩具だぁっ!」
「友達だっつってんだよ! 初手で好感度マイナスだよ!」
(セツナちゃんはちょろいなぁ……けどクロノも二つ返事で同じ事言ってそうだなぁ……)
「漫才はいいから早く話を進めるんだよ、レヴィは1秒でも早くここから立ち去りたいんだよ」
「露骨に嫌ってくるんだもんなぁ」
「まぁ良い奴じゃないけど、前情報ほど最悪な奴じゃないと思うぞ」
「長く付き合う程嫌いになっていくタイプのうざさだよこいつは」
「悪い奴じゃないけど、うざいんだよ」
「本人の前でここまでディスるか? 我女王ぞ?」
「エティルちゃんもラズちゃんが大変な立場で頑張ってるのは知ってるから言うほど嫌いじゃないよ、屑だなぁって思うだけで」
「逆に切れ味やばいんだよね、我をここまでぶつ切りにするの君等くらいだよ面白いなぁほんと」
(楽しそう……)
「こほん……話を割って恐縮ですが……セツナさん、例の物を……」
「そうだな! ラズ! 刮目しろこれがスターライトクリスタルだ……ってあれ?」
「はい、ご所望の石ころ」
いつの間にかセツナの懐から石を抜き取ったレヴィが、ラズライトの眼前にそれを突き出していた。
「お前レヴィ! 切り札の見せ場をお前は本当におまおまえは!」
「すっとろいんだよ」
「お前はーーーーっ!!」
「おぉ凄い、本物じゃん見た目も内に秘める力も美しい!」
「うんうんやるじゃないか、じゃあ次はー……」
「え、次?」
セツナの無表情が凍り付く、当然だが魁人達も顔色を変えた。レヴィとエティルに至っては若干の殺意を纏い始めている。
「えー? だってこれで終わりとは一言も言ってなかったしー? まだまだ楽しませて貰わないとー?」
「やっぱ駆除した方がいいよ、この羽虫」
「同感かなぁ、風向き変わってきたねぇ」
「お言葉ですが妖精女王、後出しでそれは少々横暴では……!」
「セツナさんの気持ちも少しは……!」
「次はなんだ、何を持ってくればいい、何を見せればいい」
表情は変わらない、その無表情は崩れない。弱音も怒りも感じさせず、セツナは即座にそう言い放った。
「セツナ……本気? 今すぐこのクソ羽虫ぶち殺して果実奪った方が」
「そんなやり方、クロノは喜ばない」
「それに私は二つ返事で応えてみせてってこの前に言われてる、覚悟をみせろと言われてる」
「やり切るって決めたのは私なんだ、クロノを起こすって決めたんだ」
「私はやる、絶対に……そこに迷いはない、立ち止まらない」
「…………ラズちゃん」
「……そう怖い顔しなさんなって、勿論冗談さ」
「まぁあえて答えるならさ、最後の最後にその覚悟を見たかったんだよ」
「うん、尚更興味が湧いたよ……そのクロノって奴さっさと起こして、また会いにきな!」
ラズライトが指を鳴らすと、セツナの頭の上に金色に輝く果実が降ってきた。
「ラズ……」
「本当は後二百個くらい無理難題押し付けるつもりだったけどさぁ! 友達だし特別サービスだ持ってけ泥棒!」
「ルーンの時と大違いだよぉ」
「レヴィの時とも大違いだよ」
「友達料金ですー! 悔しかったら態度を改めるんだなぁ愚か者共はっはっは!!」
挑発するように飛び回るラズだったが、そんなラズを背後からセツナが抱きしめる。
「んあ!?」
「ありがとう……ありがとぅ……」
「あ、えっと……あーもー! 調子狂うからはよいけ馬鹿!!」
「照れてるよ、珍しい」
「真っ当に感謝された事の無い生を送ってきたんだねぇ……」
