第六百九十二話 『良い事ばかりじゃ、無いようです』
「いやぁ良いもの見せてもらったよ、これでも魔術大国のお姫様なのでね……感動感動!」
「たまたま再会しただけだったのに物凄く手伝って貰っちゃったな……私は切り札だけどロクにお礼が出来ないのが情けないぞ……」
「セツナはいっつも情けないから気にした方が良いよ」
「お前はもう少し口の利き方を気にしろよ!?」
抗議するセツナだが、当のレヴィは明後日の方向を見たまま欠伸をしている。そんなやり取りを見てヨナは楽しそうに笑っていた。
「いやぁそっちも悪魔と仲良さげだよね、平和だなぁ」
「まるでこっちが仲良さげみたいな言い方やめろよ、反吐が出るぜ」
「そんなツンケンしないでよ、今度はカレー失敗しないって」
「臓物出るからマジでやめろよ、お前は今後一切調理に関わるな」
「しょんぼり……」
「ですが実際、ヨナ様が居なければここまでとんとん拍子に事は進まなかったと思います」
「後日改めてお礼を……」
「あー良いって良いって、こっちは国を救って貰ったんだし、今のあたしが居るのはみんなのおかげだし!」
「未来を変えられるって、君達が教えてくれた……クロノ君が無事に起きたらありがとうって伝えてね」
「あたしもインクも、元気にやってますってさ」
「けっ、忌々しい……」
ヨナはまだインクと旅を続けるらしい。短い間だったが同行してくれた時間は楽しい物だった。
「急ぎなんでしょ? あたし達は今夜はここで過ごして、明日の朝出発するよ」
「じゃあここでお別れですね、タイナ、鍵を」
「ティターニア様のとこまでゴーだねぇ、それが済んだら晴れて目標達成だー」
「未来を視ずとも、クロノ君が目覚めるのが視えてきちゃうよ」
「実際どうなんだ? あの寝坊助はちゃんとこの切り札を褒めてくれてるか?」
「やめとけやめとけ、この姫さんは未来を視る事はやめたんだ」
「そうそう♪ クロノが起きたらセツナちゃんが凄く頑張ったってちゃんとエティルちゃん達が説明するから、沢山褒めて貰おうねぇ」
「だからその時のお楽しみだよぉ!」
「レヴィもセツナの失敗とか情けないところを事細かに報告してあげるよ」
「全然ぶれないなお前は!?」
「ごほんっ! クロノが起きたら、一緒にまた会いに来るぞ」
「その時、また遊ぼうな」
「へへっ、楽しみにしてるね」
こうしてヨナ達と別れ、セツナ達はゲートを潜っていった。残されたヨナは大きく伸びをし、空を見上げる。
「今でも信じられないや、こんな広い空の下であたしがこんな風に生きてるなんて」
「参ったなぁ、どんどん底無しに欲深くなっちゃうよ……生きるのって楽しいなぁ」
「そりゃ何より、精々欲深く汚らしく染まって悪魔のご馳走になってくれや」
「その時は俺が美味しく食ってやるからな」
「そうね、インク以外には食べられたくないや」
「だから目を離しちゃやーよ? あたしの罪深い成長記録を目に焼き付けてよね」
「言うねぇ」
「へへっ…………ッ!?」
笑い合う二人だったが、不意にヨナの右目に激痛が走った。それは月の光か、魔石の余波か、それとも能力の暴走か、とにかくヨナの右目に本人の意思とは関係なく魔力が集中する。
(なに……? 能力が……未来が……一気に流れ……)
誰の未来か、何処の未来か、見た事の無い景色に複数の魔物、そして闇から溢れ出る悪魔の群れ。雪崩のように幾つもの光景が流れていくが、その中に今別れた魁人や鎌鼬の姿が見えた。セツナらしき影もあったが、何故かセツナの姿だけ崩れてぼやけている。
(これ、みんなの……未来? なんで、急に……!)