「一生態度改めないなこいつら……良いけどさ別に……」
「言っとくけど妖精大樹の果実はマジモンの激レアアイテムだよ? 一生この恩忘れんなよー?」
「忘れない! クロノを叩き起こしたらちゃんと改めてお礼に来るぞ!」
「クロノは私なんかよりずっと面白い奴だから玩具にすると良い!」
「ねぇ精霊の前で契約者売らないでよぉ」
「なんにせよ、これでクロノは大丈夫なんだな?」
「後はアジトに戻るだけだよ、っていうか鎌鼬はまだ来ないの? 鍵が無いと戻れないよ」
「一応私もリコーラも鍵は持ってるけど……いくらなんでも遅すぎだぞ……?」
首を傾げながら後方を確認するが、ツイもタイナもまだ追い付いてこない。
「まぁ向こうも鍵持ってるんだし、この羽虫に伝言頼めば大丈夫でしょ」
「さっさとアジトに戻ってマルスの器を叩き起こそうよ」
「んー……そ、だな……善は急げだな!」
懐から鍵を取り出し、セツナは虚空にゲートを開こうとする。だが、構えた瞬間セツナは違和感を覚えた。
(…………? 鍵が、震えてる……)
「切り札ちゃんっ!! 駄目、待ってっ!!」
「んあ!? タイナ……?」
ゲートが開く瞬間、タイナが全速力で木々をかき分けてきた。いつもと違う、輪郭がぶれたゲートが現れ、次の瞬間には粘性の闇が溢れ出してきた。視界が黒に染まる中、仲間達の声が途切れるのを感じた。
時は少し遡り、流魔水渦のアジト内。その警報は突然鳴り響いた。当然、クロノの部屋にもその音は届いていた。
「なんだろうね、さっきの揺れといい……騒々しいけど」
「良い予感はしねぇな、こりゃ警報だぜ」
「アジトの構造と特性上、ここに侵入なんて普通の奴じゃねぇ……ティアラ、何か感じるか?」
「……ん、気配、グチャグチャ……正確には、分かんない……けど……」
「悪魔、凄い数……溢れてる……」
「契約者が寝坊してるけど、場合によっちゃやるしかないか……」
アルディは立ち上がり、扉を自らの力で固めようとする。そんな彼の手を、クロノの手が掴んだ。
「!?」
「クロノ、お前意識が……!」
『違う、お前達の契約者はまだ意識の奥底だ』
「この声……悪魔……憤怒の……なん、で……?」
『勝手な奴だ、本当に、本当に……!』
『どうして、お前がそんなに怒るんだ……余計なお世話だ……』
クロノの口を使い、マルスが言葉を発していた。混乱する精霊を置き去りに、クロノの身体から黒い靄が噴き出してくる。
「なっ……」
「お前の怒りは、僕には勿体ないくらいだ……!」
「お前、身体……!」
肉体を顕現させたマルスは、クロノの身体から抜け出してきた。その目は、既に何かを捉えている。
「おい待て! どこ行く気だ!」
「罪を感知した、既にここは戦場だ」
「文字通り地獄の蓋が開いたらしい、腹立たしい事に、嘗ての仲間の罪も感じるよ」
「君達は契約者を待て! 既にクロノの意識は覚醒している、後は肉体が追い付けば必ず目を覚ます!」
「僕は一足先に、仲間を迎えに行くっ!」
翼を広げ、マルスは扉をぶち抜き何処かへと飛んで行ってしまう。咄嗟にアルディが部屋の外に飛び出し行方を追うが、目に飛び込んで来たのは変わり果てたアジトの姿だ。壁や床が黒く染まり、泥のように崩れている。明らかに、異常事態だ。
「これは……!」
(現と地獄の狭間の世界……バランスが崩れれば何が起きても、どう形を変えても不思議じゃない空間……! ここは戦場……? まさか……!)