何処か分からないが、通路のような場所が崩れていくのが見える。建物の中だろうか、壁や天井にヒビが入り、黒ずんだ何かが噴き出している。門のような物から、寒気がする何かが這い出てきた。弾き出されるように視点がぶれ、今まで室内を映していた光景は大きく後方に引き、最後に氷漬けの島のような場所を映し途切れた。
「あぐっ……!」
「……? おい、どうした?」
「やだ……今の、凄く、嫌だ……!」
「インクッ! 探して、あたし達を見てくれてる、流魔水渦の人が近くに居る筈……! 今すぐ探してっ!!」
「みんなが……駄目、駄目な未来が……早くっ!!」
これは、警告。己の能力が視せた、友の危機。ヨナは声を張り上げ、インクはその声に応じすぐに動き出した。その時はもう、すぐそこまで迫っていた。
異変が迫っている事など知りもしないセツナ達は空蝉の森の近くで活動していた仲間にゲートを繋いで貰い、目的地に直行していた。夜中だが、妖精達に昼夜なんて関係ないのだ。
「木精種や花精種はお休み中かもだし、静かにねぇ」
「妖精の泉は夜でもキラキラだから、昼も夜も妖精がクルクル踊ってると思うよぉ」
「まぁ寝ててもレヴィが無理やり結界抉じ開けてあの性格腐敗女王のとこまで切り開くよ」
「あはは……敬意も礼儀も感じられませんね……」
「結構大変だったけど、スターライトクリスタルは手に入ったんだ!」
「ラズから果実を貰って、クロノを起こすぞ! お前達切り札に続けぐはぁっ!?」
「転んでないで早く先行ってよ」
「誰だこんなところに木の根を生やしたのは!」
「自然に当たらないでよ、滑稽だよ」
「ちょっとは優しくしろよ!?」
ギャアギャアと森に入っていくセツナ達だが、タイナが付いてきていない事にツイが気づいた。少し戻ると、ゲートを前にしてタイナと数名の流魔水渦メンバーが固まっている。
「お前達、どうした?」
「あ、兄ちゃん……なんか鍵が震えてるんだよ」
「それにゲートの様子が……見てください、ノイズのようなものが走って、不安定なんです」
タイナの手の上で鍵が僅かに震えていた、それにゲート自体も今にも消えそうになっている。
「こんな事初めてで、周辺の見張りを集めて話し合ってたんですよ」
「全員の鍵が同じように震えていて……なんか不気味で……」
「タイナちゃんから連絡が来て、ゲートを繋いだ辺りで気づいたんです」
「お嬢様に連絡して聞いてみるか?」
「繋がらないんだよね、あたしが連絡しても」
基本、ルトは女の子からの連絡には秒で出る。出ない時点で異常だ。
「…………妙だな」
「タイナ、お前はセツナを追いかけろ、俺はアジトに戻って何かあったか確かめてくるよ」
「んー……」
「俺達のアジトはこの世と地獄の狭間、この鍵だって地獄由来の物だ」
「もしかしたら何か不具合が起きてるかもしれないし、果実を手に入れたセツナ達がアジトに戻ろうとして何かあったら事だからな……俺が先に戻ってなんか起きてたら連絡する」
「お前達も持ち場に戻ってくれ、異常が起きてたらタイナを通して報告するから」
「お願いします」
「あぁ、タイナ、お前はセツナを頼むな」
「兄ちゃん、なんか嫌な予感するんだけどさ」
「だったら尚更、確かめないとだろ」
アジトへのゲートを開き直し、ツイは乱れつつあるゲートの中に飛び込んだ。移動に関しては問題はなく、ツイはいつも通りアジト内へ飛び出した。
「…………違和感もここまでくれば、流石に危機感を覚えるな……!」
だが、アジト内の空気がおかしい。まるで戦場、空気がひりついている。ここは普通じゃない空間だが、それでも長く暮らし慣れ親しんだ場所だ。いつもと違えば、流石に分かる。ここまで血の匂いがすれば、空間が歪んでいても異常だと分かる。
「誰か居ないか!? 何が起きてる!」
声を上げた瞬間、背後の自分の通ってきたゲートが大きく乱れ消えてしまった。
「!? クソッ……一体何が……」
両手から鎌を生やし、ツイは警戒を強める。次の瞬間、近くの壁が砕け何か巨大な物が突っ込んできた。咄嗟に後方へ飛び退くが、既にツイの背後には二体の悪魔が迫っていた。
「ここは既に檻の中」
「籠の中、悪魔の時間」
「ッ!!」
突然消えたゲート、応答がない通信機。自分の兄は馬鹿じゃない、考えすぎて大事な存在との関係をこじらせるほど、頭をグルグルさせる奴だ。連絡すると言った以上、それを忘れるなんて有り得ない。異常が無かったら無かったと連絡をくれる筈だし、自分が不安そうにしてると察しないほど鈍い奴でもない。嫌な予感がすると伝えたんだ、自分の兄は絶対に安心させる為すぐ折り返す、そういう男なんだ。
「なんで出ないんだよぉ……兄ちゃん……!」
握り締めていた鍵が、一際大きく震えた。こんな事、今まで無かった。間違いない、異常事態だ。アジトには絵札も居る、仲間達だって居る、普段だったらここまで不安は覚えない。だけど今は多忙であり、アジトはいつもと比べると手薄だ。何かが起きているなら、いや、最悪が起こり得るなら、今なんだ。そして自分達が今相対しているのは悪魔であり、悪魔は最悪を更新する生き物だ。僅かな隙を突き、最悪を押し広げる奴らなのだ。
「……ッ!」
そんな最悪を押し返す為に、日々を重ねてきた。絶望に折れたりはしない、足は止めない、思考は止めない。こちらには、切り札だって居るんだ。
「セツナちゃん……! なんか、やばいかも……っ!」
すぐ後ろまで迫ってきている、異常事態。タイナは駆け出し、セツナ達の後を追う。悪魔の罠が、地獄の門をこじ開ける。