「穏やかじゃねぇな……いよいよ寝てる場合じゃねぇぞクロノ!」
「起きて、起きて、起きて……! 起き、ろ……!!」
クロノの頬を叩きまくるティアラだが、反応は返ってこない。状況は、超速で最悪へと変わり始めている。溢れ出した闇は流魔水渦の非戦闘員すら襲い始め、アジト内の至る所で悲鳴が上がっていた。森エリアで心を休めていたラサーシャも、異常を感じ臨戦態勢を取っていた。
「これは……何が起きているんですか!?」
「ラサーシャッ! 大変だ壁とか床とか黒くなってドロドロになってんぞ!!」
「ドブのような匂いだ、既に囲まれ逃げ場は無いぞ」
「それに、強い力が突然湧き出してきた……ここには魔物の幼体も多く居る、気を緩めるな!」
駆けつけてきたラックとレフィアンの様子から、状況は極めて悪いと即座に判断。ラサーシャは背負っていた槍を持ち直し、周囲の状況を即座に把握しようと目を動かす。遠くの方で黒い地面が盛り上がり、木々が空に跳ね上げられた。
(地形が変わっている……! 悲鳴、子供達、ここには戦闘員以外の魔物が沢山、すぐに避難を……!)
「ッ! 強い奴が来るぞ!!」
ラックの野生の勘が、警報を鳴らす。蠢く闇の中から、三体の悪魔が姿を現した。
「始めて良いんだよなぁ、盛大に」
「待ちに待った反撃ターイム」
「ん? 情報じゃここは戦える奴が少ない筈ですが……可愛らしい卵が居ますね」
「掲げる勇気は残っているのでしょうか、楽しみです」
溢れ出す闇、侵入してきた悪魔、アジト内がパニックに陥る中、ルトは髪の毛を触手のように変え装置を一気に操作する。状況を確認し、各地に指示を飛ばし続ける。
「森エリアに悪魔三体! フリークイン! 応答しろ!」
「食堂Aは崩壊、部屋の形も保てない、各員避難! 捕えていた悪魔はB班で対応、四区まで下げろ!」
「お姉ちゃん! 私もすぐに!」
「っ! マイラ! お前は地獄門に向かえ! ケール達と連絡が取れない、地獄門が何かにこじ開けられてる!」
「でもっ!」
「異常はそこから広がってる! アジト内に何かの意思が侵食してきてる! 便乗するように悪魔共の急襲だ、示し合わせたなら地獄から這い出てきたのは間違いなく、奴だっ!!」
「とっくに肉体は消え去っている筈、どんな手を使ったのか分からないけど……それでも奴しか考えられない!」
「好きに動かせば最悪は加速する、絵札の名にかけて押し留めろっ!!」
「っ! 了解、この命に代えてもっ!」
「命には代えるな! 死んでも生きて戻ってこい! 愛してる!」
扉を蹴り破り、泥のように崩れた壁を殴り飛ばしながらマイラは地獄門を目指す。ルトは大きく息を吐き、アジト内の仲間達に再び指示を出す。
(予測はしてた、備えてもいた、それでも想定を超える規模の襲撃……決めに来てるのか? 受けて立つぞ)
「誰も失わない、何も欠けない、綺麗事と夢物語で狭間はパンパンなのさ」
「夢見がちな混沌は、どんな欲にも壊せない……かかってこいよ、あたい達は受け入れた上で凌ぎ切ってやる」
ルトの言葉に応えるように、崩れた壁が鼓動のような音を立てた。地獄の門は力技でこじ開けられ、女性の悪魔が一体、ゆっくりと門の中から這い出てくる。翼や四肢は僅かに乱れがあり、まだ肉体が完全に顕現出来ていない様子だった。
「まだ、馴染むまではいかないか……それはそうだろう、だけど想定内、問題はない」
「あぁ素晴らしい能力だ、益々惚れ直してしまうよ、その想いが、情念が、この身体を確かな物に変えていく」
「愛しき大罪よ、再会を待ち望むのなら集うが良い……この身体も、それを強く願っているぞ」
「計画は最終段階……回収の時だ……全ての欲を呑み込み、最大の罪と成り僕は世の真理に至る」
「父とは違うやり方で、僕は全てを一つにする」
色欲の能力と身体を奪い、ヘディル・フィアーが地獄から舞い戻る。現と地獄の狭間で、意地と欲が激突する。




